Todos os capítulos de 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした: Capítulo 111 - Capítulo 120

180 Capítulos

111.フルリールのクリスマス

 カレンダーが12月へと変わり、街を歩く人々の吐く息が白く染まり始めた頃。 フルリールの店内も、すっかりクリスマスカラーへと様変わりしていた。 真っ赤に色づいたポインセチアの鉢植えや、雪のように白いクリスマスローズ。入り口にはオーナメントで可愛らしく飾り付けられたコニファーが並び、来店する客たちの目を楽しませている。「今年は店員も増えたことだし、クリスマスリース、去年よりもっと種類を増やしましょう!」 店長の梓が高らかに宣言した結果、店のバックヤードは今、モミの枝やヒムロスギ、松ぼっくりに様々な木の実、そして色とりどりのリボンで埋め尽くされていた。「……店長。俺、これ今日あと何個作ればいいんスか?」 エプロン姿の雄之助が、モミの枝を丸めながら恨めしそうに尋ねる。「そうねぇ、とりあえず十個かしら!」「十個!?」 極道の武闘派が、なぜ花屋のバックヤードでひたすらクリスマスリースを内職させられているのか。雄之助は「俺の太い指には合わねぇッス……」とブツブツ文句をこぼしていた。 だが、刃物の扱いや銃の手入れで鍛え上げられた彼の指先は、実は異様に器用だった。 出来上がったリースは、葉のバランスも木の実の配置も完璧で、売り物にしても全く遜色のない……というより、むしろプロ顔負けの異様に高い完成度を誇っていた。「雄之助くん、すっごく上手じゃない! 次はこの赤いリボンをつけてみて!」「ううっ、こき使われてる気がするッス……!」 バックヤードで賑やかなやり取りが繰り広げられる一方、店舗のフロアには、クリスマスを控えた男性客が多く足を運ぶようになっていた。「彼女へのプレゼントに、花束を添えたくて」「クリスマスディナーのあとに渡すなら、どんな花がいいですかね?」 慣れない花屋で緊張気味に相談を持ちかけてくる男性客たち。 彼らの対応を完璧にこなしていたのは、他でもない理聖だった。「お相手の方は、普段どのような雰囲気のお洋服を着られていますか?」 理聖は穏やかな微笑みを浮かべ、男性客の要望を丁寧に汲み取っていく。「可愛らしい雰囲気がお好きなら、こちらの淡いピンクのバラに、白いかすみ草を合わせるのはいかがでしょう。クリスマスの夜にぴったりの、ロマンチックな仕上がりになりますよ」「おお……それ、すごくいいですね! それでお願いします!」 理聖は迷い
last updateÚltima atualização : 2026-09-23
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112.狂犬の牙を探して

 君代はいつものように仏壇に供えるための菊や小菊を見繕ったあと、クリスマスカラーに彩られたコーナーへと足を向けた。「まあ、素敵ねぇ。……これもいただこうかしら」 君代が目を留めたのは、真っ赤なリボンで飾られた少し大きめのポインセチアの鉢植えと、ヒムロスギを使ったクリスマスアレンジだった。「主人の写真のそばに飾ったら、少し賑やかになるでしょうし」 優しげに微笑む君代に、レジに立っていた梓が「絶対喜ばれますよ!」と元気に太鼓判を押し、手際よく会計を済ませていく。  だが、鉢植えはそれなりの重さがある。高齢の君代に、一人でこれらを持たせて帰すわけにはいかない。「お車までお持ちしますよ」 カウンターから出てきた理聖が、ごく自然な動作で鉢植えと紙袋を持ち上げた。「まあ、悪いわねぇ。お願いしてもいいかしら」 君代は申し訳なさそうに眉を下げたが、それこそが彼女の狙い通りだった。  当然、そんな思惑など微塵も顔には出さない。  理聖は「もちろんです」と穏やかに微笑み、店舗のドアを開けて君代を外へとエスコートした。 店から少し離れたコインパーキングまで、二人はゆっくりとした足取りで歩いていく。  吐く息が白く染まる冷たい空気の中、君代はまるで本当の孫に話しかけるような、温かい声で世間話を振った。「理聖さん、すっかりお花屋さんが板についたわねぇ」 「そうでしょうか」 「ええ。最初に会った頃とは別人みたいよ。あの頃はまだ、どこか張り詰めているような雰囲気だったけれど……今はとても柔らかいお顔をしているわ」 その言葉に、理聖は少しだけ照れたように笑った。  記憶を失った直後の不安な日々から、和花という居場所を見つけ、ここで過ごす時間がいかに彼を変えたのかが窺える。  君代はさらに、世話焼きのおばあちゃんを演じ切るように、さりげなく言葉を続ける。「和花ちゃんとも、うまくいっているの?」 「……ええ。おかげさまで」 愛しい人の名を口にされ、理聖は迷いなく頷いた。その瞳には、隠しきれないほどの深い愛情と、平和な日常への慈しみが溢れていた。  どこからどう見ても、恋人を大切に想うごく普通の青年の顔だ。(……ええ、本当に。すっかり平和ボケしているわね) 腹の底で冷たく笑いながら、君代は指定の駐車スペースへとたどり着いた。「こちらですね」 理聖が
last updateÚltima atualização : 2026-09-24
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113.エビフライとタルタルソース

