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第23話

Penulis: Hayama
last update Tanggal publikasi: 2026-09-22 09:00:00

「明日の最終審査…覚悟は決まったか」

事務所のミーティングルーム。

明日のスケジュール確認と簡単な打ち合わせを終え、帰り支度を始めようとした私に向かって、マネージャーが重みを持った声で問いかけてきた。

窓の外にはすっかり日の落ちた夜景が広がっている。

私は手元の資料からゆっくりと顔を上げ、彼の真剣な眼差しを真っ直ぐに受け止めた。

「はい。でも、正直なところ、自分がここまで残れたなんて未だに夢を見ているみたいで実感が湧きません」

全国から集まった名だたる実力派女優たちが次々と振るい落とされる中、名もなき新人の私が最後まで残った。

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    「それでは、これより最終審査を始めます」 いつもの無機質なオーディションホール。 中央に置かれた長机には、監督をはじめとするプロデューサー陣がズラリと並び、これまで以上に重苦しく張り詰めた空気が空間全体を支配していた。 今日、この審査を終えた後、そのままこの場で最終結果が言い渡されることになっている。 泣いても笑ってもこれが最後。 「審査に先立ちまして、まずは監督、そして一ノ瀬さんからお二人へ、一言ずつメッセージをお願いいたします」 進行係のスタッフが静かな声で促すと、中央に座る監督がゆっくりと身を乗り出した。 「ここまで勝ち残ったお二人の実力は、もはや疑う余地がありません。今日この場で私たちが見たいのは、あなたたちの奥底にある魂です。どうか、最高の時間を見せてください。大いに期待しています」 監督の熱を帯びた言葉に、私と心音さんは揃って深く頭を下げた。 そして監督に続き、他の誰よりも圧倒的な存在感を放ちながら座っていた悠真が居住まいを正した。 「お二人がこれまでの過酷な審査で見せてくださった素晴らしいお芝居には、一人の役者として心から敬意を表します」 落ち着いた、耳に心地よく残る声。けれど、その丁寧な言葉の裏には、決して誤魔化しのきかない途方もない熱量が込められていた。 「どうか今日は、ご自身の持てるすべてを僕にぶつけてきてください。どんなお芝居が来ようと、全身全霊でお応えします」 彼が放つ圧倒的な覇気と威圧感に、私は足がすくみそうになるのを腹の底でぐっと堪え、彼の視線を真っ直ぐに受け止めた。 一方、隣に立つ心音さんは、その言葉を受けても微塵も動じることなく、ただ不敵で美しい微笑みを返していた。彼女はただそ

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    「明日の最終審査…覚悟は決まったか」 事務所のミーティングルーム。 明日のスケジュール確認と簡単な打ち合わせを終え、帰り支度を始めようとした私に向かって、マネージャーが重みを持った声で問いかけてきた。 窓の外にはすっかり日の落ちた夜景が広がっている。 私は手元の資料からゆっくりと顔を上げ、彼の真剣な眼差しを真っ直ぐに受け止めた。 「はい。でも、正直なところ、自分がここまで残れたなんて未だに夢を見ているみたいで実感が湧きません」 全国から集まった名だたる実力派女優たちが次々と振るい落とされる中、名もなき新人の私が最後まで残った。 それは客観的に見れば、まさにシンデレラのような奇跡の軌跡だろう。あの鬼才と呼ばれる監督の要求に応え、一ノ瀬悠真という底知れない怪物の圧倒的な熱量に食らいついてきた日々は、あまりにも濃密で現実離れしていた。 「夢なんかじゃない。お前が自分の力で掴み取って、今ここに立っているのは紛れもない現実だ。明日の審査に向けて何かできることがあればいいんだが……まぁ、今回は事前に対策のしようがないからな」 マネージャーは少しだけ悔しそうに肩をすくめた。 明日の第5次審査。 それがどんな形式で行われ、何を試されるのか、今回は事前情報が一切明かされていない。 現場に行ってからその場で課題を突きつけられるという、完全な出たとこ勝負になる。

