บททั้งหมดของ 七年の冷遇、離婚後は御曹司に溺愛されます: บทที่ 71 - บทที่ 80

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第71話

しかも、どの原稿にも日付とともに【K-07】という署名が記されていた。照美はみるみるうちに顔面から血の気が引いていく。思わず机の縁を強く握りしめ、彼女は声を荒らげた。「だから何よ!あなた、特許でも取ってあるとでも言うの?特許もないくせに、いくら騒いだって無駄でしょう」けれど、照美を心底動揺させたのは、そのあとの宥里の行動だった。すべてのスキャンデータが画面に映し出された直後、続いて学術誌の誌面が表示された。それを目にした瞬間、照美の脳裏には一つの言葉しか浮かばなかった。終わった、と。宥里は一同の前に立ち、静かでありながらも射抜くような眼差しで場を見渡し、口を開いた。「この論文は、四年前に私が『精密計測とセンシング技術』という学術誌に発表したものです。国内での知名度は決して高くなく、紙媒体版はすでに廃刊になっていますが、ウェブ版は今も閲覧できます」画面に映し出された発行日を見て、一同は息を呑む。たしかに四年前の日付だった。そして何より彼らを驚かせたのは、その論文の著者名が「K-07」となっていたことだ。「K-07って……まさか、センター長のこと?」誰かがぽつりと漏らした。その瞬間、会議室はかつてないほどのざわめきに包まれた。無理もない。それほどまでに衝撃的な事実だったのだ。「つまり、宇野さんのプロジェクトは、センター長が四年前に発表した理論を盗用したものだった、ということですか?」「しかも再現しきれず、肝心な部分を端折って、危うく大失敗するところだったと」「問題は、センター長がいなければ、所内の誰一人としてこのデータの問題点に気づかなかったということですよ」「そこが問題なんですか?問題は、宇野さんが盗用したってことですよ。研究所の中核研究員なのに!」その一言を境に、研究員たちの間に堰を切ったように怒りの声が上がった。「わ、私は……私は……」照美はよろめき、飛び交う非難の声に圧倒され、今にも倒れそうになった。幸い、背後にいた和孝がとっさに彼女を支えた。だが、憐れみと痛ましさの入り混じった和孝の眼差しを目にした瞬間、照美の中で最後の糸がぷつりと切れた。「そうよ!参考にしただけで何が悪いの!自分がK-07だと主張すれば、それで通用するとでも思ってるの?だったら私だってK-07よ!
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第72話

「この論文を発表した当時は、まだ必要なデータが十分に揃ってなかったの。論文に書いた結論の多くも、あくまで理論上の仮説にすぎない。そのことは脚注にもちゃんと書いてあるし、学術誌にもそのまま掲載されてる。今日見せたような、きちんと裏付けの取れた最適化データは、論文を発表してからの三か月間で導き出したものよ」宥里は照美に目を向けた。「宇野さんの報告書は、あの論文に書かれていた理論上の仮説だけをそのまま前提にしてるよね。だから、その時点でもう前提自体が成り立ってない。理論上の仮説って、確かなデータで裏付けられない限り、あくまで仮説のままなのよ」その瞬間、その場の誰もが宥里を見る目を変えていた。ここに至っては、照美が成果を急ぐあまり、見切り発車で盗用に走ったことは、もはや疑いようがない。盗用された当人である宥里は、終始、照美を声高に責め立てるような真似はせず、ただ淡々と事実だけを積み重ね、報告書に潜む問題点を一つひとつ論証していったのだ。「あの若い新任のセンター長、本当にただ者じゃないな」「肝が据わってる。ずっと取り乱さないなんて、俺なんか到底かなわないよ」「それに、実力も本物だ。道理で若浦副所長が、あそこまでして呼び戻したがったわけだ」「どうやら、俺たちの方が偏見に凝り固まって、視野が狭かったらしいな……」直樹は席に腰を下ろしたまま、目の前で場の流れがすっかり宥里のペースになっていくのを見て、内心の得意げな気持ちを隠しきれなかった。先生、見ていてくださいよ。うちの宥里は、昔よりずっと頼もしくなったよ!これほど公然と面目を潰され、盗用の事実を暴かれた照美は、がっくりと肩を落とし、抜け殻のように椅子に崩れ落ちた。研究開発センター長の椅子。今、その椅子に抜け殻のように沈み込んでいる自分の姿が、まるで無言の皮肉のようだ。国内でほとんど知られておらず、とうに廃刊になった学術誌が、よりにもよって自分を追い詰める決定打になろうとは、彼女には思いもよらなかった。盗用。なんと重い罪だろうか。これが事実と認められれば、彼女の研究者としてのキャリアはそこで終わる。宥里は投影を切り、もう照美には目もくれず、会議室にいる一同へと向き直った。「今朝、板尾さんを通じて皆さんに資料をお配りしました。あれは、私がこれまでの数年間にま
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第73話

