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第30話 六回鳴るチャイム

 誰も座っていない三十三脚目の椅子を残し、五人は六年二組を出た。 廊下へ足を踏み出した瞬間、背後で教室の戸がひとりでに閉まった。 がらり。 続いて、内側から鍵を掛けるような音。 かち。 轟木燈夜が振り返った。「今度は閉じ込められねえぞ」 取っ手を掴む。 引く。 戸は開いた。 教室には三十二組の机と椅子しかなかった。 最後尾に増えていた三十三脚目が消えている。「……ほらな」 燈夜が鼻で笑った。「誰かが動かしてんだよ」「どこに?」 茅森イオが教室を覗き込む。「椅子一脚、数秒でどこへ持っていくの」「隠し扉でも床下でもあるんだろ。この学校、解体前だぞ。壁の中なんか空洞だらけでもおかしくねえ」「また壁壊す気?」「必要ならな」 燈夜の声には、怯えより怒りが勝っていた。 説明できないことが起きるたび、それを力で壊せる何かへ置き換えようとしている。 鬼束美怜には、そう見えた。 もっとも、自分も似たようなものだった。 画面へ映し、笑い、数字に変えてしまえば怖くない。 そうしてきた。 だから今も配信用のスマートフォンを下ろさない。 画面では大量のコメントが流れている。 ――帰った方がいい  ――三十三脚目どこいった  ――放送室見ろ  ――誰かスピーカー仕込んでるって  ――出席の声、人間の仕掛けじゃない?  ――六人目まだ怜吾の横にいる「放送室」 美怜が最後から二つ目の書き込みを拾った。「そこ調べれば早いんじゃない?」 津守怜吾も頷く。「校内放送が本当に生きてるなら、設備側に痕跡がある」「だったら決まり」 燈夜は持ってきた校舎図面を広げた。 三階廊下の非常灯の下。 薄い紙へ五人の影が落ちる。 いや。 美怜には一瞬、六つに見えた。 瞬きをすると五つへ戻る。「放送室は二階の西端」 燈夜が指で図面をなぞる。「職員室が一階。放送設備の主電源と鍵の管理表があるなら、そっちだろ」「別れる?」 イオの声が少し上ずる。「五人でぞろぞろ動いても効率悪い」 燈夜が答える。「俺と怜吾が放送室。美怜たちは職員室」「三人ならいいか」 美怜は軽く言った。 ちとせが何も言わない。 六年二組の閉じた戸を見つめていた。「ちとせ?」「聞こえない?」「何が」「中」 全員が黙る。 教室の中から、
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第31話 顔のない卒業写真

 南京錠が床へ落ちたのは、五人の端末に表示された数字がゼロになった直後だった。 六時六分まで あと〇分。 その文字が消えた瞬間、放送室の外で金属音がした。 からん。 轟木燈夜が扉を引く。 先ほどまでびくともしなかった戸は、今度は何の抵抗もなく開いた。「……ふざけやがって」 廊下には誰もいなかった。 南京錠だけが床へ転がっている。 燈夜が拾い上げる。壊された跡はない。鍵穴にも傷はなく、金具は綺麗なままだった。 ただ、内側へ細い白い粉が付着している。「チョーク?」 茅森イオが覗き込む。 燈夜は親指で擦った。 白い粉の下から、小さな文字が出てきた。 六。 数字が一つだけ刻まれている。「まだそれ続けんのかよ」 燈夜は南京錠を廊下へ投げた。 硬い金属が床を跳ねる。 からん。 から、からん。 最後の音だけが遠くから返ってきた。 廊下の曲がり角より向こう。 誰かが同じ南京錠を落としたような音だった。「追う?」 鬼束美怜がスマートフォンを構える。「当然」 燈夜は即答した。 だが、津守怜吾が腕を伸ばして止めた。「先に職員室」「何で」「放送設備の記録が残ってた。昔の名簿もあるかもしれない」「犯人逃げるぞ」「今追って見つかるなら、とっくに見つかってる」 燈夜の眉が動く。「何が言いたい」「仕掛けてる人間がいるとしても、学校の情報をかなり持ってる。深町ことはのことを調べた方が早い」 数秒、二人が睨み合う。 その横で斑鳩ちとせが手首を押さえた。 赤白の組紐はもうない。 