 冬の夕暮れは早い。 フルリールの店内に飾られたクリスマスオーナメントが、窓の外の暗さに映えてキラキラと温かい光を放ち始めていた。 すっかり客足も落ち着き、店はシャッターを下ろす時間となっていた。「店長、今日のリース作りのノルマ、きっちり終わらせたッスよ……」 バックヤードから、精気を吸い取られたような雄之助がフラフラと出てくる。 その手には、売り物と見紛うほど完璧に仕上がったクリスマスリースが山積みになっていた。「わぁ、すごい! 雄之助くん、やっぱり才能あるわよ! 明日もこの調子でよろしくね!」「マジ勘弁してくだせぇ……」 梓の容赦ない言葉に項垂れる武闘派極道を微笑ましく見送りながら、和花と理聖はエプロンを外して帰り支度を整えた。「梓さん、雄之助くん、お先に失礼します」「お疲れ様でした。また明日」 二人に挨拶をして、理聖と和花は並んで店の外へと出た。 冷たい風が頬を掠めるが、隣を歩く理聖の大きな手が和花の右手をすっぽりと包み込んでくれているおかげで、ちっとも寒くは感じない。「夕飯は、何が食べたいですか?」 駅へ向かう路地をゆっくりと歩きながら、理聖が穏やかな声で尋ねた。「うーん……」 和花は首を傾げ、真剣な顔で考え込む。「理聖さんのお料理なら、本当に何を作ってもらっても美味しいですから……すっごく迷ってしまいますね」 眉間にシワを寄せ、むむむと悩む和花の顔があまりにも愛らしくて、理聖は思わず喉の奥でくすくすと笑い声を漏らした。「ふふっ。そんなに悩ませてしまってすみません。……そういえば、冷蔵庫に昨日特売で購入できた大きめのエビがありましたね。今夜はエビフライなんてどうですか?」「エビフライ! いいですね、大好きです!」 和花の表情がパッと明るく輝く。「玉ねぎも残っていますし、ゆで卵を作って、タルタルソースも手作りしましょうか」「理聖さんの作るタルタルソース……! とても楽しみです!」 夕焼けの名残が空を紫とオレンジに染め上げ、街灯がポツリポツリと灯り始める時間帯。 繋いだ手から伝わる温もりと、夕飯の献立を相談する他愛のない会話。 和花は幸せを噛み締めるように、理聖の腕にそっと身を寄せた。 だが、その直後だった。(……ん?) 理聖の黒縁メガネの奥の瞳に、スッと氷のような鋭い光が宿る。 背後から、ほんの少し
last updateÚltima atualização : 2026-09-24
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114.守り抜きたい宝物

