All Chapters of 僕達のマザーランド: Chapter 21 - Chapter 30

31 Chapters

#21『十四時間の仮眠』

※「ふぇーんねるー。おはよー」「……来るな」「入るよー」「出てけ」「入ったよー」 その後、時間を見計らって部屋に入ってきたリンデンに、布団に包まるフェンネルは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。 頭まで被り直した布団も意味をなさない程、強く甘辛いソースのような匂いを感じたフェンネルは、舌打ちをしながら布団から顔を覗かせる。「……臭ぇ……」「じゃじゃーん。お肉だよー」 リンデンが嬉しそうに見せ付けてきたのは、盆に乗った唐揚げとハンバーグのプレートだった。 ベッドの向かい側、チェストの脇にあるサイドテーブルを引き寄せた彼は、料理が乗った皿を丁寧に並べていく。 その数、中皿が四枚。大量の料理を目にして、フェンネルは若干の気持ち悪さを感じて胸を撫でた。「……起きてすぐ、食えってか……?」「絶対無理だと思って、サラダとハムエッグのプレートも作って来た! ついでにバターブレッドもセットだよ!」「っせーな……なんでそんなテンション高ぇんだよ……」「フェンネルが起きたから!」「あぁ……? 今、何時だ……」 フェンネルが頭元の時計を確認すると、アナログの針は四時半過ぎを差している。 布団に引き籠もったのは、確か午後二時前だった筈だ。「……二時間半か……寝過ぎたな」 のっそりと起き上がり、目を擦って欠伸を一つ。 腕を上げて背筋を伸ばし、フェンネルは息を長く吐き出した。「本当によく寝てたねー! いつもお疲れ様!」「いい加減うるせぇ、仮眠で大騒ぎしやがっ……」 しかし次の瞬間、フェンネルは窓の外を見て愕然と目を見開く。 見上げた先の窓の外は真っ暗、澄んだ空気に星が明るく輝いている。「……嘘だろ……」 仮眠程度と思っていたら、まさかの明け方起床にフェンネルは思わず頭を抱えた。「……皆、夕飯どうした」「ん? ご飯? 夜はユズさんが作ってくれたよ。ハンバーグお願いした」「エンジンの点検と整備は……」「俺がしました」「弾薬の棚卸しは……?」「それも俺がしました」「……なんで起こさなかったんだよ……」 自分の仕事を放り出して、ここまで寝入ってしまっていたとは。 つい心の声が漏れたフェンネルだったが、リンデンは至極正直に理由を話した。「マリーさんがね、『アイツは寝なさ過ぎだから、今のうち熟睡させとけ』って」 フェンネルは『母』の高
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#22『父親とトラウマ』

※「……お前が性格上で小っせぇ事も守れねぇのに、国の制度や法律を学んだところで、歪んで育った性根が変わるかよ」 そう続けたフェンネルの言葉は、リンデンではなくあの少女に向けられている。 怒りや呆れ、憎しみだけでなく、その声音は諦観故の悲しみも孕んでいた。「……んー、まぁ、そうだよね」 それでも、リンデンは彼が優しい男であると知っている。 フェンネルは同じ立場であった己を受け入れ、様々な場面で手を差し伸べ助けてくれているのだ。 彼のようになりたい。 それは、リンデンの目標の一つでもあった。「確かに『最初の』がアイツの『本性』だったら……勉強だけじゃ、ちゃんとした解決にはならないかも知れない。でもクミンが『ああ』だったのは『性格』の問題じゃなかったんだ。明日、会ってみたら驚くかも」「知った事か、俺には関係無ぇ」「でも、俺の事は?」「あぁ?」 フェンネルは伏せていた視線を向ける。 目の前には、「俺も同じだったよ」と自分を指すリンデンの姿がある。「マリーさんが船で引き取ってくれた時も……一緒に軍立学校へ通った時も、フェンネルはずっと側にいて俺を支えてくれたじゃん」「……俺は何もしてねぇ。ローズが勝手に決めた事だ」「軍で人体実験されててもおかしくない奴なのに? 前にも、色々やらかしてるし……なのに、フェンネルは全部受け入れてくれた。なんで?」「しつけぇな、あれは『お前だから』って言って……」 そう途中まで言って、ニッコリと微笑んでくるリンデンに気付いたフェンネルは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いた。 自分が過去に迷い、落ち込んだ時に、彼はいつも『お前だから助けた』と言ってくれる。 リンデンは嬉しそうに、少し照れたように笑った。「へへ……えへへ」「うぜぇ」「大丈夫だよ、フェンネル。俺が立ち直れたんだもん」「……アレは駄目だ、クズがチラついて吐きそうになる」「んー……まぁね」 フェンネルが『クズ』と呼んだ相手が誰なのか、リンデンはすぐに気付いた。「……ねぇフェンネル?」「何だよ」「もし、ね? もし……俺の『父親』がヤバい奴だったら、どう思う?」 突然に話題が変わり、レタスを頬張るフェンネルが訝しげにリンデンへと視線を戻す。「……何だ、いきなり」「昼間、ちょっと話題に上がってさ。……俺の父親がって、話になって
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#23『週末の予定』

