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第49話 深町ことはは卒業していない

 少女の声が、暗闇の奥でもう一度した。「今度は、来てくれる?」 鬼束美怜は返事をしなかった。 返事をしてはいけないからではない。 喉が動かなかった。 体育館の照明はすべて落ちている。非常灯さえ消え、五人のスマートフォンと撮影機材の液晶だけが青白く浮いていた。 どの端末にも、時刻は同じ数字で止まっている。 18:06。 秒は進まない。 だが、体育館の外から聞こえてくるものだけは確かに近づいていた。 ドン。 体育倉庫の扉を叩く音。 ドン。 もう一度。「せんせい」 幼い声。「ここ」 ドン。「暗い」 美怜は握っていたスマートフォンを持ち直した。 手のひらが汗で滑る。 これまでなら、カメラへ向かって笑っていた。 怖いなら壊せ。 そう言って、供え物を蹴り、人形を燃やし、扉を壊した。 今は違った。 扉の向こうにいるものが何なのか。 幽霊なのか。 誰かが仕掛けた人間なのか。 それより先に、胸へ張りついて離れない言葉がある。 返事を聞いたのに、帰りました。 榊原澄江の泣き声。 二十三年前。 十二歳の少女が、誰かへ自分の居場所を伝えた。 ここにいます。 けれど、大人は振り返らなかった。「行く」 美怜が言った。 自分でも驚くほど低い声だった。 轟木燈夜が彼女を見る。「倉庫?」「うん」「また扉閉まってたら壊すぞ」「今日は壊す前に呼ぶ」「誰を」 美怜は答えなかった。 斑鳩ちとせだけが、その意味を理解したように顔を上げた。「美怜」「何」「名前を呼んだら」 ちとせは言葉を止めた。「何?」「……最後まで聞いて」 美怜は眉を寄せた。「何を」「返ってきた声を」 妙に具体的だった。 津守怜吾がちとせを見る。 まただ。 そういう目だった。 それでも今は問いたださない。「録音は全部回す」 怜吾が言う。「胸元、固定、空間音。切らない」「配信は?」 茅森イオが訊いた。 右手首には赤白の組紐。 そのおかげで戻った顔は、今も美怜にははっきり見えている。 ただしスマートフォン越しでは、時折目元が霞んだ。「切る」 怜吾が答える。「何で?」 美怜が振り返る。「外へ見せる前に、俺たちが何を見たのか確定させる」「でも――」「美怜」 怜吾の声は強かった。「今は再生数より記録だ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-03
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第50話 六人目の返事

 非常ベルは、少女が「まだ、ここにいる」と言い終えた直後に鳴った。 ジリリリリリリリ。 耳の奥へ針を突き刺すような音が、体育倉庫を満たした。 鬼束美怜は反射的に両耳を塞いだ。「何!」 赤い警報灯が天井で回っている。 電気は止まっているはずだった。 それでも赤い光は規則正しく壁を舐め、無数に刻まれた《せんせい》の文字を一つずつ照らしていく。 赤。 暗闇。 赤。 暗闇。 小部屋の中央。 少女の姿が消えていた。「いない!」 茅森イオが叫ぶ。 さっきまで少女が座っていた床には、何もない。 骨喰い人形も消えている。 ただ。 埃の上に、小さな裸足の跡が二つ残っていた。 その先。 一歩。 二歩。 斑鳩ちとせへ向かって続いている。「出るぞ!」 轟木燈夜が怒鳴った。 今度は誰も反対しなかった。 津守怜吾が機材を掴む。 美怜はちとせの腕を取ろうとした。 ちとせが避ける。「自分で走れる」 顔が白い。 声も震えている。 美怜は何か訊きたかった。 六年前。 少女。 赤白の組紐。 なぜ知っている。 どうして目を逸らした。 だが、今は非常ベルがすべてを押し潰している。 五人は体育倉庫から飛び出した。 夜の校庭。 非常ベルは校舎全体で鳴っていた。 三階。 二階。 一階。 体育館。 放送室。 すべて。 赤い非常灯が窓の奥で明滅している。「火事じゃないよね!」 イオが走りながら叫ぶ。「煙ない!」 怜吾が答える。「誰か非常押しただけだ!」 燈夜が先頭。 その後ろを美怜とイオ。 怜吾。 ちとせ。 五人分の足音。 その間に。 コツ。 白い上履き。 ぺた。 裸足。 二種類の小さな足音が混ざっている。 美怜は振り返らなかった。 校舎正面。 壊した大時計。 文字盤は割れ、針は地面へ落ちている。 それでも。 赤い非常灯が明滅するたび。 文字盤の上にだけ、二本の影が浮かんだ。 六時六分。「門!」 燈夜が叫ぶ。 五人は校門へ向かう。 距離は縮まる。 今回は倉庫へ向かった時のように伸びない。 あと二十メートル。 十。 五。 燈夜が敷地外へ飛び出した。 美怜。 イオ。 怜吾。 ちとせ。 最後の一人が校門を越えた。 その瞬間。 非常ベルが止まった。
