All Chapters of 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: Chapter 141 - Chapter 150

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約束

『ならいい』 遥臣から届いた短い返信を見ながら、綾香はしばらくスマートフォンを手放せなかった。 理央に「いつか一緒になれたら」と言われた時には、警戒することしかできなかった。それなのに遥臣から届いたたった四文字には、どうしてこんなに心が揺れるのだろう。(……考えるのはやめよう) 今は恋愛のことなど考えている場合ではない。 久世について調べなければならないし、杉浦の家へ侵入した人物についても何も分かっていない。何より、理央はこちらの動きを探っている。 綾香はスマートフォンを置き、再びパソコンへ向かった。 久世が三年前に在籍していた投資会社。その会社が関わった案件を一つずつ確認していくと、御影との直接的な取引は見つからなかったものの、取引先や投資先まで広げれば、かなりの数の企業と繋がっている。 これを全部調べるのは現実的ではない。 それよりも気になったのは、久世が表舞台から姿を消した時期だった。 母が亡くなった翌年、久世の名前は役員一覧から消えている。その後の経歴については、公開されている情報がほとんどなかった。 ただ会社を辞めただけなのか。それとも、何か理由があったのか。 調べているうちに時間が過ぎ、窓の外が暗くなっていることに気づいた。「今日はここまでにしようかしら」 昨日の遥臣の言葉を思い出したわけではない。 そう自分に言い訳しながらパソコンを閉じると、スマートフォンが震えた。 今度も遥臣だった。『飯食ったか』「……何なの、今日は」 思わず笑ってしまう。『まだよ』 返信すると、すぐに電話がかかってきた。「もしもし?」『今何時だと思ってる』「まだそんなに遅くないでしょう?」『何してた』「ちょっと調べものを」『またか』「またって何よ」『昨日、今日は家にいるって言ってただろ』「家にはいたわよ」『家にいれば休んだことになるのか』 綾香は返事に詰まった。「九条先生、お医者様だからって口うるさすぎない?」『医者じゃなくても言う』「どうして?」 何気なく聞いたつもりだった。 けれど、電話の向こうで遥臣が少し黙った。『昨日のお前、ひどい顔してただろ』「そんなに?」『ああ』「……そう」『飯食って寝ろ』「またそれ?」『他に言うことないからな』 綾香は小さく笑った。 以前なら、誰かにこんなふう
last updateLast Updated : 2026-09-08
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同じ未来にはしない

 屋敷へ着くまで、綾香はできるだけ窓の外を見ていた。 遥臣は何度かこちらを見たようだったが、幸い「どうした」と追及してくることはない。そういうところも、綾香にとってはありがたかった。 やがて車が御影家の前に止まる。「ありがとう。今日は本当に迎えに来てもらうようなこと、何もなかったのに」「何もなかったならよかっただろ」「そうだけど……九条先生、仕事は?」「終わってた」「だったら、せっかく早く帰れる日だったんじゃない?」「だから?」「私を迎えに来たら遅くなるでしょう」 遥臣は一瞬、何を言われているのか分からないような顔をした。「さっき言っただろ。俺が来たかったんだ」「……もういいわ」 これ以上話していたら、また顔が熱くなりそうだった。 綾香は急いでシートベルトを外す。「おやすみなさい」「ああ」「九条先生もちゃんと休んでね」「お前に言われたくない」「失礼ね」 最後にそう返して車を降りた。 玄関へ向かいながら、一度だけ振り返る。遥臣の車はまだそこにあった。 綾香が屋敷の中へ入るのを確認してから、ゆっくりと走り出していく。 その姿を見送っていると、背後から声をかけられた。「お嬢様、お帰りなさいませ」「橘」 いつからそこにいたのだろう。 橘はいつもと変わらない穏やかな表情で立っていた。「ただいま。今日は美月とお茶していたの」「左様でございましたか」 橘はそれ以上尋ねなかった。 けれど、綾香はふと思い出す。 橘は理央の父だ。 昨日、理央は遥臣との関係を気にしていた。 橘が今の車を見たことも、いずれ理央へ伝わるかもしれない。(……気をつけないと) 橘が理央のしていることをどこまで知っているのかは、まだ分からない。 疑う材料がない以上、最初から共犯者と決めつけるつもりもなかった。だが、何気なく話したことが息子へ伝わる可能性はある。 綾香は「少し疲れたから部屋に戻るわ」とだけ告げ、階段を上った。◇◆◇ 自室へ戻って着替えを済ませると、スマートフォンに父から着信が入った。「もしもし、お父様?」『綾香か。今、大丈夫か?』「もちろんよ。どうしたの?」『いや、特に用はないんだがな。今日はずいぶん歩いたから、少し疲れた』 綾香の身体が反射的に強張った。「具合が悪いの?」『違う違う。ホテルの周りを散歩し
last updateLast Updated : 2026-09-08
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声を聞くだけで

