All Chapters of 拝啓「愛する女」のために私を捨てた旦那様。今度は私を選ばせます。: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 命を預ける相手

「……条件?」広海の顔が変わった。わずかに眉を寄せ、実里の意図を探るように見つめてくる。「大したことではないわ。ただ、その前に教えて」「何だ?」「私はどこで手術を受ける予定なの?」一瞬の間があった。「朝比奈総合病院だ」「へえ」実里は素直に驚いた。朝比奈総合病院。国内でも有名な大病院だ。もっと小さなクリニックで、人目を避けて中絶させるのだと思っていた。東條家の嫁が中絶したと知られないように。だが、違ったらしい。「キャンセルして」「……何?」「病院は私が決める」広海が黙る。明らかに納得していない顔だった。「言ったでしょう」実里は冷たく笑う。「死にたくないって」「……手術は安全だ」「分かっているくせに、分からない振りをしないで」声が低くなる。「私は死にたくない。そして――あなたを信じていない」広海の表情が強張った。中絶手術。どれほど安全だと言われても、絶対ではない。手術中の予期せぬ事故。容体の急変。もしそこで実里が死んでも、不幸な事故として処理できる。広海が疑われることもない。「そんなつもりはない」「そうかもね」実里は肩を竦めた。「でも、あなたの愛する女はどうかしら」「……何?」初めて、広海の声に明確な戸惑いが混じった。「浮気女に言われる筋合いはないけれど」実里は淡々と続ける。「彼女にとって、私は邪魔者じゃない?」広海は何も言わない。「私がいなくなれば、東條夫人の座は自分のもの。東條家の資産も、その影響力も……私にはよく分からないけれど、殺す価値くらいあるんじゃない?」
last updateLast Updated : 2026-08-19
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第22話 分かりたくない

作戦決行日は、一週間後に決まった。高橋誠から示された作戦内容を確認し、指定された病院へ連絡し、中絶手術の予約を取る。全て、高橋誠から指示された通りだ。予約が取れた。次は広海への連絡。実里はメッセージアプリを開く。【手術は一週間後に決まったわ】病院名は書かない。それで問題ない。そう約束した。広海は聞いてこないはずだ。(それに、万が一知られて問題ないと書かれている)送信すると、すぐに既読がついた。(返事は……)既読がついた吹き出しの下をジッと見ていた自分に苦笑する。返事は来ないだろう。来たとしても、【了解】の一言くらいに違いない。実里はそう思っていた。だが、数分後。広海から届いた文章は長く、内容も予想外のもの。手術日までの一週間、住み込みの世話係を雇ってはどうだという提案だった。「……世話係?」実里は眉を寄せる。続けてメッセージが届いた。【今いる使用人は、外の護衛を除いて全員休暇を取らせる】【世話係は君が自分で選んでいい】実里は画面を睨んだ。広海が何を考えているのか、すぐに分かった。(食事ね)実里はこの数日、まともに食べていない。出されたものを疑い、看護師を拒絶し、誰にも近づくなと言っている。今では、口にしているのは自分で安全を確認した栄養補助食品くらい。出されるサプリメントも疑って飲んでいない。だから、実里自身に人を選ばせようとしている。自分が選んだ人間なら、少なくとも今よりは警戒せずに食事をするだろうと。「大した……譲歩だこと」この家の使用人を雇うとき、広海は異常なほど精査した。神経質だと笑ったら
last updateLast Updated : 2026-08-24
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第23話 来訪者は微笑む

