บททั้งหมดของ ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー: บทที่ 41 - บทที่ 50

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第41話 二人で選ぶ

――帰還可能人数 一名。――残留必要人数 一名。二つの扉。2026。1972。いのりと理人は、つないだ手を離さなかった。「……一人ずつ」いのりが呟く。「ああ」「理人さん」「言うな」「まだ何も言ってない」「顔で分かる」理人は、いのりの額を軽く小突いた。「痛い」「『私が残る』って言おうとしただろ」「……」「ほら」「だって」「だってじゃない」「私が始めたことなら」「いのり」低い声。「それ」理人が、いのりの目を見る。「もうやめよう」「……」「誰が始めたとか」「でも」「誰のせいとか」「……」「誰が責任取るとか」理人の手に、力が入る。「それをやった結果が、これなんだろ」いのりは、二つの扉を見る。その通りだった。葉月は、巌の未来のために消えようとした。すみえは、葉月を守るため悪者になろうとした。巌は、約束を守るため真実を隠した。理人は、いのりを未来へ帰すため、時間から消えようとした。そして。いのりも。みんなを救いたくて、何度も時間を書き換えた。「じゃあ」いのりは尋ねる。「理人さんはどうしたい?」「……」「私のためじゃなくて」理人を見つめる。「理人さん自身は、どうしたい?」長い沈黙。理人は、2026の扉を見る。それから。1972。そして。いのり。「帰りたい」はっきり言った。胸が、熱くなった。「2026年に?」「ああ」「私と?」「ああ」「本当に?」「何回聞くんだよ」「だって」涙が滲む。「よかった」理人が、少し笑う。「お前は?」「帰りたい」「2026年に?」「うん」「俺と?」いのりは笑った。「何回聞くの?」「仕返し」「帰りたいよ」一歩、理人へ近づく。「あなたと一緒に」理人の表情が、柔らかくなる。「じゃあ決まり」「うん」二人は、同時に2026の扉を見る。――帰還可能人数 一名。「……入れないけどね」「そうなんだよな」いのりは、思わず笑った。理人も笑う。絶望的な状況なのに。なぜか、少しだけ怖くなかった。今までと違う。二人とも、生きたいと言った。一緒に帰りたいと、言えた。「だったら」いのりは、扉へ近づいた。「このルールを疑おう」「ルール?」「だってお
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第42話 未来から来た葉月

「私だったの」 葉月の声が、 朝焼けの湖に溶けた。 誰も、 すぐには言葉を返せなかった。 いのりは、 白いワンピースの葉月を見つめる。 「未来へ帰るって……」 ようやく声を出す。 「葉月さんは、 一九七二年の人じゃないの?」 葉月は、 ゆっくり首を横に振った。 「違う」 「じゃあ……」 「私は」 胸元の花の鈴を握る。 「一九七二年に、 来てしまった人」 チリン。 風が吹く。 いのりの隣で、 理人が尋ねた。 「いつから?」 「何が?」 「本当は、 いつの人なんですか」 葉月は、 少しだけ笑った。 「あなたと同じ」 理人の表情が変わる。 「二〇二六年……?」 「ううん」 「じゃあ?」 葉月は答えた。 「二〇五四年」 「……未来?」 いのりは、 言葉を失った。 自分たちより、 さらに二十八年先。 「待って」 頭を整理する。 「じゃあ葉月さんは、 私たちより未来から、 一九七二年へ来たってこと?」 「うん」 「どうやって?」 葉月は、 花の鈴を見る。 「これ」 「鈴……」 「私の時代には」 葉月は言う。 「ペンション調は、 もうなかった」 いのりの胸が、 ざわつく。 「ない?」 「二〇五四年にはね」 「取り壊されたの?」 「……違う」 葉月の目が伏せられる。 「湖ごと、 立入禁止になってた」 「どうして?」 「分からなかった」 葉月は、 静かに続ける。 「記録が残ってなかったから」 記録。 また、 その言葉。 「ただ一つだけ」 葉月が言う。 「私の家に、 この鈴が残ってた」 花の鈴。 「誰から?」 「祖母」 「その祖母は?」 葉月は、 いのりを見る。 「水瀬家の人」 心臓が、 跳ねた。 「……え?」 「私の本当の名前は」 葉月は、 一度目を閉じた。 そして。 「水瀬葉月」 いのりの呼吸が止まった。 巌も、 驚いた顔をしている。 「水瀬……?」 「そう」 葉月が、 若い巌を見る。 「あなたと同じ名字」 「親戚なのか?」 「もっと先」 「先?」 「あなたから見れば」 葉月は、 悲しそうに笑った。 「ずっと未来の、 水瀬家の子孫」 いのりは、 左手で口元を押さえた。
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第43話 最後の葉月

