首頁 / 恋愛 / 十年後の初恋 / 第 51 章 - 第 59 章

《十年後の初恋》全部章節:第 51 章 - 第 59 章

59 章節

第51話 孤立

三田から会議室に呼ばれたのは、見直し案を提出してから三日後のことだった。 「中村部長には、もう目を通してもらった」 三田の声は淡々としていたが、表情はどこか重い。篤は椅子に座り直し、続きを待った。 「結論から言う。今のところ、正式な採用は難しい」 覚悟はしていたはずだった。それでも、胸の奥が冷たくなる感覚は消えなかった。 「理由をうかがってもいいですか」 「収支のバランスが合わない、というのが表向きの理由だ。だが本音はもっと単純だよ。もう決定した案をひっくり返す前例を作りたくない。それだけだ」 篤は資料に目を落とした。住民の声を一軒ずつ拾い集め、可能な限り数字に落とし込んだ束だった。夜遅くまでかけて仕上げたものが、たった一言で退けられようとしている。 「感情論だと、中村部長は言っていた」 その言葉が、胸に刺さった。感情論――住民たちが十年、二十年と積み重ねてきた暮らしを、そう片付けられてしまうことに、篤は静かな怒りを覚えた。 「三田さんは、どう思われますか」 三田は少し間を置いてから答えた。 「私は……悪くない提案だと思っている。ただ、社内で味方が少なすぎる。中村部長に正面から反対できる人間が、今のところ君しかいない」 その言葉に、篤はふと同期の田村の顔を思い浮かべた。先日、居酒屋で交わした短い会話。田村は表立って賛同はしなかったが、「お前の言ってることは、間違ってないと思うけどな」とだけ呟いていた。 「一人でも、いいんです」 篤は資料を持ち直した。 「一人からしか、何も変わらない。それは、有紗さんが教えてくれたことです」 三田は少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。 「……もう一度、練り直してみるか。
last update最後更新 : 2026-09-14
閱讀更多

第52話 育つ計画

商店街の空き店舗の一つを借り受け、有紗たちは「対案本部」と呼ぶ作業場を作っていた。もとは古い荒物屋だった店内には、健太が作った模型と、沙織が描いた手描きの地図、それに住民一人ひとりから集めた声を書き留めたノートが積まれている。 「これで、パースの色塗りは終わり」 健太が筆を置いて伸びをした。模型の隣には、若い設計士見習いだという健太の友人が描いた完成予想図が並んでいる。商店街のアーケードを活かしながら、空き店舗をリノベーションして小さな工房や休憩スペースに変える案だった。 「思ったより、本格的になってきたね」 沙織がノートをめくりながら笑った。フリーペーパーに載せる原稿は、すでに三稿目に入っている。取材と称して一軒一軒を回るうちに、最初は懐疑的だった店主たちも、少しずつ言葉を寄せてくれるようになっていた。 「うちみたいな古い店でも、続けていけるって思えるならな」 そう言ってくれたのは、老舗の乾物屋の主人だった。かつて有紗が頭を下げて回った時には、にべもなく追い返された相手だった。 有紗はノートに彼の言葉を書き留めながら、胸が熱くなるのを感じていた。 「有紗さん、収支のほうなんですけど」 経理事務の女性──名を朋子といった──が、電卓片手に声をかけてきた。 「行政の空き店舗活用の補助金、いくつか使えそうなものを見つけました。これを組み込めば、初期投資はもう少し抑えられます」 「本当ですか」 「はい。あと、これは提案なんですが……フリーペーパーの取材で集めた『住民の声』、そのまま資料に添付したらどうでしょう。数字だけじゃなくて、生の声があったほうが、説得力が違うと思うんです」 有紗は朋子の顔を見て、頷いた。 「篤くんも、同じようなこと言ってた。数字と、人の声。両方が揃って、初めて伝わるものがあるって」 作業
last update最後更新 : 2026-09-15
閱讀更多