それでも皮膚へ残った赤と白の筋が、細い血管のように浮かび上がっている。「私も職員室がいいと思う」 燈夜がちとせへ視線を向ける。「お前が言うと余計怪しいんだよ」「何が」「この学校のこと、知りすぎてる」「何度も言ってるでしょ。怪談を調べてただけ」「どこで?」「昔の掲示板」「どこの?」「覚えてない」「便利だな」 ちとせの唇が固く閉じる。 美怜は二人の間へ入らなかった。 最近、ちとせを見るたび胸の奥へ細い棘が刺さる。 繭守邸でもそうだった。 井戸を知っていた。 赤白の組紐を持っていた。 深町ことはの怪談も知っている。 それなのに、訊けば必ず途中から黙る。 親友。 ずっとそう思っていた。 だが、美怜は今になって、
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第32話 卒業生に電話する

 消えた顔を覚えているうちに、人間へ辿り着く必要があった。 津守怜吾は職員室の一番奥に残されていた事務机へノートパソコンを置き、卒業アルバムと画面を何度も見比べていた。 窓の外は完全に夜だった。 校庭を照らす外灯は一つも点いていない。黒い窓ガラスには、懐中電灯を置いた五人の姿だけがぼんやり映っている。 五人。 今のところは。 鬼束美怜は窓へ背を向けた。 鏡も、黒い画面も、最近は人数を数えてからでなければ見られなくなっている。「見つかった?」 美怜が怜吾の肩越しに覗く。「候補はいる」「早」「珍しい名字だからな」 怜吾は検索結果を絞り込んでいた。 卒業アルバムに残っている氏名。 宇佐見章人。 二十三年前、六年二組に在籍していた男子児童。 集合写真では、深町ことはの隣に立っていたはずの少年だった。 今、その顔だけが白く抜けている。 怜吾は学校名、卒業年度、氏名を組み合わせ、公開されている情報を一つずつ拾っていた。 同姓同名は数人。 そのうち一人。 宇佐見章人、三十四歳。 市内の設備会社に勤務。 公開されている過去の投稿には、地元の同級生らしい人物とのやり取りが残っている。 古い写真もあった。 十五年ほど前。 成人式。 黒いスーツ姿の男が友人たちと並んで笑っている。 短い黒髪。 細い目。 少し欠けた右の前歯。「この人」 斑鳩ちとせが呟いた。 怜吾が振り向く。「分かるのか」「写真で見た子と似てる」 ちとせはすぐに言った。 言葉を足すのが少し遅かった。 美怜は気づいたが、今は何も言わない。 茅森イオが怜吾の横へ顔を寄せる。「メッセージ送れる?」「公開アカウントなら」「何て?」「母校について確認したいことがある。急ぎ」「怪しすぎ」「〈KOWASU〉からですって言えば?」 美怜が口を挟む。「逆に切られる可能性ある」「じゃあ普通の取材っぽく」「嘘つく必要はない」 怜吾は短い文章を入力した。 旧・楢守小学校について確認したいことがある。 二十三年前の六年二組について。 深町ことはという同級生を覚えているか。 急な連絡で申し訳ない。 送信。 燈夜が鼻で笑う。「返事待ってる間に仕掛けた奴探した方が早くねえか」「両方やる」「こいつが犯人だったりしてな」「十一、二歳の時か
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第33話 消えた子を覚えていない

 朝になれば、少しは元へ戻っているかもしれない。 そんな期待を口にした者はいなかった。 それでも五人は、それぞれ眠れない夜を過ごし、午前十時には大学近くの編集部室へ集まっていた。 カーテンを閉め切った部屋には、昨夜持ち帰った二冊の卒業アルバムが並べられている。 二十三年前。 旧・久那瀬市立楢守小学校。 六年二組。 集合写真には、三十人しかいなかった。 空白さえない。 宇佐見章人が立っていた場所は左右の児童によって自然に埋められ、最初からその場所へ誰も存在していなかったように写真そのものが作り変わっている。 氏名欄にも宇佐見の名はない。 鬼束美怜は、机の上へ置いた紙を見た。 昨夜、記憶が消える前に五人で書き残したものだった。 宇佐見章人。 三十四歳。 