――帰れる客は、一組だけ。赤い文字を見つめたまま、いのりは動けなかった。「一組って……どういう意味?」声が震える。りひとは宿帳を自分のほうへ引き寄せた。「落ち着いて。誰かの悪戯かもしれない」「でも、私たちの名前……」書いた覚えなどない。しかも、巌と葉月の名前のすぐ下に並んでいる。まるで最初から、四人がここへ来ることを知っていたかのように。「日付を見て」いのりが指差した。四人とも同じだった。昭和四十七年七月二十二日。星祭りの夜。「今日だ……」その時。チリン。どこかで鈴が鳴った。写真の前に落ちていた、あの鈴と同じ音。チリン。今度は食堂の奥から聞こえる。「誰かいる?」返事はない。二人は音を追った。食堂の奥には細い廊下があり、その先に古びた扉があった。扉の向こうから、冷たい風が流れてくる。「外?」りひとが扉を開けた。そこには湖へ続く裏庭が広がっていた。夜の湖。風ひとつない。水面には満天の星が映り込み、本当に金平糖を散らしたように輝いている。「綺麗……」思わず、いのりは呟いた。怖いはずなのに。目を離せない。すると。湖のほとりに誰かが立っていた。「葉月さん?」白いワンピース。昨夜見た姿だった。「待って!」いのりは駆け出した。「いのり!」りひとも追う。だが、近づいても葉月は振り返らない。裸足のまま湖へ向かって歩いていく。一歩。また一歩。水が足首まで届く。「葉月さん!」いのりが腕を掴もうとした。その瞬間。葉月の姿が消えた。「え……?」そこには誰もいない。ただ、湖面に小さな波紋だけが広がっていた。ちゃぷん。ちゃぷん。「いのり、戻ろう」りひとの声が強くなる。「ここは危ない」その時だった。いのりの足首に、何かが触れた。冷たい。指。人間の指だった。「きゃっ!」りひとがいのりの腕を引く。二人は転びそうになりながら岸へ戻った。「今、誰かに……!」湖を見る。何もない。けれど。水面の下から、白い手が一本だけ浮かび上がった。いのりは声も出せなかった。その手には、小さな銀色の鈴が握られている。チリン。鈴が鳴る。同時に、背後から女の声がした。「見つけて」振り返る。誰もいない。「……何を?」いのりが恐る恐る尋ねる。今度は、はっきり聞こ
最後更新 : 2026-08-08 閱讀更多