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22 Capítulos

登場人物やその他基本設定

心霊配信チャンネル〈KOWASU〉大学生五人が運営する動画・生配信チャンネル。合言葉は「怖いなら、壊せ」。廃墟への不法侵入、スプレーによる落書き、供え物の飲食、呪物の破壊、霊への挑発、飲酒や喫煙を繰り返す悪質な炎上系配信者である。心霊映像の一部は津守怜吾が編集で作った偽物だが、動画には彼すら入れた覚えのない声や影も混在する。視聴者は本物と偽物を判別できず、次第にコメント欄そのものが怪異を育てる場所となる。主要登場人物プロフィール鬼束美怜(おにつか・みれい)20歳。メディア社会学部二年生。〈KOWASU〉の顔兼メインMC。身長160センチ。赤みの強い焦げ茶色のロングヘアに、猫のようにつり上がった瞳。派手なネイルと革のチョーカーを好む。配信中はカメラへ中指を立て、舌を出し、白目を剥いて霊を挑発する。自信家で負けず嫌い。自分が注目されない状況に耐えられず、批判コメントさえ再生数へ変えれば勝ちだと考える。他人の恐怖を「盛れるリアクション」としか見ない。母親の前では強がるが、見捨てられることには異常に敏感。轟木燈夜(とどろき・とうや)21歳。経営学部三年生。表向きのチャンネル代表。身長184センチ。黒い地毛が見える銀髪、眉と耳に複数のピアス。体格がよく、呪物や扉を力任せに壊す役を率先して引き受ける。傲慢で攻撃的。自分より弱い人間を玩具として扱い、事故が起きても「危険だと分かって来た方が悪い」と責任転嫁する。父親が不動産関係者であるため、閉鎖施設や解体予定地の情報にも詳しい。チャンネルを自分の所有物だと思っているが、最初の登録手続だけは他人任せにしている。茅森イオ(かやもり・いお)20歳。服飾デザイン学科二年生。サムネイル、衣装、短尺動画担当。身長155センチ。蜂蜜色のボブヘアと人形のように整った顔立ち。左右で色の違うカラーコンタクトを入れている。明るく愛嬌があり、一見すると五人で最も親しみやすい。しかし他人の容姿や恐怖反応を笑いものにすることに抵抗がなく、「冗談が通じない方が悪い」と言い切る。人形を踏みつけたり、遺影へ落書きしたりする場面でも笑顔を崩さない。コメント欄を煽って集団攻撃へ誘導するのが得意。津守怜吾(つもり・れいご)21歳。映像学科三年生。撮影、編集、音声解析担当。身長178センチ。緩く波打つ黒髪、青白い肌、長い指。黒いマ
last updateÚltima actualización : 2026-07-27
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第1話 KOWASU、始動

 古びた門柱の向こうで、二階の窓が月明かりを鈍く返していた。 深夜十一時五十八分。 住宅地から外れた細道には、五人の笑い声だけが響いている。錆びた鎖には「私有地につき立入禁止」の札が下がり、湿った風が吹くたび鉄柵を叩いた。 鬼束美怜は、赤い缶の酒を片手に門柱へ背を預けた。 スマートフォンの画面では、配信開始を待つ人数が秒ごとに増えている。三千八百、四千二百、四千九百。胸の奥へ熱が集まり、唇が勝手に笑みの形になる。「五千、行った」「まだ始まってもいねえのに? 今夜で一万だな」 轟木燈夜が煙草をくわえ、黒いスプレー缶を振った。中の球がからから鳴り、眉のピアスがライトを弾く。「一万は弱くない? 警察来たら三万行くっしょ」 茅森イオは内側カメラへ左右で色の違う瞳を見開いた。次の瞬間、白目を剥いて舌を垂らし、けらけら笑う。「今のサムネにしよ。『開始二分で憑依されました』」 津守怜吾は三脚を調節していた。玄関を捉える固定カメラ、手持ち用、暗視用。そのどれにも赤い録画灯がともっている。「機材に何か飛ばすなよ。弁償できるなら好きにして」 時刻が変わる十秒前、斑鳩ちとせが美怜の手首を取った。全員が巻いている赤と白の組紐を、ちとせは「チャンネルのお守り」と笑って渡していた。「ほどけかけてる」「こんなの要る? 霊よりダサい方が無理なんだけど」「取ると今夜の主役になれるかもよ」 ちとせは陽気に言いながら、結び目を二度、きつく締め直した。白く染めた髪の一房が頬へ落ち、その奥で目だけが美怜の手首を見ていた。「痛っ」「朝まで我慢」「横暴。はい、始まる!」 零時になった。 怜吾が無言で三本の指を折る。二、一、零。 美怜は酒の缶をイオへ押しつけ、カメラへ向かって中指を立てた。「幽霊さん、見てるぅ?」 赤く塗った舌を見せ、目尻をつり上げる。「今夜から始まりました、心霊も祟りもぜーんぶぶっ壊す〈KOWASU〉大型生配信! 記念すべき最初の獲物は、人形を作ってた一家がまとめて消えた家――」 背後へ腕を広げると、ライトが旧邸を照らした。焼け残った骨のような柱、黒ずんだ漆喰。破れた二階の障子が暗い目のように開き、表札には辛うじて《繭守》の二文字が残っていた。「通称、《繭守邸》でーす」 イオが両手を叩き、燈夜は煙を吐いた。白い煙が門扉の隙間を抜けたとこ
last updateÚltima actualización : 2026-07-27
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第2話 仏壇の奥の白い子