 活気あふれる商店街の輸入食品店で無事にお目当てのピクルスを購入し、理聖と和花は温かいマンションへと帰宅した。  外の凍えるような寒さから解放され、手洗いうがいを済ませると、理聖はさっそく袖を捲り上げてキッチンに立つ。「では、まずはタルタルソース作りから始めましょうか」 「あ、私も手伝います! 玉ねぎとピクルスを刻めばいいんですよね!」 お揃いのエプロンを身につけた和花が、やる気満々でまな板の前に立ち、包丁を握りしめた。  だが、その手つきを見た瞬間、理聖の背筋に冷や汗が走った。  ダーツでは初心者とは思えないほどの神業を連発し、迫り来る大男の殺し屋をも一瞬で投げ飛ばしてみせた和花だが、なぜかキッチンに立つと、その身体能力の高さが全く発揮されないのだ。「そーれっ」 トンッ……トトンッ……。  丸い玉ねぎに対して刃を入れる角度が危なっかしく、見ている方が指を落とすのではないかとヒヤヒヤしてしまう。「和花さん、すみません」 理聖は背後から和花を包み込むようにしてそっと手を伸ばし、彼女の指先から滑らかな動作で包丁を奪い取った。「えっ?」 「そういえば、帰ってきたばかりで少し身体が冷えてしまいました。先にお風呂の準備をお願いしてもよろしいですか? できれば、一番温かい温度で」 「あ……はいっ! 任せてください、すぐにお湯を張ってきますね!」 和花はパッと顔を輝かせてバスルームへと駆け出していった。  理聖はその背中を愛おしそうに見送ると、ふぅと小さく安堵の息を吐き出す。「さて、和花さんが戻ってくる前に終わらせてしまいましょう」 理聖はまな板の上の玉ねぎとピクルス、そして作っておいたゆで卵を、卓越したナイフさばき――もとい、極め抜かれた包丁技術で、目にも留まらぬ速さで均一なみじん切りにしていく。  小気味良い音がキッチンに鳴り響き、あっという間に食材がボウルへ移される。そこへたっぷりのマヨネーズと、少量のレモン汁、塩胡椒を加えて素早く混ぜ合わせれば、理聖特製の絶品タルタルソースの完成だ。 その勢いのまま、メインディッシュである特大エビの下準備へと取り掛かる。  殻を剥き、背ワタをスッと抜き取ると、揚げた時に丸まらないよう、腹側に数カ所の隠し包丁を入れて筋を伸ばしていく。  戦闘において相手の急所を的確に突く殺しの技術が、なぜかエビ
last updateÚltima atualização : 2026-09-25
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115.追う者、その背後に

「……もしもし、蘭華さんですか」『もしもし理聖ー? ごめんね、和花ちゃんとのあま〜いイチャイチャタイム中にお邪魔しちゃってさ』 スピーカーの向こうから、いつもの飄々とした明るい声が飛び込んでくる。「イチャ……? いえ、ちょうど夕食を食べ終わったところでした。何か動きがありましたか?」『あーっ、食事中だったのね。それはそれでごめんねー。大事なことだから、手短に話すよ!』 蘭華の声のトーンが、ほんの少しだけ真剣なものへと切り替わった。『つーか、あんたならもうとっくに気づいてたと思うけどさ。夕方、お店からマンションに向かう途中……芽流くんが、あんたたちのこと後ろからつけてたよ』「ええ。すぐに気づいて、商店街の人混みを利用して撒きました。直接手出しをしてくる気配はありませんでしたが」『さすがは元・狂犬。仕事が早いわねぇ。ま、あんたなら絶対に大丈夫だと踏んで、アタシはあえて手を出さずに芽流くんの方を逆に尾行してたんだけどさ』 蘭華は電話の奥で、氷の入ったグラスをカランと鳴らしながら忌々しそうに息を吐いた。『あいつ、こないだアタシにこてんぱんに締め上げられたにもかかわらず、まだこんなおいたしてるなんてね。よっぽどいいお小遣いがもらえるお仕事してるみたいねぇ』 芽流のような底の浅い小悪党が、痛い目を見た直後に再び単独で動くとは考えにくい。裏で何者かが糸を引き、多額の報酬をちらつかせているからこそ、危険を承知で嗅ぎ回っているのだ。「和花さんの新居を特定しようとしているのですね」『そんなとこだろーね。単なる執着にしては動きがしつこすぎる。こないだ接触してきた、あの謎の〝フードの男〟も確実に裏で絡んでると思う。……念のため、気をつけておいてよね』「わかりました。こちらもより一層、警戒を強めておきます。報告ありがとうございます」『ん。よろしく頼むわ。じゃ、和花ちゃんによろしくー!』 一方的に通話が切れ、リビングに再び静寂が戻る。 理聖はスマートフォンをテーブルに置き、小さく息を吐き出した。視線を上げると、テーブルの向こう側で和花が不安そうにこちらを見つめていた。「……理聖さん。何か、あったんですか?」 和花の真っ直ぐな問いかけに、理聖はほんの一瞬だけ言葉を探した。 嘘をついて誤魔化すこともできる。 だが、迫り来る危険から彼女を完全に守り抜くため
last updateÚltima atualização : 2026-09-25
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116.私の子供は、一人だけ

