LOGIN蒸気と電子の世界で、世界に蔓延る怪物『モルス』を討伐する任務を担う蒸気船、チャーチグリム号。 ある日、彼等は任務中に、失神している裸の女の子を救助する。 目覚めた彼女は、過去の記憶を失っていてーー…… 遙か未来か、はたまた過去か。 同じ星か、遠い宇宙か。 ある世界のある国で、強く生きる一つの『家族』達がいた。 蒸気と電子と魔法の世界で、個性豊かな五人の船員達は更に未知なる力と戦う。 テンプレートを逸脱した世界観でお届けする、一風変わったスチームパンク・アドベンチャー。
View More『僕達のマザーランド』
「おーい、そろそろ着くぞー」
目の前の小さな液晶画面に映し出された、目的地の座標を指でなぞる。
ヘッドセットのマイクに向けて他の船員達に告げたのは、操縦席に座る、見目十二、三の小柄な少女だった。 腕時計型の端末から無線で接続した愛らしい音声は、同じ様にヘッドセットを付けた仲間達の耳へと届く。 疎らに返ってきた返事に、少女はガスマスクの奥で小さな笑みを浮かべた。 今回の任務は『瘴気』と呼ばれる有毒ガスが濃く発生している区域を指定されている。全員がガスマスク着用の物々しい雰囲気の中、ヘッドセットのスピーカーから「前方注意」という低い声が聞こえた。「見つけたか?」
少女の問いに、監視台で双眼鏡を覗く彼は呆れたように鼻で笑った。
《クソが、またガセネタ掴まされてんじゃねぇか》
「またぁ?」少女は「んもー」と溜め息を吐く。
「今度は何だった?」
《四足大型が二頭》羽織ったスナイパーマントが風に靡く度、彼の長い三つ編みが揺れる。
辺りの地形、木々、そして流れてくる風と気配を注意深く観察し、彼は目標までの距離をおおよそで計算した。「正面一五〇〇メートル、もう一体は十時方向に一二〇〇メートル先ってとこか。どっちも目視は出来ねぇ」
風で音声にノイズが混ざる中、耳元では「面倒臭ぁ」と嘆く少女の声が聞こえた。
《まぁ、別に偽情報でも良いけどもさぁ》
「良いワケあるかクソババア。風向きが北西から西へ移動、風速も上がってる」 《了解、船を風下へ移すぞ》見張り台からの報告に応え、少女は操縦桿を小さく回してペダルを踏む。
船の速度を落とし、ゆっくりと旋回させると、操縦席の右後ろ側にあるコントロールパネルからも声が上がった。「こっちでも反応確認。左のは結構なデカさだ」
袖から覗く、夜明け前の空が如く青い肌をした逞しい腕。
伸ばした先にあるスイッチを幾つか切り替えた彼は、回転椅子を座ったまま滑らせて長い脚でブレーキを掛ける。「モニター切り替えたぞ。そっちでも確認頼む」
「ありがとう」座標が表示されたモニターの隣に、二点の反応を示すレーダーが映し出される。
そこに表記されたデータを確認し、少女は明るい色の髪を掻いた。「……んもー……」
「ローズマリー、指図書には何と?」 「二足小型の群れだって。『密猟者』の被害があったらしいけど、新しい『狩場』の捜索は記載に無かったぞ」 「おいおい。司令はこの事知ってんのか?」 「事務班から直接降りてきた任務だから知らないと思う」 「なんで受けたんだよ」 「お金良かったんだもん」 「……まったく」監視台の青年とまったく同じ顔で苦笑した彼に、少女は「皆にプレゼント買いたいじゃないか」と可愛らしく唇を尖らせてみせた。
「しかし、どうしようか……装備はあるけど、二体を引き離さないと厳しいな」
「本部からの移動距離を考えると、閃光砲(レーザー)は止めておいた方がいい」多大な電力を使う閃光砲(レーザー)は、充電の状況によっては予備電力をも使い果たしてしまう程の威力がある。
この船に搭載された武器の中では最強を誇るが、もし予備電力が無くなれば、次に船を動かせるようになるまで三日は掛かってしまう。「日帰り予定だったから食料もそんなに積んでない。野宿は『食べ盛り』が飢えるぞ」
「んー、仕方無いか。極力善処しよう」少女はヘッドセットのマイクへ向けて船員達に呼び掛けた。
「業務連絡だ。正面の方は『こっち』で引き付けとくから、ユズ君とリンの二人で右側の討伐を頼む」
