All Chapters of 離婚直後に拾った彼は、私を溺愛する危険な同居人でした: Chapter 121 - Chapter 130

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121.嘘つけ

 互いの銃口が、完全な闇夜の中で見えない直線を結ぶ。 張り詰めた冷気の中、雄之助は引き金に指をかけたまま、低く唸るような声で問いかけた。「……蘭華。お前、仕事以外でこんな真似する女じゃねぇだろ」「…………」「誰に雇われた?」 蘭華は答えず、暗闇の奥で薄く笑う気配だけを漂わせた。「さぁね。暗殺者に依頼人の名前を聞くなんて、ゆーのすけも野暮になったねぇ」 のらりくらりと躱す蘭華に、雄之助はさらに一歩、言葉で踏み込む。「じゃあ聞き方を変えるぞ。俺を殺して、誰が得する?」 ここでも蘭華は答えなかった。 沈黙の代わりに、彼女の手にあるライフルの銃口が微かに角度を変える。「おしゃべりしてる暇あったら、自分の心配した方がいいんじゃない?」 ダァンッ――! 警告すらない無慈悲な一発。 雄之助は反射的にアスファルトを蹴り、近くにあった資材の陰へと乱暴に飛び込んだ。 弾丸が彼の後を追うようにコンクリートを削り飛ばし、細かい破片が頬を叩く。 ここから先は、蘭華の遠距離優位が残酷なほど明白に出た。 雄之助は資材の陰からグレイヴC9を突き出し、牽制の銃弾を数発撃ち込む。 だが、純粋な銃撃戦で彼女に敵うはずがない。 蘭華は足音一つ立てず、暗闇を軽々と跳躍して位置を変えていく。「相変わらず、銃ヘタクソ〜」 離れた足場から、からかうような声が降ってくる。「うるせぇ! んなもん自覚してんだよ!」 雄之助が吠えた直後、蘭華の放った次の一発が、雄之助の分厚いコートの肩口を鋭く掠め飛んだ。 チリッとした熱と、布が焼ける嫌な匂い。 一気に空気が変わる。(……この距離じゃ、勝てねぇ) 雄之助は舌打ちをした。 銃の狙撃精度では勝ち目がない。だからこそ、狙うべきは命中ではない。 蘭華を意図的に移動させ、強引に距離を詰めることだ。 雄之助は資材を蹴り出し、自ら遮蔽物を飛び出した。 発砲しながら位置を変え、牽制として投擲ナイフを暗闇へ放つ。金属が弾ける音で蘭華の射線を乱しつつ、その合間にも雄之助は叫び続けた。「金か!?」「…………」「東川か!? それとも、榊原の残党か!」「さぁ?」 弾丸の雨を掻き潜りながら、雄之助の声が一段と低くなる。「蘭華」「…………」「俺ぁ、お前が金を積まれりゃ誰でも殺す女なのは知ってる。だがな――俺相手に、こんな回
last updateLast Updated : 2026-09-28
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122.やっと効いた

 ライフルを力任せに弾き飛ばした勢いのまま、雄之助は蘭華の懐へと深く入り込んだ。  ここからは完全に雄之助の土俵だ。体格も腕力も、近接でのナイフの技術も、真正面からやり合えば彼女に勝ち目はない。「悪ぃな、蘭華。近ぇなら俺の方が強ぇぞ」 雄之助が低く言い放ちながら、アスファルトを力強く蹴って一気に踏み込む。「知ってるっつーの!」 蘭華は忌々しげに吐き捨て、正面からの激突を避けてひたすら回避に徹した。  雄之助のコンバットナイフが空を切り裂き、横薙ぎに走れば、その軌道を完全に読み切ったように蘭華はスッと身体を沈める。  次に来る膝蹴りや肘打ちのタイミングまで知り尽くしているからこそ、攻撃が放たれるより一瞬早く、雄之助の死角へと滑り込んでいく。(……こいつ、俺の癖まで全部覚えてやがる) 雄之助が右肩を沈め、渾身の一撃を放とうとした瞬間。「次、右からでしょ」 蘭華は不敵に笑い、先読みして身を躱してみせる。「ッ……!」 だが、雄之助は怯まなかった。むしろ猛獣のように獰猛な笑みを浮かべる。「だったら――読めねぇように変えてやるよ!」 ここから、雄之助は定石を意図的に崩し始めた。  いつもの流れるような型ではなく、あえて途中で不自然に動きを止める。フェイントを細かく混ぜ込み、最後は力任せに距離を潰しにかかる。  その粗削りで変則的な動きに、蘭華の完璧だった先読みが少しずつ外れ始めた。「ちょっ……!」 初めて蘭華の顔から、あの気怠げな余裕が消え去る。  ここからは、圧倒的な体格差がじわじわと効いてきた。  蘭華は猫のように素早いが、巨躯から繰り出される雄之助の重い一撃を完全に受け流し続けるのは不可能だ。  ナイフが交差するたびに彼女の細い腕は痺れ、呼吸が目に見えて荒くなっていく。  対する雄之助は、腕や肩を浅く切られようとも一切気にせず、ただ前へ前へと出続けた。「逃げんのは上手ぇけどよ――いつまで続く?」 「……うっさい!」 焦りを見せた蘭華が、一瞬の隙を突いて雄之助の首元へと短い刃物を突き出してきた。  だが、雄之助はそれを左腕で強引に受け止め、逆に彼女の細い手首をガシリと掴み上げた。(しまった……!) 蘭華の顔に、明確な動揺が走る。  雄之助は体格差をそのまま使い、蘭華の身体を廃倉庫の冷たい壁へと荒々しく押し込んだ。
last updateLast Updated : 2026-09-29
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123.間一髪

