All Chapters of 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: Chapter 131 - Chapter 140

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警告

『余計なことを話さない方がいい、と』 綾香はそのメッセージを何度も読み返した。 長谷川と会ったことを、誰かが知っている。 それだけではない。 長谷川が自分に何かを話したと考えている。『相手は誰だと思いますか?』 返信する。 しばらくして。『分かりません』『理央では?』『声が違いました』 綾香は眉を寄せた。『久世は?』『久世さんの声をはっきり覚えていません。三年前に数回会っただけなので』 理央ではない。 だからといって、久世とも限らない。『何と言われたか、できるだけ正確に教えてください』 長谷川から返事が来る。『昔のことを余計に話さない方がいい。今の生活を大切にした方がいい、と』 脅迫と呼ぶには曖昧だ。 けれど、意味は十分に伝わる。 黙っていろ。 そういうことだ。『警察には?』『これだけでは何とも言えないでしょう』 確かにそうかもしれない。 だが。『着信履歴は消さないでください』『分かりました』 綾香はスマートフォンを置いた。(どこから漏れたの?) 東亜アセットへ電話したこと。 長谷川とカフェで会ったこと。 どちらかを誰かが知った。 もし東亜アセット側からなら、久世よりも先に長谷川の周辺を疑うべきかもしれない。 けれど今の時点では何も分からない。 分からないまま動けば、またこちらの行動を知られる。 綾香は立ち上がった。「……病院に行こう」 母の記録は遥臣に預けてある。 今まで撮った写真もあるが、原本をもう一度確認したかった。 久世という名前がなくても。 今なら気づけることがあ
last updateLast Updated : 2026-09-04
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少しだけ、ここにいろ

 病院を出た綾香は、スマートフォンを見ながら歩いていた。 母の実家。 祖父が亡くなる前に関わっていた会社。 当時、祖父のそばにいた人間。 調べることは、まだいくらでもある。「綾香」 突然名前を呼ばれ、足が止まった。 聞き慣れた声。 顔を上げる。「……理央」 病院の前に、理央が立っていた。 いつもの穏やかな笑みを浮かべている。「やっぱり綾香だった」「どうしてここに?」「近くまで来たから。見覚えのある人がいるなと思って」「そう」 偶然。 そう言われれば、それまでだ。 けれど。『長谷川さんにも会った?』 昨日の言葉が頭をよぎる。「最近、よくここに来てるの?」 綾香の背筋が冷たくなった。「どうして?」「この前も来てたみたいだから」「誰から聞いたの?」「そんなに警戒しなくてもいいよ」 理央が困ったように笑う。「九条先生に、お父さんのことで相談してるのかなって思っただけ」「お父様のことなら、今は落ち着いてるわ」「そうなんだ。それならよかった」 口調は優しい。 表情も変わらない。 それなのに、綾香は逃げ道を塞がれていくような感覚を覚えた。 どこまで知っている? 病院へ来ていることだけ? 母の記録については? 長谷川は? 久世は?「九条先生とは、最近よく話すの?」「お医者様なんだから、相談することくらいあるでしょう?」「もちろん」 理央は微笑んだ。「ただ、ずいぶん親しくなったんだなと思って」「そうかしら」「前は、そんなに会ってなかったよね」 綾香は答えなかった。 理央の視線が、じっと自分へ向けられている。「何か、僕には言えない相談でもしてる?」「どうしてそうなるの?」「最近の綾香、少し変わったから」 心臓が跳ねた。「昔のことを調べたり、九条先生のところへ何度も来たり」 どこまで。 どこまで知られているのだろう。「綾香」 理央が一歩近づいた。「何か困ってるなら――」「綾香」 別の声が重なった。 振り返る。 白衣ではなく、シャツの上に薄いジャケットを羽織った遥臣が病院から出てきた。「九条先生」「まだいたのか」 遥臣は綾香の前まで来ると、理央を見る。「橘か」「九条先生。昨日ぶりですね」 理央は穏やかに頭を下げた。「綾香がお世話になっているみたいで」「
last updateLast Updated : 2026-09-05
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送る

