店の名は、看板のどこにも書かれていなかった。 古い商店街から細い路地へ入り、二度角を曲がった先。隣家との隙間に押し込まれたような木造家屋の軒下へ、錆びた鈴だけが下がっている。 窓は黒い板で塞がれ、中の明かりは外へ漏れていない。「ここ、本当に店?」 イオが顔をしかめた。「予約した人しか入れない」 ちとせは格子戸の前へ立ち、軒下の鈴を鳴らした。 ちりん。 澄んだ音が路地の奥へ消える。 返事はない。 少し待ってから、ちとせは鈴を二度続けて鳴らし、間を置いてもう一度鳴らした。「合図?」 怜吾が尋ねる。「昔、民俗学の聞き取りで教えてもらっただけ」「誰に?」「先生の知り合い」 ちとせはそれ以上答えなかった。 美怜は黒い鞄を足元へ置き、肩を回した。中には、赤黒い布で包んだ白い市松人形が入っている。 夜の間に伸びた髪は、朝になると動きを止めた。 切断した束もケースの周囲で固まり、乾いた髪へ戻っている。首を絞めた一本だけは、ちとせの組紐を避けるように人形の着物の下へ潜り込み、見つからなくなった。 美怜の首には、まだ細い線が残っていた。 ちとせの手首にも変化があった。 赤白の組紐は、髪へ触れた部分だけ白が黒く染まっている。洗っても擦っても落ちず、時間が経つほど繊維の奥へ広がっていた。 美怜がそれも店主へ見せるのかと尋ねると、ちとせは「人形だけ」と答え、袖を下ろした。「買い取るって言ったんだよね?」 燈夜が煙草へ火をつけながら聞く。「見ないと分からないって」「見せたら金になるんだろ。呪いが本物なら高く売れる」「売るために来たんじゃない。何なのか調べるため」 ちとせが言う。「同じことだろ。価値が分かれば売れる」 燈夜は固定具を外していた。右小指は外側へ曲がったままだが、人形へ近づく時だけ疼くことを認めようとしない。 格子戸の奥で、木の擦れる音がした。 細い隙間が開き、片方の目が五人を見た。「何人だい」 老女の声だった。「五人です。電話した斑鳩です」「五人」 目が一人ずつ確かめる。 美怜。燈夜。イオ。怜吾。ちとせ。 最後に、老女の視線は地面の黒い鞄へ落ちた。「本当に、五人かい」「見れば分かるでしょ」 美怜が笑う。 戸が開いた。「入るなら、鈴より後ろを振り返らないことだ」「外に何かいるの?」「振り
最後更新 : 2026-07-27 閱讀更多