 完璧なロゼ色に仕上がっていた特製のローストビーフは、すっかり冷え切って肉汁の艶を失っていた。 フルリールの二階にある梓の自宅マンション。リビングの時計の針は、雄之助が血相を変えて飛び出していってから、すでにかなりの時間が経過したことを残酷に告げている。「……遅いわね」 梓はスマートフォンを握りしめたまま、不安げに唇を噛んだ。 最初は「闇医者のところまで連れていくなら、時間もかかるわよね」と自分に言い聞かせていた。だが、いくらなんでも遅すぎる。 雄之助の番号にかけても、虚しいコール音が響くだけで一向に繋がらない。 怪我をしたという蘭華にかけても、結果は同じだった。 得体の知れない嫌な胸騒ぎが、足元から這い上がってくる。 梓はこれ以上一人で待つことに耐えきれず、震える指で理聖の連絡先をタップした。『はい、梓さん。どうしましたか』 数回のコールの後、理聖の穏やかな声が耳に届き、梓は思わず泣きそうになるのを必死に堪えた。「理聖くん……! あの、雄之助くんが帰ってこないの」『帰ってこない?』「蘭華ちゃんが肩を撃たれたって電話してきて、雄之助くん、港の廃倉庫へ助けに向かったの。でも、それから二人とも全く連絡がつかなくて……」 その言葉を聞いた瞬間、電話の向こうの空気が一変した。『……港の、廃倉庫ですね。梓さん、今すぐそちらへ向かいます。絶対に鍵を開けないで待っていてください』 通話を切った理聖は、リビングで不安そうに見上げてくる和花へ手短に事情を説明した。 和花を一人でこのマンションに残すことも、梓をフルリール二階の部屋で孤立させることも、今の状況ではあまりに危険すぎる。 理聖は素早く黒いジャケットを羽織り、和花を連れて夜の街を急いだ。 梓の部屋へ到着すると、彼女は青ざめた顔で二人を迎え入れた。「僕が雄之助くんを探しに行きます」 理聖はそう告げると、和花の華奢な肩に両手を置き、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。「和花さん。梓さんのそばにいてあげてください。古武術の心得がある和花さんがここにいてくれれば、僕も安心して動けます」「はい……! 梓さんは、私が絶対に守ります。だから理聖さん、気をつけて」 和花が力強く頷くのを確認し、理聖は視線を梓へと移す。「絶対に、雄之助くんを連れて帰ってきて……!」「ええ。約束します」 理聖は短く
last updateLast Updated : 2026-09-29
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124.あなたを、撃ちます