※「ねぇマリーさん、今日ってどうするの?」 クミンが保護されてから二日後、午前七時。 ユズリハが朝食の洗い物をしている隣で、食器を拭いていたリンデンが問い掛けた。 ソファの上で、クミンとタオルを畳んでいるローズマリーは当然のように「行くぞ」と答える。「今日も十時に予約が入ってる。準備が出来次第、すぐに出発するからな」「皆、どこかへ行くのか?」 続いてクミンが問えば、ローズマリーは頷き笑顔を見せた。「毎週末、私達は子供達のお世話を手伝いに孤児院へ出向いているんだ」「……コジイン?」「そう。身寄りの無かった子供達が、生きていくために必要な全てを学べる場所だ」 ローズマリーの説明を聞いても、クミンは不思議そうに首を傾げる。 それでも船長は「一緒に行こうな」とクミンに微笑み、食器を洗うユズリハに振り返る。「ユズ君、今日は何処だっけ?」「『マーガレット学習院』だ」「ユズさん、『マーガレット』は今日遠足じゃなかったっけ。確かカレンダーに入ってたけど」 リストベルのスケジュールを確認したリンデンに、何故かユズリハの顔が若干暗くなった。「……遠足は小学部と中学部だけだ」「そうなの?」「それも、『ガーベラ』と『カマリア』も合同で行くらしい」「わぁ、大人数だね。何処行くの?」「旧皇家の博物館と樹立公園だと」「そっか、戦災学習の時期だもんね。みんな賢いなぁー……ん?」 ふと、リンデンは気付く。「待って待って、じゃあ『ガーベラ』と『カマリア』の幼学部は誰が看るの?」「……合同で『マーガレット』に集まるんだと……」「ほぁっ!? マジで!?」 ユズリハの言葉を聞いたリンデンは、両手を上げて喜んだ。「やったー! 赤ちゃんがいっぱいだー!」「……また『大合唱』か……」 高身長と強面の顔のせいで、ユズリハは毎度乳幼児に泣かれてしまう。 天井を見上げてどんよりと肩を落とす彼に、ローズマリーも楽しそうに笑いながら慰めの言葉を掛ける。「そんなに落ち込まなくても、最初だけじゃないか。すぐ仲良くなってるだろう?」「向こうが妥協してくれてんだよ……」「そんなに器用な幼児は居ないぞ。大丈夫だ」 ふとローズマリーがクミンを見れば、彼女は元気の無いユズリハを心配そうな眼差しで見つめている。「どういう事だ……? ユズリハは、一体何をさせられるんだ
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#24『言質』