 カフェを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。「じゃあ、私帰るわね」「ああ。送る」「え?」 綾香は遥臣を見る。「大丈夫よ。一人で帰れるから」「知ってる」「じゃあ――」「一人で帰れるのと、送らないのは別だろ」 遥臣はそれだけ言って歩き出した。「ちょっと、勝手に決めないでよ」「嫌なら帰れ」「帰ろうとしてるのよ」「なら乗れ」「もう……」 相変わらず強引だ。 けれど、不思議と嫌ではなかった。 駐車場へ向かいながら、綾香は一度だけ後ろを振り返った。「気になるのか」「……何が?」「さっきから後ろばかり見てる」「別に」「そうか」 遥臣はそれ以上聞かなかった。 車に乗り込む。 エンジンがかかり、ゆっくりと車が走り出した。 車内では遥臣も余計なことを話さなかった。 それがありがたかった。 理央のこと。 長谷川のこと。 久世のこと。 母のこと。 考えなければならないことはいくらでもある。 それなのに今は、何も考えたくなかった。 窓の外を街の明かりが流れていく。「……九条先生」「何だ」「今日はありがとう」「ああ」「それだけ?」「他に何て言うんだ」「普通、どういたしましてとかあるでしょう?」「必要か?」「そういうところよ」「何が」 綾香は小さく笑った。 こんなふうに誰かとくだらない話をしたのは、いつ以来だろう。 シートへ身体を預ける。 張り詰め
last updateLast Updated : 2026-09-05
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いつもと違う朝

 翌朝、目を覚ました綾香は、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。「……よく寝た」 途中で一度も目を覚まさなかったのは久しぶりだった。 最近は眠っていても、どこか頭の片隅で母や父、理央のことを考え続けていたような気がする。それが昨夜は違った。 枕元のスマートフォンを手に取ると、画面には昨夜の遥臣とのやり取りが残っている。『寝たか』『今から寝るところよ』『なら寝ろ』「……やっぱり変なの」 たったこれだけのやり取りなのに、見ていると昨日のことが次々と思い出された。 温かい紅茶を飲んだこと。遥臣の車で眠ってしまったこと。目を覚ました時、当然のように隣に彼がいたこと。そして、自分が屋敷へ入るまで見届けてくれたこと。 どうしてこんなに何度も思い出すのだろう。 遥臣はただ心配してくれただけだし、自分も少し疲れていただけだ。それ以上の意味なんてない。「……もう、起きよう」 綾香は考えるのをやめ、ベッドから出た。◇◆◇ 朝食を終えると、まず父へ電話をかけた。『おはよう、綾香』「おはよう。ちゃんと寝た?」『寝たよ』「薬は?」『今から飲む』「忘れないでね」『分かってるって』 今日も声は元気そうだった。それだけで綾香はほっとする。「今日は何するの?」『昼から少し出かけようと思ってる。ホテルの人に近くを案内してもらうよ』「一人で遠くには行かないでね」『子供じゃないんだから』 その言葉を聞いた瞬間、昨夜のことが頭に浮かんだ。 自分も遥臣に、まったく同じことを言った。『どうした?』「何でもないわ」『変なやつだな』「お父様に言われたくないわよ」 父と話している間にも
last updateLast Updated : 2026-09-05
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祖父の元秘書