「本当にすごい人っていうのは、いつだって出し惜しみなんてしないものよ」麻衣子は椅子に座ったまま、周りのざわめきや称賛の声も耳に入らない様子で、ただ呆然と宥里を見つめていた。彼女が、まさかK-07だなんて。自分の憧れの人だったなんて……K-07というのが、八、九年ほど前に研究所で使われていた職員コードだったとは……どうりで、いくらネットで検索しても手がかり一つ見つからなかったわけだ。「では、今日は皆さんのお時間を取らせてしまいました。最後に、もう少しだけお話しさせてください」宥里の声が再び響くと、会議室はすぐに静まり返った。誰もが素直にその言葉に耳を傾ける。「今日は研究所に復帰して初めての出勤日です。私の復帰によって、皆さんの中に色々な思いが生まれるのは当然のことだと思いますし、それは理解しているつもりです。ただ、これから何か問題があったり、私に対して不満があったりする場合は、直接言ってください。もちろん、陰で話す分には構いません。ですが、根も葉もない噂、特に男女関係を邪推するような下世話な噂は、誰に対してであっても流さないでいただきたい。あの手の話は、当事者にとって非常に深刻な問題になりますから」宥里は名指しこそしなかったが、その場にいた誰もがそれが何を指しているのか察していた。ここ最近、照美は宥里と直樹の関係について根も葉もない噂を繰り返していた。そのせいで、宥里に対する周囲の反感が広がったのも事実だった。結果として研究所内では、宥里は直樹のコネでいきなりセンター長に収まった人間だという空気が、いつの間にか当たり前のように定着していた。それどころか照美に追随し、宥里と直樹がただならぬ関係にあるなどという噂を外にまで広めていた者もいたのだ。かつてその噂を口にしたことのある者たちは、今、多かれ少なかれ肝を冷やしている。もともと血の気の失せていた照美の顔は、宥里のその言葉を聞いていっそう青白くなった。このまま宥里がさらに追及を続けるのではないか。誰もが身構えたその時、彼女はふっとその話題を切り上げた。「では、今日の会議はここまでにします。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」言い終えるや否や、宥里はノートパソコンを抱え、そのままきびすを返して会議室を出ていく。照美を問い詰めることも、責め立
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第74話

