جميع فصول : الفصل -الفصل 17

17 فصول

第10話 廊下に立つ透

 放送室の扉が閉まった音は、校舎の奥で長く反響した。 そのあとに残ったのは、切れたインターホンから流れる砂嵐のような雑音だけだった。「透!」 澪は受話口へ呼びかけた。 返事はない。「聞こえる? 返事して。透!」 雑音の奥で、何かがゆっくりと回転しているような音がした。硬い円盤が一定の速さで擦れ、古い機械の軸が軋んでいる。 朔はインターホンの下へしゃがみ込み、壁から垂れた配線へ懐中電灯を当てた。「線は切れてる」「でも、さっきまで話せた」「この機械を通していたとは限らない」 朔は受話器を澪の手から取り、裏側の蓋を外した。内部には錆びた端子しかなく、電流が通っている様子はない。 それでも、受話口からは透の荒い息が微かに聞こえていた。『……着いた』 澪は朔から受話器を奪うように受け取った。「透? 放送室にいるの?」『いる』 声は遠く、ところどころ歪んでいた。 水の中から話しているように、言葉の輪郭が揺れる。『機材が残ってる。放送卓も、アンプも……全部』「扉を開けて。そこから離れて」『オープンリールがある』 透は澪の声を聞いていない。 何かに取り憑かれたように、見えているものを一つずつ口にしている。『学校に置くような大きさじゃない。業務用だ。リールが二つ。テープが掛かってる』 澪は鉄の防火シャッターへ掌をつけた。 冷たい金属の向こうから、美月と悠斗が何かを動かす音が聞こえる。「透、触らないで。朔が調べるまで待って」『ラベルがある』「何て書いてあるの?」 透の呼吸が止まった。 受話口の向こうで、紙を指で撫でる小さな音がした。『七人目』 廊下の空気が冷えた。 奈々香が濡れたレインコートの袖を握り、澪の横で首を振る。「再生しちゃ駄目」 透へ届くはずのない小声だった。 それでも、受話口の向こうで誰かが短く笑った。 透ではない。 少女の喉から漏れたような、細い音だった。「触るな」 朔が受話器へ向かって言った。 声を張り上げてはいないが、鋭かった。「透、そのテープから手を離せ。放送室の扉を開けて、廊下へ戻れ」『音の出所が分かる』「仕掛けた人間は、お前がそう考えることも分かってる」『これは、俺の音だ』「何?」『識別信号が入ってる』 透の声が震えた。『俺が記録した。八年前、ここで』 澪は額
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第11話 扉の向こうの悲鳴

 五人は、放送室へ続く廊下を走った。 朽ちた床板が足の下で悲鳴を上げる。雨に濡れた靴が滑り、壁へ肩をぶつけても、誰も立ち止まらなかった。天井のスピーカーからは、巨大な録音機の回転音だけが流れている。 からから。 からから。 乾いた音は、急かすように少しずつ速くなっていた。「透!」 澪の声が廊下の闇へ吸い込まれる。 返事はない。 先頭を走る朔の懐中電灯が、突き当たりの扉を捉えた。黒ずんだ防音扉。上部には人の腕ほどの幅しかない細長い網入りガラスがあり、その向こうで赤い灯りが明滅している。 放送室だった。 扉の手前には、透の録音機が落ちていた。 床を滑ったらしく、角に新しい傷がついている。画面は割れていない。録音表示だけが赤く点滅し、入力波形が大きく上下していた。 朔はそれを拾わず、取っ手へ手を掛けた。 動かない。「透、開けろ!」 肩を押し当てる。 扉は僅かにも揺れなかった。 悠斗も横から取っ手を掴み、力を込める。「内側から鍵が掛かってる」「共通鍵は?」 美月が問う。「ある」 悠斗は工具箱を床へ置き、内ポケットから小さな鍵束を取り出した。錆びた札がいくつも重なり、その中から細長い真鍮の鍵を選ぶ。「管理会社に無理を言って借りた。校舎の旧共通鍵だ。合う保証はない」「早くして」 奈々香の声が震える。 扉の向こうから、荒い呼吸が聞こえた。 ひゅっ。 喉の奥を塞がれたような短い音。「透!」 美月が網入りガラスへ顔を寄せる。「聞こえる? 扉から離れて!」 返事はない。 悠斗が鍵を差し込む。 途中までは入った。 しかし、最後の数ミリで止まる。悠斗は角度を変え、ゆっくり左右へ揺らした。「錠の中が歪んでる」「無理に回すな」 朔が言った直後、扉の向こうで何かが倒れた。 机の脚が床を擦り、金属製の器具がぶつかる。 透の息がさらに荒くなる。 悠斗は歯を食いしばり、鍵を強く捻った。 真鍮が乾いた音を立てて折れた。 鍵の先端が錠の中へ残る。「くそっ!」 悠斗が扉を拳で叩いた。「折れた!」「どいて」 朔は床へ落ちていた消火器を持ち上げた。 安全栓は錆びつき、使用できそうにない。それでも赤い鉄の容器は重い。朔は両手で抱え、網入りガラスへ側面を叩きつけた。 鈍い衝撃音。 ガラスへ白い亀裂が走る。 もう
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第12話 鍵のかかった放送室