第53話 二つの案

三田が「もう一度、正式に上げよう」と言ってから一週間後、篤は再び会議室の席についていた。今回は三田と田村も同席し、資料は以前より厚みを増していた。 中村は資料をめくりながら、しばらく無言だった。 「……補助金の活用まで盛り込んできたか」 「はい。地元の経理担当の方が調べてくださいました。初期投資を抑えつつ、既存の商店街の形をできるだけ残す案です」 「住民の声、というのは?」 「フリーペーパーの取材記録です。数字だけでは伝わらない部分を、補足として添付しています」 中村は資料の後半、住民一人ひとりの言葉が並んだページで手を止めた。乾物屋の主人の言葉、雑貨屋の女将の言葉、そして──有紗の言葉。 〈この商店街は、私の母が、そして私が、生きてきた場所です。壊すことでしか前に進めないなら、それは本当に「発展」と呼べるのでしょうか〉 「……」 中村はしばらくその一文を見つめていた。 「桐生。お前、これに私情が入っていないと言い切れるか」 その問いに、篤は一瞬息を止めた。だが、すぐに顔を上げた。 「入っています。否定しません」 会議室に、小さなざわめきが走った。田村が心配そうに篤を見た。 「ですが、私情があるからといって、この案の中身が間違っているとは思いません。数字は田村が精査しました。行政の補助金についても、正式に確認を取っています。私情の有無と、案の正しさは、別の問題だと思います」 中村は目を細め、しばらく篤を見据えていた。 「三田、お前はどう見る」 「私は支持します
last update最後更新 : 2026-09-16
閱讀更多

第54話 東京へ

役員会の日程が決まったのは、それから五日後のことだった。 有紗は前夜、店の棚卸しを済ませ、沙織に留守を頼んだ。 「本当に、一人で行くの?」 「うん。これは、私が自分の言葉で伝えなきゃいけないことだから」 沙織は少し不満そうな顔をしたが、やがて肩をすくめた。 「まあ、あんたがそう決めたなら、止めない。由美子さんのことは任せて」 「ありがとう、沙織」 由美子は、有紗が東京行きを告げたとき、思いのほかあっさりと頷いた。 「行ってらっしゃい。今度は、ちゃんと自分の足で追いかけるのね」 「お母さん……」 「十年前、あんたを止めたのは私だった。今度は、私が背中を押す番」 由美子はそう言って、有紗の手を握った。節くれだったけれど温かい手だった。 新幹線の中で、有紗は鞄の中の資料を何度も確認した。対案の最終稿、住民の署名、そして健太が作った模型の写真をまとめたファイル。商店街のみんなの想いが詰まった一式だった。 東京駅に着くと、篤が改札の前で待っていた。十年前とは違う、けれど確かに見覚えのある立ち姿だった。 「わざわざ、迎えに来てくれたの?」 「当たり前だろ」 篤は有紗の鞄を持とうとして、有紗に軽く払われた。 「これは、私が持っていく。商店街のみんなの想いだから」 篤は苦笑して、手を引っ込めた。 「役員会は、明日の午前中だ」 「うん、聞いてる」 「正直、勝算がどれくらいあるのか、まだ分からない。中村部長は乗り気だが、役員の中には当初案を推す声も根強い」 有紗は篤の横顔を見た。以前より少し痩せたようだった。ここ
last update最後更新 : 2026-09-17
閱讀更多

第55話 役員会

翌朝、篤は緊張した面持ちで会議室のドアの前に立っていた。隣には、いつもの仕事着ではなく、きちんとしたスーツに身を包んだ有紗がいる。 「大丈夫。落ち着いてる」 「篤くんのほうが、顔強張ってるよ」 有紗が小さく笑うと、篤の肩から少しだけ力が抜けた。 「行くぞ」 ドアを開けると、長いテーブルの奥に役員たちが並んでいた。中村も末席に座っている。三田が篤に小さく頷いてみせた。 「本日は、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」 篤が切り出した。プロジェクターに、これまでまとめてきた資料が映し出される。当初案と対案の比較、収支の試算、補助金の活用、そして住民の合意形成にかかる見込み期間。 一人の役員が口を開いた。 「数字は分かった。だが、当初案より工期が延びる。その分のコストは、誰が負担するんだ」 「その点については……」 篤が答えかけたところで、有紗が一歩前に出た。 「よろしければ、私からもお話しさせてください」 役員たちの視線が有紗に集まった。 「私は、対象区域で花屋を営んでいる早坂と申します。住民代表として、この場に立たせていただきました」 有紗は資料を持つ手に、ぐっと力を込めた。 「商店街には、五十年、六十年と店を続けてきた方々がいます。その人たちにとって、店は単なる商売の場所じゃありません。生きてきた証そのものです」 会議室が静まり返った。 「当初案では、その証が一度、跡形もなく消えてしまいます。私たちが提案する対案は、時間もお金も、当初案よりかかるかもしれません。でも、そこに住んできた人たちの暮らしと記憶を、次の世代に繋いでいくことができます」 一人の年配の役員が、眉をひそめ
last update最後更新 : 2026-09-18
閱讀更多