 閉じきった障子へ、燈夜の拳が叩き込まれた。 桟が折れ、白い紙が内側へ破れる。怜吾のライトが穴を貫いたが、その向こうにあったのは、染みだらけの畳と空の押入れだけだった。 子どもの形をした影も、笑った口もない。「ほら、何もいねえ」 燈夜はもう一度殴り、穴を大きくした。さっきまで動けずにいたことを、木と紙の脆さごと打ち消そうとするような乱暴さだった。「古い家なんだから、傾いて勝手に閉まったんだろ」「順番に?」 ちとせが低く尋ねる。「風には流れってもんがあんだよ」「無風だったけど」 怜吾の指摘に、燈夜の眉が動く。「じゃあ、おまえが仕込んだんじゃねえの?」「その言い方、使えるな。仲間割れって見出しにする?」 怜吾は平坦に返し、破れた障子をゆっくり映した。カメラを下ろそうとはしない。液晶の隅には、一万を越えた接続数と、目で追えない速さのコメントが流れ続けていた。『ガチで閉まった』『最後の障子に顔あった』『逃げろ』『さっきの影どこ?』『演技下手』 美怜は「演技」という二文字を見つけ、喉に引っかかっていた息を笑いへ変えた。「だってさ。怖がって損した」 カメラへ顔を寄せ、唇を吊り上げる。「仕込みだと思うなら、最後まで見て暴いてみれば? 途中で逃げたやつは負けね」 震えてはいない。声にも普段通りの張りがある。そう確かめると、心臓の速さは恐怖ではなく興奮だと思えた。 美怜は障子へ中指を立て、階段へ向かった。「二階、ハズレ。次、一階潰そ」 降りる五人の背後で、破られた紙が微かに鳴った。 誰も振り返らなかった。     * 一階の廊下は、上階よりも湿気が濃かった。 壁紙はところどころ膨れ、天井から垂れた蜘蛛の糸が頬へまとわりつく。燈夜の煙草はいつの間にか火が消えていた。舌打ちしながら火をつけ直しても、先端が赤くなるだけで、ひと息吸うとまた黒く沈む。「ここ、酸素薄いんじゃね?」「だったら煙草しまいなよ。先にあんたが消える」 イオは冗談めかして笑ったが、燈夜から離れずに歩いていた。 廊下の突き当たりに、二枚の襖があった。 黄ばんだ紙へ、子どもの手形に似た染みがいくつも重なっている。腰の高さより下ばかりに付き、指先だけが廊下の奥を向いていた。「この部屋」 ちとせが足を止めた。「知ってんの?」「座敷があるって古い間取り
last updateÚltima actualización : 2026-07-27
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第3話 人形を踏む女