※ 一方。 剣を背負ったリンデンは、整備室へと階段を降りた。 すると、後部ハッチの近くで床に直接胡座をかき、部品を磨いているフェンネルの背中を見つける。「フェンネルー! おはよう!」「うるせぇ」 彼の周りは、『グロキシニア』と銘が打たれたガトリング銃の部品が広げられている。 分解した部品を踏まないよう、足の踏み場を探しながらリンデンはゆっくりと歩み寄る。 しかし、フェンネルはそんなリンデンを無視したまま、持っていたスパーギアをウエス代わりの布巾へと置いた。「朝ご飯、ありがとう! 美味しかったよ!」「……どうも」 リンデンの笑顔も見る事無く、フェンネルは次のギアを手に取り、ホワイトガソリンを染み込ませた布でギアを丁寧に磨き始める。「今日も早いね。部屋から出ていったの気付かなかったよー」「あっそ」「ユズさんが『明日の朝はゆっくりしてて良い』ってさ。夕食の下拵えまでしてくれてたの、お礼言ってたよ」「そうか」「マリーさんは『早起きし過ぎだ』って、ちょっと心配してた。今日のご飯は、クミンも気に入って完食して」「黙れ」「……むー……」 食い気味に言葉を遮ってきたフェンネルに、リンデンは少しだけ困ったように眉を下げた。 彼がクミンと顔を合わさないように早起きをしていた事は、リンデンも気が付いていた。 皆の分の朝食を作って準備してあったのも、誰かに頼まれたクミンが、自分に朝食を持ってきたりしないようにする為の対策だった。 『先日の一件』で、フェンネルは徹底的にクミンを避けている。 昨日一日、クミンはずっとリビングで勉強していたため、フェンネルは船の外壁や監視台の点検、搭載してある重火器等の整備と補充を行っていた。 フェンネルへの用がある際は、リンデンが率先して皆の橋渡し役を担っていたが。「……テメェも暇じゃねぇんだから、いちいち行ったり来たりしてんなよ。リストベル使えってローズに言っとけ」 視線をギアに落としたまま、フェンネルは呟くように文句を垂れる。 しかし、そんな彼にリンデンはきっぱり「嫌だ」と答えた。「そんな事したら、フェンネルは絶対顔見せなくなるじゃん」「テメェは同室だろうがよ……」「嫌だ。俺は寂しいの!」「……じゃあ勝手にしろ」「うん! 勝手にする!」 どれだけ突き放しても、冷たくあしらっても、フェンネル
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#25『道すがら』

※ 準備を終え、全員が荷物を確認して船外へと集合する。 ローズマリーが最後に船を出ると、ハッチを締めて掌紋認証でロックを掛けた。 皆が船から数メートル離れたのを確認し、ユズリハが舗装されていない土の地面に長い釘のような鉄の棒を突き刺す。 登録したリストベルを持っていない者が船に近付くと感電するよう設定した、防犯機材のスイッチを最後に入れた。「みんな、忘れ物は無いな?」「マリーさん!」 リンデンが元気良く手を上げた。「どうした、リン」「行き掛けに、コリアンダー整備店へ寄ってください!」「分かった、途中で寄っていこう。出発だ」 各自の予定も確認し、ローズマリー達は船を後にした。 全員で最寄りのバス停を目指し、徒歩数分の距離を並んで歩く。 初めて船を降りたクミンは辺りをキョロキョロと見渡し、全てを不思議そうに眺めている。 時折ローズマリーに質問したり、リンデンに教えてもらったりと、数百メートルの距離でも彼女は楽しそうに過ごしているようだ。 そんな彼等を、五メートル程後ろに下がって付いて行くユズリハとフェンネルが、並んで様子を眺めていた。「……心境の変化が?」 ふと、ユズリハが隣を歩くフェンネルに声を掛けた。「……そんなんじゃねぇです」「『残る』って言い出すのかと思ったんだが」「言いましたよ。……アイツに脅されたもんで」 そう答えた視線の先には、リンデンの後ろ姿がある。 ユズリハは意外な理由に笑みを零した。「へぇ、脅されたのか?」「『逃さねぇ』って言われました」「はは、そりゃアイツは『気配』を追う事に関してはプロだからなぁ」「そういうのを『キモい』っつーんですよ」「言いたい事は分かる。だが、お陰で助かってる面もあるんだぞ」「……ふん」 ユズリハは、フェンネルが背負うリンデンの剣についても質問してみる。 すると彼は「ついでです」としか答えず、まったく正直に話さないフェンネルを微笑ましく思い目を細めた。「また絆されたか。お前も丸くなったなぁ」「失礼な、俺は元々丸いでしょうよ」「何処がだよ。今だって『表面』はサボテン並みにトゲトゲしてるぞ」「まったくユズさんは酷い人だ。サボテンに謝罪を要求します」「はっはっ、サボテンにかよ。フェンネルは俺と違って優しい男だもんな?」「白々しいにも程があるでしょ」 不機嫌そ
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#26『呪い』

