Semua Bab ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー: Bab 61 - Bab 63

63 Bab

第59話 失われた記憶

五本目のカセットには、いのり自身の文字が残されていた。 ――未来の私へ。 ――今度こそ、約束を守って。 いのりは深く息を吸い、再生ボタンを押した。 ザザ……。『……理人さん』 聞こえてきたのは、自分の声だった。 遠くで風が吹いている。湖の波音と、誰かが泣くのを堪えるような呼吸。『私、本当は帰りたくない』 いのりの指が止まった。 覚えている。 あの別れの瞬間、自分は確かにそう思っていた。『分かってるよ』 理人の声。『俺も、一緒にいたい』『だったら……』『でも、いのり』 彼は優しく言った。『俺たちは、ちゃんと選んだだろ』 いのりは目を閉じた。 花の鈴は葉月へ。 月の鈴は理人へ。 そして自分は、二〇二六年へ。 互いの人生を勝手に決めないための、最後の選択だった。 録音の中で、いのりが泣いている。『ねえ、理人さん』『ん?』『私、帰ったらどうすればいい?』 長い沈黙。 理人は、すぐには答えなかった。『……まず、飯食え』『そこ?』『それから寝ろ。お前、無理するとすぐ顔に出るから』『理人さんだって』 二人が小さく笑う。 その笑い声が、あまりにも懐かしかった。『それでさ』 理人が続けた。『明日になったら、明日のことを考えろ』 いのりは唇を噛んだ。『十年後の幸せまで、今決めなくていい』『……うん』『俺のことを忘れたくないなら、忘れなくていい』 理人の声が震えた。『でも、俺との別れを、お前の人生の終わりにするな』 いのりの目から涙が落ちた。「……うん」 テープの中の自分は、しばらく泣いていた。 やがて、何かを決めたように口を開く。『じゃあ、約束して』『何を?』『私たち、幸せになったら……』 そこで言葉が途切れた。 風が強くなる。 いのりはデッキに顔を近づけた。『幸せになったら、相手に申し訳ないって思うの、やめよう』「……!」 胸の奥で、何かがほどけた。『理人さんが笑ってる時、私が隣にいなくてもいい』『……いのり』『私も、いつか笑えるようになった時、理人さんを置いてきたって思わない』 理人が息を呑む音がした。『だって、私たちは、お互いを不幸にするために別れたんじゃないもん』 いのりは口元を押さえた。 忘れていた。 こんな大切な言葉を。『……そうだな』 理
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-24
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第60話 本当の名前

 暗闇の中。 階段の向こうから、朝の光だけが差し込んでいた。 いのりは、六本目のカセットを見つめた。 ――本当の名前。 さっきまでなら。 停電したことに、何か意味があるのではないかと考えただろう。 午前二時十三分。 湖。 鈴。 時間の狭間。 また何かが始まるのではないか、と。 けれど今は違う。「……ただの停電だよね」 少し笑った。 ペンション調は、もう普通の建物だ。 時間を越える扉はない。 理人に会える奇跡も、起きない。 それでいい。 いのりはスマートフォンのライトをつけ、カセットデッキを確認した。 電源は落ちている。 だが横には、古い携帯用プレーヤーが置かれていた。 乾電池式。 その上に、理人の文字。 ――停電した時用。「準備よすぎない?」 泣きそうだったのに、笑ってしまう。 乾電池を入れる。 六本目のテープを差し込んだ。 カチ。 再生。 ザザ……。『いのり』 理人の声。『ここまで来たなら、たぶんお前は俺の名前について気づき始めてる』「……うん」『二月十八日の光』 一九八三年。 真冬の湖。『二〇二〇年、俺が死んだ夜の光』 十七歳の理人。『調を閉じた翌朝に見た、最後の光』 二〇〇一年七月二十四日。 そして。『母さんが俺につけた名前』 いのりは息を止めた。 来る。 ずっと探していた答えが。『俺の名前には――』 ノイズ。 ザザ……。 しかし。『……いや』「え?」『やっぱり、ここでは言わない』「理人さん!!」 地下室に声が響いた。 こんな時まで。 こんな時まで、この男は。『怒ったか?』「怒るよ!」『だろうな』 笑っている。 絶対に笑っている。 いのりは涙を拭いながら、デッキを睨んだ。『それは、俺の口から説明するより』 理人の声が、ゆっくり穏やかになる。『最後に母さんが残した言葉と一緒に、お前に読んでほしい』 いのりの表情から、笑みが消えた。『だから今は、別の話をする』 一拍。『俺が、自分の名前を嫌いだった話だ』「……嫌い?」 初めて聞いた。『子どもの頃の記憶はほとんどない。でも、名前を呼ばれるのが嫌だった感覚だけは残ってた』 理由は分からなかった。 母が名前に願いを込めたことも忘れていた。 ただ、自分の名前を聞くたび。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-25
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最終話 第61話 最後の調べ

 ――いのり。 ――最後に、俺の名前の由来を話そう。 白い便箋に並ぶ文字は、これまで地下室で見てきたものより、少し震えていた。 写真の中の理人は、もう若くない。 白くなった髪。 目尻の皺。 湖のほとりで、穏やかに笑っている。 それでも、いのりには分かった。 理人だ。 自分が愛した人が、ちゃんと歳を取った姿だった。 いのりは涙を拭い、手紙の続きを読んだ。 ――俺の名前をつけたのは、母さんだ。 ――昔、母さんはドイツにいたことがあったらしい。 ――Licht。 ――ドイツ語で「光」という意味だ。 いのりの指が止まった。「……光」 声にした瞬間。 これまでのすべてが、胸の中でつながった。 一九八三年二月十八日。 真冬の湖に現れた、細い光。 二〇二〇年二月十八日。 十七歳の理人が命を失いかけた夜、病院の窓の外に現れた光。 二〇〇一年。 ペンション調を閉じた翌朝、理人が最後に見た光。 そして。 自分が何度も追いかけた人。 理人。 ――母さんは、俺が生まれた時に願ったらしい。 ――暗い場所にいる誰かの道を、そっと照らせる人になりますように。 ――それで、俺にこの名前をくれた。 いのりの目から、また涙が落ちた。 けれど、その次の文章を読んで。 小さく笑った。 ――ただ、母さんはもう一つ書いてた。 ――「その願いに縛られないで」って。「……お母さん、分かってたんだ」 理人が。 きっと、自分を犠牲にしてしまう人になることを。 誰かを照らそうとして。 自分自身を燃やし尽くしてしまうことを。 ――俺は長い間、光っていうのは、誰かを救うものだと思ってた。 ――暗い場所から引っ張り出すもの。 ――迷った人を正しい場所へ連れていくもの。 ――だから俺は、何度も間違えた。 いのりは、あの夜を思い出した。 自分を救うために消えようとした理人。 何も相談せず。 自分だけで答えを決めて。 そして自分も、同じことをした。 理人を助けるためなら。 理人の記憶から、自分が消えてもいいと思った。 ――でも、違った。 ――光は、人を連れていかない。 ――ただ、その人が選んだ道を照らすだけでいい。 いのりは顔を覆った。「……うん」 巌が葉月にしたこと。 葉月が巌にしたこと。 すみえが二人にしたこ
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-26
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