倉科紬希は、朝の教室という場所が少し苦手だった。 昼休みや放課後はまだいい。ざわつきにも種類があって、誰が誰と話していて、自分がどこに立てば邪魔にならないか、なんとなく見えるからだ。 でも朝だけは違う。 眠たそうな人、機嫌が悪そうな人、まだ完全に学校の顔になっていない人たちが、半端なまま同じ空間に集まってくる。 そこへ自然に入っていける人もいるけれど、紬希はどちらかといえば、少し離れた場所から様子を見てしまう方だった。 だから今日も、教室へ入ったあとすぐに席へ座って、鞄から教科書を取り出すふりをしながら、クラスの空気がほどけていくのを静かに眺めていた。 視線の先には、窓際の一角がある。 久瀬湊人。 柊坂真白。 鳴海すばる。 日野直純。 最近、あのあたりは朝から少し賑やかだ。 久瀬くんが転校してきた最初の頃は、ただ“新しい人がいる”という空気だった。 でも今は違う。 もうちゃんと、そこにいる人になっている。 不思議だな、と紬希は思う。 久瀬湊人という人は、地味だ。 派手な髪でもないし、声を張るわけでもないし、自分から輪の中心へ入っていくタイプにも見えない。 なのに、いつの間にか人が近くにいる。 それは、きっとあの人が話しかけやすいからではなく、話しかけた時に相手をちゃんと受け止めるからなのだろう。 「おはようございます」 今もそうだ。 日野くんの軽い話しかけ方にも、鳴海さんの熱量にも、柊坂さんの少し尖った言葉にも、久瀬くんは変に慌てず、でも冷たくもしない温度で返している。 柔らかい。 でも、曖昧ではない。 その会話の空気を、紬希は少し離れた席からなんとなく聞いていることが多かった。 理由は自分でもよく分からない。 ただ、聞いていると少しだけ落ち着くのだ
Dernière mise à jour : 2026-08-16 Read More