設備会社勤務。 六年二組。 深町ことはの近く。 右前歯が少し欠けていた。 卒業写真は二回撮影した。 ことはは撮り直しに来なかった。 紙の文字は残っている。 今のところは。「電話、もう一回かける」 津守怜吾が言った。 ノートパソコンの脇へスマートフォンを置き、昨夜の着信履歴を開く。 宇佐見との通話履歴は残っていた。 昨日、通話が切れた直後に掛け直した時には、番号が使われていないという案内へ切り替わった。 ところが今朝。 履歴には、普通の携帯番号として表示されている。「昨日は使われてない番号だったよね」 茅森イオが覗き込む。「録音にも残ってる」 怜吾は別端末の音声を再生した。 機械音声。 現在使われていない番号であることを告げている。「なのに今日は戻った?」 イオが乾いた笑いを漏らす。「幽霊も営業時間あるんじゃない?」「笑えない」 斑鳩ちとせが言った。 イオの笑みが少しだけ固まる。「別に本気で言ってないし」「分かってる」 ちとせはアルバムから目を離さない。 右手首には、赤白の組紐が食い込んでいた跡が残っている。赤と白の線が皮膚の下で絡み合い、昨日よりも肘へ近い位置まで伸びていた。 轟木燈夜はソファへ座り、片足を机の端へ乗せていた。「出るなら早くかけろよ」「録る」 怜吾が通話録音を開始する。 美怜も配信用ではないカメラを固定した。「今日は流さないの?」 イオが訊く。「まず本人が本当に覚えてないか確認する」 怜吾が答えた
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第34話 名前を呼ばれた順番

 赤い丸は、インクで書かれたものではなかった。 卒業アルバムの人物一覧、その脇へ浮かび上がった小さな丸は、紙の内側から滲んだ血のように暗い赤をしている。 江藤真奈。 顔を失った女子児童の名前の横。 その一つ下にも、薄い輪郭が浮かび始めていた。 鬼束美怜は机へ両手をつき、その赤を見つめた。「これ、増えてない?」 誰もすぐには答えなかった。 大学近くの編集部室は昼間だというのにカーテンを閉め切っている。窓の向こうには学生たちの笑い声がある。廊下を誰かが走り、遠くで自動販売機の商品が落ちる乾いた音がした。 そんな日常の音が、机の上の古い卒業アルバムだけを避けて通っているようだった。 津守怜吾はノートパソコンの画面を二分割した。 左側には、昨夜の楢守小学校で録音した出席音声。 右側には、二十三年前の六年二組の名簿を撮影した画像。「最初からやる」 低い声だった。「返事を聞いた順番と、顔が消えた順番を全部合わせる」「もう宇佐見と江藤で合ってるじゃん」 茅森イオが言う。 口元へ添えた指の隙間から、失った奥歯の場所を舌で触る癖が見えた。「二人だけなら偶然と言える」「三人なら?」「偶然とは言いにくくなる」「四人なら?」「うるさい」 怜吾はイヤホンを片耳へ差し込んだ。 轟木燈夜がソファから身を起こす。「かったりいな。全部再生すんのかよ」「お前も聞け」「覚えてるって」「覚えてる記憶が消えるのを昨日見ただろ」 燈夜の口が閉じた。 右腕の袖口を左手で引き下げる。 その下には、五本指で内側から掴まれた痣がまだ残っている。 美怜は気づいたが、何も言わなかった。 怜吾が再生する。 ざ、と古い放送設備の雑音。 女性教師の声。『出席を取ります』 その一言で、部室の空気が楢守小学校の冷たさへ戻った。 名前が呼ばれる。 子どもの返事。『はい』 次。『はい』 さらに次。 誰もいない教室の各所から返った、二十三年前の児童たちの声。 怜吾は一人ずつ停止し、名簿へ番号を書き込んでいく。 一。 二。 三。 美怜は二冊の卒業アルバムを並べた。 一冊は、深町ことはの顔だけが白く抜けていたもの。 もう一冊は、ことはが普通に写っていたもの。 今ではどちらも人数が減っている。 顔を失った宇佐見章人。 次に江藤真奈。
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第35話 午前零時の朝礼