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第51話 七人へ送ってください

 楢守小学校の校門を越えた瞬間、五人のスマートフォンが一斉に震えた。 午後六時七分。ついさっきまで全端末が十八時六分で固まり、壊したはずの正面時計には針の影だけが浮かんでいた。それが敷地の外へ出た途端に動き始め、非常ベルも校内放送も嘘のように止んでいる。五人は車まで戻ることさえできず、錆びたフェンスから数メートル離れた歩道上で、それぞれの画面を見下ろした。「また同時?」 イオが右手首の赤白の組紐を握りながら言った。顔は肉眼では元通り見えているものの、スマートフォンの黒い画面へ映った反射だけは、輪郭がわずかに水へ溶けたように揺らいでいる。「メール」 美怜も通知を開いた。 差出人の欄が空白だった。 迷惑メールにありがちな意味不明な英数字さえない。送り主の名前もアドレスも存在せず、件名だけが黒い文字で表示されている。 回してください「うわ、懐かし」 燈夜が鼻で笑った。 数分前まで顔から血の気を失っていた男とは思えない声だった。右腕へ残った五本指の痣を袖で隠し、画面を美怜たちへ見せる。「平成のチェーンメールかよ」「平成って燈夜もほぼ子どもじゃん」 イオが言った。「うるせえ。昔あっただろ。何人に回さないと死ぬとか、不幸になるとか」「知ってる。回さないと夜中に女が来るとか」 美怜はそう答えながら本文を開いた。 二行だけだった。 このメールを七人へ送ってください。 送らなかった人から、七本もらいます。 五人の間へ、夜風とは違う冷たさが落ちた。「七本って何」 イオが訊く。 美怜はすぐに答えなかった。爪の裏へ入り込んだ赤い糸、人骨人形の口に埋め込まれていた歯、燈夜の腕へ入り込んだ指骨、怜吾の小指から生えた子どもの爪が、順番に頭を過ぎる。「爪じゃね?」 燈夜が先に言った。「指十本あるし、七本ならちょうど中途半端で嫌な感じだろ」「そういう言い方やめて」 イオは自分の指を握り込んだ。赤白の組紐が皮膚へ食い込み、その下で細い黒髪が一瞬だけ動いたように見えた。「でも企画には使える」 美怜の声が変わった。 さっきまで体育倉庫で白い少女を前にして、初めてカメラを下ろしたはずだった。それでも学校を出て、現実の道路へ立ち、手の中へ届いた古臭いチェーンメールを見た瞬間、胸の奥に慣れた熱が戻ってくる。「呪いのチェーンメール、本当に回さなか
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-04
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第52話 視聴者七人に送ってみた

 チェーンメールを受信してから十二時間も経たないうちに、美怜はそれを企画へ変えた。 大学近くの編集部室には、いつもの撮影機材に加えて、怜吾が用意した七つの番号札が机へ並んでいる。窓は閉め切られ、午後九時を過ぎた部屋にはパソコンの排熱とコンビニのコーヒーの匂いが籠もっていた。美怜は鏡代わりにスマートフォンの黒い画面を覗き、口紅を指で整えてから、右手の人差し指を何気なく擦った。 爪の中央には、細い亀裂が残っている。 繭守邸で人形の爪を切った夜から、完全には消えなかった傷だった。表面だけなら何度も伸びて切ったはずなのに、同じ位置へ薄い筋が戻ってくる。爪の裏では時折、髪の毛ほど細い赤黒いものが動く感覚もあった。「本当にやるの?」 イオが訊いた。 彼女の右手首には赤白の組紐が巻かれている。顔は今夜も肉眼では普通に見え、配信用モニターにも一応映っていた。ただ、カメラが焦点を合わせる時だけ目元が一瞬霞み、そのたびイオは無意識に自分の頬へ触れている。