 弾き飛ばされた拳銃が、火花を散らしてアスファルトの上を滑っていく。  蘭華の手に残ったのは、骨の芯まで響くような強烈な痺れと、信じがたい光景に対する驚愕だけだった。 自分の手から武器を撃ち落とした銃声。反射的にその方向へ視線を向ける。  そこは、街灯の光すら届かない完全な闇だった。足音も、殺気も、気配など一切なかった。一流の暗殺者である自分が、撃たれるその瞬間まで存在に気づけなかったという事実が、相手の異常なまでの力量を物語っている。 やがて闇の中から、規則正しい足音が近づいてくる。  夜風に黒いジャケットの裾を揺らしながら、ゆっくりと姿を現した男――理聖。 彼の手には、見覚えのある無骨な黒い自動拳銃が握られていた。  それはかつて、理聖が蘭華から直接買い求めたものだ。〝クローヴィスM9C〟。  自分が売り渡したその武器が、自分自身の狙撃を完全に阻止し、あまつさえ自分へ向けて明確な殺意を放っているという皮肉。  サイレンサーの先端からは、撃ち出されたばかりの硝煙が白い糸のように立ち上り、冷たい海風に溶けていくところだった。「……何をしているんですか、蘭華さん?」 決して大声ではない。普段の彼と変わらぬ、静かで穏やかな声色だ。  だが、その底に潜むのは、かつて裏社会の人間たちを震え上がらせた〝狂犬〟としての、一切の感情を排した純粋な殺気。  その眼差しに真っ直ぐ射抜かれ、蘭華の背筋に氷を当てられたような悪寒が走る。 理聖は蘭華から銃口を逸らすことなく、視線の端で、地面に片膝をつき崩れ落ちている雄之助の状態を一瞥した。  左頬に引かれた浅い赤い線。  そして、巨体を支えきれず小刻みに震える手足と、酸素を求めてあがくような荒い呼吸。  目立った外傷はないのに、立ち上がることすらできない。  すぐに神経を奪う遅効性の麻痺毒が使われていることを悟り、理聖の端正な顔立ちが冷たく歪む。「雄之助くんに、何をしたんです?」 再び問われた言葉は、先ほどよりもさらに一段低く、圧力を伴っていた。「…………」 沈黙を貫く蘭華から視線を外さず、理聖は静かな足取りで前へ進み出た。  ゆっくりと、だが一切の隙を見せずに、地面に這いつくばる雄之助と蘭華の間へと入り込む。  まるで、これ以上は指一本触れさせないと言わんばかりに、自らの背中で雄之助を完
last updateLast Updated : 2026-09-30
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125.チェックメイトの、その先

 理聖の絶対的な宣告を聞いた瞬間、蘭華は氷のような表情を一変させ、喉の奥でくつくつと嘲笑うように息を吐いた。「……記憶をなくして、すっかり牙が抜けちゃったあんたが……撃てんの? アタシを?」 言葉の終わりを待たず、蘭華の手首がスナップした。 闇夜を切り裂く微かな風切り音。指の間に挟まれていた数本の投擲ナイフが、理聖の急所へ向かって寸分の狂いもなく飛来する。 だが、理聖は表情一つ変えることなく、最小限の動きで上体を逸らし、かすりもせずに回避した。 しかし、蘭華の狙いはその先にある。「甘いよ!」 理聖が避ける先を完全に読み切り、素早く抜き打った予備の拳銃の引き金を引いた。 だが、放たれた凶弾が貫いたのは、理聖が着ていた黒いジャケットの残像だけだった。理聖は蘭華の先読みすらもさらに読み、弾丸が到達するコンマ数秒前に、すぐそばにあった巨大なコンテナの陰へと滑り込んでいたのだ。 雄之助の時は、迷いから無意識に急所を外していた蘭華。 だが今の彼女の攻撃には、純粋で淀みのない殺意が込められている。「……さすがは狂犬ね」 暗闇の中で、蘭華の冷たい声が響く。「記憶を失って牙は抜けても……身体能力と勘の良さは健在ってことね!」 理聖は返事をせず、コンテナの陰で静かに呼吸を整えながら、蘭華の位置を探る。 対する蘭華は、暗闇に潜む理聖を睨みつけながら、次第にその胸の奥がどす黒い熱で焦がされていくのを感じていた。 愛してやまない錦戸大翔。彼の心と視線を独占し、〝唯一の子供〟として異常なまでの執着を向けられているのが、この理聖なのだ。 彼さえいなければ。この男さえ消え去れば、自分が大翔の隣に立てるかもしれないのに。「じゃあさ――もうちょっと本気でやってみよっか」 嫉妬と対抗心が混じり合った昏い笑みを浮かべ、蘭華の攻撃が一段階、跳ね上がった。 投擲ナイフを雨あられと放って理聖の逃げ道を意図的に限定し、そこへ間髪入れずに銃弾を撃ち込む。理聖がそれを読んで回避すれば、さらにその先の死角へ回り込み、別方向から容赦なく次の一撃を重ねる。 手心を加える気など毛頭ない。大翔が焦がれる理聖の命を、本気で刈り取りにいっているのだ。「若頭……!」 地面に倒れ伏した雄之助が、目を見開いて焦りの声を漏らす。「蘭華の野郎、さっきまでと全然違ぇ……!」 雄之助の目から見
last updateLast Updated : 2026-09-30
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126.銀色の切り札

