All Chapters of 娘の命日に離婚宣告。クズ夫が土下座で大後悔: Chapter 111 - Chapter 120

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第111話

「そうだ、お前のような人間とは最初から組むべきじゃなかった。買い被っていたよ!」「さっさと損害を賠償して出て行け!ここでこれ以上、我々の時間を無駄にするな!」株主たちは誰も、遥の言葉に耳を貸そうとはしなかった。ちょうどその時、昭が勢いよく部屋へ入ってきた。会社が自分に知らせず緊急会議を開いたと聞いた時点で、株主たちが遥を責め立てるであろうことは、すでに察していたのだ。「皆さん、私が保証します。遥さんは絶対に盗作などしていません。この先の楽譜も、私たちは一緒に作ってきました。彼女にはそれだけの実力がある」だが本当に盗作かどうかなど、株主たちにとってはどうでもいいことだった。それを、昭自身も分かっていた。「社長、あなたは感情的になりすぎている。目の前にある事実は事実だ。こちらが証拠を得るまでは話にならない」最終的に、昭はどうにか遥のために、賠償請求だけは当面見送らせることができた。それでも、契約解除は免れなかった。証拠を見つけるための期限は1週間。それが過ぎれば、やはり賠償を求めるという話になった。もともと心が不安定だった遥は、胸が苦しくなるのを感じた。1週間のうちに証拠を見つけられなければ、盗作の汚名を背負うだけでなく、莫大な賠償金まで支払わなければならない。創作の過程を写真に残す習慣もなかった彼女にとって、証拠を見つけることは至難の業だった。パソコンでの作曲作業にも慣れておらず、紙の楽譜だけでは制作時期を客観的に証明できない。今できる唯一の方法は、自分を陥れた人物を見つけ出すことだけだった。だが、遥がどれだけ手を尽くしても、その人物には接触できなかった。一方、怜司もただ病院で休んでいただけではなかった。この件を知ると、すぐに自分の人脈を使って、彼女を陥れた人物を探し出していたのだ。高宮沙耶(たかみや さや)。調べによれば、彼女は作曲家で、制作の際には必ず電子データを残している。この違いこそが、遥だけが証拠を示せない理由になっていた。だが、本物の実力というものは、決して変わりはしない。怜司は沙耶を見つけ出すと、ひとつの条件を突きつけた。遥と共に、権威ある作曲コンクールへ参加すること。規定の時間内にふたり同時に作曲を行い、それぞれの曲に込めた意味を詳しく説明する、というルール
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第112話

だが、事態は遥の思惑通りには進まなかった。彼女が楽譜の構想を練っている最中のことだった。不意にスマホが鳴った。見知らぬ番号だった。少し迷ったものの、結局電話に出た。「……はい、どちら様でしょうか」電話の向こうから、焦った様子の男の声が聞こえてきた。「藤井遥さんでしょうか。高宮沙耶先生のアシスタントです。先生が急に持病の発作を起こして緊急で病院に運ばれました。明日のコンクールには、どうしても出られません」持病の発作?よりによって、こんな時に。明らかに自分を狙った妨害だ。手にしていたペンが床に落ちる。遥は冷たく笑い、問い返した。「随分と都合のいいタイミングで発作が起きるんですね」皮肉たっぷりの言葉にも相手は特に反応せず、同じ調子で繰り返すだけだった。「私たちも早く先生の無実を証明したいんです。ただ、今朝までは元気だったのに、さっき急に倒れてしまって」まさに盗人猛々しいとはこのことだ。沙耶の無実を証明したいだなんて、よく言えたものだ。これは明らかに、嘘がばれるのを恐れて、わざと仕組んだに違いない。これ以上言い争う気力もなく、遥はすぐに電話を切った。スマホの画面が次々と点滅する。SNSには通知が止まらず流れ、ネット上はあっという間に大騒ぎになっていた。【衝撃!藤井遥、高宮沙耶を故意に追い詰め発作を誘発?コンクール参加不能に――痛いところを突かれた末の凶行!】【続報!盗作疑惑も収まらぬ中さらなる騒動――責任逃れのためにここまでやるとは!】悪意に満ちた見出しが、次々と目の前を流れていく。添えられた画像は、沙耶が担架で救急車に運ばれていく、ぼやけた1枚だった。コメント欄は非難の声で埋め尽くされ、ネット上の人々は便乗するように遥を責め立てた。言葉はとても直視できないほど酷いものだった。遥は怒りに任せて、スマホを放り投げた。「自分が悪いくせに、よくこっちを責められるわね!」……その知らせが怜司の耳に入った時、彼の表情は一瞬で暗く沈んだ。敵が裏で手を引いている以上、目的はただひとつ。遥を完全に追い詰めることだ。怜司は以前から沙耶の弱みを握っていて、それを使って彼女を脅していたのだ。相手が証拠を捏造できるなら、こちらも相手を陥れる証拠を捏造すればいい。悪党相手に、正々堂
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第113話