第35話 午前零時の朝礼 楢守小学校を離れたのは、午後八時を回ってからだった。 校門の鎖を戻し、燈夜が解体業者用の鍵をポケットへしまう。五人が敷地の外へ出ても、三階の非常灯だけは青白く点いたままだった。 校舎中央の時計は六時十七分。 美怜のスマートフォンは八時九分。 二時間近い差が開いている。「まだ止まってんじゃん」 茅森イオが校舎を振り返った。「壊れてんだろ」 轟木燈夜は興味を失ったように答える。 右腕を軽く振る。五本指の痣は袖に隠れているが、痛みは残っているらしい。歩くたび、指先を一度強く握る癖がついていた。 斑鳩ちとせは門を越えてから、一度も学校を振り返らなかった。 手首へ残った赤白の筋を袖口へ押し込み、足早に車へ向かう。 津守怜吾だけが校門前に残った。「何してるの」 美怜が訊く。「固定を残す」「まだ撮る?」「だから残す」 校舎内には四台のカメラを置いてきた。 三階六年二組。 一階職員室。 二階放送室。 そして体育館。 すべて外部バッテリーへ接続し、無線で保存先へ送信できるよう設定してある。「人間が仕込んでるなら、俺たちが帰ったあとに回収へ来るかもしれない」 怜吾が言う。 燈夜が車の脇から笑った。「それ先に言えよ。顔まで撮れたら終わりじゃん」「盗まれる可能性もある」「じゃあ逆に捕まえやすいだろ」 美怜は校舎を見上げる。 三階の窓。 六年二組。 暗い。 誰もいない。 その隣の窓へ、白い顔が一瞬だけ浮いた気がした。 美怜は目を細める。 もうない。「帰ろ」 自分からそう言った。 怖いからではない。 疲れただけだ。 そう思うことにした。          * 午後十時半。 五人は大学近くの編集部室へ戻っていた。 卒業アルバムは透明袋へ入れ、机の端へ置いてある。 消失は学校を離れてから止まっていた。 少なくとも、今のところは。 三十二人いた六年二組の児童は二十三人まで減っている。 顔を失った順番は、楢守小学校で女性教師に名前を呼ばれた順序と一致した。 その先。 あと数人。 鬼束美怜。 轟木燈夜。 茅森イオ。 津守怜吾。 斑鳩ちとせ。 五人の名前が続いている。 美怜はその一覧を閉じた。「今日の配信、やば」 代わりに数字を見る。 楢守小学校へ侵入し
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第36話 下駄箱にある五人の靴

 翌日の楢守小学校は、昨日よりも静かだった。 午後五時四十八分。 空はまだ完全には暗くなっていない。西の山際に薄い橙色が残り、校舎の窓ガラスへ細長く反射している。 それなのに、校門を越えた瞬間から、五人の足元だけ夜へ沈んだように見えた。 雑草を踏む音。 機材ケースの金具。 遠くを走る車。 それらがフェンスの外へ置き去りにされ、敷地の中には自分たちの呼吸だけが残る。「今日こそ仕掛けた奴捕まえようよ」 鬼束美怜は配信用のスマートフォンを掲げた。 画面には待機中の映像。 すでに数千人が開始を待っている。「昨日の体育館配信、朝まで回ってたんだけど」 茅森イオが言った。「勝手に?」「途中からずっと真っ暗。でも音だけ入ってた」「何の音」「卒業証書読むやつ」 美怜がイオを見る。「誰の名前?」「聞き取れなかった」 イオは笑った。 その笑顔は薄い。「六人分だったけど」 斑鳩ちとせの歩みが止まる。 すぐにまた歩き出した。 津守怜吾は何も言わず、肩へ掛けたカメラバッグの位置を直した。 昨夜、体育館に残した固定カメラはすべて回収できていない。 映像は午前二時十三分を最後に途切れた。 切れる直前。 顔のない児童たちが一人ずつ体育館から出ていく様子が残っていた。 五つの名前付きの椅子。 名前のない六つ目。 座席札には途中まで、 み。 とだけ書かれていた。 その文字の意味を訊かれた時、ちとせは何も知らないと言った。 怜吾は信じていない。 だが、まだ問い詰めてはいなかった。「校門、昨日と同じ?」 轟木燈夜が鎖を見る。「同じだな」 父親の会社から持ち出した鍵を差し込む。 開錠。 鎖を外す。「誰か夜中に入ったなら、ここ開けてるはずだろ」「別の出入口もある」 怜吾が返す。「図面にあるのは全部昨日見た」「窓」「板打ってある」「割れる」「じゃあ痕跡が残る」「細けえな」 燈夜が門を押した。 錆びた金属が低く軋む。 美怜は敷地へ入る前に正面時計を見上げた。 昨日、午後六時を指したあと、校内の時計だけが現実とずれ続けていた。 今日は。「五時四十八分」 イオも見上げる。「合ってる」 美怜のスマートフォンも五時四十八分。 秒までは分からない。 時計は普通に動いているように見えた。「直った