――私が、――最後の葉月です。老女の唇が、確かにそう動いた。チリン。花の鈴が鳴る。朝焼けに染まっていた空が、一瞬だけ暗くなった。「……最後の葉月?」いのりは、二階の窓を見上げた。白い髪。白いワンピース。老女は、こちらを見ている。隣にいた葉月が、震える声で呟いた。「知ってる」「え?」「私、あの人を知ってる」葉月は、胸元の花の鈴を握った。「でも……」「会ったことあるの?」「分からない」その答えに、理人が眉を寄せる。「また記憶か」葉月は頷いた。「夢の中で、何度も声を聞いた」――葉月。――忘れていい。――生きて。「ずっと」葉月の瞳から、涙が落ちる。「あれは未来のいのりちゃんの声だと思ってた」いのりも、そう思っていた。三〇二号室にいた、未来の自分。けれど。「違った」葉月が、窓を見る。「この人だった」その瞬間。老女が、窓から消えた。「消えた!」いのりが叫ぶ。理人は、すぐにペンションへ走った。「行くぞ!」「うん!」「待って!」葉月も追う。巌。すみえ。そして、十年後の理人も。六人で、玄関へ駆け込む。ギィィ……。扉が開く。中は。朝ではなかった。「……何これ」真っ暗。外は朝焼けなのに。ペンションの中だけ、夜。壁時計を見る。午前二時十三分。「また……」いのりの背筋が、冷たくなる。カチ。時計が動く。午前二時十三分。カチ。また。午前二時十三分。秒針だけが、同じ一分を繰り返している。「二〇三号室」理人が言った。「あの人、そこにいた」階段を上る。一段。二段。三段。ギシ。ギシ。ギシ。誰も話さない。二階。廊下。突き当たり。二〇三号室。扉の前に。一枚の紙が落ちていた。いのりが拾う。宿泊者名簿。日付。一九七二年七月二十三日。宿泊者。水瀬いのり。西園寺理人。水瀬巌。神崎すみえ。そして。三田村葉月。その名前だけが、何度も書き直されている。三田村葉月。三田村葉月。三田村葉月。紙が破れるほど。「……怖」いのりが呟く。「誰が書いたの?」「私」声。全員が、顔を上げた。二〇三号室。扉が、ゆっくり開く。老女が、立っていた。「入りなさい」低く、優しい声
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第44話 あなたが生まれる前に