「やるでしょ」 美怜は笑った。「せっかく向こうから企画くれたんだから」「企画って言い方」「だって七人へ送れって書いてあるんだよ。じゃあ本当に七人へ送ったらどうなるのか見ればいいじゃん」「受け取る側に何か起きたら?」「そのために希望者だけ」 美怜は机へ置いた紙を指先で叩いた。今夜の配信で、チェーンメールの転送先を募集するつもりだった。自分の意思でメールアドレスを送ってきた者の中から七人を選ぶ。それなら勝手に巻き込んだわけではない、と彼女は考えているらしい。 怜吾は納得していなかった。「メールアドレスを生配信のコメントへ書かせるな」「分かってる。専用フォーム」「転送先の情報は配信に映さない。名前も読み上げない」「そこまで?」「当たり前だ」「はいはい」 美怜が肩をすくめる。 燈夜はソファへ座り、例のチェーンメールを何度も開いたり閉じたりしていた。差出人欄は空白。送信日時は二十三年前。本文の末尾には、受信直後には存在しなかった《一人目、まだ?》という一文が増えている。「俺にはまだ線出てねえぞ」 燈夜が画面を見せた。 本文下に七本並んだ細い赤線。 美怜のメールにも。 イオ。 怜吾。 ちとせ。 全員の画面にある。「一人目って、誰か一人送れば一本消えるってこと?」 イオが訊く。「や
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-05
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第53話 爪が内側へ伸びている

 翌朝、美怜が目を覚ました時、自分の右手人差し指は驚くほど軽かった。 枕元から差し込む白い朝日に指を透かし、何度も角度を変える。繭守邸から残っていた細い亀裂は消え、爪の裏を這っていた赤黒い糸の感覚もない。押しても曲げても痛まず、昨日までそこへ何か異物が潜んでいたことさえ、思い込みだったように見えた。 ただし、枕元のスマートフォンには七枚の写真が残っている。 昨夜チェーンメールを送った七人。 全員の爪の中央に現れた、黒い縦線。 美怜は一枚目から順に眺め、七枚目まで行ったところで画面を伏せた。胸の奥へ僅かな重さがあったが、それよりも、自分の指が元へ戻ったことへの安堵の方が大きかった。 その感覚を口に出せば、イオに嫌な顔をされることも分かっていた。 午前十時を過ぎる頃には、五人全員が大学近くの編集部室へ集まっていた。怜吾は昨夜から一度も帰宅していないらしく、同じ黒いシャツのまま、七人から届いた報告を一覧へまとめている。燈夜はソファへ寝そべり、美怜はコンビニのコーヒーを片手に机へ腰を預け、イオは赤白の組紐を巻いた右手を膝の上へ置いていた。「全員まだ返事ある?」 美怜が訊いた。「六人」 怜吾が答える。「一人は?」「西園航平。昨夜の三人目」 十九歳。専門学生。 最初に《爪ちょっと痛いかも》と訴えた受信者だった。「寝てんじゃない?」「午前六時十四分に一度報告が来てる」 怜吾が画面を開く。 短い文章。 《病院に行きます》 その下に添付された写真では、右手中指の黒い縦線が昨夜より太くなっている。爪の表面へ墨汁を一滴垂らし、内部から染み上がったような色だった。「病院行くほど?」 燈夜が顔だけをこちらへ向ける。「痛みが増したらしい」「で、そこから連絡なし?」「今のところ」 イオが眉を寄せた。「こっちから連絡しようよ」「してる。既読にならない」「電話は?」「応募時に緊急連絡用の番号をもらってる」 怜吾が発信しようとした時、パソコンの通知音が鳴った。 新着。 西園航平。「来た」 イオが椅子から身を乗り出す。 文章は一行だけだった。 《話せますか》 怜吾がすぐに返信する。 通話可能。 配信には使わない。 記録のみ許可がほしい。 数十秒後。 《いいです》 そのあと続いた一文で、美怜の口元が少し上がった。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-06
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第54話 送れば止まる

