打ち合わせが一通り終わった頃には、窓から差し込む光がかなり傾いていた。海面に長く伸びた夕日が、風に揺れる波によって細かく崩されている。玲は腕時計を確認した。午後五時を少し過ぎたところだった。一度家へ戻って着替えても、夕食の約束には十分間に合う。資料を閉じ、バッグへ手を伸ばす。「では、残りはメールで」「玲」立ち上がりかけたところで、ジャンに呼び止められた。さっきまでとは声の温度が違った。玲は椅子へ座り直した。「何ですか?」ジャンはすぐには答えず、机の上に散らばっていた資料を重ねた。赤いペンのキャップを閉め、窓の外へ一度視線を向ける。「真剣な話がある」「珍しいですね」「失礼だな」「いつも真剣ではあるんでしょうけど」「玲」今度は、冗談を受け取る気がない声だった。玲は姿勢を正した。ジャンは暫くこちらを見つめていたが、やがて慎重に口を開いた。「エレナの、最後の一枚について」その名前を聞いた瞬間、玲の意識が切り替わった。八年間、探し続けてきたもの。公式に存在が確認されているエレナの作品のうち、唯一、自分の手元にない一枚だった。「何か分かったんですか?」自分でも驚くほど静かな声が出た。ジャンは頷いた。「売りに出される可能性がある」玲の指先が止まった。「……いつですか?」「フェスティバルの最終日」「ここで?」「その可能性が高い。一般展示ではなく、最終日の夜に限られた招待客だけへ見せるという話がある」玲は背もたれから身体を起こした。「誰が持っているんですか?」「今はまだ言えない」「分からない、ではなく?」ジャンの目が僅かに細くなる。「今は言えない」玲はその違いを聞き逃さなかった。所有者について、何らかの情報を掴んでいるのだろう。頭の中では、すでに複数の可能性が動き始めていた。所有者の身元、仲介人、作品の来歴、真贋、必要な資金。そして、非公開の取引に関わる人間たち。「真作なんですか?」「現物はまだ見ていない。でも、制作時期もサイズも、八年前から追っていた移動経路も一致している」ジャンはそこで言葉を切り、玲の反応を確かめた。「少なくとも、僕は見に行く価値があると思ってる」その言葉の重さを、玲は知っていた。ジャンはエレナの作品について、軽率な判断をしない。彼女の才能を高く評価していたからこ
Terakhir Diperbarui : 2026-10-27 Baca selengkapnya