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    「あのオーディション番組、毎週、母さんと一緒に欠かさず見てるんだ」 「お母さんも…?」 女優になるという私の夢に最後まで猛反対し、私が半ば強引に実家を飛び出して上京したあの日から、どこか気まずい距離が空いてしまっていた。 私は一般の学部に通いながら、学生劇団として名高い演劇サークルに所属して舞台の基礎を叩き込んだ。それと並行して、事務所の厳しい演技トレーニングにも通い詰め、寝る間も惜しんで実践的な技術を磨き続けてきた。 その努力の過程を、母には一度も弱音として吐くことはできなかった。 「あぁ。絶対にお前には内緒にしてくれって釘を刺されてるけどな。録画した美羽の演技、何度も繰り返し見てるよ」 深い愛情に満ちた母の姿を想像すると、張り詰めていた私の心の糸がふっと緩み、思わず目頭が熱くなるのを感じた。 「そっか……」 こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えながら、私は努めて明るい声を取り繕ってそう返した。 底なしの泥沼に突き落とされたような絶望感の中で、誰も信じられなくなりそうだった私の心に、兄の言葉は一筋の柔らかい光のように差し込む。 「あんな風に反対してたけどさ。本当は、お前が演技の世界に飛び込んでくれたこと、誰よりも喜んでるんだと思うぞ」 上京する日の朝、玄関先で顔を合わせることもなく、ただ背中を向けたまま黙り込んでいた母の姿が脳裏に鮮明に蘇る。 兄の推測が真実かどうかは分からないけれど、そう言ってくれたことで、私の中にずっと蟠っていた母への後ろめたい気持ちが、ほんの少しだけ浄化されていくような気がした。 「うん、分かってる。お母さんが反対したのは、あの時の辛い記憶があるからだって。でもね、私も全部覚悟した上で、この仕事を選んだ

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    誰もいない静まり返った自室のドアを開け、ソファに重い体を沈める。 部屋の明かりもつけないまま、私は自分の膝の上に乗せた両手をぼんやりと見つめていた。 手のひらには、白い包帯が痛々しく自己主張している。 本物のガラスへのすり替え。飴ガラスではなく、明確な悪意を持って私を傷つけようとした何者かの存在。 頭の中で何度反芻しても、行き着くのはどす黒い疑惑と恐怖だけ。 「誰が、何のためにあんなことを……」 冷え切った自室の空気の中で震えそうになったその時、静寂を切り裂くようにスマートフォンの着信音がけたたましく鳴り響いた。 画面に表示された名前に目を丸くする。 私は慌てて深呼吸をし、オーディションの極限状態や先ほどの恐怖を引きずった声色を隠すようにして、努めて明るい声で通話ボタンをタップした。 「もしもし、美羽。今、少しだけ時間あるか?」 耳元から聞こえてきたのは、どこか暢気で温かみのある低い声だった。 その日常に触れた瞬間、張り詰めていた心の糸がふっと緩んでいく。 「もしもしお兄ちゃん。時間ならあるけど、どうしたの?」 背後からは微かに車の走行音や街の喧騒が聞こえており、おそらく仕事の帰り道なのだろう。 いつもならお互いの近況をダラダラと話し始めるような関係性だが、今日の兄の声には、少しだけ言い淀むような、何かの報告をためらうような微かな緊張感が混じっていた。 何か実家でトラブルでもあったのだろうかと一瞬身構えた私の耳に、兄は思いがけない突然の報告を切り出してきた。 「実は来月から出張で、一年そっちに行くことになってさ」 予想もしていなかった急展開に、私は思わず弾かれたように背筋を伸ばし、大きな声を上げてしまった。 「えっ、本当!?」 兄はずっと地元の実家から通って仕事をしていた。それが突然、私が今一人暮らしをしているこの街へとやって来るという。 兄が近くにいるという事実は、今の私にとって信じられないほど心強かった。 「急に決まったからまだ物件も決まってなくて。少しの間でいいから、美羽の部屋に間借りさせてもらえないかな?」 どうやら本当に急に決まった話らしく、通常なら会社が手配してくれるはずのマンスリーマンションなどの手配が、赴任のタイミングに間に合っていないらしい。 少しだけ申し訳

