All Chapters of 迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話 現実離れした男

 蛙のような、蜥蜴のような、腐った樹皮のような。 そんな肌を持つ異形の男たちが、ひとりの人間に蹂躙されている。 ラリアットで跳ね飛ばし。 喧嘩キックで跳ね飛ばし。 頭突きで、体当たりで、肘打ちで膝蹴りでナックルで裏拳で跳ね飛ばし、跳ね飛ばし、跳ね飛ばし跳ね飛ばし跳ね飛ばす。 ひとりを掴んで頭上に持ち上げ、何メートルもぶん投げる。 巻き込まれた異形が何人もまとめてぶっ倒れる。 臥藤ショコラはいまハマっている無双ゲームを思い出しながらそれを眺めていた。 その圧倒的な暴れっぷりには、ある種の爽快感まであったのだ。「うぉらっ! うるせえぞクソヤンキーども! いま何時だと思ってんだ!!」 竜巻に巻き込まれたかの如く異形どもがふっ飛ばされている。 旋風の中心にいるのはたったひとつの筋肉の塊。 太い眉、太い首、太い腕、太い胴、太い足、太い声。 暴風に巻き込まれた者たちが、雑草のように吹き散らかされていく。「うっ、嘘だろ……!? 全員レベル50以上にはなってるんだぞ!?」 隣で金髪があんぐりと口を開けている。 神権侵害とやらの効果によほど自信があったんだろう。 ざまあみろと、ショコラは内心で嗤う。 半グレなんて半端者は、何をしようが所詮雑魚なのだ。 臥藤兄妹にとって、こんな兵隊は足手まといでしかない。「お前ら、もっとだ! もっとヤクを食え! ほら、じゃんじゃんあるぞ!」 ユウヤが鞄をぶちまけ、鈍い金色の錠剤がばら撒かれる。 異形と化した半グレどもがそれに群がりむさぼり食う。 ――みゃみゃみゃやややにゃがががぎりりがにゃ 奇声のコーラス。 ある者は口が米の字に裂けている。 ある者は目玉が飛び出しカタツムリのよう。 ある者は耳から手指が生え、ある者は顎から触手が生え、ある者は腹が裂けて大きな口になり、ある者は両腕が歪に伸びて四つん這いになり、ある者は全身から性器に似た肉の突起が生える。「うへえ、キモっ」 ショコラは思わず眉をひそめた。 百鬼夜行と言ったか、昔テレビか何かで見た妖怪絵を思い出す。 文字通り、この世の光景ではない。「ハロウィンにゃまだまだ早えぞ馬鹿野郎ッッ!!」 だが、それ以上に現実離れした男がいた。 クスリで強化し、人外と
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第72話 ヤンキーを熱血指導する

 およそ10分前。 クロガネは風呂を浴び終え、ようやく眠ろうとしたところだった。 ブンヤがいつまでも意地汚く飲み続けるからすっかり遅くなってしまった。 普段のクロガネは零時前には就寝する。 若い頃こそ朝まで飲んでそのまま試合に出るなどの無茶もやったが、いまはそんな不摂生はしない。コンディションを保つため、規則正しい生活を心がけているのだ。 というわけで、生活リズムを崩されたクロガネは不機嫌だった。 そんなところへ、外で奇声が上がったのだ。 眠りを邪魔され、その怒りは瞬時に沸点を超えた。 玄関から飛び出すと、そこには鉄パイプやチェーン、金属バットなどで武装したヤンキーの群れ。人んちの前で何をしてやがるんだ……とクロガネの怒りのボルテージが限界を突破する。 叱りつけながら、殴りつける。 叱りつけながら、蹴りつける。 叱りつけながら、投げつける。 こういう連中は甘やかされて育ったのがいけない。 他人が怖いものだと知らない。 だから他人の目を気にせず迷惑行為をするのだ。 大抵の非行は大人がちゃんと叱ってやれば治まるものだ。 超日時代にも、WKプロレスリングにも、更生を目的に不良少年が連れて来られることがあった。性根を叩き直してやってくれ、というやつだ。最初は生意気にいきがるが、クロガネが指導をすれば一日も経たずに虚勢が剥がれ落ちる。 そんなわけで、クロガネは不良少年の指導に躊躇がない。 大怪我はさせないようにするが、少々の怪我なら気にしない。 