土曜日の朝は、平日の朝より静かなはずだった。 少なくとも、世間一般ではそうらしい。 学校へ行く必要のない日。制服に袖を通す義務もなく、教科書の重さもなく、教室の空気もない。だから本来なら、もう少し穏やかな顔で目を覚ましていい。 なのに久瀬湊人は、平日より早く、しかもかなりはっきりと目を覚ましていた。 枕元のスマホを見る。 時刻は八時前。 集合は十二時、駅前。 時間だけ見れば余裕はある。 だが、その余裕の中には、いつものように別の時間が重なっていた。 十五時から事務所の打ち合わせ。 その前に帰宅。 機材確認。 資料の再チェック。 音声環境の確認。 そして、できれば服装も“学校の自分”から“配信側の自分”へ切り替えたい。 やることを順に頭の中へ並べていくと、それだけで胸の奥が少しだけ詰まる。 でも今日は、それ以上に妙な感情があった。 楽しみだ、と思ってしまっている。 ただ同級生たちとカラオケへ行くだけ。 それだけなのに、起きた瞬間から少し落ち着かない。 何を着ていけば“頑張ってない感じ”になるのかとか、歌う順番が回ってきた時に無難な選曲は何かとか、そんなことまで考えてしまう。 「……完全に、普通の高校生みたいだな」 自分で言って、少しだけ苦笑する。 普通になりたかったはずなのに、本当にそういう場面が来ると、どう振る舞えば“普通”なのか分からなくなる。 結局、いつものように考えすぎる。 ベッドから出て、顔を洗う。 服は、あまり気張って見えないものがいい。だから、シンプルな黒のパーカーに、色の落ち着いたパンツ。靴も、いかにも“選びました”という顔をしないもの。 鏡の前で自分を見る。 大丈夫。 たぶん、そこまで変ではない。 少なくとも、学校の久瀬湊人が休日にいてもおかしくないくらいには見える。
Dernière mise à jour : 2026-08-26 Read More