「あなたのお母さんよ」老女の声が、二〇三号室に響いた。いのりは。一九九八年七月二十三日と記された写真を、ただ見つめていた。若い母。その隣にいる、西園寺理人。「……待って」「いのり?」「ちょっと待って」写真。理人。母。年代。頭の中で、嫌な計算が始まる。「理人さん」「何」「まさか」「何だよ」いのりは、ものすごく言いにくそうに尋ねた。「私のお父さんじゃないよね?」「違う!!」即答だった。部屋中に、理人の声が響く。巌が吹き出した。すみえまで、口元を押さえる。葉月は、「あ、それ私もちょっと思った」「思うな!」「だって写真が」「違うから!」理人は、耳まで赤くなっている。「俺といのりは血縁じゃない!」「本当に?」「本当に!」「絶対?」「絶対!」老女まで笑った。「安心しなさい」「……はい」「西園寺理人と、あなたのお母様の間に恋愛関係はないわ」いのりは、胸を撫で下ろした。「よかったぁ……」「そんなに嫌?」理人が言う。「嫌に決まってるでしょ!」「ですよね」「恋愛小説が突然、別ジャンルになるところだったよ!」「何の話だよ」ほんの数秒。みんなが笑った。けれど。老女が写真へ触れると、空気が戻る。「彼は」「……」「あなたのお母様を、助けただけ」いのりは、母の写真を見る。「何から?」「湖」「また……湖?」「ええ」老女が、月の鈴へ手を伸ばした。「見たほうが早い」理人の手の中で。チリン。月の鈴が鳴った。世界が、暗転する。――一九九八年七月二十三日。午後十一時四十八分。夏の夜。湖。ペンション調。でも。今まで見てきたペンションとは違う。古びてはいるが、営業している。窓には明かり。駐車場には車。玄関には、『ペンション調』の看板。「ここ……」いのりが呟く。「一九九八年?」「みたいだな」隣には、今の理人。しかし。これは記憶。二人の姿は、誰にも見えない。湖畔。一人の若い女性が歩いている。写真の女性。「お母さん……」若い。自分より、少し年上くらい。母は、誰かを探していた。「お母さん!」いのりが叫ぶ。届かない。当然だ。過去の映像。母の手には。一通の手紙。『七月二十三日。 
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第45話 帰る場所

チリン。月の鈴が鳴った。――今度は、――あなたが彼を、――時間から連れ出してあげて。母の文字。いのりは、何度も読み返した。「私が……」写真を持つ手が、震える。「理人さんを」時間から、連れ出す。簡単な言葉なのに。その意味が、分からない。理人には、帰るべき時間がない。二〇二〇年。一九七二年。一九八二年。一九九八年。二〇二六年。いくつもの時間を渡り歩いて。そのたびに、誰かを助けて。誰かに忘れられて。また、次の時間へ行く。「理人さん」「ん?」「今まで」いのりは、理人を見る。「どれくらい一人だったの?」理人は、すぐには答えなかった。「分からない」「……」「時間が普通じゃなかったから」月の鈴を見つめる。「一年が一年だったのかも、分からない」「寂しくなかった?」理人は、少し笑った。「その質問、ずるくない?」「どうして?」「寂しかったって言ったら、お前泣くだろ」「もう泣いてる」「ほら」いのりは、袖で涙を拭った。「じゃあ聞き方変える」「何」「帰りたかった?」理人の表情から、笑みが消えた。長い沈黙。やがて。「帰る場所が」理人は言った。「なかった」胸が、痛んだ。「二〇二〇年には」「うん」「俺は死んでる」「……」「一九七二年には、俺の家族はいない」「うん」「一九九八年にも」「うん」「二〇二六年には」理人は、少し考えた。「西園寺理人という人間はいる」「理人さんでしょ?」「そうなんだけど」苦笑する。「俺には、そこへたどり着くまでの人生がない」いのりは、何も言えなかった。二十三歳。会社員。身分証。住所。生活。全部あった。でも。記憶がない。理人は、二〇二六年に存在していたのではない。時間が、彼のために。二〇二六年に、居場所を作っただけ。「だから」理人は言った。「どこでもよかったんだと思う」「……」「誰かが助かるなら」一九七二でも。一九九八でも。「俺は」理人が笑う。「そこにいればよかった」「嫌」いのりが、即座に言った。理人が驚く。「何が?」「その言い方」「……」「誰かが助かるなら、自分はどこでもいいって」いのりは、理人の服を掴んだ。「それ」涙が落ちる。
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第46話 地下の鈴

