All Chapters of 夫の浮気相手は、私の妹でした〜いまから夫の浮気を暴きます〜: Chapter 51 - Chapter 60

81 Chapters

50話

神崎家を出て、門が見えなくなるまで、蓮司は何も言わなかった。 車内には方向指示器の音だけが響いていた。 「美咲さん」 赤信号で車が止まる。 「父が認めないなら、神崎グループを離れることも考えています」 蓮司の声には迷いがなかった。 その迷いのなさが、怖かった。 家族と会社と恋愛を、1本の線で切ろうとしている。 崇は決断を先延ばしにして嘘を重ねた。 蓮司は逆に、決断を急ぐことで、話し合う余地を消そうとしている。 方向は違っても、相手へ完成した結果を渡す点は同じだった。 私は膝の上で組んでいた手をほどいた。 「それ、いつから考えていたんですか」 「会う前からです。父があなたを家の都合で否定するなら、継ぐ意味はないと思って」 信号が青に変わる。蓮司は前を向いたまま、続けた。 「退任届の下書きもあります」 胸の奥で、警報が鳴った。 私のためにすべてを捨てる。その言葉は愛情のように聞こえる。 けれど、受け取った瞬間から、私は蓮司の人生まで背負わされる。 「車を止めてもらえますか」 蓮司は近くの駐車場へ入った。 「見せてください。その下書き」 差し出されたスマホには、確かに取締役退任の文面があった。 宛先も日付も空欄だったが
last updateLast Updated : 2026-10-01
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51話

神崎家の情報管理窓口から返事が来たのは、翌朝だった。 【ご照会の件、秘書から外部の広報顧問へ、面会の準備を依頼していたことを確認しました】 朝食の皿を置こうとした手が止まった。 外部。 会長と蓮司と、日程を調整した秘書。 その3人だけだと聞いていたのに、私の知らない人が、会う前から私を調べていた。 「ママ、こぼれる」 陽翔の声で、傾いた皿を戻した。卵焼きが端へ寄っている。 「ごめん。はい、どうぞ」 スマホを伏せ、向かいに座った。陽翔が卵焼きを口へ運ぶ。 いつもの朝を、画面の向こうの誰かにまで渡したくなかった。 食事を終え、陽翔が床に車を並べ始めてから、私は続きを開いた。 依頼の目的は、会長に見せる公開記事と投稿の整理。 けれど、依頼文には私の訪問予定日時も書かれていたという。 肝心なところが、抜けている。 【子どもの名前、住所、園の情報は渡っていますか。 確認できた範囲と、まだ分からない範囲を分けて教えてください】 送ってから、もう1通続けた。 【説明だけでなく、実際に送ったメールと添付資料を確認したいです】 誰が私をどう評価したのかは、もういい。何を外へ出したのか。 それを、出された私が知らないままではいられなかった。 …… 
last updateLast Updated : 2026-10-02
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52話

【面会情報を非公開とする指示は、外部の顧問へ伝達されていませんでした】 追加の回答がそろったのは、2日後の夜だった。 私はその一文を読んでから、通話画面の担当者へ顔を上げた。隣の小さな枠に、蓮司が映っている。 「回収したのは、あの部屋にあった紙だけですか」 「はい。秘書は、外部へ送付済みであることを会長へ報告していませんでした」 机の端には、陽翔の絵があった。寝る前に、ここに置いて、と渡されたものだ。 私はその紙を脇へよけた。 あの応接間で、言葉を選びながら頼んだ。陽翔の生活と、仕事と、匿名で書いた私をつなげないでほしいと。 目の前の紙が片づくのを見て、伝わったと思った。 「では、私がお願いしたあとも、外には残ったままだったんですね」 「その通りです。申し訳ありません」 謝られるたびに、あの部屋へ戻って、誰かの手を止めたくなる。でも、もう戻れない。 私は画面の下の資料を開いた。 「その先を見せてください」 …… 秘書から顧問へ送られたメールには、私の公開記事の一覧と、訪問の予定があった。 顧問は、一覧にある記事の内容を確認するため、その掲載媒体の担当者へ連絡していた。 元の依頼文を、訪問日が残ったまま転送している。 「この日付も必要だったんですか」 「記事の確認には、必要ありませんでした。顧問からも、その説明を受けています」 
last updateLast Updated : 2026-10-03
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53話