「へえ、どんな方法?」莉奈はポケットから子供用スマホを取り出し、掲げながら言った。「前に遥さんが曲を作ってるのを見て、すごいなって思って、こっそり撮っておいたの。これで絶対、遥さんが盗作じゃないって証明できるよ!」それを聞いた花梨は、思わずふらつきそうになった。いつもぼんやりしているように見えるこの子が、まさかそんなものを隠し持っていたとは想像もしていなかった。だがすぐに平静を取り戻し、顔に笑みを浮かべる。「まあ。さすが莉奈、本当に賢いのね!そのスマホ、ママに貸して。この大事な証拠、遥さんに届けてあげるから。きっとすごく喜ぶわよ」莉奈は母親を微塵も疑うことなく、嬉しそうにスマホを手渡した。花梨はそれを受け取り、やっと息をついた。――このスマホだけは、絶対に遥の手に渡してはならない。それどころか、この機に乗じて莉奈の病状を再び悪化させてしまおう。莉奈が倒れれば、怜司はきっと娘のことに気を取られ、遥のことなど構っている余裕もなくなるはずだ。それに、この機を逃さず証拠を消してしまえる。まさに一石二鳥だ。そう考えると、花梨は足早に莉奈の部屋へ向かい、引き出しから前もって用意していた薬を取り出した。この薬は、以前から莉奈のために用意していたものだ。少し量を増やせば、莉奈の病状を悪化させることができる。花梨は薬の量を増やし、莉奈の好きな服薬補助ゼリーに混ぜた。莉奈に薬を飲ませようとしたその時、不意に怜司が帰宅した。ドアの開く音に、花梨は手にした薬瓶を取り落としそうになった。怜司が予定より早く退院するとは、思いもしていなかったのだ。それも、よりによってこんな時に……!パニックに陥った花梨は、後先考える余裕もなく、量を増やした薬を莉奈に飲ませた。薬を飲み込んだ途端、莉奈は小さな顔を歪め、苦しそうな表情を浮かべた。花梨は莉奈を抱き上げ、笑顔を作って怜司に言った。「怜司、早く退院するなら一言くれてもよかったのに。今日ははしゃぎすぎて疲れちゃったみたいだから、もう寝かせるところなの。部屋まで連れていくわね」そう言いながら、怜司の横をすり抜けようとする。怜司は花梨のどこか慌てた様子に、疑念を抱いた。いつもなら顔を見るたび嬉しそうにしているはずの花梨が、今日はどうもおかしい。それに、莉奈の様子
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第114話

