神崎家を出て、門が見えなくなるまで、蓮司は何も言わなかった。 車内には方向指示器の音だけが響いていた。 「美咲さん」 赤信号で車が止まる。 「父が認めないなら、神崎グループを離れることも考えています」 蓮司の声には迷いがなかった。 その迷いのなさが、怖かった。 家族と会社と恋愛を、1本の線で切ろうとしている。 崇は決断を先延ばしにして嘘を重ねた。 蓮司は逆に、決断を急ぐことで、話し合う余地を消そうとしている。 方向は違っても、相手へ完成した結果を渡す点は同じだった。 私は膝の上で組んでいた手をほどいた。 「それ、いつから考えていたんですか」 「会う前からです。父があなたを家の都合で否定するなら、継ぐ意味はないと思って」 信号が青に変わる。蓮司は前を向いたまま、続けた。 「退任届の下書きもあります」 胸の奥で、警報が鳴った。 私のためにすべてを捨てる。その言葉は愛情のように聞こえる。 けれど、受け取った瞬間から、私は蓮司の人生まで背負わされる。 「車を止めてもらえますか」 蓮司は近くの駐車場へ入った。 「見せてください。その下書き」 差し出されたスマホには、確かに取締役退任の文面があった。 宛先も日付も空欄だったが
Last Updated : 2026-10-01 Read more