 赤黒い布からはみ出した髪が、機材箱の縁を撫でていた。 蓋を閉めようとすると髪が挟まり、引き抜いても別の場所から細い束がこぼれる。怜吾は二度試したあとで諦め、白い市松人形を布ごと箱へ横たえた。「絶対、さっきより伸びてる」 イオがしゃがみ込み、指先で髪を持ち上げる。「人形って湿気で伸びるの?」「繊維が水分を吸えば多少は。人毛なら引っ張られてずれた可能性もある」 怜吾は答えながら、箱の中を撮影した。人形の首は元の向きへ戻っている。座敷に置いた時と同じ横向きで、黒い目にはライトが白い点となって映っていた。 あれほど大きく動いた首を見た者は、この場にいない。 美怜は人形の口へ目を落とした。並んだ小さな歯の間に、燈夜がくわえさせた煙草の葉が残っている。その唇がわずかに濡れているように見えたが、生配信の接続数はまだ二万近くあった。「白い子ちゃん、確保」 カメラへ笑いかけ、箱の持ち手をつかむ。「逃げんなよ。今日からうちらの稼ぎ頭なんだから」 人形の髪が手の甲へ触れた。 濡れていた。 振り払った拍子に箱が傾き、中で人形の頭が動く。ごとり、と骨の塊を転がしたような音がした。 美怜は何も言わず、燈夜へ箱を押しつけた。「重い。持って」「言い出したやつが運べよ」「代表でしょ?」 燈夜は舌打ちしながら受け取った。片腕で抱え、わざと上下に揺らす。白い顔が箱の縁から覗き、揺れるたび歯がかちかち鳴った。 五人は荒らした座敷をそのままに、玄関へ向かった。 廊下には、入ってきた時より濃い線香の匂いが漂っている。正面から冷たい風が吹き抜け、消えていた燈夜の煙草から一筋だけ煙が立った。「外、誰かいる」 先頭を歩いていた怜吾が足を止めた。 開け放した玄関の向こうに、人影が立っていた。 先ほど固定カメラへ映った子どもほど小さくはない。背を丸めた老人が、強い光をこちらへ向けている。懐中電灯に照らされた白髪が乱れ、皺の刻まれた顔には怒りが浮かんでいた。「おまえら、そこで何をしている!」 怒声が屋敷を震わせた。 イオが美怜の背後で小さく跳ねる。燈夜は機材箱を抱えたまま足を止め、すぐに薄笑いを浮かべた。「何って、見りゃ分かんだろ。撮影」「撮影だと?」 老人は上がり框まで踏み込み、泥に濡れた五人の靴跡を見た。その視線が廊下の奥へ移り、倒れた仏壇のある座敷で
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第4話 歯が一本多い

 白い市松人形は、大学の備品棚で一晩を過ごした。 映像研究会の部室、その一番下にある金属製の戸棚。怜吾は機材箱ごと人形を入れ、扉へ養生テープを三重に貼った。剥がせば跡が残るよう、テープの端には黒いペンで自分の署名も入れていた。 翌日の午後、署名は切れていなかった。 鍵にも傷はなく、戸棚の中の機材箱も昨夜と同じ位置にある。 ただし、赤黒い布からあふれた髪だけが箱を越え、棚板から床まで垂れていた。「一晩で十五センチ」 怜吾が定規を添え、カメラを回す。「昨日の映像と比較すれば、誤差では済まない」「やっと信じた?」 ちとせは窓際に立ち、人形から距離を取っていた。「髪が伸びたことと、幽霊の存在は別だ。内部に髪を送り出す仕掛けがあるかもしれない」「鍵閉めてたの、怜吾でしょ」「だから先に封印の状態を撮った」 机の上には、昨夜よりも多くの機材が並んでいた。小型カメラ、接写レンズ、集音マイク、紫外線ライト、精密秤。怜吾は自宅へ帰らず、そのまま編集室で夜を明かしたらしい。青白い顔の下には薄い隈が浮かんでいるが、指先の動きに眠気はなかった。 燈夜は窓を開け、禁煙の部室で煙草へ火をつけた。「仕掛けなら壊して見せりゃいい。腹、切ってみるか?」「壊す前の記録が先」「昨日からそればっかだな」「おまえが先に壊すからだよ」 怜吾は機材箱を両手で持ち上げ、中央の長机へ移した。 箱の底で、人形の歯が小さく鳴った。 イオの肩が強張る。 彼女は昨日とは違う白い厚底靴を履いていた。人形の歯が挟まっていた靴は、朝になると溝だけを深く抉られた状態で玄関に転がっていたという。歯は見つからなかった。「捨てたの?」 美怜が尋ねる。「あんな汚いの、もう履かないし。歯もどっか行った」「記念に取っとけば売れたのに」「欲しい人いる?」 イオは軽く笑い、スマートフォンで自分の顔を確認した。蜂蜜色のボブは丁寧に巻かれ、左右の瞳には新しいカラーコンタクトが入っている。寝不足を隠すように化粧は濃かった。 怜吾が遮光カーテンを閉める。 午後の日差しが消え、部屋には撮影用ライトの白さだけが残った。古いソファ、壁へ貼られた映画祭のポスター、飲みかけのペットボトル。見慣れた部室の中央で、白い人形だけが別の場所から切り取られてきたように浮いている。「限定配信、開けるよ」 美怜が配
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第5話 骨の指