直樹は宥里の向かいに腰を下ろすと、その瞳に称賛と安堵の色を浮かべた。「よかった。今の君を見ていたら、昔を思い出したよ。あの頃と変わらず、自信に満ち、理路整然としていて、自分の信念を貫いている。宥里、君はそうやって輝いているのが一番似合うんだ。先生が今日の君を見たら、きっと喜んでくださっただろうな」直樹の言葉に、宥里は思わず目頭が熱くなった。慌てて鼻をすすり、うつむいた。「先輩、ありがとうございます」そして、先生にも心の中で感謝した。もし先輩がずっと自分を見捨てず、何年もの間、研究所に戻ってくるようにと声をかけ続けてくれなかったら。自分にはまだ別の道があるのだと教えてくれなかったら、あの裏切りを経験したあと、七年前のように、再び迷いと孤独と自己嫌悪の底へ沈んでいたかもしれない。もちろん、彼女にはわかっていた。たとえ先輩がどれだけ力になりたいと願っても、先生の許しと支えがなければ、それも叶わなかっただろうということを。直樹は手を大きく振った。「だから言っただろう、俺たちの間に礼なんていらないって。それに、君が研究所に戻ってきてくれたおかげで俺の負担も減るし、研究所にとっても喜ばしいことだ。礼を言うなら、俺のほうこそ言いたいくらいだよ」二人の話題は研究所のことへと戻り、宥里の中で先ほどわずかに波立っていた心も、次第に落ち着きを取り戻していった。「それにしても、今回は相談もせずに、いきなり宇野さんを槍玉に挙げてしまいました。先輩や研究所に、迷惑をかけていませんか?」研究所に戻る前、直樹からあの忠告と念押しを聞いた時点で、宥里は所内に自分をよく思わない人間がいるだろうと、おおよそ察していた。あれほど忙しい直樹の耳にまで陰口が入り、わざわざ注意を促してくるほどだったのだ。その噂はすでに誰かの意図的な誘導のもと、かなりの規模で広まっているに違いなかった。そのまま見過ごすのは、結局のところ得策ではない。「噂なんて気にするな」という言葉は、結局、何もできない者への慰めにすぎない。宥里はそんな言葉を端から信じてはいなかった。彼女が信じるのは、やるなら徹底的に、そして狙うならまず元凶から、という一点だけだ。だからこそ、今日研究所に足を踏み入れた瞬間から、彼女は周囲のすべてを、そして一人ひとりの反応と態度を注意深く観察して
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第75話

目が合った麻衣子は、びくっと肩を震わせた。気まずそうな顔のまま、それでもオフィスの中へと足を踏み入れる。「センター長、申し訳ありません。これまでの私の態度、その……すごくいい加減で……」宥里には、麻衣子が何を言いたいのか、そしてなぜこうも態度が変わったのかも、よくわかっていた。「大丈夫。理解しているから」麻衣子は驚いたように宥里を見つめ、目頭を熱くして、思わず口にした。「これからは全力でお支えします!」彼女はもともと、強い者に憧れる性分だった。今この瞬間、宥里に対してはもう、心の底から敬服し、崇拝に近い気持ちすら抱いていた。「うん、ありがとう。よろしくね」宥里は落ち着いた様子で礼を言った。麻衣子は、宥里の淡々とした態度に気を落とすどころか、その泰然とした様子こそが素晴らしいと感じていた。こういう上司と一緒に働きたいと、心から思ったのだ。麻衣子がドアの前からなかなか動こうとしないのを見て、宥里は視線を上げ、疑問げに目を瞬かせる。「まだ何か?」麻衣子は我に返ると、先ほどよりもさらに気まずそうな、そして少し照れたような表情になった。「あの……センター長……本当に、K-07なんですか?」宥里は相手がまだ自分の身元を疑っているのかと思い、口を開きかけたその時、麻衣子は表紙の角がすっかり擦り切れた古い『精密計測とセンシング技術』誌を取り出した。「そ、それでは、サインをいただけませんか?私、ずっと憧れて……!あの論文を読んだのがきっかけで、この道に進む決意をしたんです!センター長はずっと、私のみちしるべだったんです!」みちしるべ?宥里は呆気に取られたように麻衣子を見つめた。他人から冷たくされたり、時には敵意を向けられたりすることには慣れている。だが、麻衣子のように自分をみちしるべとまで慕う相手に出会ったのは、これが初めてだった。そのこそばゆいような感覚に、宥里はどうにも慣れることができなかった。けれど、相手のあの期待に目を輝かせた眼差しを前にすると、断りの言葉はどうしても出てこなかった。結局、観念してサインペンを手に取り、その学術誌に【K-07 花谷宥里】と書き記した。サインを受け取った麻衣子は、興奮のあまり叫び出しそうになったが、なんとか堪えた。そして、まるで宝物でも抱くようにその学術誌を胸に抱きし
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第76話