チリン。地下から。確かに、鈴が鳴った。「……鳴ってるじゃん」いのりは、錆びた缶を抱えたまま。旧ペンション調を見上げた。二〇〇一年閉館。入口には、太い鎖。窓には埃。壁には蔦。人がいるようには、見えない。それなのに。チリン。もう一度。「絶対に鈴を鳴らすなって」写真の裏を見る。理人の文字。――ペンションの地下へ行け。――ただし。――絶対に、鈴を鳴らすな。「私、鳴らしてないからね」誰に言うでもなく、いのりは呟いた。「これはセーフだからね」返事はない。風だけが、湖から吹いてくる。いのりは、建物の周囲を歩いた。正面玄関は、完全に封鎖されている。裏口。鍵。厨房の勝手口。ここも、開かない。「どうやって入れっていうのよ」写真を睨む。「肝心なこと書いてないし」理人らしい。そう思った瞬間。胸が、少し痛んだ。もう。本人には、文句を言えない。「……ばか」その時。カラン。缶の中で、何かが動いた。「ん?」写真を取り出す。底。小さな鍵。銀色ではない。古びた、真鍮の鍵。「最初から入ってた?」気づかなかった。鍵には。小さな木札。『地下』「……準備いいんだか悪いんだか」裏手へ回る。草に埋もれた、小さな扉。鍵穴。差し込む。カチ。開いた。「……」いのりは、一度。湖を見る。朝日。明るい。鳥の声。二〇二六年。自分の時間。「大丈夫」自分に言う。「もう時間は戻らない」三〇二号室も。時間の橋も。消えた。ここは、ただの建物。そう。聞いた。扉を開く。ギィィィ……。暗い階段。湿った空気。古い木の匂い。いのりは、スマートフォンのライトを点けた。一段。二段。三段。降りる。ギシ。ギシ。「……やっぱり怖い」何度来ても、地下だけは慣れない。壁。古い棚。壊れた椅子。空の瓶。そして。奥。以前、三〇二号室へ続いていた壁。今は。ただの壁。「本当に消えたんだ」いのりは、そっと触れた。冷たい。何も起きない。「理人さん」呼んでみる。当然。返事はない。その時。チリン。すぐ近く。いのりは、振り返った。「……どこ?」チリン。棚。一番下。木箱がある。埃を被っている。蓋に。文字
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第47話 約束を破る夜

一九七三年七月二十三日。 床に落ちた封筒を拾い上げた瞬間、いのりは妙な胸騒ぎを覚えた。 理人が一九七二年へ戻ってから、ちょうど一年ほど。封筒の角は茶色く変色していたが、宛名だけははっきり読める。 ――水瀬いのりへ。「約束を破ろうとした夜……」 いのりは封を切った。 中には便箋が三枚。最初の一枚には、いつもの理人らしい文字が並んでいた。 ――いのり。 ――今日は、俺がお前との約束を破ろうとした日の話を書く。 ――先に言っておく。 ――結局、破ってない。 ――だから怒るな。「書き出しから怒られる前提なんだ」 思わず笑ったが、すぐに続きを読んだ。 ――去年の七月二十三日から一年経った。 ――ペンションはまだ完成してない。巌は予定より遅いと毎日うるさいし、すみえは予定なんか最初から無理だったと言っている。 ――俺は、その二人を見ながら笑えるくらいには、ここでの生活に慣れた。 ――だけど今日だけは駄目だった。 その先だけ、文字が少し乱れている。 ――七月二十三日になると、お前を思い出す。 ――いや、毎日思い出してる。 ――でも今日は、去年お前が未来へ帰った日だから。 ――会いたいと思った。 いのりは便箋から目を離した。「……私も会いたいよ」 声にしてから気づく。 それは五十四年前の理人には届かない。 分かっている。それでも、言いたかった。 ――夜中の二時前。 ――一人で湖へ行った。 ――月の鈴を持って。 いのりの指が止まった。 月の鈴。 時間を越えてきた人間を導く、理人の目印。 もう鳴らさない。 互いの人生を生きる。 そう約束して別れたはずだった。 ――もし鳴らしたら。 ――もしかしたら、またお前のいる時間へ行けるんじゃないかと思った。 ――一回だけなら。 ――顔を見るだけなら。 ――そんなことを考えた。「理人さん……」 責める気にはなれなかった。 自分だって、もし今ここに月の鈴があったなら。同じことを考えないと言い切れる自信はない。 ――午前二時十二分。 ――鈴を握った。 ――あと一分だった。 便箋の端に、小さな染みが残っている。 雨なのか。 涙なのか。 いのりには分からなかった。 ――その時、巌が来た。 ――何も聞かず、俺の隣に座った。 ――しばらくして、あいつが
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第48話 最初の宿泊客