 祖父の元秘書だった男性――杉浦正臣と連絡が取れたのは、その日の午後だった。 すでに会社を退職しているため、最初はどう接触するべきか迷ったものの、母の実家の会社へ問い合わせたところ、綾香の名前を聞いた杉浦本人から折り返しの連絡があった。『御影綾香さんですね。お母様のお嬢さんの』「はい。突然ご連絡して申し訳ありません」『いえ。もちろん覚えていますよ。ずいぶんお小さな頃ですが、何度かお会いしています』 綾香には記憶がなかった。 それでも、母が亡くなった頃まで祖父のそばにいた人物なら、話を聞く価値はある。「少し、お伺いしたいことがあるんです。母が亡くなる前のことで」 電話の向こうで、杉浦が黙った。 ほんの数秒の沈黙だったが、その反応だけで綾香はスマートフォンを握る手に力を込めた。『……電話では話しにくいことですか』「できれば直接お会いしたいです」『分かりました』 断られるかもしれないと思っていたが、杉浦はあっさり了承した。 翌日の午後、都内のホテルラウンジで会う約束をして電話を切る。 その夜は、杉浦について分かる範囲で調べた。 祖父の秘書を二十年近く務め、祖父が亡くなった後もしばらく会社に残っていたらしい。経歴を見る限り、それ以上に気になる点はない。 理央や久世との接点も見つからなかった。 だからこそ、母が祖父に何を相談したのか知っている可能性がある。◇◆◇ 翌日。 約束の時間より少し早くラウンジへ着いた綾香は、窓際の席で杉浦を待った。 やがて現れたのは、六十代半ばほどの男性だった。「御影綾香さんですね」「はい。杉浦さん?」「お久しぶりです、と言っても覚えていらっしゃらないでしょうね」 穏やかに笑って向かいへ座る。「申し訳ありません。私、小さかったみたいで」「当然ですよ。最後にお会いしたのは十年以上
last updateLast Updated : 2026-09-05
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祖父が恐れたもの

「あれには関わるな。次は誰が死ぬか分からない」 杉浦の言葉を聞いた瞬間、綾香は何も言えなくなった。 祖父は母が何かを調べていたことを知っていた。そして母が亡くなった直後、その調査を打ち切った。 ただ娘を失って動揺していたからではない。 母の死と、調べていた相手に何らかの関係があると考えていたのだ。「祖父は……母が殺されたと思っていたんでしょうか」「そこまでは分かりません」 杉浦は慎重に答えた。「私も当時、同じようなことを考えました。ですが、会長はそれ以上何も話してくださいませんでした。私が聞こうとしても、『忘れろ』の一点張りで」「警察には?」「少なくとも、私が知る限りでは相談されていません」 もし祖父が母の死に疑問を持っていたのなら、なぜ警察へ行かなかったのだろう。 証拠がなかったから。 あるいは――。「祖父は、何か脅されていた可能性はありませんか?」「それも分かりません。ただ……」 杉浦が考え込む。「お母様が亡くなったあと、会長はしばらく身の回りのことに神経質になっていました」「身の回り?」「運転手を替えたり、予定を必要以上に外へ漏らさないよう言ったり。私にも、知らない番号からの電話には出るなと」 綾香は息を呑んだ。 今、自分がしていることと似ている。 理央に父の滞在先を知られないようにし、自分の調査についてもできるだけ話さないようにしている。「それは、母が亡くなってから?」「ええ。突然でした」「どのくらい続いたんですか?」「数か月は続いたと思います。ただ、そのうち何も言わなくなりました」 祖父は母の死からおよそ一年後に亡くなっている。 けれど、それまでずっと怯えていたわけではないらしい。「祖父が亡くなったのは病気ですよね?」「ええ
last updateLast Updated : 2026-09-05
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消えた控え