 西園航平が七人へ転送すると決めたのは、救急車を待っている間だった。編集部室の机中央に置かれたから、十九歳の青年の浅い呼吸と、遠くで誰かが玄関を開ける音が聞こえている。右手中指の内部には逆向きの爪状組織が伸び、薬指にも二本目の黒い線が現れたばかりだった。美怜は何も異常のなくなった自分の右手人差し指を見つめながら、爪の裏へ何かが潜っていく痛みを想像しないようにしていた。『七人に送れば、本当に止まるんですよね』 航平の問いに、美怜はすぐ答えられなかった。昨夜、自分は七人へチェーンメールを転送し、その直後に繭守邸から残っていた爪の亀裂と異物感が消えた。ただし一例しかなく、同じことが航平にも起きる保証はない。それでも、何も起きなかったと誤魔化すこともできなかった。「少なくとも私は軽くなった。亀裂も消えた」『じゃあ送ります』「待ってください」 怜吾がすぐに身を乗り出した。誰に送るのか、事情を説明するのかと確認するが、航平は友人へ送ると答えたきり、余裕のない呼吸を繰り返した。次の瞬間には中指と薬指の痛みが同時に強まったらしく、通話の向こうで呻き声が漏れた。『今それ説明してる余裕ないです。また中で伸びてる。三本目まで来たらどうすんの』「でも送った七人にも同じことが起きるかもしれない」 イオが言うと、航平はしばらく黙った。組紐を握るイオの指先も白い。美怜も言葉を挟めなかった。『じゃあ俺に、このまま耐えろって言うんですか』 その一言で、誰も強く止められなくなった。航平は希望してメールを受け取ったが、体内へ爪が生えることまで承知したわけではない。美怜自身、自分の異常が軽くなった安心の裏側で、七人へ何を渡したのかをようやく理解し始めていた。『送ります』 画面の向こうで操作音が続いた。一人目、二人目と航平自身が数え、その後も短い送信音が五回鳴る。七人目を送り終えると、通話には彼の荒い呼吸だけが残った。「痛みは?」『まだあります』 美怜の胸が沈みかけた。二十秒ほどして航平が急に息を止める。スピーカー越しの呼吸まで変わった。『待って。弱くなってる』「どのくらい?」『痛いのは痛い。でも、動いてない。さっきまで爪の下に金属を突っ込まれて、そのまま奥へ押されてる感じだったのに、それが止まった』 怜吾は転送完了からの時間を記録し、感覚だけで判断しないよう念を押
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-09
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第55話 母親にも送った

 美怜が母親へチェーンメールを送っていたことが発覚したのは、四十九人という数字が画面に現れた直後だった。 怜吾が転送経路を少しでも追おうと、五人それぞれの送信履歴を確認し始めた時、美怜の端末だけに七人以外の宛先が一件残っていた。 受信者名には《母》と表示され、送信時刻は昨夜の配信終了から三十分ほどあとになっている。「これ何」 怜吾が端末を美怜へ向けた。責める声ではなかったが、その平坦さがかえって逃げ道をなくしていた。「母親」「見れば分かる。何で送った」「身内でも同じ症状出るのか試したかった」 美怜はそう答えたあと、自分でも少し言葉が軽すぎたと思った。イオが目を見開き、燈夜さえ一瞬笑うのを忘れたように美怜を見る。ちとせは何も言わなかったが、机の縁へ置いた指先が僅かに強張った。「視聴者七人とは別に送ったの?」 イオが訊いた。「うん。七人送ったら私の爪が戻ったでしょ。そのあと、もう一件送ったらどうなるのかなって」「何でお母さんなの」「他人だと経過追えないじゃん。母なら連絡つくし、爪とか歯の変化も分かるから」「歯科衛生士だから?」「そう」 美怜の母、鬼束沙和は四十六歳で、駅前の歯科医院に長く勤めている。爪や皮膚の専門家ではないが、医療従事者なら異常があれば病院へ行く判断も早く、身体の変化を説明する時にも話が通じやすい。 美怜はそこまで考えて送ったのだと説明したが、口にすればするほど、それは母を選んだ理由というより、実験対象として都合がよかった理由に聞こえた。「本人には何て言ったの」 怜吾が訊く。「普通に、今こういうメール検証してるって」「危険性は?」「黒い線が出るかもしれないって言った」「爪が内部へ伸びることは」 美怜は黙った。 昨夜、沙和へ送った時点では航平の断面画像はまだ届いていなかった。黒線が何を意味するかも分からず、美怜自身の爪が楽になったことの方が強く印象に残っていた。だから《これ来たら七人に送ってみて》と、簡単な文章をつけて転送しただけだった。「電話する」 イオが言った。「今?」「当たり前でしょ」「もう夜遅いし」「それ関係ある?」 イオの声が強くなった。美怜は反射的に言い返しかけたが、航平の指の中へ伸びた白い組織が頭に浮かび、スマートフォンを手に取った。          * 沙和は三回目の呼