 死んだ透の呼吸が、古いスピーカーから流れていた。 ひゅう、と喉の奥で震える息。短く吸い、途中で詰まり、細く吐き出す。その音は、生きている人間が苦痛に耐えているものとしか思えなかった。 だが、床へ横たわる相馬透の胸は動いていない。「止めて」 美月の声が放送室を切った。 朔が録音機の停止ボタンへ手を伸ばす。触れる直前、二つのリールは自ら速度を落とした。黒い磁気テープが最後に一度だけ震え、赤い表示灯が消える。 静寂が戻った。 奈々香の押し殺した嗚咽と、雨水が窓の鉄格子を伝う音だけが残る。 美月は透の首元へ膝をついたまま、もう一度頸動脈を確かめた。次に胸へ耳を当て、瞼を持ち上げる。小型のライトを瞳へ向けても、反応はなかった。 手袋を替え、腕時計へ視線を落とす。「午前零時四十六分。死亡確認」 言葉は平らだった。 救命救急の現場で、何度も口にしてきたのだろう。けれど最後の音だけが僅かに掠れた。 奈々香が床へ座り込んだまま首を振る。「確認って……そんな言い方しないでよ。さっきまで話してたじゃん。澪たちとも、私たちとも……」「分かってる」「だったら、何かしてよ」「もうできることはないの」 美月は透の顔から目を逸らさずに答えた。 声を荒らげなかった。その静かさの方が、奈々香の泣き声を弱くした。 透の首には、黒い磁気テープの跡が何重にも残っている。皮膚へ食い込んだ帯状の圧迫痕は、喉の前より左右から後方へ向かって深くなっていた。首の後ろには、強く引かれたテープが皮膚を裂いた細い傷もある。 美月は傷へ指を触れず、角度だけを確かめた。「亡くなってから長くは経ってない。身体はまだ温かい。皮膚の色と瞳の状態から見ても、数分から十数分以内」「俺たちが扉の前にいた時間と合うってことか…」 悠斗が低く訊いた。「ええ」「なら、俺たちが見てる前で死んだ」「そうなる」 悠斗は放送室の扉を振り返った。 蝶番を外され、内側へ倒れた重い扉。錠前には折れた共通鍵の先端が残り、つまみは施錠の位置へ回っている。 出入口はそこだけだった。 朔が懐中電灯を手に、室内を確認していく。 窓は二つ。どちらも内側の金具で閉じられ、その外側には太い鉄格子が嵌め込まれている。錆は厚く、最近動かした跡はない。遮光幕の裏へ積もった埃も乱れていなかった。 壁の上部には換気
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第13話 死者の録音

