見た目からすると、女の年頃は二十代半ばくらいだろうか。 黒縁の眼鏡をかけて、首から一眼レフカメラをぶら下げている。カメラバッグらしきものを肩から提げており、一見してカメラマンのような身なりをしていた。「あの、いきなりお声掛けしてすみません。どうしてもお礼が言いたくて!」「お、おう。なんだかわからねえが、いまはちょっとな……」 困惑したクロガネはぼりぼりと頭をかこうとし、手を止めた。 デビル・コースケの髪は、ワックスとハードスプレーを大量に使って逆立てているのだ。下手に触ると手がべたべたになってしまう。「あっ、デビルが逃げる!」「おっかけろ!」「ササカマー! トドメだー!」 こっそり退散するつもりが、引き止められている隙に悪ガキどもに見つかってしまった。「フワーハハハ! 悪は決して滅びぬ! 貴様ら人間の心に闇がある限りな!!」 ひとまず咄嗟のアドリブで間をとる。 マントを翻し、バク転を2回。 演出担当に目配せし、大量のスモークを炊かせる。 その白煙に身を隠し、控室へ移動した。 控室といえば聞こえがいいが、実際は個人スーパーのバックヤードだ。 広場に隣接しており、更衣室も備えていることからイベントの際は控室代わりに借りているのだった。「ふー、危ない危ない。段取りがめちゃくちゃになるところだった」 長い経験でハプニングには慣れているが、あのまま第二ラウンドをはじめても盛り上がる目算がない。だらだら引き伸ばしている印象を与えてしまうだけだろう。 そもそも、イベントの目的は商店街を活気づけることなのだ。 イベンターが出しゃばりすぎてよいことなど何もない。「それにしても今日は暑かったな。喉がカラカラだぜ」「はい、こちらをどうぞ。麦茶です。よく冷えてますよ」「お、さんきゅー。それは気が利いてるな……って、おい」 水筒の蓋に麦茶を注いで差し出してきたのは、さきほどの眼鏡女だった。「あー、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだ。すまねえが出て行ってくれるか? 麦茶、ありがとうな」 麦茶を一息に飲み干し、コップ代わりの蓋を返す。 冷たい対応かもしれないが、ここは借り物の場所なのだ。 部外者を勝手に入れるわけにはいかない。「すみません。どうしてもお礼が言いたくて……」「お礼ねえ」 そう言われても、クロガネには心当
Last Updated : 2026-07-13 Read more