※ バスを乗り継ぎ、一行は『マーガレット学習院』を目指して足を進める。 その間、クミンには常に誰かが声を掛け、街の風景、人々の暮らし、歴史的な建造物や文化を、彼女に教えながら移動時間を過ごしていた。 『フェンネルに礼を言いたい』という彼女の気持ちも尊重しつつ、しかしフェンネルの心も知る他の乗組員達は、ローズマリーの指示でクミンが迂闊に近寄らないよう注意を払う。 そのお陰か、リンデン曰くフェンネルは落ち着きを保ち、クミンもそわそわしたり落ち込んだ様子を見せながらも、気ままにフェンネルに近付いたりせず大人しくローズマリーの引率に従っていた。「……どいつも、妙に気を回しやがって」 途中、リンデンの剣を調整するため寄った整備店で、受付を待っていたフェンネルが呟いた。 腕を組み、休憩用のベンチに腰掛けて壁に凭れる彼の横で、立ったまま商品棚を眺めていたリンデンが微笑む。「そんな事してないよ。クミンは『人間初心者』っぽいから、暴走しないように皆で注意してるだけ」「それが『余計だ』っつってんだよ。結局テメェも店まで付いてきやがって」「元々は俺の剣だもん。フェンネルだって、いきなりクミンがこっち走ってきたらビックリするでしょ? 先住猫ちゃんと新入り猫ちゃんは、お互い慣れさせてから合わせないと喧嘩するっていうし」「誰が『先住猫』だクソゴリラが」「ゴリラは猫ちゃん達を守りたいの!」 リンデンはフェンネルの隣に座り、眉間に皺を寄せて目を伏せる彼の横顔を覗き込む。「……フェンネルもさ。実はちょっと気付いちゃってるんじゃないの?」「……何が」「クミンは『バジルさん』と同じかも、って」 『バジル』。 その名を聞いて、フェンネルは更に険しい表情を浮かべた。 最後に逢ったのは五年前、リンデンが口に出した『バジル』とは、フェンネルにとって唯一の異母妹だった。 リンデンは目を細め、「大丈夫」と囁く。「怖くなんかない。人は変われるよ、フェンネル」「………………」「バジルさんも、ちゃんと変われたじゃん」「……アイツは俺の『異母妹(いもうと)』だからな」「クミンも俺達の『妹』だよ。ローズマリーさんが決めたんだから、大丈夫」「……ふん」 相変わらず視線は床を見つめたまま、フェンネルは鼻を鳴らす。 だが、それでも彼は、確かに彼が少しずつ警戒と『恐怖心』を解
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#27『孤児院へ』

※「院長先生!」「院長先生だ!」 マーガレット学習院。 『チャーチグリム』の一行が玄関での受付を行っていると、中庭で遊んでいた年長の子供達がローズマリー達を見つけて騒ぎ始めている。「みんなー! 元気かーっ!?」 気付いたローズマリーが中庭に手を振れば、ハキハキとした声で「元気ーっ!」と叫ぶ子供達の声が響いた。「うんうん、元気だな」 一行は受付で来院者名簿に名前を記入し、靴を脱いで上履き用のシューズに履き替える。 子供達に危険な装備や所持品は全て事務室に置かせてもらい、皆は決まった色の薄手の帆布で縫われたエプロンを着た。 順番に手を洗い、消毒液のスプレーを持つローズマリーに皆が手を差し出していく。 一人ずつ掌にスプレーを吹き付けていく彼女は、戸惑うクミンに近付き『消毒』の説明と必要性を説明した。「子供達は元気だが、同時に風邪を引きやすい。私達が守ってあげないとな」「……守る……こんな事で、守れるのか?」「当然だ。バイ菌から子供達を守るには、これが一番効果的なんだぞ」「ばいきん……」 クミンはローズマリーのスプレーを受け、言われた通りに手指全体に消毒液を馴染ませる。 『消毒液』という物に興味を唆られたのか、自分の手を嗅いだクミンは次亜塩素酸ナトリウムの独特な匂いに思わず「うっ」と身体を仰け反らせた。 それを見ていたユズリハが、小さく微笑んだ。「ローズマリー、彼女は『何処』へ?」「年長組さんだ。歳が近い方が学べる事も多いし、おままごとに混ぜてもらえたら社会勉強になる」 ユズリハは「成る程」と唸る。 確かに、おままごとは子供達にとって『人生で最初のコミュニティ』だ。 クミンにとっては、最高の『疑似社会』が体験できるだろう。「リンは外遊び担当、ユズ君と私は、年中、年少組さんを中心に屋内担当だ」「了解。フェンネルは今回も?」「アイツほど乳幼児組が得意な人間もそうは居ないからな」 ローズマリーは少し得意げに笑った。 ユズリハが視線を向ければ、既にフェンネルは長い髪を後頭部に結い直し、事務室に常備してある簪でしっかりと固定している。 何も分からないクミンは、そっとユズリハに近付き、彼のエプロン裾を掴む。「……不安ですか?」 そう問えば、彼女は言葉も無く頷く。 苦笑したユズリハに、ローズマリーもつられて微笑んだ。「さ
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#28『遊び方』