 放送室の床には、透のための場所だけが残されていた。 美月が掛けた上着の下で、細い身体は動かない。黒いパーカーの襟元から覗く首には、磁気テープの圧迫痕が幾重にも走っている。切断されたテープの端は、乾いた蛇の抜け殻のように床へ散らばっていた。 窓を打つ雨音は、厚い遮光幕に吸われて遠い。 誰も口を開かないあいだも、録音機の二つのリールだけが、停止した姿で五人を見つめていた。「ここを出る」 悠斗が最初に沈黙を破った。 工具箱を持ち上げる手には、錆と透の血が薄く付いている。声は強かったが、扉の向こうへ視線を向けるたび、喉が不自然に上下した。「今すぐ出口を探す。門が駄目なら裏口でも窓でもいい。この校舎のどこかに、外へ出られる場所はある」「透を置いていくの?」 美月は遺体のそばから立たなかった。「置いていくしかないだろ」「一人にはできない」「もう一人じゃないとか、そういう話をしてる場合か?」「そういう意味じゃない!」 美月の声が鋭く跳ねた。 膝の上で握っていた手袋が、細く軋む。救命の現場で死者を見送ることには慣れているはずだった。それでも今、美月の前にいるのは患者ではない。八年前、同じ部室で机を囲み、イヤホンの片側を無言で差し出してくれた友人だった。「警察が来るまで、現場を動かすべきじゃない。遺体も、機材も、勝手に触れない方がいい」「警察をどうやって呼ぶ。電波はない。門も閉じた。廊下は同じ場所へ戻される。ここに残って次の仕掛けを待つつもりか」「だからって、透を放って逃げるの?」「死体を守って、生きてる人間が増えるのか」 悠斗の言葉が落ちた瞬間、美月の顔から色が引いた。 次の呼吸で彼女は立ち上がったが、朔が二人の間へ入った。「やめろ」 低い声だった。 大きくないのに、悠斗も美月も動きを止めた。「出口は探す。ただし、透をこのままにして動く前に、記録を残す。警察へ渡せる形にする」「そんな時間があるの?」 奈々香が壁際で泣きながら言った。 化粧は涙で崩れ、頬に黒い筋ができている。割れたスマートフォンを胸へ抱き、何度も扉の外を振り返っていた。「透は殺された。私たちも同じようにされる。次は忘れた人って言った。次は澪なんでしょ? ここにいたら、また誰か死ぬ」 澪の名が出た途端、空気が僅かに動いた。 悠斗が目を逸らし、美月は澪を見
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弟14話 澪が隠したこと

 録音表示灯の赤だけが、放送室の暗闇で脈打っていた。 窓は閉じ、扉も内側から施錠されている。逃げ場のない空間で、古いスピーカーは六人分の呼吸を繰り返していた。 澪。 朔。 美月。 悠斗。 奈々香。 そして、上着を掛けられた透。 死んだはずの透の息だけが、ほかの五人より少し遅れて聞こえる。 ひゅう。 ひゅう。 誰かが死者の喉へ空気を送り込んでいるようだった。「止めろ」 悠斗が録音機へ近づいた。 朔が腕を伸ばして遮る。「触るな。どこまで記録されているか分からない」「まだ記録が必要だって言うのか」 悠斗の声は掠れていた。怒りより、恐怖を押し戻すための強さがあった。「透が死んだ。次は澪だと名指しされた。それでも、機械を眺めて待つつもりか」「壊せば出られるとは限らない」「なら、どうする」 悠斗は朔ではなく、澪を見た。 視線がまっすぐ胸へ刺さる。「澪。お前、何を隠してる」 赤い光が一度明滅した。 澪はポケットの中で組紐を握った。湿った絹糸が掌へ貼りつき、細い繊維が古い傷を撫でる。「さっき、思い出したことは話した」「全部か?」「全部って……」「八年前、澄花とは途中ではぐれた。警察にはそう話したはずだ」 悠斗は一歩近づいた。「だが実際には、理科準備室の扉越しに声を聞いてた。助けを求められてた。違うか」 澪は唇を開いたが、声が出なかった。 美月が二人のあいだへ入ろうとする。「今、追い詰めても――」「追い詰められてるのは全員だ」 悠斗が遮った。「一人ずつ殺されるかもしれない。澪が何か知ってるなら、黙っていられる方が危険だ」「澪が透を殺したって言いたいの?」「そうは言ってない」「言ってるのと同じよ」「お前も隠してるだろ」 悠斗の目が美月へ向く。「澄花が負傷していたことを知っていたか。お前の質問だった。答えを言わないのは、知られたくないからじゃないのか」 美月の頬が強張る。 救急鞄の持ち手を握る指へ力が入った。「今は澪の話だ」「都合がいいな」 悠斗の乾いた笑いが、密室へ落ちた。 壁際にいた奈々香が、割れたスマートフォンを胸へ押しつけたまま俯いている。呼吸は浅く、肩が小刻みに揺れていた。「奈々香」 悠斗が呼ぶ。 彼女は顔を上げなかった。「知ってることがあるなら話せ」「ない」「本当に
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第15話 ここには七人いる