 和花と理聖が温かなマンションの一室で心安らぐ夜を過ごしていた頃。 街の裏側に潜む深凪組本部の組長室は、凍りつくような静寂と、分厚い紫煙に包まれていた。 重厚なデスクの奥。本革の巨大なチェアに深く腰を沈めているのは、深凪組の絶対的トップ――錦戸大翔である。 隻眼の奥に底知れない冷酷さと威圧感を宿した男の前に、黒いライダースジャケットを羽織った蘭華が、気怠げな態度で立っていた。「……東川が雇ったチンピラどもが、ずーっと理聖の周りを嗅ぎ回ってるよ」 蘭華は集めた報告書をデスクの上に放り投げ、ポケットに両手を突っ込んだ。「そうか……」 大翔は感情の読めない低い声で短く応え、手元の葉巻からゆっくりと煙を吐き出した。「ま、あいつなら記憶がなくても身体の使い方は忘れちゃいない。あんな三流の素人どもに遅れを取るようなタマじゃないから、心配はいらないだろーけどね。……ねぇ、錦戸」 蘭華は言葉を区切り、大翔の鋭い隻眼を真っ直ぐに見据えた。「なんだ?」「理聖のこと……もう、解放してあげないの?」 その言葉が落ちた瞬間、広々とした組長室の温度が、一気に数度下がったかのような錯覚に陥った。「解放?」 大翔の低い声が、地を這うように響く。「理聖は私の息子だ。私が手塩にかけて育て上げた、唯一無二の最高傑作――手放す理由など、どこにもない」「でも、この深凪組に縛られている以上、一生あいつは裏社会の人間から狙われ続けるよ」 蘭華は一歩前に出て、必死に訴えかけた。 数時間前、電話越しに聞いた理聖の穏やかな声。そして、その隣には和花がいる。 花屋で働き、恋人と食卓を囲み、裏社会とは無縁の暮らしを築こうとしている今の理聖を、蘭華は知っていた。 ――だからこそ、もう戻ってこなくていい。 そう思う気持ちは、決して純粋な善意だけではなかった。 理聖が深凪組へ戻れば、いずれまた大翔の傍らに立つ。 若頭として、後継者として――誰よりも近い場所に。 それが、蘭華にはどうしても面白くなかった。 理聖には今の暮らしを選んでほしい。 そして空いたその場所に、自分がいたい。 そんな身勝手な願いが、蘭華の胸の奥には確かにあった。「あいつはもう、前みたいに命令一つで感情もなく殺しをするような機械じゃない。愛する人を見つけて、普通の幸せを知っちまったんだ。……あ
last updateÚltima atualização : 2026-09-26
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117.ローストビーフと死の電話

 カレンダーがクリスマス本番へと近づくにつれ、フルリールは連日、目を回すような忙しさに包まれていた。 夕方の冷たい風が街を吹き抜ける頃。 バックヤードの扉がギィと開き、魂の抜け殻のようになった雄之助がよろよろと姿を現した。「て、店長……。今日のノルマのリース十個、全部完成しやした……」 指先をヒバのヤニで真っ黒にしながら項垂れる雄之助に、梓がパッと花が咲いたような笑顔を向けた。「お疲れ様、雄之助くん! あんたが作ったリース、今日だけで五つも売れたのよ! お客さんみんな『手作りなのにすごく綺麗でセンスがいい』って大絶賛だったわ」「マ、マジッスか……!?」 先ほどまでの疲労困憊はどこへやら、雄之助はカッと目を見開き、隠しきれないほどの喜びに顔を綻ばせた。 背中に見えない犬の尻尾がついていたら、間違いなく千切れんばかりにブンブンと振られているだろう。 その微笑ましいやり取りを横目で見ながら、店じまいを終えた理聖と和花が帰り支度を整えていた。「梓さん、雄之助くん。今日もお疲れ様でした」「お疲れ様ー! 二人とも気をつけて帰るのよ!」 二人に手を振って見送ったあと、梓はエプロンを外しながら雄之助を振り返った。「さてと。私たちも閉めて帰るわよ。雄之助くん、これからスーパーに行くから荷物持ちお願いね」「うッス!」 外に出ると、夕暮れの街はすっかりイルミネーションの煌めきに彩られていた。 並んで歩きながら、梓が上機嫌な声で言う。「毎日リース作り頑張ってくれてるからね。今日の夕飯は、私が特製のローストビーフを作ってあげるわ」「ロ、ローストビーフ!? 梓さんの手作りッスか!?」「そうよ。いいお肉の塊が安く手に入ったらだけどね」 雄之助のテンションは一瞬にして最高潮に達した。 いつ命を落としてもおかしくない血生臭い世界を這いつくばってきた雄之助にとって、惚れた女性の手料理を待つこんなにも穏やかで心弾む日常は、奇跡のように眩しいものだった。 スーパーで買い出しを済ませ、フルリール二階の住居スペースへと帰宅する。「雄之助くん、私が作ってる間に先シャワー浴びてきちゃいなさい」「うッス! 光の速さで浴びてきやす!」 雄之助をバスルームへと送り出した梓は、鼻歌交じりにキッチンに立ち、買ってきたばかりの缶ビールをプシュッと開けた。 グビッと一口煽っ
last updateÚltima atualização : 2026-09-26
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118.絶対に食うッスから