一九八二年七月二十三日。 その日付を見た瞬間、いのりは以前見た写真を思い出した。 十年後の理人。三十三歳になった彼が、ペンション調の前に立っていた写真。「この頃には、もう完成してたんだ」 封筒を開く。 中には一枚の便箋と、色褪せた写真が入っていた。 湖を背にした木造のペンション。玄関には『調』と書かれた看板があり、その前に巌、すみえ、理人が並んでいる。 若かった三人の顔には、十年分の時間が刻まれていた。 理人も。 ちゃんと、年を取っている。 そのことが、なぜだか嬉しかった。 ――いのりへ。 ――ペンション調ができて、何年か経った。 ――今日は最初の宿泊客の話をする。 ――正確には、 ――「最初に帰る場所をなくした客」の話だ。「帰る場所をなくした……?」 いのりは続きを読む。 ――一九八二年七月二十三日、夜十一時過ぎ。 ――予約のない女の子が来た。 ――年は十八くらい。 ――びしょ濡れで、裸足だった。 少女は、自分の名前を覚えていなかった。 どこから来たのかも分からない。ただ「湖の向こうから鐘の音が聞こえた」と繰り返し、巌が警察へ連絡しようとすると激しく怯えたという。 そして午前二時十二分。 少女は理人に尋ねた。『ここ、何年ですか』 理人が一九八二年だと答えると、少女は泣き出した。 ――あの瞬間。 ――俺たちは三人とも分かった。 ――まただ、って。 いのりの背筋に冷たいものが走った。 時間から外れた人間。 葉月。 理人。 いのり。 彼らだけではなかった。 ――少女が覚えていたのは、一つだけ。 ――一九六七年。「十五年前……」 少女は十五年後へ飛ばされていた。 家族の名前を調べることはできた。しかし、彼女の両親はすでにその土地を離れ、消息が分からなかった。 少女は泣きながら言った。『帰りたい』 理人は答えられなかったという。 ――昔の俺なら、 ――どうにかして一九六七年へ戻そうとしたと思う。 ――でも、やめた。 いのりは少し驚いた。 理人なら、助けようとする。 自分を犠牲にしてでも。 ――巌が少女に聞いた。 ――「お前は、どうしたい?」 ――過去へ帰りたいか。 ――それとも、ここで家族を探したいか。 ――決めるのは俺たちじゃない、と。「おじいちゃんらしい」
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第49話 二月十八日の光