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-23
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第37話 ランドセルの中身

 教室へ入ってきた泥の足跡は、六つの机の前で止まった。 五人分の上履き。 その間を縫う、小さな裸足。 足跡の主はどこにもいない。 鬼束美怜は、自分の名前が書かれた黒いランドセルを見下ろした。 六年二組。 午後六時を過ぎた閉鎖校舎。 三十二組の机の中央に、向かい合わせで並べられた六つの机。 その上に置かれた六個のランドセル。 五つには〈KOWASU〉の五人の名前。 最後の赤茶色だけには、先ほどまで名前がなかった。 名札入れへ内側から差し込まれた白い紙には、 まだ来てない。 とだけ書かれている。「誰が、まだ来てないの」 イオの声が掠れた。 返事の代わりに、廊下から鉛筆が転がる音がした。 から。 からから。 教室の入口で止まる。 誰も取りに行かなかった。「開けるぞ」 轟木燈夜が自分のランドセルを机から引き寄せた。「待って」 斑鳩ちとせが止める。「また?」 燈夜が睨む。「中身を記録してから」「開けなきゃ中身撮れねえだろ」「外側。鍵とか糸とか、触る前に」 燈夜は舌打ちした。 津守怜吾は何も言わずカメラを近づける。「ちとせの言う通りだ」「お前まで」「誰かが仕込んだなら、指紋や搬入痕が残ってる可能性がある」 燈夜の表情が少しだけ緩んだ。 怪異ではなく、人間の証拠という言葉なら聞く。「じゃあ早く撮れ」 怜吾は一つずつ撮影した。 黒。 鬼束美怜。 紺。 轟木燈夜。 白。 茅森イオ。 焦げ茶。 津守怜吾。 深い赤。 斑鳩ちとせ。 最後に、使い込まれた赤茶色。 五人のものは比較的新しい。 それでも新品ではない。肩紐には人が背負ったような皺があり、底には泥がついている。 赤茶色のランドセルだけは古かった。 革の表面がひび割れ、金具には緑青が浮き、角は何度も擦れて丸くなっている。 背面には、小さな指で引っかいたような線が何本も走っていた。「二十三年前の物だったりして」 美怜が言う。 軽く言ったつもりだった。 ちとせの肩が僅かに動く。「先に自分の開けよ」 イオが自分の白いランドセルへ手をかけた。 金具を外す。 かちん。 教室のどこかで同じ音が返った。 かちん。 イオの指が止まる。「今の何」「ほかのランドセルじゃね?」 燈夜が言う。「触ってないけど」 美怜
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第38話 六人目だけ座っている

 六台目のカメラを最後列へ向けた時、津守怜吾は初めて「これで死角はない」と言った。 午後五時三十八分。 楢守小学校、旧六年二組。 三十二組の机と椅子は昨日と同じ位置へ戻っている。教室中央へ円を作っていた六つの机も、五人の名前が書かれていたランドセルも消えていた。 ただ一つ。 窓際から六番目の席だけ、椅子が机の奥へきちんと押し込まれている。 深町ことはの返事が聞こえた場所。 鬼束美怜は、その席を見ないようにしながら自分のスマートフォンを三脚へ固定した。「本当に六台いる?」「正面」 怜吾が指を向ける。 教卓の上。「後方」 掃除用具入れの上。「廊下側、窓側。あと天井寄りから全景。最後が熱画像」 六台目だけは形が少し違った。 暗所撮影と温度差の記録ができる小型カメラ。画質は落ちるが、人間が教室へ潜んでいるなら体温だけは隠せない。