遅めの昼食を終えたあとも、二人はすぐには帰らなかった。 水族館の近くにはいくつか店が並んでいて、綾香がショーウインドウを覗けば、遥臣も特に急かすことなく足を止める。「遥臣、退屈じゃない?」「別に」「本当に?」「退屈なら先に帰る」「私を置いて?」「帰り道くらい分かるだろ」「ひどい」 綾香が睨むと、遥臣はまたわずかに笑った。「また笑ったでしょう?」「笑ってない」「今日はよく笑うわね」「お前が変なこと言うからだろ」「私のせいなの?」「ああ」 そんな他愛のない会話さえ楽しくて、綾香は店から店へとゆっくり歩いた。 雑貨店の前を通った時、小さな水槽を模した置物が目に留まった。青いガラスの中に、小さなクラゲが浮かんでいる。「可愛い」 立ち止まって眺めていると、遥臣も隣から覗き込んだ。「欲しいのか」「見るだけよ」「そうか」 綾香はしばらく眺めてから、その場を離れた。 何かを買いに来たわけではない。ただ遥臣と歩いていたかった。 それからカフェに入り、飲み物を頼んだ。 窓の外を眺めながら、綾香は今日のことを思い返す。 水族館へ行って、昼食を食べて、店を見て回った。 ただそれだけ。 事件も起きていない。 誰かに尾行されたわけでもない。 理央から連絡が来たわけでもない。 それなのに、これまで遥臣と過ごしたどの日よりも時間が早く過ぎた気がした。「何時?」 遥臣に聞かれ、綾香はスマートフォンを見る。「もう五時ね」「そろそろ帰るか」「……そうね」 答えながら、自分でも分かるほど声が沈んだ。 遥臣がこちらを見る。「何だ」
Last Updated : 2026-09-11 Read more