 雄之助は「悪いッス、ちょっと出るッスね」と梓に片手で拝むようにしてから、通話ボタンをスワイプした。「よお、蘭華。悪いが今、梓さんの作った極上のローストビーフを食うところなんだわ。急ぎじゃねぇなら、後でかけ直すッスよ」 雄之助の声は、どこまでも能天気で明るかった。  しかし、スマートフォンの向こう側から返ってきた声は、雄之助の浮かれた気分を一瞬で凍りつかせるものだった。『……あら。梓ちゃんのお手製? 超良いなぁ……』 「……え?」 『こんなときじゃなかったら……アタシも、食べに行ったのに……』 途切れ途切れで、かすれた声。  いつもなら「アタシの分も残しといてよね!」と図々しく笑い飛ばすはずの蘭華の声に、張り詰めた余裕のなさと、微かに痛みを堪えるような荒い息遣いが混じっていた。「……ッ! 蘭華、お前……何かあったのか!?」 雄之助の表情から、先ほどまでの無邪気な笑顔が完全に消え去った。『ごめん……ちょっと、ヘマっちゃった……』 蘭華の弱々しい声が、耳元で掠れる。『肩……撃たれてる。血が、止まんなくてさ……悪いんだけど、高井んとこまで……連れて行ってもらいたいんだ……』 高井――裏社会の人間たちが御用達にしている、凄腕だがモグリの闇医者。彼のもとへ連れて行けということは、病院には到底行けないような致命的な銃創を負っていることを意味する。「なんだって……!? おい、冗談じゃねぇぞ! 今、どこにいる!?」 雄之助は勢いよく立ち上がった。その拍子に、テーブルの上に置かれていた箸が床へ転がり落ちる。『……港の近くの、廃倉庫の裏……。悪いわね……雄之助……』 「わかった、今すぐ行く! それまで絶対に死ぬなよ!」 ブツン、と無情に通話が切れる。「クソッ……! あいつ、無茶しやがって……!」 雄之助がスマートフォンをポケットにねじ込み、焦燥感に駆られて舌打ちをしたその時だった。  視界の端から、サッと暗い色の布の塊が差し出された。「ほら、着て」 「梓さん……」 振り返ると、梓が雄之助の分厚い冬用コートを両手で持ち、真っ直ぐな瞳で彼を見つめていた。  雄之助の緊迫した声と顔色を見て、彼女は尋ねるまでもなく異常事態を察知したのだ。  理由を聞いて引き留めるような野暮な真似はしない。  花屋の店長として明るく振る舞いながらも、彼女
last updateÚltima atualização : 2026-09-27
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119.甘い香りの罠