第56話 答え

役員たちの間で、小さく言葉が交わされる。篤には、その内容までは聞き取れなかった。ただ、心臓が痛いほど脈打っているのが分かった。 専務が、テーブルの端から順に視線を送っていく。一人、また一人と、小さな頷きが返っていく。 「反対の方は」 専務の問いに、手を挙げた役員は二人だけだった。当初案に強くこだわっていた古参の役員たちだ。だが、その他の役員たちは誰も手を挙げなかった。 「賛成多数、と見ていいだろう」 専務がそう言った瞬間、篤は自分の手が震えていることに気づいた。隣で、有紗が小さく息を呑む音が聞こえた。 「ただし」 専務は続けた。 「条件がある。工期とコストについては、改めて詳細な計画書を提出すること。それから──」 専務は篤と有紗を交互に見た。 「住民側の窓口として、早坂さん、あなたにも正式に協力してもらいたい。この案は、会社だけでも、住民だけでも、成立しないものだ。両方が手を取り合って初めて形になる」 「……はい。喜んで」 有紗の声は、わずかに震えていた。 「桐生」 「はい」 「この案の責任者は、引き続き君に任せる。今度こそ、最後までやり遂げろ」 「ありがとうございます」 篤は深く頭を下げた。隣で、有紗も同じように頭を下げているのが分かった。 会議室を出ると、廊下の窓から差し込む光が、いつもより眩しく感じられた。 「終わった……のか」 篤がぽつりと呟くと、有紗が隣で小さく笑った。 「終わったんじゃないよ。これから、始まるの」 その言葉に、篤ははっとした。 「そ
last update最後更新 : 2026-09-19
閱讀更多

第57話 報告

東京から地元に戻る新幹線の中、有紗はスマートフォンで沙織にメッセージを送った。 〈採決、通った。対案でいくことになった〉 返信は、驚くほど早く届いた。 〈は!? 本当に!? みんなに伝えていい!?〉 〈うん、お願い〉 窓の外を流れる景色を眺めながら、有紗は隣に座る篤の横顔をちらりと見た。篤は資料を整理しながらも、時折こちらに視線を向けては、照れたように目を逸らしていた。 「明日、商店街のみんなに報告会をしようと思う」 「俺も行っていいか」 「当たり前でしょ。責任者なんだから」 駅に着くと、改札の外に沙織が待っていた。有紗の姿を見つけるなり、駆け寄って抱きついてくる。 「やった……! 本当に、やったね!」 「沙織のおかげだよ。ずっと支えてくれて」 「何言ってんの。これは有紗が、自分の足で掴んだことだよ」 沙織は篤にも気づき、少し意地悪な笑みを浮かべた。 「桐生くんも、お疲れ様。……で? 二人の関係は、結局どうなったわけ?」 有紗と篤は、顔を見合わせて赤くなった。沙織はそれだけで察したらしく、満足そうに頷いた。 「まあ、聞かなくても分かるけどね」 翌日、対案本部には商店街の人々が集まっていた。乾物屋の主人、雑貨屋の女将、健太、朋子、そして由美子も杖をついて顔を出していた。 「報告があります」 有紗が前に立つと、部屋の空気が張り詰めた。 「昨日、東京の役員会で、私たちの対案が正式に採用されることが決まりました」 一瞬の静寂のあと、部屋中から歓声が上がった。健太が模型を抱きしめ、朋子は目に涙を浮かべ、乾物屋の主人は隣の雑貨屋の女将
last update最後更新 : 2026-09-20
閱讀更多