陽太のその一言が、食卓に漂っていた静けさを破った。背筋を伸ばして食事をしていた知輝は、箸を持つ手をわずかに止めたが、表情に目立った変化はない。「さあな」陽太はその答えに落胆しつつも、なおも食い下がった。「でも、もうずっとママに会ってないよ。パパ、電話して、帰ってきてって言ってよ」知輝は何事もなかったように食事を続け、声色ひとつ変えずに答えた。「帰ってきてほしいなら、お前が自分でかければいい」宥里に電話をかけて戻ってこいと言うつもりなど、彼にはさらさらなかった。そんなことをすれば、あの悪い癖をさらに助長するだけだ。この先も気に入らないことがあるたびに、家出だの離婚だのと、また同じ芝居を繰り返されかねない。それに、すでに唯人に命じて、宥里の家族カードと生活費を止めさせてある。外で生活できなくなれば、いずれ自然と家に戻ってくるはずだ。今度こそ、宥里にはきっちりと思い知らせてやるつもりだった。「でもパパ……」「いいから、食べなさい」知輝は目を細め、一段と低い声を出した。陽太は小さな口をへの字に曲げ、今にも泣き出しそうになった。「陽太くん、ママが恋しくなっちゃった?」香織は陽太の隣に座っていた。そこが宥里の席であることは、彼女もよくわかっている。食事が始まった時から、陽太の様子がおかしいことには気づいていた。なるほど、母親が恋しかったのか。陽太は顔を上げ、香織の顔をじっと見つめた。「そんなに会いたいってわけじゃないけど……ただ……慣れなくて……」夜、寝る前に誰も絵本を読んでくれないことに。朝起きた時、誰も服を着せてくれず、好きな朝ごはんを用意してくれないことに。晴子さんの作る肉じゃがに。だってママはいつも、自分の好みに合わせて作ってくれていたのに。香織の瞳が、わずかに翳った。「陽太くん、ここ数日ずっと私がいるの、嫌だった?だったら私、出ていこうか。私が早く出ていけば、ママもすぐ帰ってくるわよ」その言葉を聞き、香織の寂しげで傷ついたような瞳を目にした陽太は、たちまち慌てて、相手の手をぎゅっと掴んだ。「ううん、行かないで!嫌じゃないよ、出ていってほしいなんて思ってない!ただ……」ただ、宥里に世話をしてもらえない日々に慣れていないだけだ。それでも、香織のことはもっと好
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第77話

香織さんは、いつも自分を気にかけてくれるし、実験や工作の宿題もすべて代わりにやってくれる。ママみたいに「自分でやりなさい。自分でやる力を身につけないと」なんて、うるさく小言を言ったりもしない。香織さんは、自分の知らないことをたくさん教えてくれる。教えてもらってもよくわからないことばかりだけれど、それでもなんだか嬉しい気持ちになるのだ。それに、香織さんはパパの仕事も手伝ってくれる。だから二人は毎晩、書斎で遅くまで一緒にいる。ここしばらく、家の中で喧嘩の声を聞いていない。ママが家にいた頃、パパはいつもイライラしていて、時には家に帰ってこないことさえあった。だから、ママはもう帰ってこなくていい!香織は困った顔で知輝を見つめ、何も言わなかった。「パパ、香織さんに、このままずっとうちにいてもらってもいい?」陽太は香織と一緒にいるのが好きだった。知輝の箸を持つ手が再び止まり、視線を陽太に向ける。「陽太。わがままを言うんじゃない」香織の瞳がかすかに揺れた。口元をわずかに引きつらせながら、無理に笑みを作る。「そうよ、陽太くん。私、ずっとここに住むわけにはいかないもの」「でも、パパ、僕……」「陽太」知輝は箸を食卓に置いた。「まだ食べるのか?食べないなら宿題をしに行きなさい」言い終えると知輝は席を立ち、そのまま書斎の方へと歩いていった。二階から書斎のドアが閉まる音が聞こえてくると、それまでずっと堪えていた陽太の悔しさが、ついに堰を切って溢れ出した。大声で泣き出してしまう。「うわーん!ぜんぶママのせいだ!ママが悪いんだ!ママなんて大嫌い!嫌い!嫌い!」陽太は憤りをぶつけるように、テーブルを叩いた。彼の中では、宥里が家を出て自分を放っておいたりしなければ、こんな嫌な思いをすることもなかったし、今日、母のことを口にすることもなかった。その結果、パパを不機嫌にさせ、香織さんまで悲しませてしまった。おまけに自分まで、パパに叱られる羽目になったのだ。全部、ママのせいだ!「もういいのよ陽太くん、テーブルを叩いたら手が痛いでしょう。私までつらくなっちゃうわ」香織は慌てて、泣きじゃくる陽太を抱き寄せた。だが、その視線は二階にある知輝の書斎の方向へと向けられていた。二階の書斎では、知輝が学生の論文に目を通し
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第78話