怜司は花梨の言葉をまるで信じていなかった。眉を強く寄せ、彼女の抱く莉奈へと歩み寄る。「莉奈を渡せ。いったい何があったのか、確かめる」花梨は莉奈を強く抱きしめ、一歩後ろへ下がった。笑みはますます硬くなっていく。だが、このまま押し問答を続ければ、いずれ事はすべて露見してしまう。それは彼女自身、よく分かっていた。もはやどうにもならない。花梨は、共倒れになってでも抗う覚悟だった。莉奈を盾にして、彼を脅すしかない。ちょうどその時、怜司のスマホが鳴った。画面に目をやると、駿からの着信だった。怜司はすぐに応答した。電話の向こうから聞こえる駿の声は、明らかに震えていた。「怜司、大変だ!遥さんは誰かに尾行されて、襲撃されたんだ!今、病院に運ばれている!」その言葉を聞いた瞬間、怜司の頭の中が真っ白になった。何人もの人間を護衛に送り込んでいたはずなのに、どうしてこんなことになったのか。花梨にかまけている場合ではなかった。彼はすぐに踵を返し、戸口へと駆け出した。考えている時間はない。今、何よりも大切なのは遥のことだった。怜司がこうして出ていくとは、花梨は予想もしていなかった。張り詰めていた心がやっと落ち着き、大きく息をつく。眠たそうな莉奈を抱いたまま足早に部屋へ入り、そっとベッドへ下ろすと優しく声をかけた。「莉奈、いい子だから早く寝てね。ママがここにいるから」さっきの莉奈は実に都合よくおとなしくしてくれた。そのおかげで、怜司に余計なことを話されずに済んだ。そうでなければ、遥に状況を覆されていたかもしれない。――遥よ、あなたの娘は、確かにあなたの小さな救世主だったわね。でも今は、この子はすっかり私の言うことを聞くようになったのよ。だから、あなたはそこでゆっくり死を待っていればいい。莉奈が寝入ったのを確認すると、花梨は子供用スマホを手に取り、遥の無実を証明するはずだった映像を削除した。さらに、データを復元できないよう端末を初期化した。それでも安心できず、花梨は監視室へ向かい、自分の行動が映っていそうな映像を削除していった。最後の映像を消し終えると、花梨はぐったりと椅子に座り込んだ。「ふん、遥。もうこれで、あなたは完全に終わりよ」これでようやく、安心して眠れる。これまで何度も遥に先を越されてきたけ
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第115話

ツンと鼻を突く消毒液の匂いが、辺りに満ちていた。遥は反射的に手を上げようとしたが、その動きで傷口が引きつり、骨に響くような痛みに思わず息を呑んだ。――私の手……大丈夫なのか?「……目が覚めました?」駿の声だ。聞き違えるはずがない。遥は苦労しながら頭を動かし、ベッドの傍らで疲れ切った顔をしている怜司の姿を見た。「私の手が……っ」遥の声はかすれ、問いかける声も震えていた。駿は一瞬目を逸らした。少し迷ったものの、やがて真実を告げる。「手術は成功しました。切断は免れました。だけど……手の筋や骨に損傷があります。治るまでには時間がかかるし、しばらくは作曲を続けるのは難しいでしょう」その言葉を聞いた瞬間、遥の目の前が暗くなり、頭の中が真っ白になった。創作は自分にとって、もうひとつの命だった。生きる意味を見つけさせてくれたものだ。今、自分には何も残っていない。家族はもう失った。希も失った。そして今、誇りだった創作さえも奪われようとしている。音楽理論の知識を頼りに作曲することはできても、今は楽器を弾くこともできない。しばらくは、手を動かすこともできないのだ。相手の狙いは明らかだった。自分が盗作の濡れ衣を晴らすのを、徹底的に阻止するためだ。遥はぼんやりと天井を見つめた。瞳には何も映っておらず、涙だけが止まらずに頬を伝っていく。「どうして……どうしてこんなことに……っ」呟くように声が漏れる。あの護衛は本当に裏切ったのか、それとも怜司が仕組んだことなのか。すべて、怜司の差し金なのだろうか。考えたくもなかったが、怜司は今、よくものうのうとここにいられるものだ。――私の惨めな様子を笑いに来たつもりなのだろうか。「今はあまり考えすぎずに、まずは傷を治すことだけ考えましょう。きっとよくなりますよ。何か方法があるはずです」遥にはその声が届かなかった。駿の慰めさえ、まるで白々しく聞こえた。病室は静まり返り、時折漏れる遥の押し殺した泣き声だけが響いていた。傍らに座っていた怜司は手を伸ばし、彼女の涙を拭おうとしたが、空中でその動きを止めた。「遥、そんなに悲しまないでくれ。俺は……」遥は激しく顔を向けた。その口元には冷笑が浮かんでいる。そんなに悲しむなだなんて、よくもそんなことが言えたものだ。
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第116話