「これで誰か隠れてても映る?」 茅森イオが訊く。「人間なら」 怜吾の言い方に、轟木燈夜が笑った。「じゃあ今日で終わりじゃん」 燈夜は教室の後ろのロッカーを一つずつ開けている。 空。 次も空。 掃除用具入れ。 机の下。 カーテンの裏。 最後には窓まで開け、外壁を確認した。 三階。 外へ立てる足場はない。「スピーカーもなし」 燈夜は黒板の下へしゃがみ込み、手を這わせる。「机にも仕込まれてねえ」「昨日のワイヤレスは?」 美怜が訊く。「回収したやつ以外、反応消えてる」 怜吾が端末を見せる。 昨日まで校内で検出された複数の無線機器は、今日は一つも見つからない。「逃げたんじゃない?」 イオが言う。「仕掛けた人」「でも俺らの名前を呼ぶ放送はまた鳴ると思う」 怜吾がカメラの角度を微調整する。「だから、今日は声を出すな」 斑鳩ちとせがすぐに言った。 教卓の前に立つ彼女の顔は、昨日より疲れていた。 右手首へ残った赤白の筋は袖で隠している。しかし指を曲げるたび、袖口の下で細い影が皮膚を横切った。「それ、全員分かってるから」 美怜が笑う。「今日は絶対返事しない。何回呼ばれても」「名前以外でも」「何?」「『いますか』とか、『聞こえますか』とか」 ちとせは五人を見る。「問いかけられても、六時六分を過ぎるまでは何も答えないで」 燈夜の眉が寄る。「またルール増えたな」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-24
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第39話 卒業写真から三人消えた

 外付けの記憶媒体へコピーした瞬間、美怜は少しだけ安心した。 楢守小学校から戻った編集部室。 時刻は午後九時を過ぎている。 窓の外では大学構内の街灯が白く濡れた歩道を照らし、ときおり学生たちの笑い声が遠くを通り過ぎていく。暖房の効いた部屋にはコーヒーと機材の熱い匂いが混ざり、昨夜までいた閉鎖校舎の冷気など、ここには届かないように思えた。 机の中央には二冊の卒業アルバム。 その周囲を五人が囲んでいた。「今のうちに数える」 津守怜吾が椅子を寄せた。 ノートパソコンの画面には、六年二組の集合写真を高解像度で撮影した画像が表示されている。 顔が消えている児童。 一人。 二人。 三人。 白く抜けた顔だけを見れば、印刷時の欠損に見えなくもない。 だが五人は、その三人の顔がもともと存在していたことを覚えている。 宇佐見章人。 江藤真奈。 もう一人。 昨夜、出席音声の順番に従うように白く消え始めた男子児童。 名前は紙へ書き写してある。 録音にも残してある。 それでも美怜は、その三人目の顔をもう正確には思い出せなかった。「この子、目細かったよね?」 茅森イオが画面へ指を向ける。「誰のこと」「三人目」「顔ないんだから分かんないじゃん」「消える前」 美怜は少し考えた。 黒髪。 男子。 制服。 そこまでは思い浮かぶ。 目元だけが白い霧に隠れる。「……普通だった気がする」「それ、何も覚えてないのと同じじゃん」 イオが笑った。 誰も続かなかった。 斑鳩ちとせは卒業アルバムの氏名欄へ指を置いている。「名前はまだある」 三人目の氏名。 藤代啓太。 黒い印刷文字。 輪郭は薄れていない。「顔が先。次に写真から身体。最後に名前」 怜吾が言った。「宇佐見の時と同じ順番なら」 轟木燈夜がソファから鼻を鳴らす。「ネットまで消えるのは、誰かが書き換えてるからだろ」「またそれ?」 イオが見る。「実際できるだろ」「卒業アルバムは?」「加工」「腕に書いた名前まで消えたのは?」「もうその話何回すんだよ」 燈夜の声が尖る。 右腕を組んだ瞬間、袖の下で何かが動いた。 五本指の痣が残っている場所。 燈夜はすぐに腕を解いた。 美怜は気づいたが、黙っていた。「ネットの方を確認する」 怜吾が検索画面を開いた
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