プロの格闘技者として、素人相手に拳を振るうことはないクロガネだが、教育的指導となれば話は別なのである。 何を勘違いしたのか、途中からソラまで参戦してきた。 まあいい、全員ぶっ転がしたら正座で説教だ。 ソラもいい加減2階から出入りしないようにさせなければ。 怪我の心配などはしていないが、ソラももう17歳だ。 多少は女らしさってものを身につけるべき年頃だろう。 しかし、だ。 ヤンキーどもを張り倒しながらクロガネは考える。 女らしさとは何なのだろう。 化粧か? ソラはクロガネが教えるまでもなく勝手におぼえた。 いや、教えようにもプロレス用のメイクくらいしか教えられないのだが。 ファッションか? 女の、それも十代の少女にふさわしいファッション
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第73話 臥藤蛮という獣

 臥藤蛮は己の年齢を知らない。 最初の記憶はゴミで埋め尽くされた光景。 猛烈な渇き。 骨も凍る寒さ。 血を吐くほどの飢え。 眼の前で何かが動いた。 それを捕まえ、喰らった。 日付の、時間の概念すら知らなかった。 這い回って動くものを喰らう暮らしがずっと続いた。 暑くなり、寒くなり、また暑くなり、寒くなる。 それが幾度も繰り返されたが、蛮には数の概念もなかった。 最初に世界が広がったのは、二本の脚で立ったとき。 いままで見上げていたものが見下ろせるのは気分がよかった。 狩りも捗るようになった。 辺りを調べ、そこが崖に囲まれていることがわかった。 何度か登ろうとしてみたが、すぐに崩れて上手くいかない。 上からは、時折ゴミが降ってくる。 大半は何の使い途もなかったが、稀に食えるものや、身体に巻きつけると暖かい、ひらひらしたものが混じっていた。 不法投棄された産業廃棄物なのだが、当時の蛮にそんな概念はない。 次に世界が広がったのは、大雨がきっかけだ。 崖の一部が崩れ、なだらかになった。 蛮は好奇心のままに上の世界に上がった。 そこには木があった。 猪や兎といった生き物がいた。 どちらも、極めて稀に崖の上から落ちてくるものだった。 それらが生きて大地を駆け回るものだったとは想像もしたことがなかった。 上の世界は、下の世界よりもずっと暮らしやすかった。 不快な臭いもないし、狩りの獲物も多かった。 蛮はその世界で昆虫や生肉を喰らい、草や木の実を喰らって生きた。 あるとき、大きな獲物――熊を見つけた。  見たこともない生き物を襲っているところだった。 二本足で歩き、つるつるした奇妙な毛皮をしている。 そちらは骨と皮ばかりであまり美味そうじゃない。 蛮は背後から熊に組み付くと、首をねじ切った。 そのまま熊に喰らいつこうとすると、見たこともない生き物が何やら騒いでいた。 無警戒にもこちらに近寄り、複雑な鳴き声で何かを差し出してくる。 食い物のようなのでそれを奪うと、甘く、口の中が涼しくなった。 後から知ったことだが、それはココアシガレットという駄菓子だった。 蛮は食い物につられて、その生き物について山を降りた。 ここで、蛮の世界は無限大に広がる。 火を知った。衣服を知った。料理を知った
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第74話 Y巡査(23)の証言

■仙台市山城区川上交番勤務 Y巡査(23)の証言 ええ、はい。自転車でパトロールしてる最中でした。 深夜にね、野菜泥棒が出るっていうんで定期巡回してるんです。 最初はね、花火大会かと思ったんですよ。 だって、どおーん、どおーんって、空気が震えるんですよ。 何度も、何度も。 そんなの、花火以外ありえないでしょ? あいや、でっかい和太鼓って線もあるかな――すみません。関係ないですよね。 それで、どこでやってるんだろうって空を見上げますよね。 ま、当然何も見えませんよ。だって深夜も2時ですもん(笑) 花火大会なんてやってるわけがない。 そこでやっと、あっ、花火じゃないって気がついて。 でも、どおーん、どおーんって音が山の方から聞こえてくる。 