「今夜、こいつの手を開ける」 燈夜が宣言すると、部室の長机へ白い市松人形を投げ出した。 硬い頭が天板へ当たり、内側で幾つもの歯が鳴る。亀裂の入った頬は前日より白く乾き、口元には暗赤色の筋がこびりついていた。三十三本の歯は見えない。唇を固く閉じ、何かを飲み込んだ直後のように頬だけが僅かに膨らんでいる。 右手の小指には、古びた赤い糸が絡んでいた。 ちとせが人形へ顔を近づける。「これ、昨日はなかった」「おまえのお守りと同じじゃねえの?」 燈夜は自分の手首を見せた。全員へ配られた赤白の組紐は、煙草の灰で汚れながらも残っている。「同じ糸じゃない。もっと古い」「糸なんかどうでもいい。歯であれだけ騒いだのに、まだ偽物だって言ってるやつがいる」 燈夜は配信用端末を指で叩いた。 投稿済みの検証動画は、朝までに二十万回以上再生されていた。咀嚼音が勝手に追加されたことを、怜吾は四人へ報告した。だが燈夜は驚くより先に、その音を短く切り抜いて告知へ使った。 元データに存在せず、投稿先の映像にだけ現れた音。それさえ燈夜にとっては恐怖より利用価値の方が大きかった。何者かが自分たちを怖がらせようとしているなら、そいつごと撮ればいいと笑った。 偽物なら証明する。 本物でも壊す。 どちらへ転んでも数字になるというのが、燈夜の考えだった。「腹を切るって言ってなかった?」 イオは部室の隅にあるソファへ座り、紙コップのアイスコーヒーを飲んでいた。話す時も、欠けた奥歯を見せまいと唇を大きく開かない。「胴を壊したら中身が飛び散るかもしれない。指なら仕掛けが単純だ」 怜吾は長机の周囲へカメラを配置していた。正面、真上、手元の接写用。人形の内部へ手を加えることには反対したが、燈夜が止めないと分かると、破壊前の状態だけでも記録しようと準備を始めた。「撮影中に余計なところ触るなよ。断面へ皮脂が付く」「まだ研究者ごっこする気か?」「おまえが壊したあとで警察に押収される可能性もある。人の骨だったら、器物破損だけじゃ済まない」「じじいの話、信じてんじゃん」「可能性の話」 怜吾は素っ気なく答え、黒い手袋をはめた。 美怜は鏡の前で口紅を塗り直していた。自分の歯を一本ずつ舌で確かめる癖がついていたが、誰にも気づかれないよう、カメラへ向き直る前に笑顔を作る。「配信、始めるよ」
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第6話 三秒遅れの笑い声

 怜吾は、誰もいない編集室で笑い声を切り刻んでいた。 午前二時十三分。 窓の外では細い雨が降り始め、校舎の硝子を絶え間なく濡らしている。ほかの部屋はすべて消灯し、扉の下から漏れるモニターの青い光だけが廊下へ伸びていた。 画面には、燈夜が人形の小指を折った時の映像が表示されている。 映像を止め、音だけを再生する。 陶器が砕ける乾いた音。 燈夜の「針金じゃねえな」という声。 それを茶化すように笑った美怜とイオ。 三秒後。「きゃはっ」 幼い女児の笑い声が、二人の声を追いかけた。 怜吾は再生を止めた。 時刻表示を確認し、波形の開始位置へ印を付ける。 美怜たちの笑いが始まったのは、一時間四分二十二秒と八フレーム。女児の声は、一時間四分二十五秒と八フレーム。 ちょうど三秒。 別の箇所を開く。 イオが「金取るのかよ」と笑う。三秒後、同じ高さで幼い笑い声が響く。 燈夜が視聴者のコメントを鼻で笑う。三秒後、女児も息を鼻から抜くように笑う。 ちとせが人形の作り方について話し、美怜が「また怪談教室」と吹き出す。三秒後、女児の笑いにも、美怜特有の語尾を引く癖が混じった。 怜吾は椅子へ深く座り直した。 単なる反響ではない。 反響なら部屋の広さとマイクの位置に応じて、遅れは一秒にも満たない。三秒もの間隔があれば、音は廊下の奥や別の部屋から返ってきたことになる。それでも毎回同じ長さで遅れるはずはなかった。 何より、声が変化している。 怜吾は配信開始から終了まで、笑いが起きた箇所をすべて抽出した。 四十一箇所。 女児の声は、そのすべてに入っていた。 遅れは最短でも最長でも三秒。映像のフレーム単位までずれがない。五人が同時に笑えば女児の声も重なり、一人だけが短く笑えば、同じ長さで声を切る。途中で咳へ変わった笑いは、三秒後の女児も咳き込んでいた。 声紋を比べると、話者は同じだと表示される。 ただし推定年齢だけが定まらない。 最初の声は五、六歳。途中から十代に近づき、終盤では成人女性の高さまで下がっている。それでも息を吸う量と舌の使い方は幼いままだった。 五人の喉を順に借り、自分の声を作り直している。 そんな考えが浮かび、怜吾はすぐに解析結果だけを見るよう目を伏せた。 初めは、子どもが無邪気に笑うだけだった。 それが美怜たちの笑い方を聞
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第7話 捨てたはずの席