 理聖の余裕を含んだ言葉に、蘭華の指が微かに強張る。「武器も失ったくせに……ハッタリかましてんじゃないわよ!」 焦りと苛立ちを隠すように叫び、蘭華は理聖の心臓へ向けて引き金を引こうとした。  だが、次の瞬間。  理聖の姿が、フッと闇に溶けるように消えた。「なっ……!?」 銃弾は空を切り、後方のコンクリートを虚しく削る。  理聖はすでに蘭華の射線を完全に外し、彼女の死角である右斜め前へと、残像を引くような速度で踏み込んでいた。  その滑るような歩法に合わせ、理聖の右手が黒いジャケットの内側へと潜り込む。  外からは絶対にその存在を悟られないよう、計算し尽くされた位置に仕込まれていたホルスター。  理聖が引き抜いたのは、記憶を失う前――〝狂犬〟として裏社会に君臨していた頃から、片時も手放さなかった本命の愛銃。  和花に拾われたあの土砂降りの夜にも、ビジネスバッグの底で静かに眠っていた相棒。  〝ベレッタ92FS・イノックス〟。  夜の港の暗がりの中で、その美しい銀色の銃身が冷たい輝きを放った。「嘘……でしょ……」 蘭華が驚愕に目を見開く。  理聖の動きは、先ほどまでの防戦一方だった姿とは完全に別次元だった。  蘭華の攻撃パターン、射線の取り方、次の一手。そのすべてを完全に〝観察〟し終えた理聖にとって、彼女の動きはもはや止まって見えるに等しい。  蘭華が慌てて銃口を向け直すより早く、理聖は彼女の懐へ入り込む。一切の無駄がない動きで彼女の手首を的確に打ち据え、銃の軌道を上空へと逸らした。「くっ……!」 蘭華が苦し紛れに蹴りを放とうとするが、理聖はそれすらも先読みし、彼女の軸足を払って完璧に体勢を崩させる。  次の瞬間。  壁際に追いやられた蘭華の白い額へと、銀色の銃口がピタリと押し当てられた。  冷たい金属の感触に、蘭華の息が止まる。「……どうして、雄之助くんを狙ったのですか?」 銃を突きつけたまま、理聖は静かに問うた。  その声には怒りも焦りも存在しない。ただ純粋な絶対零度の静けさがあり、それがゆえに背筋が凍るほど恐ろしかった。「…………」 蘭華は血の気の引いた顔で理聖の瞳を見つめ返し、やがて、フッと自嘲するように口角を上げた。「話すわけ、ないでしょ」 言葉と同時だった。  蘭華は額に銃を突きつけられた絶体絶
last updateLast Updated : 2026-10-01
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127.大翔の狙い

 強烈な閃光と爆音が海風に流され、廃倉庫の裏手には再び冷たい夜の静寂が舞い降りた。 網膜に焼き付いた白い残像がゆっくりと薄れていく中、理聖は逃げ去った蘭華を追うことはせず、すぐに傍らで倒れ伏している雄之助へと歩み寄った。「雄之助くん。怪我はありますか?」 理聖が片膝をつき、彼の状態を確かめる。 左頬に刃が薄く掠めた傷はあるが、致命傷ではない。 しかし、神経を侵す麻痺毒のせいで、雄之助の巨体はアスファルトの上に崩れ落ちたまま、まともに身動きが取れない状態だった。 だが、その濁った視界の中でも、雄之助の瞳だけは爛々と熱を帯びて輝いていた。「若頭……それ……」 雄之助の震える視線の先にあるのは、理聖の手に握られたままの銀色の銃――〝ベレッタ92FS・イノックス〟。 かつて裏社会で恐れられた狂犬が、片時も離さず愛用していた死神の代名詞。 記憶を失って以来、一度も日の目を見ることのなかったその美しい銃身が、再び理聖の手の中で冷たい光を放っている。その事実に、雄之助は痺れる身体の奥底から込み上げるような感動を覚えていた。 理聖は雄之助の視線に気づき、静かに手元の銀色を見下ろした。「……ビジネスバッグの底に入っていたこの銃が、やはり僕の相棒だったのですね」 理聖は銃のグリップを確かめるように、そっと指を這わせた。「記憶は戻らなくとも、身体がこの重さを、引き金の感触を完全に記憶していました。握った瞬間、これが自分の半身なのだと……すぐにわかりましたよ」「へへっ……。久しぶりに、その銀色を見たッスよ……」 雄之助は嬉しそうに口角を上げた。 理聖は銃の安全装置をかけ、上着の内側へと素早く収納する。そして、再び険しい表情を取り戻した。「しかし、どうして蘭華さんがあなたを……。彼女はあなたと長く背中を預け合ってきた仲間のはずです」 その問いに、雄之助は苦しげに息を吐き出した。「……あいつは、ただの私怨で動いてたわけじゃねぇッス。あれは〝仕事〟だ。裏で糸を引いてる〝依頼主〟が確実にいる」 凄惨な銃撃戦の最中、雄之助が幾度問い詰めても、蘭華は暗殺者としてのスタンスを崩そうとしなかった。彼女は命令に従い、雄之助を消しに来たのだ。 その言葉を聞いた瞬間、理聖の脳裏に、先ほどの蘭華の不自然な言葉がフラッシュバックした。『錦戸があんなに惚れ込んだ〝最高傑
last updateLast Updated : 2026-10-01
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128.襲撃者の誤算