何度も、何度も。 工場でもあるならね、爆発事故でも起きてるのかもって心配もしますよ。 でも、そっちの方には何にもなくて、田んぼと畑と民家だけ。 変わったものって言ったら、プロレスの道場があるくらい。 あ、WKプロレスリングって知ってます?  最近、配信とかでけっこう人気の。 ははは、自分もファンで、実は何回か試合を観に行ったこともあるんですよね。 きっかけは署のイベントでゲスト出演してたからなんですけど。 交通安全週間のやつで、自動車に轢かれたらどうなるかってやつなんですけど、手違いでスタントマンが間に合わなくて―― あっ、すみません。また話が逸れちゃいましたね。 どうも自分の悪い癖で、上司にも報告は要点をまとめろってよく―― あっ、すみません、すみません。 それで、音の正体が何か、ですよね? えっ? 人間が殴り合う音? あはははは、ないない。絶対ないです。 あれはそういう音じゃないですもん。 腹の奥にずしーん、ずしーんって響くような。 絶対に近寄っちゃいけないって警告するような。 何か人知を超えた――そう、山の神様が怒ってるとか。 自分のうち、何代も前からこのあたりなんですけど、そういう山の怪談みたいのって本当に多くて。 おじいちゃんおばあちゃんなんかに聞いたら、真剣に話してくれますよ。 小さいころはおっかなくって、夜中にトイレに行けなくなったり(笑) ええ、はい。だからそういうのは実際にあるというか、いると思ってるんです。 だって、見たでしょ、アレ? 迷宮
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第75話 名もなき悪竜

 榴弾が破裂するかのような衝撃音。 そのたびに空気が震え、大地が揺れる。 二頭の凶獣が殴り合っている。蹴り合っている。 ただそれだけで、砲弾の飛び交う戦場を生み出している。 逃れるように視線を外せば、そこにはまた異なる獣。 跳躍し、しなり、回転し、転回し、また跳躍し、絡み合う。 それは二羽の猛禽が織りなす空中戦。 必殺の爪と、致命の嘴で、互いの心臓をえぐり出さんと火花を散らす。 そんな戦場で金髪の少年――正木ユウヤは頭を抱えて震えていた。 嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ嘘嘘嘘嘘嘘嘘。 こんなことはありえない。あってはならない。 おかしい、絶対におかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。 魔法やスキルが飛び交うトップ配信者の映像は何度も見た。 ハリウッド映画みたいに、スーパーヒーローみたいに、人間が飛び回り魔法が飛び交う。きらきらとしたエフェクトがかかり、テーマパークのパレードみたいだ。 そういうものが、戦いだ。 ユウヤの知っている、頂点だ。 爆発音。 また大地が揺れる。 血に塗れた獣が牙を剥いてけたたましく笑う。 風切り音。 電光の攻防。 華麗な猛禽が羽根を散らして美しく舞う。 それは生と生とのぶつかり合い。 混じり気のない闘争本能の交換。 勝利への意志すらない純粋な暴。 そこに殺意はない。 そこに悪意はない。 そこに害意はない。 内なる獣が鎖を引き千切ったのだ。 己の肉体が命じるままに暴れろと。 飢えた獣が空の彼方へ吠えるのだ。 一欠片の灰も残さず力を振るえと。 怪物。 それはダンジョンにいるモンスターという意味ではない。 逸脱したもの。普通でないもの。測れないもの。 四つの怪物が歓喜に打ち震え、この世に地獄を顕現している。 嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ嘘嘘嘘嘘嘘嘘。 こんなことはありえない。あってはならない。 おかしい、絶対におかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。 だから、夢に違いない。 風邪で寝込んだときに見るような、熱に浮かされた悪夢だ。 そうだ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第76話 真夜中のおいかけっこ