高橋誠から、一つの家政婦派遣会社を指定された。ネットで調べると、一般家庭向けの家事代行サービスから、政財界のVIP向けにコンシェルジュを派遣するなど、幅広くやっている会社のようだ。実里はそこへ電話をかける。電話はすぐに取られ、誰からの紹介かと尋ねられた。「Юлия, моё всё(ユリヤ、マヨー・フョー)」日本語にすると、『ユリヤ、僕の全て』これが符丁だと教えられた。だから、実里は震える声を出してしまったが。『いつもお世話になっております』相手のスタッフは、何も変わらなかった。『希望する期間と、お客様のご希望を教えてください』「住み込みで一週間。料理と身の回りの世話をお願いしたいのですが」『承知いたしました』普通だった。あまりにも普通の対応に、実里は拍子抜けする。相手は高橋誠の協力者。そう意識していたから、何か秘密めいた合図でもあるのかと思っていた。だが、聞かれるのは食事の好みやアレルギー。仕事内容。勤務期間。一般的なことばかり。(普通の会社……なの?)手続きが終わる。『それでは明日、スタッフを派遣いたします』「よろしくお願いします」電話を切った瞬間、実里は大きく息を吐いた。◇◇◇翌朝。屋敷にいた使用人たちが次々と出ていった。「一週間、ゆっくり休んで」実里がそう言うと、使用人たちは戸惑いながらも頭を下げた。最後の一人が玄関を出る。玄関扉が閉じた。「……静かだわ」実里は呟く。屋敷の外には、相変わらず護衛がいる。守っているのか。監視しているのか。実里には後者としか思えない男たち。それでも、家の中から人がいなくなっただけで、身体から力が抜けた。.チャイムが鳴った。実里は玄関を見る。しばらくすると、扉が開いた。護衛が身元を確認して通したのだろう。一人の女性が入ってくる。年齢は、実里と同じくらいだろうか。大きな荷物を持った女性は、実里を見ると丁寧に頭を下げた。「初めまして」明るく、落ち着いた声だった。「本日から住み込みでお世話をさせていただきます」そして、女性は微笑む。「高橋友梨と申します」実里は、その名前を聞いて目を見開いた。
last updateLast Updated : 2026-08-24
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第24話 つながり

高橋友梨。その名前を聞いた瞬間、実里は息を止めた。高橋誠が、自分の娘の名前をそう言っていた。――高橋友梨、私の娘です。――台湾での生活のサポートも娘がします。「あなた……」思わず問い質そうとする。しかし。「まず、仕事内容の確認をさせていただきますね」友梨は実里の言葉を遮るように、明るい声で言った。「お掃除のトラブルをなくすため、家の中を一緒に確認していただいてもよろしいですか?」「……え?」「清掃してはいけないお部屋や、触れてはいけないものがあれば、先に教えていただきたいんです」にこやかな笑顔だが、黙っているようにと言われた気がした。(あ……)友梨が玄関の外へ視線を向けた。それで分かった。玄関には、あの護衛がいる。ここで余計なことを話すべきではないという意味なのだろう。「分かったわ」「ありがとうございます」友梨は大きな荷物からタブレットを取り出した。「それと、お部屋の写真を撮らせていただきます」「写真?」「はい。家具や壁に傷があった場合、それが弊社スタッフによるものではないと証明するためです。今回は私一人ですが」淡々とした説明だった。「それから、お客様の機密情報などが万が一外部へ漏れた場合にも、弊社スタッフが触れていないことを証明する必要がありますので」「……ずいぶん徹底しているのね」「VIPのお客様も多いですから」友梨はにこりと笑う。その説明に不自然なところはなかった。「では、こちらからお願いします」二人で屋敷を回り始める。リビング。ダイニング。キッチン。客間。書斎。一部屋ずつ友梨が確認していく。「こちらの棚は触れても?」「ええ」「引き出しの中は?」「そこは鍵が掛かっているから、触らなくていいわ」「承知しました」写真を撮る。家具を確認する。壁を見る。時折タブレットへ何かを書き込む。それを繰り返していく。「こちらは?」「洗面所よ」「確認させていただきます」洗面所まで写真を撮る。さらに。「お手洗いも確認します」「そこまで?」実里は思わず聞いてしまった。「はい。清掃範囲に含まれますので」当然のように答えられる。(徹底しているのね……)実里は感心しながら、その様子を見守った。友梨は室内を見回し、ときどきスマートフォンのような小さな機器を取り出している。
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第25話 手料理

――信じるしかないの。そう決めたからなのか。実里は開き直ったように、友梨に世話を焼かれていた。「お昼ご飯は、うま味がたーっぷりあるけれど、さっぱりと食べられるものがいいな」ソファに座ったまま注文すると、友梨が呆れたように振り返った。「はいはい。どこのお店のがいいの?」「料理、作ってよ。その分のお給料ももらっているんでしょう?」「買ってきたほうが美味しいよ」「家政婦なのに?」「私の場合、安全が保障できるのはお湯を沸かすまでね」「……それ、料理って言わないわよ」「だから、出せるのはカップラーメンね」友梨は悪びれもせずに言う。実里は思わず笑ってしまった。友梨はほぼ同じ年。共犯者。高橋誠に頼まれ、仕事としてここにいるから、本当の友人ではない。それでも、気軽にフランクに接してほしいと実里から頼んだ。友梨もあっさり受け入れた。「レンジで温めるご飯とかもあるじゃない」「不思議なんだけど、卵が爆発したのよね」「……何をしたの?」「普通に温めただけなんだよね」「殻付きで?」「さすがに殻は割った、それなのに爆発。どうしてだろう」「どうして家政婦役につこうとしたわけ?」「仕方がないでしょう。それしかなかったんだから」友梨は肩を竦めた。「実里は料理できないの?」「できるわよ」「じゃあ、実里が作ってよ」「何かそれ、違くない?」「いいじゃない。掃除、洗濯、買い物は私の担当なんだから」「だから、そのためにお金もらっているんでしょう?」「妊婦だって適度な運動は必要だし、自分で作れば食べたいものを食べられる。一石二鳥」「上手いこと言って、自分が料理したくないだけでしょう?」
last updateLast Updated : 2026-09-01
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第26話