「分かりました。警察を呼びます」 杉浦の返事を聞いても、綾香の胸騒ぎは収まらなかった。「警察が来るまで、絶対に中には入らないでください。近くに人がいる場所へ移動してください」『ええ。そうします』「何かあったら、すぐに連絡してください」 電話を切ったあとも、綾香はその場から動けなかった。 杉浦が祖父から頼まれた調査について話した。その直後に、自宅の鍵が開いている。 ただの偶然かもしれない。 そう考えようとしても、長谷川への警告が頭をよぎった。 自分が昔のことを調べ始めたと知って、誰かが動いている。 もしそうなら――杉浦と会ったことまで、すでに知られているのだろうか。 綾香は反射的に周囲を見回した。 ホテルの前には大勢の人が行き交っている。タクシーが停まり、旅行客らしい男女が大きな荷物を運んでいる。その中に不自然な人物がいるかどうかなど、見分けられるはずもない。 ひとまず人通りの多い場所を選んで歩き出した。 自分まで怯えて立ち止まってはいられない。 杉浦が警察を呼んだのなら、今できるのは連絡を待つことだけだ。 それから一時間ほどして、杉浦から電話が入った。「杉浦さん、大丈夫ですか?」『はい。警察の方と一緒に中を確認しました。誰もいませんでした』 綾香はほっと息を吐いた。「荒らされていたんですか?」『それが……一見すると、ほとんど変わっていないんです』「ほとんど?」『机の引き出しや棚を開けた形跡はあります。ただ、現金や通帳、時計などは残っています』 金目のものを狙った空き巣ではない。 嫌な予感がした。「古い書類は?」 杉浦が黙った。「杉浦さん?」『なくなっています』 綾香の心臓が大きく鳴った。『全部ではありません。私が昔の仕事関係の資料を入れていた箱があるんですが、中身を確認したところ、一部だけなくなっていました』「祖父に頼まれた調査の控えですか?」『分かりません』 杉浦の声には悔しさが滲んでいた。『あの頃の資料をすべて覚えているわけではありませんから。ただ、会長から個人的に頼まれた仕事の控えは、その箱にまとめていたはずなんです』 綾香は唇を噛んだ。 今日、自分が杉浦に会った。 杉浦は帰宅したら資料を探すと言った。 そして、杉浦が帰宅するより先に誰かが家へ入った。 偶然と考えるには、出来すぎ
last updateLast Updated : 2026-09-06
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消えた控え

「分かりました。警察を呼びます」 杉浦の返事を聞いても、綾香の胸騒ぎは収まらなかった。「警察が来るまで、絶対に中には入らないでください。近くに人がいる場所へ移動してください」『ええ。そうします』「何かあったら、すぐに連絡してください」 電話を切ったあとも、綾香はその場から動けなかった。 杉浦が祖父から頼まれた調査について話した。その直後に、自宅の鍵が開いている。 ただの偶然かもしれない。 そう考えようとしても、長谷川への警告が頭をよぎった。 自分が昔のことを調べ始めたと知って、誰かが動いている。 もしそうなら――杉浦と会ったことまで、すでに知られているのだろうか。 綾香は反射的に周囲を見回した。 ホテルの前には大勢の人が行き交っている。タクシーが停まり、旅行客らしい男女が大きな荷物を運んでいる。その中に不自然な人物がいるかどうかなど、見分けられるはずもない。 ひとまず人通りの多い場所を選んで歩き出した。 自分まで怯えて立ち止まってはいられない。 杉浦が警察を呼んだのなら、今できるのは連絡を待つことだけだ。 それから一時間ほどして、杉浦から電話が入った。「杉浦さん、大丈夫ですか?」『はい。警察の方と一緒に中を確認しました。誰もいませんでした』 綾香はほっと息を吐いた。「荒らされていたんですか?」『それが……一見すると、ほとんど変わっていないんです』「ほとんど?」『机の引き出しや棚を開けた形跡はあります。ただ、現金や通帳、時計などは残っています』 金目のものを狙った空き巣ではない。 嫌な予感がした。「古い書類は?」 杉浦が黙った。「杉浦さん?」『なくなっています』 綾香の心臓が大きく鳴った。『全部ではありません。私が昔の仕事関係の資料を入れていた箱が
last updateLast Updated : 2026-09-06
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久世雅彦