尋問室。裏切った数人の護衛たちが椅子に縛られ、顔中を腫らしていた。怜司が入ってくるのを見た瞬間、彼らの体は思わず震え出した。彼らは怜司の部下だったからこそ、その手段の恐ろしさを誰よりも知っていた。というより、以前誰かを罰する側に立っていたのも彼ら自身だったのだ。「言え。誰の指示で、遥を傷つけたんだ」怜司の声は冷たく、全身から凄まじい怒気を漂わせていた。自分が鍛えた部下が、遥の手を傷つけた。自分の意志でなかったとしても、遥を傷つけたことに変わりはない。護衛たちは頭を垂れ、口を固く閉ざしたまま何も言わなかった。怜司は勢いよく傍らの机を蹴り倒した。そして前に出て、護衛のひとりの襟を掴み、その顔を無理やり上げさせた。「口を割らないなら、これ以上容赦はしない」その護衛は恐怖で顔面蒼白になり、唇を震わせながらも、一言も発しなかった。怜司はさらに激しい尋問を続けた。それでもなお、彼らは口を割らなかった。「これに耐えられると思っているのか?」怜司は歯を食いしばった。「口を割らせる手段なら、他にもいくらでもある」護衛たちは無残に痛めつけられ、もはや見る影もなかった。体には無傷の場所などほとんど残っていない。遥の手を傷つけた報いとして、彼らの手もひどく傷つけられていた。怜司がどれほど脅しても懐柔しようとしても、彼らは誰かに指示されたことを決して認めようとはしなかった。この者たちを部下に選んだ時、怜司は身寄りのない者たちばかりを選んでいた。そうすれば敵に利用される余地もないと思っていたが、いざ自分が裏切られる側に回ると、それが完全に裏目に出てしまった。彼は苛立たしげに手にしていたものを投げ捨てた。「尋問を続けろ。死なせるな」最近、自分がひどく怒りやすくなっていることは彼自身も感じていた。それに、物忘れも激しい。ふとした事を、何度も忘れてしまう。どうも、あの時の怪我以来、こんな調子が続いているようだった。以前、遥の言葉に激しく動揺した時から、今もまだ治っていないらしい。この者たちは、徹底的に問い詰めなければ答えは出ないだろう。彼は駿の診察を受けることにした。駿はちょうど資料を慌てて片付けているところで、少し忙しそうだった。「駿、どこへ行くんだ?」怜司が来るとは、駿
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第117話

怜司はしゃがみ込み、莉奈の小さな顔を両手で包みながら、努めて優しく尋ねた。「莉奈、パパに教えて。最近、何か変わったことはなかったか?」その言葉に、花梨の心臓が大きく跳ねた。やはり予感は正しかったのだ。彼はすでに疑い始めている。事前に手を打っておいたのが幸いした。莉奈は大きな瞳を瞬かせ、小首を傾げて考えると、幼い声で言った。「莉奈、ちゃんと寝てるよ。でも、パパにずっと会えなくて寂しかったの」怜司はわずかに眉を寄せ、さらに尋ねる。「パパに会いたい以外には、何かなかったか?」莉奈は何も分かっていない様子で首を横に振った。「……ないよ」花梨は慌てて前に出て、莉奈を抱き上げた。「この子ったら、ずっとあなたのことばかり話してたのよ。でも最近は忙しいし、怪我もしてるから、邪魔したくなくて。治療や仕事の邪魔をしたくなかったの」この言葉は、母が確かに何度も繰り返していたものだった。莉奈にはよく分からなかったが、頭の中に最も残っているのはこの一言だった。だから彼女は頷き、同じ言葉を繰り返した。「そうそう、ママがパパは忙しいから、莉奈はいい子にしてなさいって言ってたの」怜司は親子のふたりを見つめ、どこか引っかかるものを感じたが、これといった決め手は見つからなかった。――本当に、俺の考えすぎなのだろうか。最近、怜司は自分の精神状態がどんどん悪くなっている気がした。それでようやく、花梨は張り詰めていた心をゆっくりと落ち着かせた。事前に、記憶を曖昧にする薬を莉奈に飲ませておいたのが幸いした。子供だから影響も出やすく、莉奈はもう、あの時撮影したことすら覚えていなかった。怜司は莉奈にもう少し言葉をかけ、よく眠るように言うと、身を翻して部屋を出た。リビングに戻ると、怜司は疲れた様子でソファに腰を下ろし、こめかみを押さえた。花梨が歩み寄り、小さく尋ねる。「怜司、お水でも飲む?」怜司は手を振るだけで、何も答えなかった。沈黙は、時に言葉よりも恐ろしい。花梨の視線はどこか落ち着かず、彼女は深く息を吸った。怜司の表情を時折窺いながら、今になって何かに気づかれるのではと内心びくびくしていた。長い沈黙の後、怜司がふいに口を開いた。「花梨、最近の会社のことと、遥が怪我をした件。この裏に、誰かが仕組んで
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第118話