 表通りの喧噪が嘘のように、港の夜は冷たく、そして不気味なほど静まり返っていた。 タクシーを拾い、港湾地区へ急行した雄之助は、指定された廃倉庫の裏手へと足を踏み入れた。 潮風が容赦なく体温を奪い、闇に沈む巨大なコンクリートの壁が彼を見下ろしている。「蘭華……!」 声を潜めて呼びかけながら、雄之助は周囲を見渡した。 だが、いくら目を凝らしても、怪我をしてうずくまっているはずの仲間の姿はない。「…………変だな」 雄之助は眉をひそめ、立ち止まった。 静かすぎる。 蘭華が肩を撃たれて逃げ込んだというのなら、追手がうろついているか、あるいは激しい抗争が繰り広げられた形跡があるはずだ。 しかし、アスファルトの地面には薬莢一つ落ちておらず、争ったような足跡や擦れもない。 それどころか、彼の鼻は血の匂いも、硝煙の饐えた匂いも一切捉えていなかった。(……罠、かもしれねぇ) 雄之助の脳裏に、最悪の可能性がよぎる。 誰かが蘭華のスマホを奪い、自分をここへ誘い出したのではないか。 彼はコートのポケットに忍ばせている愛用のコンバットナイフの柄に、静かに右手を添えた。 ひんやりとしたグリップの感触が、急速に冷えゆく思考を少しだけ研ぎ澄ませてくれる。 それでも、もし本当に蘭華がどこかの暗がりで血を流し、息を潜めているのだとしたら。見捨てて帰るという選択肢は、雄之助にはない。 念のため、倉庫の周囲をぐるっと一周して探してみることにした。 足音を殺し、壁沿いの影をなぞるように慎重に歩みを進める。 カラン……。 不意に、背後で空き缶か何かが転がるような乾いた音が響いた。 雄之助は即座に立ち止まり、鋭く振り返る。 視線の先には、闇に飲まれた無機質な空間が広がっているだけで、人の気配は全くない。「……風か?」 小さく息を吐き出し、再び前を向いて歩き出そうとした――その時だった。 ギィ……ギィ……。 今度は頭上から。倉庫の古い屋根か、それともむき出しの鉄骨のあたりから、錆びついた金属が軋むような嫌な音が降ってきた。 雄之助は立ち止まったまま、全身の神経を尖らせ、見えない敵の気配を探る。だが、どれだけ感覚を研ぎ澄ましても、人間の呼吸音や衣擦れ、殺気といったものが一切掴めない。(……おかしい) 雄之助は奥歯を強く噛み締めた。 もし誰かがそこに隠れて
last updateÚltima atualização : 2026-09-27
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120.裏切りの銃口

 闇に向かってコンバットナイフの切っ先を向けた直後だった。  ダァンッ――!  突如、夜の静寂を暴力的に引き裂く鋭い銃声が轟いた。  一拍遅れて、倉庫の分厚いコンクリートの壁に、乾いた反響音が何度も跳ね返る。  雄之助は本能に従って地を蹴り、すぐそばにあった錆びた鉄骨の陰へと滑り込むように身を潜めた。  直後、さっきまで彼が立っていた場所のアスファルトが、続け様に撃ち込まれた銃弾によって無惨に砕け散る。(まずい……!) 荒い息を殺しながら、雄之助は冷たい鉄骨に背中を預けた。  街灯の光すら届かない、完全な闇夜。  相手は一発で致命傷を狙ってくる百発百中の腕を持つ暗殺者だ。(暗視ゴーグルでもつけてやがるのか? くそっ……こんな暗闇の中で、準備もなしにドンパチやるのは、さすがにキツいぜ) 内心で悪態をつきながらも、雄之助の脳内はすでに戦闘モードへと完全に切り替わっていた。  怒りや悲しみに呑まれている余裕はない。相手が蘭華であるなら、半端な情は命取りになる。 雄之助は右手に握ったコンバットナイフに加え、コートの裏地に仕込んでいた数本の投擲用ナイフを指の間に素早く挟み込んだ。  暗闇の中で姿が見えなくとも、彼には勝算があった。  長く背中を預け合ってきた昔馴染み。共に数え切れないほどの死線を潜り抜けてきたからこそ、雄之助は蘭華という女の戦い方、息遣い、そして思考の癖まで熟知している。  蘭華は、一度狙撃を外せば、必ず次の射線を確保するために別のポイントへと動く。足音は立てないが、移動の際に生じるわずかな空気の揺らぎまでは消しきれないはずだ。 全神経を耳と肌に集中させる。  ヒュッ、と。  冷たい海風とは違う、微かな空気の流れが右斜め上の足場から伝わってきた。「そこだ……っ!」 雄之助は鉄骨の陰から思い切り身を乗り出し、気配のした方向へ向かって、指に挟んだ投擲ナイフを連続して放った。  闇夜を切り裂く三つの銀閃。  キンッ、キンッ! とナイフが金属の足場に弾かれる音が鳴る。  その瞬間、初めて相手がバランスを崩し、動く確かな気配を感じた。「さすがに避けられたか……が!」 ナイフだけで致命傷を与えられるとは、最初から思っていない。本命は次だ。  雄之助は間髪入れず、コートの奥から無骨で小型寄りの拳銃――〝グレイヴC9〟を
last updateÚltima atualização : 2026-09-28
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