 黒々とした天を衝く、巨大な異形が現れた。 異形どもの肉をかき集め、こね合わせた混沌の肉塊。 それは尻尾のただひと振りで、WKプロレスリング道場を倒壊させた。 赤い月に向かってゆるやかな曲線を描く長い首。 先端の頭部は不釣り合いに小さく、蛇のようだ。 胴体は丸みを帯び、象に似た四肢が生えている。 長大な首とバランスを取るためか、尻尾も長い。 総じて言えば、輪郭は恐竜のブラキオサウルスだ。 しかし、それとは決定的に異なる冒涜的な生物だった。 眼窩からは糸状の何かが束になって垂れ下がっている。 不規則にのたうち、でたらめに蠢動している。 それはイトミミズや、カマキリの腹から溢れた寄生虫を思わせた。 皮膚はフジツボに似た鱗でびっしりと覆われている。 フジツボは先端の穴から悪臭を放つ黒い粘液を噴き出している。 淀んだ泥沼で無数の死骸が折り重なって腐った臭い。 尾の先はよくよく見れば無数に枝分かれしている。 それは水死体のように青白い、人間の腕。 蠢き絡み合う、数えきれない人間の腕。 それぞれが闇雲に指を動かしてもがいている。 歩むたび、硬質の蹄がアスファルトを砕く。 歩むたび、電柱が根本からぐらぐら揺れる。 歩むたび、田に張られた水に波紋が拡がる。 進むは南東。 直線で結んだ先は仙台市の中心、真央区。 畦を踏み潰し、納屋を蹴り倒し、実った稲を蹂躙する。 一直線に進む、破壊が形を成したもの。 遠目にはゆっくりに見えるだろう。 それは巨大すぎるからだ。 実際には、常人が全速力で走るよりもずっと速い。 その背後から、追いすがる四つの人影。「うちぶっ壊しやがったなゴラァァァ!!」 ひとつ目。 黒く刈り込んだ短髪の男、クロガネ。「待て、喧嘩は終わってないぞ」 ふたつ目。 縮れた白い長髪の男、臥藤蛮。「ちょっとアニキー! 待ってよー!」 みっつ目。 黒いタンクトップのツーブロックの女、臥藤ショコラ。「いまさら逃げんのっ!? 弁償してけ!」 よっつ目。 ほどけた黒髪をたなびかせるジャージの少女、風祭ソラ。 それから遅れて、一台の自動車が追いかける。 車種はジムニー。軽自動車ながら堅牢で走破性に優れた四輪駆動だ。「ホント、裏に停めといてよかったわー」 ハンドルを握るのは無精髭の中年男、菅原ブンヤ。
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第77話 大怪獣、仙台を蹂躙す

■仙台市上空 報道ヘリコプター「なんということでしょう! 驚くべき、恐るべき事態が眼下で繰り広げられております! 迷宮固有生物と思しき巨大な恐竜が、仙台市の街なかを我が物顔でのし歩いております! 住民の皆様は、命を守る行動を! 命を守る行動を最優先でお願い致します!」 NHK仙台支局勤務、芹沢ゆかアナウンサーはマイクを握りしめ、怒鳴るようにしゃべり続けていた。ローターの爆音にかき消されないようにするためだ。 早朝からの生放送に備え、午前3時に出社していたのが功を奏した。 この特大のネタに、即応できるアナウンサーは自分しかいなかったのだ。 芹沢ゆかは普段はスタジオ専門で、報道現場に出ることなど何年もなかった。 だからこれは、チャンスなのだ。 報道系を志望していたが、結局あてがわれたのは半ばタレント的なアイドルアナウンサー。 三十手前でも十代に見えかねない幼い容姿が男性視聴者に人気だそうだ。 噂で配属理由を聞いたとき、生まれて初めて自分の容姿を呪った。 可愛い、美人だともてはやされ、ミスコン荒らしとまで呼ばれた容姿が自分の夢を叶える上で最大の障害となったのだ。「自動車が玩具のように踏み潰され、並木が、電柱がマッチ棒のようになぎ倒されております。これはいわゆるドラゴンに属するモンスターでしょうか。まだ原因は定かではありませんが、8年前の日暮里迷宮災害をも彷彿とさせる光景です!」 国営放送の放送コードに沿うならば、ドラゴンは大型爬虫類様生物、モンスターは迷宮固有生物と呼ぶ。