翌朝、私は下書きを開き、交際を否定する言葉を足さずに送った。 出資は受けていない。交際を理由に仕事を与えられたという記述は事実ではない。訂正を求める。 匿名アカウントとの関係については回答しなかった。 答えないことを、記事の断定を認めた意味に取らないよう、その点も書き添えた。 蓮司の側からは、出資が行われていないことと、面会情報を外へ渡してしまった経緯を、掲載元へ回答した。 私が立派かどうかを説明する文章は、どちらにもなかった。 その翌日、記事が変わった。 訪問日と、写真を匿名の投稿に並べた画像が消えていた。 神崎の援助を受けたという断定も、削除されている。 末尾には、本人への確認をせず、根拠のない記述と情報の結びつけを行ったという訂正が残った。 全部が消えたわけではない。引用した投稿も、悪意のある言葉も、まだ見つかる。 それでも、仕事で私の名前を調べた人が、あの記事を正しい情報として読む状態は変えられた。 私は訂正後の画面も保存し、開いていた原稿へ戻った。 朝から何度も読み直した段落があった。 自分の文章なのに、さっきまでは、どこを直したかったのか分からなくなっていた。 いまは、分かる。 1行削り、次の文をつないだ。 …… その日は、執筆の時間を取るため、前から母に手伝いを頼んでいた。 自宅で陽翔を見てもらい、私は駅前の店で原稿を仕上げた。
last updateLast Updated : 2026-10-04
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54話

「退任届は出しません。いまの仕事を続けます」 約束した夜、画面の向こうで、蓮司は最初にそう言った。 私は膝の上の手をほどいた。陽翔が眠った部屋の扉は、少し開けてある。 机の時計は21時を回ったところだった。 もう一つの枠に、会長が映っていた。 「家のことを考え直した、ということか」 「仕事のことを、考え直しました」 蓮司は言い直した。 「辞めたい理由を書いたら、父への怒りばかりでした。担当している仕事を、もうやりたくないとは書けなかった」 車の中で見せられた、宛先のない退任届を思い出した。 あのときは、すべてを決めた人の声だった。 今夜の蓮司は、一度言葉を止め、考えてから続きを話した。 「残って、最後までやりたいことがあります。だから残ります。美咲さんとの関係を認めてもらうための交換条件にはしません」 会長が口を開きかけ、閉じた。 私は蓮司を見ていた。 私が引き止めたから、とは言わなかった。そのことが、嬉しかった。 「外部の役員にも相談しました。今後、私生活への懸念が仕事の判断へ持ち込まれたとき、父と僕だけで話を閉じないためです」 「取締役会で結論が出たわけではないだろう」 「はい。これからです。会社に影響する話なら、会社の場で扱ってください。交際をやめれば解決する、という話には戻しません」 会長は机へ目を落とした。 「社員や取引先への
last updateLast Updated : 2026-10-05
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55話

崇とふたりで話す時間は、設けない。 翌朝、私はそう書いてから、もう一度メールを読み直した。 父親として、今後の面会の条件を見直したい。 けれど、陽翔のことで何を話したいのかは書かれていなかった。 交際の記事を読んだことと、私に会いたいことだけが、つながっている。 一度は、蓮司が陽翔にどう接しているかを書きかけた。 公園で会ったこと。急に抱き上げたり、何かを買い与えたりしない人だということ。 そこまで打って、指を止めた。 崇に分かってもらうために、私たちの休日を差し出そうとしていた。 その数行を消す。 【私と直接話す時間は設けません。陽翔との面会について、具体的に確認したいことがあれば、こちらの窓口へお願いします。次の定例面会は、これまでの約束どおりに行うつもりです】 宛先は崇ではなく、調整をしてくれている窓口のまま。送信して、画面を閉じた。 「ママ、これ、かばんに入る?」 陽翔が、青いボールを両手で持ってきた。明日のために出しておいた袋へ、押し込もうとしている。 「それは小さいかな。大きい袋、出そうか」 「こっちがいい。ぼくのだから」 少し考えて、持ち手にボール用の網を結んでみせた。 陽翔は肩にかけ、膝に当たるボールを見下ろした。 「歩ける?」 「ゆっくりなら」 試しに廊下を歩く背中を見て、笑ってしまった。 
last updateLast Updated : 2026-10-06
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57話