 少女が残した名字を見て、いのりはしばらく動けなかった。 母から一度だけ聞いたことがある。祖母が結婚する前に名乗っていた名字だった。「じゃあ、この人……」 祖母本人ではない。 年齢が合わない。 けれど、無関係とも思えなかった。 時間から十五年も弾き出され、それでも過去へ戻らず「自分の時間を生きる」と決めた少女。その選択が、巡り巡って水瀬家の未来へ続いたのだとしたら。 いのりは紙片をそっと封筒へ戻した。「誰かが生きるって決めた先に、私がいるんだね」 答える者はいない。 けれど、その言葉だけで十分な気がした。 次の手紙を探そうとして、いのりは一冊の薄い記録帳に気づいた。 表紙には、『一九八三年 宿直記録』 とある。 何気なくページをめくる。 一月。 雪。 宿泊客三名。 暖房故障。 すみえの字で『理人、直せ』。 その下に理人の字で『俺は電気屋じゃない』。「ふふっ」 さらにめくる。 二月。 そして。 指が止まった。 一九八三年二月十八日。「……え?」 いのりは日付を二度見した。 自分の誕生日。 もちろん、この時代の誰も知らない。 いのり自身が生まれるより、ずっと前の記録なのだから。 その日の宿泊客。 ――なし。 天候。 ――雪。 異常。 ――午前二時十三分、湖面発光。「湖面……発光?」 続きを読んだ。 筆跡は理人だった。 ――午前二時十三分。 ――鈴の音で目が覚めた。 ――月の鈴は鳴っていない。 いのりは息を呑んだ。 理人は一人で湖へ向かったらしい。 真冬の夜。雪が積もり、空には月もなかった。 それなのに。 湖の中央から岸へ向かって、一本の光が伸びていた。 ――朝日みたいだった。 ――でも、朝じゃない。 ――月でもない。 ――暗闇の中に、道だけができていた。「光の……道」 いのりは呟いた。 その表現を、どこかで読んだ。 一九七三年七月二十三日。 理人がいのりとの約束を破りかけた夜にも、湖の向こうに細い光が現れている。 記録は続く。 ――湖まで行った。 ――光の先に誰かがいる気がした。 ――姿は見えない。 ――なのに。 ――声がした。 次の一行だけ。 理人は何度も書き直したようだった。 ――「理人さん」「……」 いのりの喉が震えた。 呼
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第50話 光の消えた朝

 一九八三年二月十八日の記録を閉じても、いのりはしばらく動けなかった。 自分が生まれるずっと前。理人は午前二時十三分の湖で、意味も分からないまま「いのりの声」を聞いていた。 偶然なのか。時間の残響なのか。それとも、ペンション調が最後に見せた奇跡だったのか。 答えはない。 けれど、そのページには続きがあった。 二月十九日。 翌朝の記録だ。 ――湖、異常なし。 ――鈴、異常なし。 ――宿泊客、二名。「急に普通」 いのりは思わず笑った。 その下には、すみえの字。 ――理人が朝から湖ばかり見ている。 さらに巌。 ――仕事しろ。 そして理人。 ――してる。 三人のやり取りは、あまりにも日常的だった。 昨日、真夜中の湖に存在しない光が現れたというのに、朝になれば薪を運び、朝食を作り、客室を掃除する。 人生とは、そういうものなのかもしれない。 奇跡が起きても。 大切な人と別れても。 朝は来る。 ページをめくる。 一九八四年。 一九八五年。 一九八六年。 宿泊客の名前。天候。修繕記録。料理の献立。 時折、「時間違いと思われる客」という記載が現れるものの、以前のように鈴を使って過去や未来へ送り返した形跡はない。 代わりに必ず書かれていた。 ――本人の希望を確認。 いのりは、その言葉を指でなぞった。「守ったんだね」 誰かを救うために、その人の人生を勝手に決めない。 何度も失敗して、何度も傷ついて、ようやく三人が辿り着いた約束だった。 一九八七年のページで、文字が変わった。 ――本日より、西園寺理人を支配人とする。「えっ」 いのりは顔を上げた。 続けて読む。 巌の字だった。 ――本人は断った。 ――却下した。「おじいちゃん強いな……」 余白に理人。 ――本人の希望を確認しろ。 その下に巌。 ――確認した。俺が希望している。 さらにすみえ。 ――多数決。二対一。「それ多数決って言わないでしょ」 地下室で一人、いのりは笑った。 でも。 その笑いは少しずつ涙に変わった。 理人が、生きている。 時間の狭間で誰かを待ち続けているのではない。 仕事をして。 巌と喧嘩して。 すみえに呆れられて。 客を迎えて。 年を重ねている。 自分が知らなかった理人の人生が、一ページずつここに
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