休憩室で一人、冷めた茶を飲んでいると、向かいの椅子が静かに引かれた。 紬は反射的に顔を上げた。サービスカウンターで働く村瀬佐和が、周囲を一度見回してから腰を下ろすところだった。五十四歳。奈津子よりもこの店で働いている期間は長いが、正社員ではないため役職はついていない。返品や商品券、宅配便、迷子の対応まで何でもこなし、客から理不尽に怒鳴られてもほとんど声を荒らげない女性だった。「御厨さん、今、少しいい?」「はい」 佐和の声は小さかった。 午後二時過ぎの休憩室には、冷蔵庫の作動音と売場から流れてくる音楽が微かに届いている。紬の前には昼食代わりの小さなパンと水筒があった。生活費を削られて以来、食べる量はまだ元へ戻っていない。それでも駅で倒れかけた日から、少なくとも勤務中に何も口へ入れないことだけはやめようとしていた。 佐和は紙コップのコーヒーを机へ置いたが、飲まなかった。「この前の一万円のこと、聞いた」 紬の指が止まる。「……そうですか」「私はその日、サービスカウンターにいたから。織部さんがみんなの前であなたを連れていったのも見てたし、そのあと四番レジに不足はなかったっていう話も聞いた」 紬は何と返していいか分からず、水筒の蓋を指でなぞった。「でも、誰も訂正してくれませんでした」「でしょうね」 佐和は驚かなかった。「織部さん、そういう人だから」 その言葉に、紬は顔を上げた。 奈津子の悪口を職場で堂々と口にする人はほとんどいない。陰では不満を言っていても、本人の前では従う。それがこの店では普通になっていた。「今までにもいたのよ」 佐和は続けた。「目をつけられた人。新人だったり、家庭の事情で急に休まなきゃならない人だったり、あまり言い返さない人だったりね。最初はシフトを変えられるの。次に、ちょっとしたミスをみんなの前で大きく言われる。そのうち、周りまでその人に問題があると思い始める」 紬は、自分の勤務表が赤いペンで何度も書き換えられたことを思い出した。早朝の翌日に閉店作業。休憩時間も毎日違う。夫から連絡があったことを、奈津子自身が口を滑らせた。「今まで、みんな辞めていったの」 佐和は机へ落とした視線を上げた。「証拠を残す前にね」 胸の奥が、ゆっくり冷えた。「証拠……」「勤務表、毎回写真に撮ってる?」「変更された後のもの
آخر تحديث : 2026-08-26 اقرأ المزيد