 祈るような気持ちで通話ボタンをスワイプした理聖が、逸る鼓動を抑えつけながら問いかける。「……和花さん、どうしましたか?」 『理聖さん……! あの、その……突然仮面を着けた男の人が二人、部屋に押し入ってきまして』 「……ッ!」 理聖の心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように凍りついた。「和花さん! 梓さんも、二人とも怪我はないのですか!?」 無意識のうちに声が荒くなる。錦戸大翔が雄之助だけでなく、自分をカタギの世界へ繋ぎ止めている和花たちにまで刺客を放ったのか。  最悪の事態が脳裏をよぎり、理聖の握るスマートフォンの裏からミシッと嫌な音が鳴る。  しかし、向こうから返ってきた声は、緊迫感とはどこかズレていた。『はい! 全然大丈夫です!』 「ぜ、全然……!?」 『私が古武術の使い手だということは知っている様子だったんですけど……どうやら、実力の見積もりをかなり間違えていたみたいです』 「……と言いますと?」 『二人とも、もう動けません。今は一緒に縛ってあります』 「…………」 夜の港で、理聖は言葉を失いしばし絶句した。『あっ、殺してませんよ!? ちゃんと生きてますから!』 慌てたような和花の弁明に、理聖は思わずふっと脱力し、微かに口角を緩めた。「そこを心配したわけではありませんが……さすが和花さんですね」 聞けば、男たちは和花が武術の経験者であることを承知の上で襲撃してきたらしい。だが「いくら心得があっても、若い女性相手なら二人がかりで押さえ込める」と高を括っていたのが運の尽きだった。  達人級の古武術を修める和花によって、彼らは瞬く間に制圧されてしまったのだ。  梓も怪我ひとつなく無事で、今は和花が男たちを拘束するのを手伝いながら、連絡が途絶えた雄之助の安否をひたすら心配しているという。『それより理聖さん! 蘭華さんと雄之助さんは……見つかったんですか?』 受話口から漏れる切実な声に、理聖は傍らで倒れ伏している雄之助へと視線を落とした。「ええ。雄之助くんは見つかりました」 『よかった……! 蘭華さんも一緒ですか?』 その無邪気な問いかけに、理聖は一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せた。  雄之助を暗殺するために罠を張ったのが、他でもない蘭華だという残酷な真実。今ここで伝えるには、あまりにも重すぎる。「……蘭華さんは
last updateLast Updated : 2026-10-02
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129.二つの罠