 黒板に残された小さな赤い手形は、五人が放送室へ戻ったあとも消えなかった。 向かいの教室から扉越しに見える。白い粉の浮いた黒板の中央で、指の短い手形だけが濡れたように光っていた。 誰の名も書かれていない空白の横。 そこへ押された手。 六人の誰よりも小さい。 透のものではない。澪たちが高校生だった頃の手よりも、さらに幼く見えた。 美月はしばらくその手形を見ていたが、やがて放送室の床に横たわる透へ向き直った。「運ぶ」 声は静かだった。 悠斗が眉を寄せる。「正気か。階段を三階分だぞ。床も腐ってる」「ここへ置いていけない」「俺たちまで動けなくなる」「だからって、一人にするの?」「死んでるんだぞ」 言葉が落ちた瞬間、美月の目が鋭くなった。「分かってる」 低い声だった。「私が確認した。呼吸も脈もなかった。分かってるから、置いていけないの」 悠斗は口を閉じた。 奈々香は壁際で鼻をすすり、割れたスマートフォンを握っている。泣き腫らした目は、透の身体を正面から見られず、床へ散った黒い磁気テープを追っていた。「外へ出られるのかな」 彼女が呟く。「また同じ廊下へ戻ったら……ずっとここで、透と一緒に」「戻っても進む」 朔は放送室の隅に積まれた備品を調べていた。 折り畳み式の担架はなかったが、古いカーテン用の丈夫な布と、掃除用具入れから外した二本の金属棒が見つかった。朔と悠斗が棒へ布を巻きつけ、美月が結び目の強度を確かめる。 急ごしらえの担架は頼りなく見えた。 朔は布の端を二重に折り、金属棒へ巻きつけた。悠斗が反対側を押さえ、美月が救急鞄から包帯を取り出して固定する。結び目を一つ作るたび、誰かの指が震えた。 高校時代、透は機材の線を束ねる役だった。絡まったコードを黙ってほどき、誰が雑に片づけたか分かっていても責めなかった。遠足のように騒ぐ六人の後ろで、録音機だけを守って歩いていた。 その透の身体を運ぶために、今はほかの五人が不格好な結び目を作っている。 澪は包帯の端を引きながら、透なら一度見ただけでやり直させただろうと思った。緩い。重心が偏っている。歩けば軋みが音へ入る。掠れた声で、そんなことを言ったかもしれない。 思い浮かべた声は、すぐに首を絞められたときの呼吸へ変わった。 それでも透を床へ残すよりはよかった。 美月が上
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第16話 七人目の出席

「六人じゃないよ。ここには七人いる」 澄花の声が消えるより先に、二年七組の扉が勢いよく閉まった。 ばあん、と重い音が廊下を震わせる。 澪の肩に触れていた冷たい指の感触も、同時に消えた。 布越しに残った冷気だけが、肩から首へ這い上がっている。 振り返る。 誰もいない。 非常灯の薄い緑色を受けた廊下。剥がれた壁紙。雨漏りの染み。朽ちた窓枠。 人が立てるほどの空間はある。 だが、そこにいるのは五人だけだった。 自分。 朔。 美月。 悠斗。 奈々香。 その足元では、簡易担架に横たわる透が身じろぎ一つせず眠っている。 五人と、死者一人。 合わせて六人。 澪は震える指でスマートフォンを持ち上げた。 校舎の見取り図には、赤い点が七つ表示されたままだった。 雨宮澪。 神代朔。 早乙女美月。 黒瀬悠斗。 白石奈々香。 相馬透。 そして、名前のない点。 七つ目だけが、澪の位置を示す点へ重なるほど近い。「動かないで」 美月が言った。「どうして」「いいから。一度、そのまま」 澪は足を止める。 美月が画面を覗き、赤い点の位置を確かめた。「じゃあ、右へ一歩」 言われるまま、澪は廊下の壁側へ移動する。 自分の点が動いた。 名前のない赤い点も、ほとんど同じ速度で動く。 澪の点のすぐ後ろへ。 奈々香が息を呑んだ。「もう一回」 今度は前へ二歩。 二つの点が同時に進んだ。 澪が止まる。 七つ目も止まる。「嫌……」 奈々香の顔が引きつった。「これ、澪を追ってるんじゃないよ」 唇が小刻みに震える。「澪の中にいるんじゃないの?」 その言葉が落ちた瞬間、悠斗が半歩退いた。 美月も反射的に澪の肩を見た。 奈々香ははっきりと距離を取った。 たった数十センチ。 それでも、澪には教室一つ分ほど遠く感じた。「やめて」 美月が奈々香を制する。「でも、ずっと同じ位置だよ。肩にも触られたんでしょ? それで点が澪についてくるなら――」「位置情報は偽装できる」 朔が澪の隣へ立った。 ほかの三人が空けた距離を埋めるように。 澪は横顔を見る。 朔はスマートフォンを取り出し、通信状態を確認していた。声にも手元にも、怯えはほとんど見えない。「衛星測位じゃない」「どういうこと?」 澪が訊く。「この建物の中で、
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