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-10
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第56話 削除しても残る

 鬼束沙和の右手親指に異常が出た日の夜、津守怜吾は編集部室の机をほとんど占領するほど機材を広げていた。ノートパソコンが三台、通信を切った検証用端末が二台、外付け記憶媒体、回収したワイヤレススピーカー、それに楢守小学校で見つけた八台の隠しカメラ。照明を落とした室内では複数の画面だけが青白く光り、その中央へ例のチェーンメールが表示されている。 美怜は母親が病院から戻ったという連絡を受けてから、何度もスマートフォンを確認していた。沙和は検査後も七人への転送を拒んでいる。親指内部の爪状組織はまだ短いものの、根元から明確に皮膚の内側へ入り込んでおり、鎮痛処置を受けても完全には痛みが消えていなかった。「母さん、まだ送ってない」「その方が比較はできる」 怜吾が画面から目を離さず答える。「比較って言い方しないでって言ったじゃん」「状態を追わないと止め方も分からない」「分かってるけど」 美怜はそれ以上言わなかった。自分が送ったせいで母親の指へ異常が起きているという事実は、知らない受信者から報告を受けた時よりずっと重かった。 燈夜は少し離れたソファへ座り、ペットボトルの水を飲みながら怜吾の作業を眺めている。イオは右手首の赤白の組紐を指で弄り、ちとせだけは窓際で静かに外を見ていた。ここ数日、彼女は美怜たちがメールについて話すたびに口数が減る。「で、何か分かった?」 燈夜が訊いた。「メールそのものに仕掛けがある」 怜吾が答えた。 美怜が顔を上げる。「呪いじゃなくて?」「少なくとも一部は人間が作ってる」 その言葉に、燈夜がすぐ笑った。「ほらな」「まだ全部とは言ってない」「でも人間なんだろ」「監視してる部分は、かなり可能性が高い」 怜吾はメールへ添付されている卒業写真を別画面へ移した。顔を失った児童たちの中央に〈KOWASU〉の五人、その後ろへ白い少女、さらに撮影側へ薄い人影が立つ画像だった。「普通に開いただけだとただの画像に見える。でもデータを分解すると、画像として必要のない領域がある」「何それ」 イオが椅子を寄せる。「隠し文字?」「文字よりコードに近い」 怜吾は解析結果を拡大した。美怜には英数字の羅列にしか見えない。画像の色情報とは別の位置へ、不自然な規則で並んだデータが埋め込まれている。「画像の中に?」「見た目には出ない。普通
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-12
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第57話 七本目までの時間

 午前零時を過ぎてから、津守怜吾は眠らなかった。新品のスマートフォンへ勝手に送信された二通のチェーンメールと、自分の薬指へ現れた黒い縦線を前にしても、彼が最初にしたのは指を隠すことではなく、これまで集まった受信者全員の記録を一つの表へ並べ直すことだった。美怜が最初に送った七人、西園航平が送った七人、その先で転送した者たち。連絡が取れる範囲だけでも二十人を超え、痛みの始まった時刻、黒線が出た時刻、転送の有無、病院での所見を一件ずつ入力していく。 美怜はソファに座ったまま、母から届いた短い連絡を何度も見ていた。沙和はまだ誰にもメールを送っていない。親指の内部へ伸びた爪状組織は残っており、鎮痛薬を使っても痛みは完全には消えないという。それでも《七人には送りません》という一文だけは変わらなかった。「これ、時間で進んでる」 夜明け前、怜吾が初めて口を開いた。