「お迎えの車が来ました」玄関からの報告に、実里の身体が震えた。とうとう、この日が来た。計画は何度も確認した。何をするのか。どこで何が起こるのか。失敗した場合、どうするのか。すべて頭に入っている。それなのに。いざそのときが来ると、足が竦む。「実里」友梨が手を取った。「行こう」その手を握り返す。「うん、ありがとう」実里は立ち上がった。友梨がスーツケースを持ち、そのあとに続く。玄関を出る。眩しい日差しに目を細めた。門の前には、二台の車が停まっていた。一台目の白い車には、側面に実里が予約した病院の名前がある。そして、その後ろには見覚えのない黒い車がある。「あなたは、あっちに乗ってくるの?」実里は黒い車を指さしながら、傍に立っていた護衛に尋ねた。男の顔に気まずそうな表情が浮かぶ。自分が監視役だという自覚はあるのだろう。「……はい」「それじゃあ、これをよろしく」「え?」男が戸惑う。実里は友梨へ頷いた。友梨が持っていたスーツケースを差し出す。「お願いします」反射的に受け取った男に、実里は告げた。「番号は110よ」「……あの」「金目のものを持ち出していないか確認して構わないわ」男は慌てて首を横に振った。「いえ、そんな指示は受けていないので」「あら。それなら金目のものを持ってくればよかったわ」残念、と肩を竦める。護衛は何とも言えない顔をしている。実里はそれ以上相手にせず、病院の車へ近づいた。運転席の扉が開く。一人の男が降りてきた。
last updateLast Updated : 2026-09-05
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第27話

――深沢大地さんは、外務省の秘密職員ですよ。「父が、秘密職員?」自分の口から出た言葉なのに、あまりにも現実味がない。誠は実里の反応を予想していたのか、肩を竦めてみせた。「正式な職名は知りません。ですが、外務省に出入りしていたことは確かですよ」「そんな……」馬鹿な話。そう言って一笑に付そうとして。実里は、ふとあることに気づいた。(……遺産)父が亡くなったとき、実里が相続した遺産。それは、実里が想像していたよりも遥かに多かった。不動産。預貯金。株式。海外にある資産まで。当時は父を亡くしたばかりで、詳しく確認する気力などなかった。資産管理人から説明を受けても、ほとんど頭に入っていなかった。ただ、あまりにも多いことに驚いた実里へ、資産管理人はこう説明した。――大地は海外を飛び回っていて、金を使う機会がなかったからな。父は派手な生活をする人ではなかった。海外へ行っても仕事ばかり。だから、そんなものなのだろうと納得した。(でも……)もし。父に、実里の知っている仕事とは別の収入源があったとしたら。輸入雑貨を扱う会社の収入だけではなかったのだとしたら。あの遺産の多さにも説明がつく。「……待って」新たな疑問が浮かぶ。(でも、そうなると……)父の資産管理人。実里に、父の遺産について説明したあの人は?父とは学生時代からの友人だと聞いている。会計士の資格を持っているからと、父の会社の経理も任されていた。実里が高校進学を機に日本へ一人で残るようになってからは、ときどき様子を見に来てくれていた。
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第28話

