「いやっ、話は遥さんが思っているようなことじゃないんです。怜司の奴は……あの楽譜を莉奈ちゃんに渡したかったわけじゃないんです。あれは遥さんが書いたものだから、全部集めておきたかっただけで……!」駿は焦りの色を滲ませて言葉を継ぎ、どうにか遥をなだめようとする。怜司の抱える複雑な感情は、長年の付き合いになる駿でさえ、実のところ理解に苦しむものだった。破り捨てられた楽譜の切れ端を、怜司が拾い集めていたあの時も、駿は思わず首をひねってしまったのだ。あれではただ、相手をいたずらに振り回しているだけではないか、と。だが、直後に怜司がこぼした一言だけは、今でも鮮明に耳に残っている。「遥さんの楽譜は一つも逃したくない。莉奈ちゃんには絶対に渡さないって、あいつが!」常識的に考えれば、到底理解できない振る舞いだ。全部集めておきたいと執着する一方で、1億円の返済を容赦なく迫る。少なくとも駿には、まったくもって腑に落ちない行動だった。しかし、あの男の傍らに長年いた友人としてこれまでを振り返れば、わずかに理解できる気もしてくる。なにしろ怜司という「イカれた男」は、己の真意を素直に言葉にすることが、誰よりも下手なのだ。いつだって、常軌を逸した行いでしか感情を表現できない。「集めておきたかったですって?要するに、こういう形で私を痛めつけたかっただけでしょう。1億円のために夜も眠れず、あちこち駆けずり回らせて」遥の唇に、嘲るような笑みが浮かぶ。あまりにも都合のいい言い訳だ。さすがは怜司の親友であり、医師でもある駿だ。怜司の周囲にいる人間など、最初から誰一人信じるべきではなかった。「怜司は君のことを大事に思いすぎているからこそ、失うのが怖くて、あんな極端なやり方しか選べなかったんですよ。君たちの間には、ずっと誤解やすれ違いがあったでしょう……」駿はなおも弁解を重ねたが、遥の耳にはもう何一つ届いていなかった。大事に思っている、だなんて。この6年間、怜司が遥をどう扱ってきたか。他でもない遥自身が、嫌というほど思い知らされている。どんなもっともらしい理由を並べられても、それだけは絶対に信じられない。「なら鈴木先生は?どうして怜司に手を貸したりしたんですか。ずっと友達だと、親友だとさえ信じていたのに、あなたまで私にこんな仕打ちをする
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