 白い市松人形を捨てることに、反対する者はいなかった。 ただし、恐ろしくなったからとは誰も言わない。 燈夜は「検証が終わった」と言い、美怜は「同じ人形で引っ張ると飽きられる」と言った。イオは欠けた奥歯へ舌を当てたまま、「臭いし、部室に置くの無理」と笑う。 怜吾だけは、人の骨である可能性が残っている以上、専門機関へ渡すべきだと主張した。「捨てたら証拠を失う。採取した粉だけじゃ、人形全体の構造までは調べられない」「警察へ持ってって、仏壇壊したことまで自白すんのか?」 燈夜が固定具の巻かれた右手を見せる。「こいつのせいで、こっちは怪我してんだよ。さっさと処分する」「怪我だけで済むと思ってる?」 ちとせの問いに、燈夜は答えなかった。 部室の後方で勝手に起動したカメラには、何も記録されていなかった。記録媒体がない以上、映像は残らないはずだった。それでも本体は三秒ごとに赤く明滅し続け、怜吾がレンズを布で覆うまで止まらなかった。 人形の腹から聞こえた怜吾の声も、全員の耳に残っている。 ――そのカメラ、ずっとこっち向いてるよ。 誰も昨夜は一人で帰らなかった。 その事実も、口にはしなかった。「普通に捨てたら、負けたみたいで嫌じゃん」 美怜が言った。「だから企画にする。呪いの人形を山へ捨てたら戻ってくるか、検証配信」「戻ってきても家へ入れるな」 ちとせが呟く。 森部忠一の言葉だった。 美怜は聞こえなかったふりをし、配信の告知文を入力した。     * 山中の不法投棄場へ着いたのは、日付が変わる少し前だった。 舗装の途切れた林道を進んだ先に、崩れかけた金網がある。立入禁止の看板は蔦に覆われ、その奥の斜面へ家電や家具が幾重にも捨てられていた。 扉の外れた洗濯機。 雨水の溜まった浴槽。 骨組みだけになったソファ。 割れたブラウン管テレビが、月明かりを鈍く返している。 湿った土と錆の臭いに、腐った生ごみの甘さが混じっていた。足元では細かな虫が飛び、ライトへぶつかるたび乾いた音を立てる。「映ってる?」 美怜は泥を避けながら振り返った。「感度上げた。顔は見える」 怜吾が手持ちカメラの設定を変える。 配信開始と同時に、待機していた人数が流れ込んだ。人形を手放すと告知したため、見届けようとする者だけで三万人を越えている。「〈KOW
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第8話 母親の枕元