※ 多目的教室に突然入ってきた青い肌の大男に、賑わっていた教室は一瞬にして静まり返る。「こ……こんにちは。先週振りの子もいますが……」 覚えていますか? ユズリハがそう問おうとした瞬間、教室内は瞬く間に阿鼻叫喚の『大合唱』が始まってしまった。 ユズリハはがっくりと肩を落として俯く。「……やっぱりなぁ……」「な、何故……」「毎月の恒例行事なんですよ」 毎月、というのは、月初めに必ず、新しく入所してくる『新入生』がいる為だ。 彼等が一人、二人と泣き出すと、皆がつられてパニックを起こしていく。 どうしてユズリハがこんなに怯えられるのか理解が出来ないクミンも、戸惑った様子で彼の背後からその光景を覗いていた。 そんな時、二人の後ろから入ってきたローズマリーがユズリハに座るよう促すと、突然子供達に向けて声を張り上げた。「皆、見ろ! 皆が泣くから、ユズ君も泣いてるじゃないか!」「!?」 その言葉にクミンが驚いてユズリハの顔を覗き込むが、ユズリハは「またかー……」とうんざりした顔でカーペットの床に腰を下ろす。 その間にもローズマリーはユズリハを指差し、子供達に向けて芝居がかった口調で訴えている。「早く友達になってあげないと、ユズ君は『独りぼっち』になってしまうぞ!」 すると、その言葉を聞いた子供達は、少しずつ声を抑えて泣き止んでいく。 鼻を啜る子、しゃくり上げる子、皆が様々に心を落ち着かせ、ユズリハを見つめている。「な……何が起こってるんだ?」「……彼等も元は『独りぼっち』でした。この孤児院で信頼できる大人や友達と出会えたからこそ、『独りぼっち』がどれほど悲しく辛い事なのか、ここにいる子供達で知らない者はいません」 ユズリハの説明を受け、胸を締め付けられるような息苦しさを感じたクミンは思わず胸元を掴む。 一方、「ユズ君が『寂しがって』るぞ!」と子供達を煽るローズマリーは、ぱっとユズリハに顔を向けた。「何してるんだ、ユズ君! 早く泣いたフリしろ!」「やっぱ『こうなる』のかー……」「ほら照れてないで、早く!」 急かすローズマリーの言う通りに、意を決したユズリハは俯いてわざとらしく目を擦り始めた。「……『えーん、寂しいよー』」「!?」 突然泣き真似をし出したユズリハにギョッとしたクミンを他所に、ローズマリーは子供達の反応を見な
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#29『見知らぬ傷』