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    「でも……あれは監督が用意したテストだったんでしょ?確かにドッキリにしては危険な演出だとは思ったけど、あれぐらいのアクシデントの方が審査しやすいでしょ」 私が当然のことのように反論すると、悠真はギリッと奥歯を噛み締めるように顎の筋肉を強張らせた。 「お前が手をついたあれは、本物のガラスだったんだよ」 ガラスの額縁が落ちたのだから、破片がガラスなのは当然のことだ。むしろ、ガラスだからこそ手が切れてしまったわけで、彼がなぜそんな当たり前の事実を深刻そうな顔をして口にするのか、私には全く理解できなかったのだ。 「うん。知ってるよ? だからこうして手が切れちゃったし……」 私が自分の巻いた包帯を指差しながら答えると、悠真はひどく苛立ったように髪を掻き毟る。 「どうして分かんないんだよ」 さらに声を潜めて事実を突きつけてきた。 「本来、ああいう芝居の演出で使うのは飴ガラスなんだ」 「え?」 私の疑問符の浮かんだ顔を見て、悠真は周囲の大人たちに聞こえないよう、言葉に重みを乗せて説明を続ける。 「オーディションの最中に、候補者の女優に大怪我でも負わせたら制作側が責任を取らないといけない。だから、あの額縁には本物に見せかけた安全な飴ガラスがはめ込まれているはずだった」 その言葉を聞き、私は背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じた。監督たちは安全なガラス飴のつもりで額縁を落とした。 それなのに、そのガラス飴はただのガラスだった。 「なら、どうして本物のガラスが……」 実際に私の足元に散らばり、私の肌を切ったのは、紛れもない本物の鋭利なガラスだった。つまり、誰かが意図的に本物のガラスにすり替えたということになる。 ただの嫌がらせや悪ふざけの範疇を超えた、明確な悪意と害意がそこには存在していた。 「考えられる可能性は────」 私の問いかけに対し、悠真は整った眉間にはっきりと深い皺を刻み、低く押し殺したような声で何かを言いかけた、まさにその時だった。 スタジオの扉が少しだけ開き、そこから顔を覗かせた助監督の張りのある声が、薄暗い廊下に響き渡った。 「一ノ瀬さん。スタンバイお願いします」 緊張感で張り詰めていた二人の世界を強制的に現実へと引き戻す、事務的な業務連絡。 その呼びかけに、悠真は即座に振り返り

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    監督の「お疲れ様でした」という声に送られ、私は逃げるようにしてスタジオの扉を抜けた。 冷たい空調の効いた薄暗い廊下を少し歩き、壁際にポツンと置かれていたレザー張りの小さなソファー椅子を見つけると、張り詰めていた糸がプツリと切れたように、その場に力なくへたり込む。 「ふぅ…」 私は深く息を吐き出し、天井を仰いだ。 計算し尽くした演技をするつもりだったのに。 私はまたしても完全に役そのものに飲み込まれ、自分自身の生々しい感情を彼にぶつかってしまったのだ。 「上手くいかないな……」 役者としての未熟さに自己嫌悪を抱きながら目を閉じていると、不意に廊下にコツコツと硬い足音が近づいてくるのが聞こえた。 「おい」 驚いて目を開けると、そこには悠真が立っていた。 次の候補者の審査がすぐに控えているはずなのに、なぜわざわざ私を追いかけてきたのだろう。 彼が周囲にスタッフがいないことを確認するように視線を巡らせた後、私の座るソファーの真ん前まで無言で歩み寄ってくる。 「悠……?」 彼の険しい表情と、私の手元をじっと見つめる視線の意味が分からず、困惑して首を傾げる。 彼はポケットから無造作に何かを取り出し、私の膝の上へと軽く放り投げた。コロンと鈍い音を立てて転がったのは、テーピング用の白い包帯のロールと、小さな消毒液のボトルだった。 「え?なにこれ」 彼は呆れたような、けれどどこか焦燥感を滲ませたような声で、私の不注意を指摘した。 「怪我したんだろ」 その言葉に、自分の手のひらへと視線を落とした。 「え、あ…」 額縁が落ちて彼に駆け寄ったあの瞬間、無意識にガラスの破片が散乱する大理石の床に手をついてしまっていた。 アドレナリンが分泌されきっていたせいか今まで全く気がつかなかったけど、よく見ると手のひらの端が浅く切れ、ツツッと赤い血が滲み出ている。 「自分の怪我にも気付かないとはな」 すっかり忘れていた痛みが、傷口を視覚で認識した途端にジンジンと蘇ってきて、私は思わず顔をしかめた。 「でもどうして私が怪我してるって?」 なぜ私が怪我をしていることに気づいて、審査の合間を縫ってまでわざわざ追いかけてきてくれたのか。 悠は私の質問に答えなかった。 「使え。傷でも残ったら、色々と面倒だか

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