「家には入れないで」 ロッジの駐車場で、ちとせはそう言った。 助手席に座る白い市松人形を、五人は開いたドアの外から見つめていた。シートベルトは外そうとしても金具が動かず、怜吾が工具を使ってようやく切断した。 人形を座席から下ろすと、そこには小さな身体の形に湿った跡が残った。 森部の言葉を守るなら、車からも降ろさず、誰の家へも近づけるべきではない。 それでも山へ戻る者はいなかった。 燈夜は指が痛むと言い、怜吾は朝になってから対策を考えるべきだと主張した。イオは人形を見ようともせず、ロッジへ駆け込んだ。 美怜だけが、切れたシートベルトの上から人形を抱き上げた。「家に入れるんじゃない。持って帰るだけ」「同じことでしょ」「捨てても戻ってくるなら、見張れるところに置いた方がましじゃん」 言いながら、自分でも理由になっていないと分かっていた。 人形を山へ捨てたのは、自分たちが恐れたからではない。 車へ戻ってきたことにも、何か仕掛けがある。 誰かが先回りして冷蔵庫から回収し、車へ積んだ。シートベルトまで締めた。そう考える方が、白い少女がトンネルを一緒に走ってきたと認めるよりも楽だった。「だったら、そいつを捕まえる」 美怜は人形の亀裂へ指を這わせた。「次はこっちが撮ってやる」 ちとせは何か言いかけ、口を閉じた。 人形の髪に結ばれた古い赤い糸が、夜風の中で揺れていた。     * 翌日の夜、美怜は人形を実家へ持ち帰った。 母の沙和には、大学の機材が入っていると説明して大きな黒い鞄を自室へ運び込んだ。 鬼束家は、築二十年ほどの二階建てだった。玄関には沙和が毎朝磨く白い靴箱があり、廊下には洗剤と夕食の煮物の匂いが残っている。 家へ入った途端、人形の髪から漂っていた土と錆の臭いが薄くなった。 代わりに、甘い乳のような匂いがした。「美怜」 居間から沙和の声が飛ぶ。「何?」「靴、揃えなさい。それと、その荷物を廊下へ置かないで」「今やろうと思ってた」「あなたの今は、一時間後でしょう」 沙和は食卓に夕食を並べていた。華奢な身体へ薄いカーディガンを羽織り、長い髪を後ろで一つに束ねている。歯科衛生士の勤務から帰ったばかりで、指先には消毒液の匂いが残っていた。「また撮影?」 黒い鞄へ目を向ける。「大学の課題」「嘘をつく時、右上を見
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第9話 髪は夜だけ伸びる

第9話 髪は夜だけ伸びる 人形は、美怜の部屋の机に座っていた。 鞄へ戻した覚えはない。 母の寝室から運び出したあと、美怜は白い市松人形を床へ置いた。隠しカメラの映像を確認し、配信が勝手に終了していたことへ気を取られ、そのまま眠ったはずだった。 翌朝、机の椅子へきちんと腰かけ、鏡の方を向いていた。 黒い髪は机の縁を越え、床へ広がっている。 昨夜までは膝の辺りだった。今は畳んだ衣服や鞄へ絡み、部屋の隅まで細い束を伸ばしていた。「美怜、人形を持ってきなさい」 一階から沙和が呼ぶ。 美怜は返事をせず、机の上のスマートフォンを取った。 沙和の歯から見つかった「ゆ」の文字も、夜中に歌った子守唄も、四人にはまだ詳しく話していない。話せば人形を家へ持ち帰ったことより、母親を隠し撮りしたことを責められる。 それ以上に、布団から伸びた二本の手を、自分の言葉でもう一度形にするのが怖かった。 美怜は人形の髪を両手ですくった。 乾いている。 それなのに手の中で重く、束の奥には体温に似た生温かさが残っていた。「大学へ返してくる」 階下へ向かって言い、黒い鞄へ人形を押し込む。「捨ててきなさい。二度と持って帰らないで」 沙和の声は強かった。 美怜は鞄の口を閉めた。 中から、幼い女の声が三秒遅れて囁く。「ただいま」     * 検証場所には、大学の旧合宿棟にある和室を使った。 長く使用されていない八畳間で、壁には色褪せた部活動の集合写真が並び、床の間には空の花瓶が置かれている。畳は乾燥して白く毛羽立ち、歩くたび古い藺草と埃の匂いが立った。 部室ではない場所を選んだのは、髪が機材や家具へ絡むのを避けるためだった。怜吾は透明な密封ケースを中央へ置き、その周囲へ方眼の書かれたシートを敷いた。 ケースはアクリル製で、蓋へゴム製の密閉材が付いている。四隅には封印用の留め具。蓋を閉めたあとは接合部へ連番入りのテープを貼り、誰かが開ければ分かるようにする。「髪が伸びるって、いつ確認した?」 怜吾が尋ねる。「今朝。机から床まで」「昨日の夜は?」「鞄に入れたから見てない」 嘘をついた。 人形を鞄へ戻していなかったとは言えなかった。 怜吾は美怜の顔を一度見たが、追及せず、髪の長さを測り始めた。 頭頂部から最も長い毛先まで、百三十二・四センチ。 屋
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