土曜日、迷った末に選んだのは、歩くと裾が少し揺れるワンピースだった。 鏡の前で髪を耳にかけ、戻す。結局、そのままにした。 「ママ、くるってして」 着替えを見にきた陽翔に言われ、半回転だけしてみせる。 「おひめさまだ」 「そんなに回ったら、目が回るお姫様だけどね」 母が台所から笑った。 夕飯は温めれば食べられるようにしてある。帰る時間も伝えた。 陽翔には数日前から、今夜はおばあちゃんとご飯を食べると話してあった。 それでも玄関で振り返ると、息子は母の隣で手を振っていた。 「いってらっしゃい」 「行ってきます」 何かを許してもらうためでなく、そう言って外へ出た。 待ち合わせた店の前に、蓮司はもういた。 いつものスーツではない。柔らかそうなシャツの袖が、手首のところで折り返されていた。 こちらに気づいた彼が、言いかけた言葉を止める。 「何か、変ですか」 「いえ。とても似合っています」 少し遅れて、目を合わせてくれた。 「見てしまいました」 正直に言われる方が、困る。 「私も、見ていました」 彼の袖を指さすと、蓮司は自分の腕を見下ろし、それから笑った。 予約してくれた席は、窓に近い小さなテーブルだった。向かいへ座ると、前
last updateLast Updated : 2026-10-08
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58話

香織は、自分のことを「陽翔の叔母」と書いていた。 【以前から姉の留守中に陽翔の世話をしてきました。大人同士の問題で会えなくなりましたが、叔母として、もう一度会う機会をいただきたいです】 仕事の休憩室で、私は椅子の背から体を起こした。 下には、母も陽翔との親しさを知っている、と続いている。 私の妹ではなく、息子の叔母。 香織が陽翔と遊んだことはある。息子が香織を好きだったことも、消したくはない。 でも、「世話をしてきた」という言葉を、このまま通すことはできなかった。 いつ、何をしたという話なのか。それが書かれていない。 崇の添え書きを読んだ。 記事が出たあと、香織から連絡があった。陽翔に会いたいというので、希望書を預かった。 前回は問題なく面会できたのだから、次も自分と一緒なら落ち着いて過ごせると思う、と。 ずっと連絡を取り続けていたのかは、分からない。 添えられた説明で確かなのは、今回は崇が、この書面を届ける役を引き受けたことだった。 机の上の時計を見た。休憩は、あと少しで終わる。 今すぐ返さなければいけない気がして、窓口への返信を開いた。 違う。 今日中に答える約束など、していない。 ファイルを保存して、三上弁護士へ送った。 香織との連絡は代理人を通す。あのとき決めたところへ戻してから、スマホをバッグへしまった。 午後の仕事が終わるまで、何度か思い出した。それでも、目の前の作
last updateLast Updated : 2026-10-09
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59話

「お母さん、香織に、もう返事をした?」 電話がつながると、挨拶より先に聞いてしまった。 「まだよ。美咲に聞いてからにしようと思って」 椅子の背へ、ゆっくり体を預けた。 机の上には、さっきまで蓮司と話しながら見ていた映画の上映案内が残っている。 母がまだ何も答えていない。それだけで、声を荒らげずに済んだ。 「何て言ってほしいって?」 「自分も陽翔のためにしてきたことがある。それまでなかったことにされたくないって」 しばらく、返す言葉が出なかった。 香織が息子と遊んだことまで、消したつもりはない。 陽翔が妹を好きだった時間も、なかったことにはしていない。 それなのに、会わせない私が、過去まで取り上げているように話していた。 「私、香織が陽翔に何もしてくれなかったとは言ってないよ」 「うん。それは分かってる。ただ、あの子の話を聞いているとね」 母はそこで黙った。 その続きを待っている間、寝室から陽翔の寝返りの音がした。 私は扉の隙間を見て、声を少し落とした。 「かわいそうになる?」 「……なるわよ。私の娘だから」 嘘をつかれなかったことが、かえって胸に刺さった。 私が傷ついたあとも、母にとって香織が娘でなくなるわけではない。 分かっていた。 
last updateLast Updated : 2026-10-10
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