 着信画面に表示された遥臣の名前を見て、綾香は一瞬だけ目を丸くした。 まさか、すぐに電話がかかってくるとは思わなかった。「……もしもし?」『どうした』 聞き慣れた低い声が耳に届く。 それだけで、先ほどまで張り詰めていたものが少し緩んだ。「メッセージでもよかったのに」『話したいって言ったのはお前だろ』「そうだけど」『何かあったか』 綾香はベッドの端へ腰を下ろし、理央から届いたメッセージをもう一度見た。「さっき、理央から連絡が来たの」『何て?』「今日、九条先生に送ってもらったことを知ってた」 電話の向こうで遥臣が黙る。『橘は今日、お前を見てたのか』「屋敷へ戻った時に玄関にいたわ。でも、橘が理央に話したとは限らないでしょう?」『ああ』 遥臣はあっさり同意した。『他に見てた奴がいた可能性もある』「……そうなのよね」 先日の車のことが頭をよぎる。 あれが本当に自分たちをつけていたのかは分からない。けれど、長谷川への警告や杉浦の家への侵入まで考えれば、楽観視する気にはなれなかった。『今日は他に何かあったか』「何もないわ。美月と偶然会ったくらい」『変な車は?』「気づかなかった」『なら、今考えても答えは出ないな』「……そうね」『家にいるんだろ』「いるわ」『戸締まり確認して寝ろ』 あまりにも遥臣らしい答えだった。 誰が理央へ伝えたのか推理するでもなく、根拠のない慰めを言うでもない。今できることだけを言う。 綾香は小さく笑った。『何だ』「何でもないわ」『なら切るぞ』「待って」 反射的に引き止めてから、自分でも驚いた。 用件はもう終わっている。 遥臣もそれが分かったのだろう。少し間を置いてから尋ねた。『まだ何かあるのか』「……ないけど」『じゃあ何だ』「もう少し話していたいだけ」 言ってから、綾香は固まった。(私、何を言ってるの……?) 慌てて取り消そうとしたが、その前に遥臣が答えた。『そうか』「……それだけ?」『じゃあ何て言えばいい』「知らないわよ」『俺も知らない』 あまりにも普段通りで、綾香は思わず吹き出した。「九条先生って、本当にこういう時に気の利いたこと言えないのね」『悪かったな』「別に嫌とは言ってないでしょう?」『そうか』「またそれ」 笑っているうちに、胸のざ
last updateLast Updated : 2026-09-08
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ひとりで動かない