しかし、ゆかはあえて一般に伝わりやすい俗語を選んだ。 緊急事態で視聴者に伝わりやすい言葉を選んだ、という理由が半分。 もう半分は、この現場実況を伝説とするための功名心。 8年前の惨劇に触れたのも当然意図的なものだ。 ゆかが学生時代に日暮里迷宮災害に巻き込まれたことは、ファンならば皆知っている。計算づくではなく、心の底から漏れた言葉だと受け止められるだろう。 実際は、巻き込まれたといっても隣の区で発生した事件であり、ゆか自身は体育館に数日避難しただけという話なのだが。それを針小棒大に語ることで、あの大災害のサバイバーだという印象を世間に与えることに成功していた。「おや、背中に人影が見えます! 二人の人影が争っているように見えますが……。まさ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第78話 市街戦

■仙台市真央区1丁目 正木邸前 警官隊による非常線を易々と突破した異形の竜は、林立する高層ビル群を抜けて真央区の中心部へと差し掛かっていた。 電柱は埋設され高い建造物はなく、舗装したてのようにまっさらな道路が延々と続く土塀に挟まれて伸びる一角。 すなわち、正木邸の在所である。「いいか、野郎ども! 甘貸志のメンツにかけてここで食い止めるんだぞ!」「へいっ、カシラ! しかし、組の名前を大声で叫んでいいもんで?」「おっと、うっかりしてたぜ。正木のお館は俺たちクープナイブス・セキュリティの一等顧客だ! 死んでもあのバケモンを通すんじゃねえぞ!」「承知しやしたっ!」 道路には装甲車が並び、その後ろには百人を超える黒服の男たちがいた。 手に手に自動小銃、大口径ライフル、果てはロケットランチャーまで携え、軍隊さながらだ。 ――否、軍隊そのものである。 株式会社クープナイブス・セキュリティはいわゆる民間軍事会社だ。 ダンジョン発生を期に、日本では民間軍事会社が合法化されていた。ダンジョンからモンスターが溢れ出る氾濫と呼ばれる現象が頻発し、既存の警察力や自衛隊では対応が間に合わなくなったためだ。 認可には厳しい審査があるが、一度認証を得れば兵器や装備の所持にかなりの自由が許される。 当然、通常であれば反社会的勢力である甘貸志会にそんな認可が下りるはずはない。 だが、正木家の権力がその無理を押し通していた。 正木家は「クープナイブス・セキュリティの一等顧客」と言われていたが、何のことはない。 事実上の創設者であり、オーナーなのだ。正木家に逆らえばPMCの認可は取り消され、せっかく手に入れた武力を失うことになる。甘貸志会は正木家を利用しているつもりだが、現実に急所を握られているのは甘貸志会の側だった。「ま、これだけの装備があってどうこうってこたぁねえだろうがな」 黒服の男は、己の手にした自動小銃を撫でる。 強靭なモンスターに対抗するために開発された新式で、口径は大きく、弾丸には魔法的な処理が施された合金を使用している。たとえ大型のヒグマが相手だったとしても、ただの一発でミンチに変える威力を持つ銃だ。 それだけではない。 ここに集められているのは最新鋭の兵器ば
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第79話 正木一族の秘密

■仙台市真央区 正木邸内部 正木ヒデオの執務室 甘貸志会をただの一撃で粉砕されたことを確認し、正木ヒデオは自衛隊へ迷宮災害派遣を要請した。 災害派遣の要請ができるのは各都道府県の知事だけだ。 これだけの騒ぎの中、自衛隊が出動しなかったのはヒデオがあえて要請をしなかったためである。 今回の迷宮災害は想定外だったが、願ってもない好機でもあった。 新兵器の実戦試験ができただけでなく、民間軍事会社が使用できる兵器の規制緩和の後押しにも使えるだろう。 少々の損失にはなったが、投資としては十分価値があるというわけだ。「お館様、モンスターが敷地内に侵入しました」「脱出ヘリの準備をしろ。神権侵害の在庫は残らず積み込んでおけ」 警備無線を聞きながら報告する秘書の黒服に、正木ヒデオは指示を出す。 