『会長に頼まれて調べた男の名前です』『久世雅彦です』 画面に表示された名前を見た瞬間、綾香は息を呑んだ。 長谷川が、東都ホテルで理央と会っていた年上の男として「おそらくこの人物だ」と答えた久世雅彦。 そして今度は、母から相談を受けた祖父が調べていた人物として、同じ名前が出てきた。 これでもう、ただの偶然では片づけられない。「どうした」 遥臣に声をかけられ、綾香は顔を上げた。「……少し、分かったことがあったの」「そうか」 遥臣はそれ以上聞かなかった。 綾香は杉浦へ返信する。『その名前で間違いありませんか?』 少しして返事が来た。『はい。久世という名字だったので、名前を見た時に思い出しました。雅彦で間違いないと思います』『ほかに何か覚えていることはありませんか?』 今度は返信まで少し時間がかかった。『会長が調べさせたのは、経歴と交友関係だったと思います。それと、御影家との接点がないかも調べました』 綾香の指が止まる。 父は久世と仕事上で何度か会ったことがあると言っていた。 祖父は、それ以外にも何か繋がりがないか調べようとしていたのだろう。『結果は覚えていますか?』『申し訳ありません。そこまでは。ただ、会長が資料を見たあと、かなり険しい顔をしていたことは覚えています』 なくなった控えさえ残っていれば。 そう思わずにはいられなかった。「着いたぞ」 遥臣の声で顔を上げると、車は病院の駐車場へ入っていた。◇◆◇ 遥臣に連れられて病院内へ戻ると、綾香は人目のある待合スペースに座った。「ここにいろ」「九条先生は?」「少し仕事が残ってる」「だったら私のことは気にしなくていいわよ」「気にするなって言われて、できると思うか?」「……え?」 遥臣は一瞬黙り、面倒そうに眉を寄せた。「今の状況でって意味だ」「分かってるわよ」 なぜわざわざ言い直すのだろう。 そう思った途端、少しだけ可笑しくなった。「何だ」「何でもないわ」「変なやつだな」 遥臣はそう言い残して行ってしまった。 綾香はその背中を見送り、スマートフォンへ視線を戻した。 杉浦が思い出した会社名と、久世雅彦。 改めて調べ直してみると、久世が三年前に役員を務めていた投資会社と、祖父が調べさせた会社は一致していた。 その後、その会社は別会社に吸収
last updateLast Updated : 2026-09-07
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気になる相手

 その日の夜、遥臣に送られて屋敷へ戻った綾香は、玄関の前で車を降りた。「今日はありがとう」「ああ」「それだけ?」「他に何かいるのか」 昨日とまったく同じ返事に、綾香は思わず笑ってしまう。「本当に愛想がないわね」「今さらだろ」「そうだけど」 ドアを閉めようとしたところで、遥臣に呼び止められた。「綾香」「何?」「明日は?」「明日?」「出かける予定」 綾香は一瞬迷った。久世について調べたいことはあるが、まだ具体的に誰かと会う予定までは決めていない。「今のところはないわ」「ならいい」「何が?」「出るなら連絡しろ」「……本気で言ってたの?」「何が」「どこに行くか、あなたに知らせろって話」「本気じゃなきゃ言わない」 当然のように答えられてしまった。「でも、毎回あなたに報告するなんて変じゃない?」「嫌ならいい」「嫌とは言ってないけど……」「じゃあ連絡しろ」 結局そこへ戻るらしい。 綾香は呆れながらも「分かったわ」と答えた。「おやすみなさい」「ああ」 今夜も遥臣から「おやすみ」は返ってこなかった。 けれど昨日とは違い、それさえ少し可笑しく感じながら、綾香は屋敷へ入った。◇◆◇ 翌日の昼過ぎ、綾香は自室で久世について調べていた。 杉浦の家から資料がなくなった以上、祖父がどこまで調べていたのかをそのまま辿ることは難しい。だからまずは、久世が当時関わっていた会社について、公開されている情報を集めることにした。 会社の沿革や過去の役員、投資先。御影との直接的な関係がなかったかを一つずつ確認していく。 しかし、これとい
last updateLast Updated : 2026-09-07
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