 スマートフォンを手にしたところで、綾香は少し迷った。 杉浦から聞いたことを、そのまま遥臣に話すつもりはない。母や祖父が何を調べていたのか、理央や久世がそこへどう関わっているのか。それを説明するには、前の人生のことを抜きにしても話さなければならないことが多すぎた。 けれど、昨日約束したばかりだ。『何もなくても、怖いと思ったらかけてこい』 それなら、少しくらい頼ってもいいのかもしれない。『今日、少し出かけたいんだけど』 送ると、数分後に返信が来た。『どこに』『まだ決めてないの。調べたいことがあって』 少し間が空いた。『昨日は買い物だったよな』『今日は違うわ』『一人で行くのか』 綾香は画面を見つめた。『そのつもりだったけど、九条先生が一人で動くなって言ったでしょう?』 送信してから、少しだけ恥ずかしくなる。 まるで、一緒に来てほしいと言っているようではないか。 だが遥臣から返ってきたのは、もっと直接的な言葉だった。『何時に出る』『午後からにしようと思ってるわ』『昼過ぎに行く』『仕事は?』『今日は午後空いてる』『でも』『行くって言ってるだろ』 綾香は思わず笑った。『じゃあ、お願いするわ』『分かった』 短い返事だった。 それなのに、胸の奥が少しだけ弾んだ。◇◆◇ 昼過ぎ、約束通り遥臣が迎えに来た。 助手席へ乗るなり、遥臣が尋ねる。「どこだ」「まだ決めてないの」「は?」「だから言ったでしょう? 調べたいことがあるって」「場所も決めずに出かけるつもりだったのか」「調べてから決めようと思ってたのよ」 遥臣は呆れたように息を吐いた。「で、何を調べる
last updateLast Updated : 2026-09-08
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用事のない時間

「それで、どこに行く」 カフェを出て車に戻ると、遥臣が尋ねた。「そうね……」 綾香は助手席でスマートフォンを眺めながら考える。 買い物がしたいわけでもない。映画を観るには少し中途半端な時間だし、またカフェへ入るのも変な気がする。「あなたは行きたいところないの?」「俺が決めるのか」「たまにはいいでしょう?」「誘ったのはお前だろ」「そうだけど」 まるでデートの行き先を相談しているようだと思った瞬間、綾香は慌ててその考えを打ち消した。 これはデートではない。 調査に付き合ってもらったついでに、少し寄り道するだけだ。「じゃあ、少し歩かない?」「どこを」「公園とか」「また曖昧だな」「細かいことはいいのよ」 遥臣は呆れたように綾香を見たものの、結局、車で少し離れた大きな公園へ向かってくれた。 平日の午後ということもあり、人はそれほど多くない。犬を散歩させている人や、ベンチで休んでいる人がちらほら見える程度だった。 二人で並んで歩き始める。 けれど、いざ歩き始めると話すことがない。 これまで遥臣と会う時には、いつも何かしら理由があった。父の薬について相談したり、母の記録を預けたり、理央から逃れるために連れ出してもらったり。 何の目的もなく二人で過ごすのは、考えてみれば初めてだった。「……何か話してよ」「何かって何だ」「何でもいいわ」「無茶言うな」「普通、こういう時って何を話すの?」「知らない」「私も分からないから聞いてるのよ」 遥臣が少し考える。「腹減ったか」「それしかないの?」「飯食ったか、寝たか、具合悪くないか」「全部お医者様じゃない」「そうだな」 綾香は思わず笑った。「あなたって、女の人とこういうところに来たりしないの?」「こういうところ?」「だから……二人で出かけたり」 言ってから、少し聞き方が露骨だったことに気づいた。 遥臣がこちらを見る。「何で聞く」「別に。ちょっと気になっただけよ」「ないな」「全然?」「最近は」 最近は。 その言葉が妙に引っかかった。「じゃあ、前はあったの?」「学生の頃なら」「……そう」「何だ」「何でもないわ」 聞かなければよかった。 そう思っている自分が、さらに気に入らない。 遥臣に過去に付き合った女性がいたとしても当然だ。自分には何の
last updateLast Updated : 2026-09-08
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楽しかったから