宥里には、知輝のために夜食を用意する習慣が長らくあった。毎晩たいてい、胃に優しい温かい飲み物と、知輝がいつも食べる菓子を数個用意していた。部屋に入るときも、必ず先にノックをして知輝の許しを得てから、なるべく邪魔にならないよう足音を忍ばせて入ってくる。知輝はすでにその習慣にすっかり慣れていたため、同じような飲み物と菓子を目にした瞬間、無意識のうちに宥里が戻ってきたのだと思い込んだ。「ありがとう」そう小さく口にしながら顔を上げると、そこにいたのは香織の愛らしい顔だった。「……お前だったのか」言い終えると、彼は香織の背後に視線を向けた。「宥里は?」香織の顔に浮かんでいた笑みが、一瞬固まった。胸の奥にあった淡い期待も、知輝のその一言で瞬時にしぼんでしまった。彼女は知輝の前に立っていたため、トレイを目にした瞬間に知輝の瞳がわずかに輝いたのを見逃さなかった。そして顔を上げて自分を見た瞬間、その瞳をよぎった失望と、かすかに咎めるような色も。彼は、自分を咎めているのだ。なぜ夜食を運んできたのが宥里ではなく自分なのか、と。香織は机の下に隠した両手をぎゅっと握りしめ、それからそっと力を抜くと、無理に明るい笑顔を作って言った。「先生が晩ごはんをあまり食べていないようだったので、お体が心配で。それで、晴子さんに聞いたんです」そう言いながら、トレイの上の飲み物と菓子を一つひとつ取り出し、知輝の手元に並べていく。「これ、全部晴子さんに教えてもらいながら作ったんです。私も初めてで、先生のお口に合うかどうか……」香織の期待に満ちた視線を受けながら、知輝はカップを手に取り、飲み物を一口飲んだ。温度はちょうどよく熱すぎず、それでいて胃を優しく温めてくれる。ただ、味はほとんど変わらないのに、なぜか宥里が以前作ってくれたものほど美味しいとは感じられなかった。「うん、美味しいよ。気を遣わせたね」知輝はもう一口飲むと、カップを置いた。香織には、知輝が無理をしているのがわかった。以前、自分の作ったものを食べたときとまったく同じ表情だった。所詮は、彼女に恥をかかせまいとする表面的な気遣いにすぎないのだ。机の下の両手を再び握りしめながらも、香織はめげずに自分が用意した菓子を指差した。「先生、それなら、こちらも召し上がってみてくだ
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第79話

