あの決裂から、一週間という時間が過ぎ去った。私たちはカメラの前で愛し合う男女を演じる時以外、一切の言葉を交わすことがなくなった。 私が自ら彼を突き放し、孤立を選んだのだから当然の報いだけれど、現場で彼の冷たい背中を見るたびに、胸の奥には常に息が詰まるような鈍い痛みが張り付いた。 ただ、皮肉なことに撮影自体は驚くほど順調に進んでいる。 高橋さんが裏で私に嫌がらせを仕掛けてくることもなく、不気味なほどの平穏が保たれている。 今日は、他のことを考える余裕はなかった。何が何でも、己の精神のすべてを演技だけに集中させなければならない。なぜなら、今日の午後に控えているのは、婚約発表の記者会見を開くという、前半最大のクライマックスシーンだからだ。 数十人規模のエキストラとカメラマンに囲まれ、カメラのフラッシュが四方八方から容赦なく焚かれる。 つまり、あの凄惨な記憶が私を襲う可能性が極めて高かった。 私は誰にも見られないよう、メイク室の片隅で葛西先生から処方されたパニック発作を抑え込むための頓服薬を取り出し飲み込んだ。 その時だった。ヘアスタイルの打ち合わせをしながら、メイクスタッフと高橋さんが部屋に入ってきた。 「あれ、桜田さん。どこか具合でも悪いんですか?」 全身の毛穴がキュッと収縮し、指先から一気に血の気が引いていく。 声をかけてきたのは、メイクスタッフの女性だった。 「あ、これは……」 喉の奥がカラカラに乾き、引き攣りそうになる頬の筋肉を総動員して、私はどうにか振り返った。 声が裏返らないように必死に腹の底に力を込める。 「もしかして風邪でも…」 スタッフの女性は不思議そうに首を傾げた。 「これは、ただのビタミン剤です」 それが、私が咄嗟に捻り出した精一杯の嘘だった。
最終更新日 : 2026-10-11 続きを読む