 結局、二人はそれから一時間ほど公園で過ごした。 特別なことをしたわけではない。ベンチを離れて園内を歩き、途中で見つけた池を眺め、またどうでもいい話をしただけだった。 それでも綾香にとっては、不思議なくらい時間が早く過ぎた。「そろそろ帰るか」 遥臣に言われて時計を見ると、もう夕方になっている。「……そうね」「何だ。不満か」「不満じゃないわよ」 そう答えながらも、少しだけ残念だった。 車へ戻る途中、綾香は隣を歩く遥臣をちらりと見る。「ねえ」「何だ」「また付き合ってくれる?」「調べものか?」「そうじゃなくて」 思わず足を止めた。 遥臣も少し遅れて立ち止まり、振り返る。「今日みたいに、何もなくても」「何もなくても?」「だから……」 自分から誘っておいて、いざ言葉にしようとすると恥ずかしい。「また、どこか行かない?」 ようやく言うと、遥臣は少しだけ目を見開いた。「嫌ならいいけど」「嫌とは言ってない」「じゃあ?」「行けばいいだろ」「……もう少し嬉しそうに言えないの?」「嬉しそうに?」「何でもないわ」 綾香が歩き出すと、遥臣も隣へ並んだ。 数歩進んだところで、不意に声が落ちてくる。「俺も誘おうと思ってた」「え?」「今度」 綾香は遥臣を見上げた。「あなたから?」「ああ」「どうして?」「どうしてって……」 遥臣が珍しく答えに詰まった。「今日、楽しかったから」 綾香の足がまた止まりそうになる。
last updateLast Updated : 2026-09-09
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三年前の接点

 綾香は画面に表示された二つの名前を見つめた。 相沢達也。 橘理央。 三年前に開かれた企業交流会の参加者一覧に、確かに二人の名前がある。 ただし、参加者は数十人いる。同じ交流会へ参加したというだけで、二人が知り合いだったとは限らない。(これだけじゃ、何も分からないわね) 綾香は記事の日付を確認した。 母が亡くなる数か月前。 相沢は当時、久世のいた投資会社に勤務していた。理央が久世と接点を持っていた時期とも重なる可能性がある。 以前見つけた四年前の交流会の記事にも、理央らしき若い男が写っていた。 もしあれが本当に理央だったなら、久世との接触はさらに早かったことになる。 綾香は記事の情報をノートへ書き留めた。『三年前 企業交流会――相沢達也、橘理央』 その下に、『四年前の記事――久世、理央らしき人物』 と記す。 点は増えている。 けれど、まだ線にはならない。 ここで都合よく答えを決めつければ、母と同じように危険なところへ踏み込むことになりかねない。 綾香はそれ以上の検索をやめ、パソコンを閉じた。「今日はここまで」 声に出して自分へ言い聞かせる。 少し前までなら、気になったまま夜中まで調べ続けていただろう。 けれど今は、一人で無理をしないと約束した。 その約束を破りたくないと思っている自分が、少し可笑しかった。◇◆◇ 翌朝、綾香は父へ電話をかけた。「昨日はよく眠れた?」『ああ。病院でも問題ないと言われたし、今日は少し出かけようと思ってる』「無理はしないでね」『分かってるよ』「お薬は?」『もう飲んだ』「食事は?」『食べた。綾香、お前は毎朝これを聞くつもりか?』「そのつもりよ」 父が電話の向こうで笑う。
last updateLast Updated : 2026-09-09
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昔の写真

『今度、昔の写真を一緒に見ない?』 綾香はすぐには返信しなかった。 理央の手元にある写真には興味がある。久世や相沢が写っているとは限らないが、理央が当時どんな人間と付き合っていたのかを知る手がかりにはなるかもしれない。 だが、理央の家へ行くつもりはなかった。『いいわよ。今度、うちに持ってきて』 しばらくして返信が来る。『分かった。綾香の家の方がゆっくり見られるね』 これなら橘も使用人もいる。 理央と二人きりになる必要はない。『いつがいい?』 予定を確認し、翌日の午後に決めた。 そこでやり取りを終えた綾香は、少し迷ってから遥臣にもメッセージを送った。『明日は家にいるわ』 数分後、返信が来る。『そうか』 これだけでは、何も伝えていないのと同じだ。『理央が来るけど』 今度は返信が早かった。『何時』『午後よ』『二人か』『橘も使用人もいるわ』『ならいい』 やはり短い。 綾香は画面を見ながら、少し笑った。『心配してる?』 送ってから、少しだけ後悔した。 わざわざ聞くようなことではなかったかもしれない。 けれど、返ってきたのは簡単な答えだった。『してる』 綾香はしばらくその三文字を見つめた。『何かあったら電話しろ』『分かったわ』 今度は素直に返した。◇◆◇ 翌日の午後、理央は約束の時間ぴったりに御影家へやってきた。「急に付き合わせてごめんね」「私も懐かしい写真を見るのは嫌いじゃないわ」 綾香は応接室へ理央を通した。 テーブルの上には、理央が持ってきた数冊のアルバムと、小さな箱が置かれる。「ずいぶんあるのね」「全部じゃないよ。綾香が
last updateLast Updated : 2026-09-10
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消えた一枚