神権侵害はいまのところ違法薬物ではないが、世間からは脱法的な存在であると見られている。自衛隊に踏み込まれることで、その製造流通に正木家が関わっていることが露見するかもしれない。そうなればスキャンダルは免れないだろう。 避難の前に、証拠はきっちり隠滅しておく必要があった。 黒服が執務室から出ていくと、ヒデオは書棚に並んだ一冊の本の背を引く。 すると書棚が横にスライドし、壁に埋め込まれた金属製の扉が姿を表した。 虹彩、指紋、静脈を認証し、ダイヤルを回してようやく重い扉が開いた。 扉の向こうは小部屋になっており、祭壇が設えられている。 祭壇の中央には白蛇のミイラが祀られていた。 正木ヒデオはそれを手に取り、丁寧に布で包んで懐にしまう。「ナガムシ様、しばし窮屈にさせますが、何卒ご容赦を」 ヒデオの言葉に反応するかのように、白蛇のミイラが懐でうぞりと動く。 否、たしかに反応したのだ。 白蛇のミイラは、正木家が千年以上にわたって祀る守り神の御神体だった。 正木の家は、蛇神憑きだ。 その歴史は約1200年前、平安時代にまで遡る。 坂上田村麻呂の東征時のことだ。 その軍勢は仙台の地で足止めを食らった。原因は一匹の大蝦蟇である。これが大河に潜んで、渡ろうとする兵たちを次々に飲み込むのだ。 困り果てていると、一匹の白蛇が田村麻呂の夢枕に立った。白蛇は自分の願いを聞けば大蝦蟇を追い
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第80話 超日魂ナメんじゃねえッッ!

■仙台市真央区 正木邸中庭 日本庭園「おらっ、てめえが飼い主だろコラッ!」「な、なんだアレは。おい、早く出せ」「はっ」 何の前触れもなく現れた血まみれの大男に、さすがの正木ヒデオも狼狽えた。ヘリコプターのドアを閉めるのも忘れ、パイロットに離陸の指示を出す。 ローターの爆音がさらに力強さを増し、芝生を吹き散らして浮き上がる。「待てコラッ! トンズラこくんじゃねえぞコラッ!」 大男がヘリに向かって飛びかかってくるが、ぎりぎりでかわして飛び立った。 眼下では、男が口汚く罵倒しているようだが、騒音にかき消されて内容はよく聞き取らない。 ヒデオは咳払いをして姿勢を直し、平静を装って隣に座る黒服に尋ねる。「自衛隊でも、警察関係者でもないな。あれは何者だ?」「わかりませんが、不法侵入者であることは間違いないかと」「愚民が……」 じきに焼失する屋敷だが、下賤な庶民に勝手に踏み込まれるのは気に入らない。 また、突然のこととはいえ、つい狼狽えてしまったことも屈辱だ。「銃を寄越せ」「は?」「銃を寄越せと言っている。あの下郎を撃ち殺してから行くぞ」「はっ!」 ヒデオは黒服からライフルを受け取り、ヘリから身を乗り出す。 こちらが銃を向けていることに気がつくと、男は慌てて逃げ出していった。「ハハハ、下郎が。逃がすわけがなかろう」 ヒデオの唯一の趣味はハンティングだ。 アフリカでライオンを撃ったこともあり、ライフルの扱いには慣れている。 銃口で男を追いながら、スコープの照準を合わせる。 一発、二発、引き金を引くたびに足元の土が弾ける。 距離は近く、当てるのは容易い。 わざと外しているのだ。 ヒデオの口元が愉悦に歪む。 ハンティングの醍醐味は命を弄ぶこの瞬間にある。 怯えた獲物が逃げ惑うのを、時間をかけてじっくり仕留めるのだ。「お館様、あまり愉しまれますと……」「わかっている。言われずとも次でトドメだ」 人間狩りはひさしぶりだ。 本当ならもっと時間をかけて楽しみたいところだが、あまりのんびりしていられる状況ではない。 確実にトドメを刺すため、パイロットに命じてヘリを近づけさせる。 男は壁際まで追い込まれ、もはや逃げ場はない。 建物の中に逃げ込めばよかったのに、パニックでそんな知恵すら回らなかったのだろう。 ヒ
last updateLast Updated : 2026-07-13
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