サービスエリアは混雑していた。駐車場へ入る車が列を作っている。高橋誠は迷うことなく、その中を進んでいった。やがて一台だけ空いているスペースを見つけ、車を滑り込ませる。実里は後ろを見る。屋敷を出てからずっとついてきていた黒い車も入ってきた。しかし、周囲に空いている駐車スペースはない。それでも病院の車から離れるわけにはいかないのだろう。黒い車は実里たちの車の近くで停まった。当然、後続車が詰まる。すぐに。プーッ!大きなクラクションが鳴った。さらに後ろからも鳴る。黒い車の運転席が開き、護衛の男が慌てて降りてきた。男は周囲へ頭を下げながら、こちらへ近づいてくる。その顔には苛立ちが浮かんでいた。コン。高橋誠が軽くハンドルを叩く。合図。実里は大きく息を吸った。そして。勢いよく扉を開ける。「わっ」すぐ傍まで来ていた護衛が驚き、一歩下がった。「奥様っ!」「……何?」実里は不機嫌そうに睨みつける。「なぜこんなところに来たのですか? 休憩する予定のサービスエリアはこの先です」「煩いわね」「ですが、予定では――」抗議する男を押しのけるようにして、実里は車から降りた。そのまま歩き出そうとする。だが。「待ってください」腕を掴まれた。実里は足を止める。「車に戻ってください」「今すぐ離して頂戴」「困ります。予定にないことは……」次の瞬間、実里はバッグへ手を入れた。そして。ビーッ!甲高い音が駐車場に響き渡る。「なっ……!
last updateLast Updated : 2026-09-07
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第29話

トイレで化粧を直し、適当に時間を潰したあと実里はトイレを出た。車へ戻りながら、その途中、東條家の黒い車を探して駐車場を見回す。(……いた)高橋誠が乗っている病院の車から十台ほど離れた場所。そこに黒い車が停まっていた。護衛の男がこちらを見ていることは分かる。だが、距離があるため表情までは分からない。先ほどの騒ぎが効いたらしい。実里は何食わぬ顔で病院の車へ戻ると、運転席から降りてきた高橋誠が後部座席のドアを開けた。.「お上手でしたよ」乗り込むなり、誠が労うように声をかけてきた。「そう?」「ええ。あそこまでやれば、次のサービスエリアでは簡単には近づいてこないでしょう」「そうだといいけど」実里はシートへ身体を預ける。心臓はまだ速く打っている。「次が本番ですが……大丈夫ですか?」誠に尋ねられ、実里は膝の上で手を握った。「……準備はできているのですよね」「はい」迷いのない返事。その声を聞くと、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。「それなら、やるわ」ここまで来た。もう引き返さない。「それでは行きましょう」高橋誠は頷くと、ギアをドライブに入れた。車がゆっくりと動き出し、駐車場の出口に向かう。実里は窓の外を見る。少し遅れて、黒い車も動き出すのが見えた。.「次に停まるサービスエリアでは、トイレに入ったところで少し待ってください」走り出してしばらくすると、誠が説明を始めた。「分かったわ」「トイレ内は、友梨と代役の女性、他に仲間が数人いる状態になっています」「入れ替わるのね」実里の言葉に高橋誠が頷く。「実
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第30話

車はサービスエリアに向かって走る。あと10キロメートルという表示に、実里の鞄を持つ手が震える。「実里さん、後ろを見れますか?」「……え?」高橋誠の言葉に、実里は後ろを見て驚いた。いつの間にか周りに車がたくさんいる。「あれらは、全てではありませんが私たちの協力者たちの車です」「え……」「先にサービスエリアの駐車場に車を停めて待っている仲間もいます」高橋誠がバックミラーで実里を見る。「大地さんの葬儀を覚えていますか?」「もちろん」「私もそうですが、あそこに集まったのは大地さんが助けた者たちです」「助けたって」「分かりやすく言えば亡命です。祖国にいられなかった私たちを大地さんは助けてくれた」亡命。外務省の秘密職員。まるでドラマの設定のようで現実感のなかった話。藁を掴むようにそれを受け入れていたが、実感として感じられた気がした。「お父さんが、そんなスーパーマンみたいなことをしていたなんて信じられません」「そうですか?」「だって……」父親を思い出して、実里は笑う。「すっごく運動音痴だったので」実里の言葉に高橋誠は少し考える。「確かにそんなことを言っていましたね。走って逃げるのは向いてないとか、そんなことを」「お父さん、全力で走っても小学校低学年に負けますよ。ボール投げもリリースするタイミングが遅くて目の前の地面に一直線」高橋誠は笑う。「でも、だからこそ計画は緻密で漏れがなかった」高橋誠は小さく息を吐く。「亡命すると決めたとき、妻と子は置いていくようにと言われました」「え……」「残された二人は殺されるが、それも仕方がない、と……」
last updateLast Updated : 2026-09-12
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