※「よく聞け、クミン。それらは、今は教える必要が無いんだ」「……何?」「私が若い頃は、『そんな教育』が必要だった時期もあった。大人達は皆が疲弊し、子供達を守る人間がとても少なかったからな」「………………」「でも、今は違う。あの子達は何に怯える事もなく、のびのびと暮らせている。危険から身を守る方法は中学部でも習うから、今のあの子達には、まだ必要無い。それだけの事なんだよ」 避難訓練は欠かさず週二で行っているけどな! そう胸を張ったローズマリーに、クミンは訝しげな目を向ける。 しかし同時に、少しだけ悲しくも思った。「…………」 己は何故、『身を守る術を学ぶべき』と思うのか。 どういう経緯でそう思うようになったのかも、自分自身には全く分からない。 ローズマリーの言う事は、きっと間違ってはいない。 この世界は確かに『平和』で、幼子が護身を学ぶ必要など無いのだろう。 だが、それでも、その平和を疑う心が、得体の知れない『不安』が、どうしても拭えないでいる。 かつての自分はどんな生活をしていて、どのように生きていたのか。 もっと純粋で、何も知らない子供だったなら……あの子供達のように、ユズリハに「一緒に遊ぼう」と強請る事も出来たのだろうか。「………………」 視線の先には、楽しそうに笑う彼等の姿がある。 いくら考えてみても答えは出ず、ただ静かに、クミンはカーペットへと視線を落とした。「……クミンも、一緒に遊んできたらどうだ?」「……知らないんだ。どうすれば良いのか……」「皆が教えてくれるさ」 すると、二人の下へ数人の女の子達が声を掛けてきた。 彼女達の内、一番背の高い子がローズマリーの袖を軽く引く。「院長先生」「やぁヒナゲシ。どうした?」「その子は、『どこ』の子なの?」 どこ、というのは、三つの孤児院の内、何処に所属しているかを問う質問だ。 指を差されたクミンは目を丸くし、ローズマリーは幼い少女の頭を撫でた。「ヒナゲシ、この子はクミンだ。リンと同じで、『友達に怪我をさせない訓練』をしなくちゃいけなくてな」 それを聞いた少女達は、クミンを見上げて少し悲しげな顔をした。「大変だね。リンちゃん、泣いてたの知ってる」 少女の言葉に、今度はクミンが戦慄する。「……『友達に怪我をさせない訓練』とやらは、そんなに厳しいものなの
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#30『後は、自分だけ』

※ 一方、外では賑やかに鬼ごっこが繰り広げられていた。「きゃーっ!」「リンちゃんが鬼になったぞ!」「にげろー! リンちゃんだー!」 子供達が騒ぎ立て、リンデンはニヤリと悪い顔で口角を上げる。「俺が鬼だぞーっ!」 総勢20人程の子供達が、蜘蛛の子を散らすように一斉にリンデンから逃げ出していった。 彼の身体能力が尋常でない事は、孤児院の職員達も周知の事実ではある。 だが実際、彼の能力で最も恐ろしいのは、その驚異的な『持久力』にあった。 リンデン程のフィジカルならば、子供達の走る速さなど一瞬で追い付けてしまう。 故に、彼は絶妙な距離とスピードを保ちつつ、その持久力で皆を平等に追い掛け回していた。 休憩したそうな子を見定め、今度はまだ体力の残る子を選んで走る。 最終的に一番逃げ続けた男の子に近付き、リンデンは壁に追い詰めて躙り寄った。 少年にとっては、息も絶え絶えに逃げてきた筈。 それなのに、少しずつ近寄ってくる青年は、呼吸を乱すどころか汗一つ掻いていない。「り、リンちゃん、バケモノすぎるよ……!」「へっへっへ〜、観念して次の鬼に……」 しかしその時、リンデンは腰回りに僅かな重みを感じる。 服の裾やベルトを掴み、リンデンの動きを封じようとした一人の少年が叫んだ。「逃げろ、ホップ!」「クヌギ……!」「え、何っ? や、やだぁ、動けないぞっ?」 驚いたリンデンだったが、咄嗟に機転を利かせて身動きが取れないフリをする。 その様子に、休憩で身体を休めていた子達が『今が好機』と言わんばかりにリンデンへと飛び掛かった。「みんな、かかれー!」「きゃーっ、お助けーっ!」 腰や背中、腹に膝など、子供達は数人掛かりでリンデンを抑えつけようとする。 追い詰められていた男の子も加わると、リンデンは子供達を敷いてしまわないよう位置に気を付けながら、芝生の地面へと寝転がった。「わーっ!」「どうだ、まいったか!」「リンちゃんの負け!」「あっはっは、降参、降参! やられたーっ!」 皆で寝転がり、笑い合う。 そしてまた起き上がり、誰かが叫んだ「ダルマさんが転んだ」にリンデンは「俺、鬼ね!」と笑った。 当然、彼は疲れた子供達から「だめーっ」とブーイングを貰う。 「なんで!?」と驚くリンデンの様子を、乳幼児用のベビールームから赤子の尻をゆっ
last updateLast Updated : 2026-11-06
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