五本目のカセットには、いのり自身の文字が残されていた。 ――未来の私へ。 ――今度こそ、約束を守って。 いのりは深く息を吸い、再生ボタンを押した。 ザザ……。『……理人さん』 聞こえてきたのは、自分の声だった。 遠くで風が吹いている。湖の波音と、誰かが泣くのを堪えるような呼吸。『私、本当は帰りたくない』 いのりの指が止まった。 覚えている。 あの別れの瞬間、自分は確かにそう思っていた。『分かってるよ』 理人の声。『俺も、一緒にいたい』『だったら……』『でも、いのり』 彼は優しく言った。『俺たちは、ちゃんと選んだだろ』 いのりは目を閉じた。 花の鈴は葉月へ。 月の鈴は理人へ。 そして自分は、二〇二六年へ。 互いの人生を勝手に決めないための、最後の選択だった。 録音の中で、いのりが泣いている。『ねえ、理人さん』『ん?』『私、帰ったらどうすればいい?』 長い沈黙。 理人は、すぐには答えなかった。『……まず、飯食え』『そこ?』『それから寝ろ。お前、無理するとすぐ顔に出るから』『理人さんだって』 二人が小さく笑う。 その笑い声が、あまりにも懐かしかった。『それでさ』 理人が続けた。『明日になったら、明日のことを考えろ』 いのりは唇を噛んだ。『十年後の幸せまで、今決めなくていい』『……うん』『俺のことを忘れたくないなら、忘れなくていい』 理人の声が震えた。『でも、俺との別れを、お前の人生の終わりにするな』 いのりの目から涙が落ちた。「……うん」 テープの中の自分は、しばらく泣いていた。 やがて、何かを決めたように口を開く。『じゃあ、約束して』『何を?』『私たち、幸せになったら……』 そこで言葉が途切れた。 風が強くなる。 いのりはデッキに顔を近づけた。『幸せになったら、相手に申し訳ないって思うの、やめよう』「……!」 胸の奥で、何かがほどけた。『理人さんが笑ってる時、私が隣にいなくてもいい』『……いのり』『私も、いつか笑えるようになった時、理人さんを置いてきたって思わない』 理人が息を呑む音がした。『だって、私たちは、お互いを不幸にするために別れたんじゃないもん』 いのりは口元を押さえた。 忘れていた。 こんな大切な言葉を。『……そうだな』 理
Terakhir Diperbarui : 2026-09-24 Baca selengkapnya