 それからも綾香は、何事もなかったように理央と写真を見続けた。 仕事を始めたばかりの頃の写真。御影家で撮った写真。橘と二人で出かけた時の写真。 懐かしいものも多かったが、頭から離れないのは先ほど一瞬だけ目にした一枚だった。 若い理央と、白髪交じりの年上の男。 横顔しか見えなかった。それでも、これまで何度も資料で確認した久世雅彦によく似ていた。 ただし、確信はない。 写真はアルバムに貼られていたわけではなく、ページの間に挟まっていたように見えた。理央がページを戻した時にはなくなっていたが、どこかへ滑り落ちた可能性もある。 だからこそ、綾香はそれ以上追及しなかった。「綾香?」「何?」「疲れた?」「少しね。こんなにたくさんあると思わなかったから」「ごめんね。持ってきすぎたかな」「いいえ。懐かしかったわ」「よかった」 理央は嬉しそうに笑い、開いていたアルバムを閉じた。「さっきの写真も、家に帰ったら探してみるよ」「そう? ありがとう」「そんなに気になった?」 柔らかな声だった。 綾香は理央を見る。「一瞬しか見えなかったからよ。誰だったのかなって思っただけ」「そうなんだ」 理央はそれ以上聞かなかった。 けれど綾香も、久世の名前は出さなかった。「見つかったら送るね」「ええ、お願い」 理央はアルバムを箱へ戻し、立ち上がった。「じゃあ、今日は帰るね」「もういいの?」「うん。あんまり長居しても悪いし」 綾香も玄関まで見送るために立ち上がる。 廊下へ出ると、ちょうど橘が向こうから歩いてきた。「理央、もう帰るのか?」「ああ。父さん、またね」「気をつけて帰れ」「うん」 ごく普通の父と息子の会話だった。
last updateLast Updated : 2026-09-10
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遥臣からの誘い

 翌朝になっても、理央から写真についての連絡はなかった。 綾香も、こちらから尋ねるつもりはなかった。 昨日見たものが久世だったという確証はない。それでも、理央が送ってきた写真が自分の見たものとは違うという記憶だけは、はっきりしている。 それ以上は、今考えても答えが出ない。 綾香はノートを閉じ、机の引き出しへしまった。 今日は調べないと決めていた。 少し前の自分なら、気になることがあれば朝から晩まで資料を探していただろう。けれど、焦って動いた結果、自分の調査を理央に知られかけている。杉浦の家に何者かが入り、長谷川にも警告があった。 慎重になるべき時だった。 朝食を終えた頃、スマートフォンが震えた。『今日、空いてるか』 遥臣からだった。 綾香は画面を見つめ、それから小さく笑った。 先日、公園から帰る時に交わした約束を思い出す。 次は遥臣から誘う。 どうやら忘れてはいなかったらしい。『空いてるわよ』 返信すると、ほどなくして、『昼から出るぞ』 と返ってきた。『どこに?』 しばらく待っても返事がない。 ようやく届いたのは、『まだ決めてない』 という一文だった。「何よ、それ」 思わず声に出して笑ってしまう。『人のこと言えないじゃない』『うるさい』『誘うなら決めておくものじゃないの?』『今決める』『大丈夫なの?』『たぶん』 綾香はさらに笑った。 あまりにも遥臣らしい。 理央なら、店も時間も移動手段もあらかじめ調べ、綾香が喜びそうなものを用意していただろう。 それはそれで気遣いなのだと思う。 けれど今は、このぶっきらぼうな誘いの方が嬉しかった。◇◆◇ 昼過ぎ、遥臣の車が御影家の
last updateLast Updated : 2026-09-10
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