第58話 歩み寄り

かすみが地元の駅に降り立ったのは、報告会から一週間後のことだった。 有紗は店の前でかすみを待っていた。会うのは、あの夏、かすみが現地を訪れて以来だった。あのときのかすみは、静かな覚悟を纏いながらも、どこか痛みを堪えているように見えた。今、目の前に立つかすみは、あのときとは違う、澄んだ表情をしていた。 「お忙しいところ、ありがとうございます」 かすみが丁寧に頭を下げた。 「いえ、こちらこそ。中で、お茶でも」 店の奥の小さな休憩スペースに、二人は向かい合って座った。有紗が淹れたお茶からは、湯気がゆっくりと立ち上っていた。 「対案、採用されて本当によかったです」 「かすみさんの企画も、力になったって篤くんから聞きました。住民の声を可視化する企画……」 「いえ、あれは私が自分のためにやったことです」 かすみは静かに首を振った。 「広報担当として、会社のやり方に、ずっと違和感を持っていました。篤くんのことがあってもなくても、いつかは声を上げていたと思います。ただ……」 かすみは、お茶を一口飲んでから続けた。 「篤くんのおかげで、その違和感に、ちゃんと向き合う勇気をもらえたのは事実です」 有紗は黙って、かすみの言葉に耳を傾けた。 「今日、伺ったのは、きちんとご挨拶をしたかったからです」 かすみは背筋を伸ばし、有紗をまっすぐに見た。 「篤くんのこと、大事にしてあげてください」 その言葉に、有紗は胸が締め付けられるのを感じた。 「かすみさん……」 「正直に言うと、悔しくなかったと言えば嘘になります。でも、篤くんが本当に大切にしたいものが何なのか、現地に来て、皆さんの様子を見て、よく分かりました」
last update最後更新 : 2026-09-21
閱讀更多

第59話(最終話) 数ヶ月後

商店街のアーケードに、新しい看板が掲げられたのは、桜が散り始めた頃だった。 〈フルール商店街 リノベーションプロジェクト 第一期完成〉 半年前まで空き店舗だった一角には、木の温もりを活かした小さな工房やカフェが並んでいる。古い建物の骨組みを活かしながら、新しい息吹を吹き込んだ空間は、当初案とはまったく違う表情を見せていた。 「有紗さん、花、届きました!」 健太が台車を押しながら、フルール・アリサの店先にやってきた。花屋も、リノベーションの一環で少し店構えを新しくしていた。大きなガラス窓から差し込む光が、店内の花々を鮮やかに照らしている。 「ありがとう、健太くん。すっかり、頼れる大工さんね」 「まだ見習いですけどね」 健太は照れくさそうに笑いながら、花の箱を運び入れた。あの模型作りをきっかけに、健太は本格的に大工の道を目指し始めていた。 店の奥では、朋子が新しいプロジェクトの収支報告書をまとめている。乾物屋の主人は、リノベーションされた店先で、常連客と楽しそうに話し込んでいた。 「有紗ちゃん、今度の夏祭り、うちの店も出店枠もらえるかい」 「もちろんです。楽しみにしていてください」 商店街には、以前よりも多くの人通りが戻っていた。地元のフリーペーパーに載った沙織の記事がきっかけで、近隣の街からも「あの再開発の商店街」として、若い世代の客が訪れるようになっていた。 昼過ぎ、篤が工事現場の視察を終えて店に顔を出した。設計事務所を辞め、この春から独立して、商店街のプロジェクトを専属で手がけるようになっていた。 「現場、順調か」 「うん、第二期の工事も、来月には始まるって」 「かすみからLINEが来てたよ。今度、視察がてら遊びに来たいって」 「うん、私にも連絡来てた。楽しみにしてる」
last update最後更新 : 2026-09-22
閱讀更多
上一章
123456
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status