美怜が顔を上げると、三台のモニターに受信者の記録が時系列で並んでいる。黒い点が最初に現れた時刻から、二本目、三本目へ進んだ時刻まで、赤い線で結ばれていた。「どれくらい?」「完全一致じゃない。でも近い」 怜吾は西園航平の記録を拡大した。最初の痛みが始まった時刻、その約七時間後に二本目の爪へ黒い点が出現している。別の受信者もほぼ同じで、六時間五十分から七時間二十分の範囲に収まっていた。「七時間ごと?」 イオが右手首の組紐を押さえた。ほとんど眠れていないらしく、目の下には薄い影がある。それでも自分の指先を何度も確認する癖だけは止まらない。「今ある情報ではそう見える。一度始まると、約七時間で次の爪へ移る」「順番は?」 燈夜が訊く。怜吾は別の表を出した。「最初は人差し指。次が中指。三本目が薬指。少なくとも確認できた十二人は全員同じ」「右手?」「最初に症状が出る側は違う。右から始まる人も左から始まる人もいる。でも同じ手の人差し指、中指、薬指の順番は崩れてない」 美怜は自分の右手を開いた。亀裂の消えた人差し指は綺麗なままだった。自分が七人へ送ったことで、その順番から外れたのか、それとも別の誰かへ続きを渡しただけなのか、考えるほど指先が冷たくなる。 怜吾は表の横へ、確認できた症例だけを抽出した一覧を表示した。航平は最初の黒線から二本目まで六時間五十八分。別の二十二歳女性は七時間十一分、二十四歳男性は七時間
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-14
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第58話 爪の中から爪が出る

 七本の爪を失った男が救急搬送された病院から連絡が入ったのは、翌日の午後だった。家族を通じて〈KOWASU〉へ提供された検査資料には、両手の断面画像と、緊急処置で摘出された硬組織の写真が添付されていた。鬼束美怜は編集部室の机へ肘をつき、画面いっぱいに表示された透明な標本袋を見つめた。袋の中には黄白色の薄い板が一本ずつ分けて入れられ、形だけを見れば、どれも人間の爪にしか見えなかった。 津守怜吾は病院側から家族へ渡された説明書類を拡大し、記載された所見を一行ずつ追った。指先から皮膚の内部へ伸びていた硬質物は、骨片でも人工物でもなく、爪甲に極めて近い角化組織だった。七本すべてが、外側から差し込まれた形ではなく、本人の爪床周辺から連続するように存在していたにもかかわらず、通常の成長方向とは逆に第一関節側へ潜り込んでいる。しかも摘出された一本には、爪の先端らしい白い遊離縁まで残っていた。「外に伸びてた爪を、裏返して入れたみたい」 茅森イオがそう言い、すぐ自分の右手を握った。赤白の組紐はまだ手首へ巻かれており、その下の皮膚には薄い圧痕が残っている。鏡やカメラから顔が消えた時ほどではないにせよ、自分の爪へ視線を落とす回数は明らかに増えていた。「でも、本人の爪なら説明は一つできる」 轟木燈夜がソファから身を起こした。彼は画像を見ても怯えた様子を見せず、むしろ原因へ近づいたことを歓迎しているようだった。「変な病気か薬で、爪の生える向きが逆になった。それだけなら怪談じゃない」「本人のならな」 怜吾の声が低くなった。美怜が横顔を見ると、彼は別の資料を開いていた。病院側が家族の同意を得て追加のDNA検査へ回した試料について、暫定的な結果が記載されている。「何」「摘出した七本から、本人とは一致しない遺伝情報が出てる」 燈夜の笑みが消えた。爪そのものは角化した組織で、状態によって解析できる情報量に差があるため、病院側は爪の裏面に付着していた微量組織も含めて調べていた。その結果、七本の試料から得られたDNA型は、いずれも搬送された男性本人のものと一致しなかった。「じゃあ誰の」 美怜が訊いた。「分からない。照合対象がないから個人までは出ない」「七本とも同じ人?」「違う」 怜吾が画面を切り替えた。試料一から七まで、それぞれ別の識別番号が振られている。少なくとも確認
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-15
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