「信じています」その一言に。エマは、思っていた以上に揺れた。玲は穏やかに笑っているだけだった。問いたださない。疑わない。黒木と何を話していたのかも。なぜあんなふうに見つめられていたのかも。何一つ聞かず。ただ、信じていると言った。その言葉が。妙に深く残った。八年前。エレナだった頃の自分は、玲に何度も信じてもらっていた。説明しなくても。全部言わなくても。最後には、自分の言葉を選んでくれる人だった。その記憶と。今。朝倉エマへ向けられた言葉が重なる。胸が苦しくなる。違う。今の玲は。エレナを信じているのではない。エマを信じると言った。その違いの方が。むしろ、エマには重かった。「……ありがとうございます」どうにか、それだけ返す。玲はそれ以上追わなかった。代わりに。視線が少し下へ落ちる。「それ」エマもつられて見る。折り返した袖の端。隠したつもりだった青緑の絵の具が、僅かに残っていた。「絵の具ですよね」「……はい」「この間の色、使ってみたんですか」一瞬。答えを濁そうとした。けれど。ここで否定する方が不自然だ。「少しだけ」エマは静かに答えた。玲の表情が、ほんの少し柔らかくなる。「そうですか」それだけだった。見せてください。何を描いているんですか。以前なら。そう聞かれていたかもしれない。けれど。玲は言わなかった。「無理に見たいと言うつもりはありません」先回りするように、静かに続ける。「エマさんが見せてもいいと思った時に、もしその日が来れば」エマは思わず玲を見る。「……最近、ずいぶん上手くなりましたね」「何がですか?」「予防線の張り方が」玲が一瞬、目を瞬いた。それから、少し笑う。「学習しているので」「私相手に?」「はい」あまりにも素直に答えられて。逆に困る。以前なら。押されれば拒絶する理由があった。でも。今の玲は。エマが嫌がるところでは止まる。逃げ道を残す。そのくせ。自分の気持ちだけは隠さない。その距離の取り方が。以前よりずっと厄介だった。「……皆さん、二階にいらっしゃるんですか?」エマは話を変えた。「はい。そろそろ戻らないと」そう言って。室内へ向かおうとした時だった。「エマさん」少しだけ。声の温度が変わった。エマは
Last Updated : 2026-09-06 Read more