 手配したタクシーに乗り込み、港から街へと戻る車内はひどく静かだった。 雄之助は麻痺毒に耐えながら浅い呼吸を繰り返し、理聖は車窓を流れる街灯の光を冷ややかな瞳で見つめていた。 やがてタクシーは、見慣れたフルリールの前に滑り込む。 理聖は雄之助の巨体を再び自分の肩に預けさせ、店舗の横にある外階段をゆっくりと上っていった。 だが、階段を上りきった理聖と雄之助は、目の前の光景に思わず息を呑み、歩みを止めた。「こりゃあ……すげぇな」 雄之助が呻くように呟く。 頑丈なはずの金属製の玄関ドアが、外側から乱暴に蹴破られたのか、蝶番からひしゃげて無惨に破壊されていたのだ。ドアノブの周辺は大きくへこみ、周囲の壁にも生々しい傷跡が残っている。 男たちが強引に押し入った痕跡。和花の武術がなければ、間違いなく梓たちに被害が及んでいたはずの恐ろしい惨状だ。 理聖は警戒を解かず、壊れたドアの隙間から慎重に室内へと足を踏み入れた。「和花さん、梓さん」「あっ! 理聖さん、雄之助さん!」 リビングの奥からパタパタと足音が響き、和花が安堵の笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。その後ろからは、梓も小走りでついてくる。 破壊された玄関の惨状とは裏腹に、二人の女性は怪我ひとつなく、ひどくケロッとしていた。「おかえりなさい、二人とも。怪我はないですか?」 和花の無邪気な声に、理聖はほうと深く息を吐き出して表情を和らげた。「ただいま戻りました。和花さんも梓さんも、無事で本当によかった」「雄之助くん……!」 梓が真っ青な顔で、理聖に全体重を預けている雄之助へと駆け寄った。 巨体を丸め、足にまったく力が入っていない彼の痛々しい姿を見て、梓の瞳にスッと涙が滲む。「どうしたの、その身体……。それに、顔の血……!」 心配そうに顔を覗き込んでくる梓に、雄之助は引きつった笑みを浮かべ、掠れた声で必死に言葉を絞り出した。「梓さん……。ローストビーフ……まだ、残ってるッスか……」 命の危機を乗り越え、毒でまともに動けない状態だというのに、第一声がそれだった。 梓は涙をこぼしかけていた目をパチクリと瞬かせ、それから、呆れたように小さく息を吐いた。「…………意外と元気そうだわ。もう、馬鹿なんだから。ちゃんと残ってるわよ」「へへっ……なら、よかったッス……」 雄之助は心底安心したように
last updateLast Updated : 2026-10-02
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130.狂犬、目覚める

 静かに思考を巡らせる理聖の傍らで、和花が思い出したように口を開いた。「理聖さん……そういえばこの人たち、押し入ってきた時に『この女を生け捕りにしろ』って言っていたんです」 和花が眉根をきゅっと寄せて、床に転がる男たちを指差す。「……和花さんを、生け捕りに?」 その言葉を聞いた瞬間、理聖の纏う空気が一変した。  部屋の温度が、一気に氷点下まで下がり切ったかのような錯覚。  理聖の視線を受けた男たちが、まるで首元に死神の鎌を突きつけられたように、ビクッと肩を震わせた。「……何が目的ですか?」 理聖の静かな問いかけ。  しかし、男たちは顔を青ざめさせながらも、なお口を閉ざしている。雇い主からの報復を恐れているのか、それともただの意地か。「…………」 「……どうしても、口は割らないと」 理聖は小さく息を吐くと、懐から一振りのサバイバルナイフを取り出した。  チャキッ、と無機質な音を立てて刃が展開される。鋭く磨き上げられた切っ先が、冷たい光を放った。  和花や梓が見ている手前、あまり残虐な真似は見せたくない。  だが、愛する人に危害を加えようとした輩を、このまま甘い顔をして逃がすわけにはいかなかった。「あまり、手荒な真似はしたくないんです。……素直に話してくだされば、このまま解放しますよ」 理聖は流れるような動作で男の首筋へ、冷たい刃をピタリと添えた。「…………っ!」 男たちが息を呑む。  理聖は微笑んでいた。だが、その目は全く笑っていない。「話すか、ここで喉笛を掻き切られるか。……お好きな方を選んでください」 理聖が言葉と共にナイフを握る手にほんの僅かに力を込めると、男の薄い皮膚が圧迫され、刃の冷たさが頸動脈へと直接伝わった。  ヒュッ。  男の口から、無様なほど引きつった息の音が漏れる。  死の恐怖が、雇い主への恐怖を完全に上回った瞬間だった。「フ、フードを被った男だ……! そいつに雇われたんだよ!」 男が裏返った声で叫んだ。「お、おい……!」 もう一人の男が咎めるように声を上げるが、刃を突きつけられている男は、涙目になりながら首を横に振った。「フードを被った男……?」 理聖のナイフの動きが止まる。  その特徴には、聞き覚えがあった。蘭華から警告されていた、理聖の過去を探り回っている不気味な影――佐竹とい
last updateLast Updated : 2026-10-03
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