けれど今回、知輝は以前のように不機嫌な調子で「お前のせいじゃない、宥里が勝手に意固地になっているだけだ、気にする必要はない」というようなことは言わなかった。代わりに、こう告げたのだ。「お前も若い女性なんだし、いろいろ考えたんだけど、やっぱりいつまでもうちに住んでいるのはよくないと思う。変な噂が立てば、お前の評判にも関わるだろう。だから、なるべく早めにちゃんとした部屋を探して引っ越したほうがいい。もちろん、費用のことは心配しなくていい。全部会社で負担するから」香織は両手を強く握りしめたが、表情には一切出さず、素直に頷いた。「わかりました。ここ数日中に、葉山さんに頼んで部屋を見に連れていってもらいます。それでは、私は休みますね。お邪魔しました」言い終えると、香織は足早に知輝の書斎を後にした。書斎の中には、再び静けさが戻った。知輝は、香織が手元に置いていった飲み物と菓子を見つめた。なぜか、胃の中は空っぽで、不快感さえあるのに、口をつけたいという気持ちがまるで湧かなかった。結局、その二つを机の端へと押しやり、そのまま学生の論文に目を戻した。……翌日、宥里は元気な様子で研究所に出勤した。前日の一件を経て、今日研究所に足を踏み入れると、所内全体の雰囲気も、自分への接し方も、明らかに変わっていた。警備員でさえ、彼女の姿を見るなり笑顔で姿勢を正し、丁寧に一礼して声をかけてくる。「センター長、おはようございます」宥里が本館のロビーに足を踏み入れたちょうどそのとき、エレベーターから、青白い顔で段ボール箱を抱えた照美が出てくるのが目に入った。箱の中身は、すべて彼女の私物だった。宥里の姿を見て、照美の足がピタリと止まる。その目には、嫉妬、恨み、気まずさ、不安、そして後悔。いくつもの感情が入り混じって渦巻いていた。けれど最後には何も言わず、俯いたまま足早にその場を立ち去った。そこへ和孝が姿を現し、照美の後ろ姿を見送りながら、ため息をついて首を振った。「宇野さんも愚かなことをしたものです。俺たち研究者は自分の実力で勝負するのが本分だというのに、盗用なんて恥知らずな真似をするなんて……」そう言い終えると、まるで今初めて宥里に気づいたかのように、すぐさま人当たりのいい笑みを浮かべた。「センター長、おはようございます」
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第80話

宥里が病院に駆けつけたとき、知輝もちょうど到着したばかりだった。宥里は、知輝が病室に入っていくその姿を、しっかりと見ていた。陽太の担任の話では、授業中に嘔吐が止まらなくなり、高熱まで出たという。何か不衛生なものを口にしたことによる胃腸炎の疑いだった。あの学校に通う子供たちの家庭は、裕福でなければ地位のある家柄ばかりだ。学校側も悠長に様子を見ているわけにはいかず、すぐさま陽太を病院へ運んだのだった。何度も宥里に電話をかけたがどうしても繋がらなかったため、その後、知輝にも連絡が入った。知輝が宥里に電話をかけてきたのも、おそらく同じ用件だったのだろうが、それも結局は繋がらなかったのだ。我が子であることに変わりはない。すでに息子に対する気持ちはすっかり冷え切っていたとはいえ、母親である以上、子供が成人するまでは責任を果たす義務があった。宥里が病室に足を踏み入れた途端、普段はいつも上品な富美子が、彼女の姿を見るなり頭ごなしに責め立ててきた。「あなた、母親としてどういうつもりなの!自分の子供が入院しているのに、放っておいて。どうして電話にも出なかったの!陽太に万が一のことがあったら、あなた、どう責任を取るつもり!」富美子の目は真っ赤で、泣いた跡が見て取れた。宥里を責める声も震えていた。宥里は富美子をちらりと見ただけで、相手にすることなくそのままベッドの傍らへと歩み寄った。ベッドの上で、陽太はまだ眠っていた。小さな顔は青白く、額には細かな汗が浮かんでいる。苦しいのだろう、小さな眉をぎゅっと寄せている。ふっくらとした白い小さな手には、点滴用の留置針が刺さっていた。宥里は病室に入る前、すでに医師から話を聞いていた。陽太の容態は深刻なものではなく、ただの小児胃腸炎だという。点滴を三日ほど続ければ回復する見込みだった。ただし、その三日間は体力が落ちるため、食事には十分な注意と管理が必要とのことだった。そんな陽太の姿を見て、心が痛まないと言えば嘘になる。十か月間、自分のお腹を痛めて産んだ子供だ。この子のために、これまでの年月、彼女はすべてを捧げてきた。宥里は手を伸ばし、陽太の額の汗をそっと拭った。宥里が完全に自分を無視していることに気づいた富美子は、一瞬呆気に取られたが、すぐに怒りをいっそう募らせた。つかつかと歩み寄ると、宥里の肩をつ
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