彼女が以前、自分に施してくれたツボ押しは、確かに効果があった。怜司はすぐにパソコンを閉じ、花梨のもとへ向かった。花梨は莉奈を寝かしつけている最中だった。彼の姿を見ると、人差し指を唇に当て、「しっ」と小さく声を出す。そのまま部屋の外へ出ていく。怜司もその意図を察し、静かにドアを閉めた。「どうしたの?私に何か用?」そう言いながら、わざと胸元の服を少しはだけさせる。怜司が自分から訪ねてくるのは珍しいことだ。この機会を、しっかりと活かさなければ。「ネットで見たんだが、手の怪我は適切なツボ押しをすれば回復が早まるらしい。お前のあの特別なやり方で、遥に施してやってくれないか。そうすれば早く良くなるはずだ」それを聞いた花梨の顔色は、一瞬で険しくなった。だがすぐに、笑顔を取り戻す。「怜司、私だってやりたくないわけじゃないの。ただ……指はうかつにマッサージできる場所じゃないのよ。他の場所とは違うから。ちょっと間違えただけで、傷を悪化させてしまうかもしれないし」専門的なことだから、花梨の言うことも間違いではないのかもしれない。それでも怜司はただ静かに頷くだけで、それ以上何も言わなかった。「分かった。ならいい」花梨は甘い笑みを浮かべ、身を翻してキッチンへ向かった。グラスに水を注ごうとしたその手は抑えようもなく震え、コップをひっくり返しそうになる。その物音は書斎にまで届き、怜司は眉を寄せると、上着を手に取って出ていった。……病院。病室のドアを開け、怜司は持ってきた品を傍らの机に置いた。だが遥は、何の反応も見せず、まともに目を向けようともしない。「遥、体に良さそうなものを持ってきた。回復の助けになるはずだ」遥はただ首を横に振るだけで、一言も口を利こうとしなかった。怜司は諦めなかった。適度なツボ押しやリハビリが、回復の助けになるはずだ。「ツボを押してやろうか。それとも、簡単なリハビリを一緒にやってみるか?」遥の答えは変わらず拒絶だったが、今度は苛立ちが混じっていた。「じゃあ、りんごでも剥こう。新鮮で体にいい」彼はりんごをひとつ手に取り、慣れた手つきで皮を剥いていく。だが、剥き終わったりんごを遥の口元へ差し出した、その時だった。彼女は勢いよく手を振り払い、りんごは床に落ちて転がり、
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第119話

怜司は、遥がりんごを食べ終えるのを見届けてから、ようやく視線を外した。彼女は一度も彼と目を合わせようとしなかった。まるで彼がそこにいないかのように。「食べ終わったわ。もう行って」遥は最後の一口を飲み込み、冷たく言った。怜司はりんごの芯をゴミ箱へ放り投げた。その動きはやけにゆっくりで、少しでもこの場に長居しようとしているかのようだった。それでも、遥は一度も顔を上げようとはしなかった。「遥……」彼の声はかすれ、どこか疲れを帯びていた。「あの件は……本当に悪かった。だけど、絶対に俺が指示したわけじゃない」遥は何も答えず、窓の外へ顔を向けた。彼の言葉などまるで耳に入っていないかのようだった。もちろん、彼の仕業ではないことは分かっていた。だが、彼女が望んでいたのは、信じてもらえないことがどれほど苦しいのかを、彼自身にも味わわせることだった。やがて彼はため息をつき、身を翻して病室を出ていった。その後の世論の流れは、ほとんど怜司が掌握していた。沙耶と遥が同時に入院したことで、誰かが仕掛けたのは明らかだった。沙耶が仮病だと言う者もいれば、遥が人を雇って仕組んだ芝居だと言う者もいた。ネット上の意見は、とにかく様々だった。それでも株価は落ち着きを見せ始めていた。勝負に出る投資家たちが、遥を信じる方へ賭けたのだ。形勢が逆転すれば、それこそ莫大な利益を生むと踏んでのことだった。ビジネスの世界を長く生きてきた者ほど、これが単純な話ではないと見抜いていた。西園寺グループの側でも、昭は遥の賠償の期限を一時的に延ばしていた。ふたりとも入院中であり、しかも遥は何者かに襲われているのだから、簡単には幕引きにできなかった。外では、怜司が自らの手で遥を傷つけたという話も流れていた。夫婦の間の確執は、修復不可能な状態に達していると噂されていた。この話は、怜司によってすぐに封じ込められた。今やこの一件は大きな注目を集め、多くの人々がその真相を気にかけていた。誰もが、ふたりが回復した後に行われるコンクールの結果を待っていた。いったい、誰が誰の作品を盗んだのか、それを確かめるために。数日後、怜司は再び病院を訪れた。今回は見舞いの品も持たず、ただ病室の外の長椅子に腰を下ろしていた。遥の傷は徐々に良くなり、
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第120話

遥はずっと、一刻も早く離婚したいと思っていた。彼がずっと引き延ばしていなければ、今はもう何の関わりもなくなっていたはずだ。そうすれば、彼を追い出す正当な理由もできる。怜司は「離婚」という言葉を聞いた瞬間、顔が一気に青ざめ、冷たい声で言った。「……だめだ。離婚には同意しない」これまで遥が離婚を口にするたび、彼はそれを単なる駆け引きだと思っていた。だが今となっては、もう自分を騙し続けることはできなかった。彼女は本気で離婚したいのだ。本気で自分から離れたいのだ。そんな答えを望んでいたわけではなかった遥は、冷たく鼻を鳴らす。「はっ。素直に離婚した方がいいわ。でないと、裁判で離婚を求めることになるから」その言葉は最後通告のように響き、怜司の頭に激しい痛みが走った。彼は額を押さえる。最近、こうした症状がますます頻繁になっていて、意識も散漫になりがちで、物忘れも頻繁だった。これまでは遥の前でも理性を保つことができていたはずなのに。だが今の一言が、頭痛をさらに激しくさせた。目の前の景色さえぼやけて見える。最近、彼の症状はかなり深刻になっていて、昨日遥と会った時に何があったのかさえ覚えていなかった。覚えているのは、彼女がいつも冷たく自分を拒んでいたことだけだった。今日の頭痛はひときわ激しく、体が思うように動かず、ふらつくのを感じた。「遥、俺は……今日はあまり体調が、良くないっ」怜司は苦労しながらその言葉を押し出したが、声は弱々しく、ほとんど聞き取れないほどだった。遥は彼を見なかった。この頃はずっとそうしてきた。だから、彼の体が本当に不調であることにも気づかなかった。彼女はそれもまた自分を騙すための芝居だと思うだけだった。「調子が悪いなら帰って」彼が帰ればせいせいする。誰も彼を無理に引き留めているわけではないのだから。「それじゃ……俺は先に行く。何かあったら呼んでくれ……」そう言うと、ふらつきながら身を翻して去っていった。自宅に戻った途端、怜司はとうとう持ち堪えられず、目の前が暗くなってそのまま重く床へ倒れ込んだ。再び目を開けた時、頭は重く霞み、視界もどこかぼやけていた。花梨は目を赤くしながら、彼が目を覚ましたのを見てようやく表情を明るくした。「怜司、やっと気がついたのね
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