《ねぇマリーさん、地上に降りた方が良いかな?》そう問い掛けたのは、船の最下部にある飛行バイクの整備室で、装備を積み込んでいた青年だった。
ガスマスクの代わりに深紅のミリタリースカーフを口元へ巻き、準備を進める彼に少女は「下へは降りるな」と答える。《相手が大きいから、踏まれると痛いぞ?》
「えー、怖ぁい」 《リンデン、今からハッチを開ける。危ないから下がってろ》青い肌の男性が注意を促し、「了解」という返事を聞いた男性は後部ハッチの開閉ボタンを押す。
言われた通りに整備室の奥へと移動し、ゆっくり外側へと開いていくハッチを青年が眺めていた時だった。「……誰?」
室内に入ってきた外の風を浴びた瞬間、強い違和感を覚えた青年が顔を顰める。
彼の一言は当然、操縦席の少女や他の船員達も訝しげに片眉を上げる。「リン、どうした?」
《……『誰』かいる》 「誰、って……誰だ? 生存者か?」 《分かんない。俺ちょっと先に出るよ、ユズさんに言っといて》 「リンデン、俺も聞いてる。何があった?」 《分かんないけど、何か変な感じする。『誰』かいるかも》 「誰かいる、って何だ」 《でも要救護者なら助けにいかなきゃ。お願い、マリーさん》青い肌の男性が少女を見る。すぐに少女と視線が合い、彼女は「良いだろう」と頷いた。
「ただし、対象からは二百メートル以上の距離を置くんだぞ。攻撃はするな、あくまで偵察だからな」
《分かった!》飛行バイクに立て掛けてあった、革の鞘に納まる一本の長い剣。それを手に取った彼は鞘のストラップに腕を通して背負う。
自らが装備を整えた飛行バイクのレバーを上げ、飛び乗るようにバイクへ跨ると彼は鍵を回してエンジンを吹かした。 数秒と待たずに船のハッチから出ていった彼の姿を監視台の青年が見つけた瞬間、その耳元へ少女の声が届く。《フェノン、聞いてたな。そこからリンの様子を見てやってくれ》
「嫌だね」 《そんな風に言わずに援護してやりなさい。アイツの偵察は見るだけで終わらないの、知ってるだろ?》 「まったく……だったら許可出すなよアホが」呆れた様子で溜め息を吐く監視台の青年に、少女もつい苦笑を零した。
「リンの『勘』は九割がた当たってるからなぁ。無碍には出来ないだろ」
《アイツが勝手に死んでも俺は知らねぇからな。『連帯責任』は御免だぜ》 「んもー、またそんな事言って……」 「グダグダ言うな。要救護者を発見したら全力で守る、討伐対象を発見したら全力で倒す。マニュアル通りだろ?」青い肌の男性は「いつもと同じだ」と続けるとそのまま席を立ち、少女にコントロールパネルの引き継ぎを報告する。
「こっちの操作を、操縦桿からのオートメーションに切り替えたぞ。あとは頼む」
「ああ、ありがとう」パネル脇に準備してあった落下防止ハーネスを素早く装着した彼は、さも面倒臭そうに腕を上げて背筋を伸ばして灰色の髪をガシガシと掻いた。
「さて、俺も行ってくる」
「わかった。気を付けるんだぞ」 《あのアホはユズさんに任せましたんで》 「面倒だが了解だ。そっちも気を付けてな」数分後、監視台の青年も備え付けの機関銃と愛銃のライフルに弾丸を装填しながら、ガトリング銃を背負う仲間の飛行バイクを見送った。
船は向きを変えて進みながら、少女がフットペダルを踏み操って搭載されている重火器の装備を始めている。 しかし、その時だった。《マリーさぁん! 緊急、緊急!》
全員のヘッドセットに、最初に出ていった青年の慌てた叫び声が入った。
「どうしたっ?」
少女が応えた時、スカーフの青年は「女の子」と叫ぶ。
《女の子! 女の子拾っちゃったよ!》
「……女の子ぉっ?」その衝撃的な言葉に、誰もがその耳を疑った。
※※「よく聞け、クミン。それらは、今は教える必要が無いんだ」「……何?」「私が若い頃は、『そんな教育』が必要だった時期もあった。大人達は皆が疲弊し、子供達を守る人間がとても少なかったからな」「………………」「でも、今は違う。あの子達は何に怯える事もなく、のびのびと暮らせている。危険から身を守る方法は中学部でも習うから、今のあの子達には、まだ必要無い。それだけの事なんだよ」 避難訓練は欠かさず週二で行っているけどな! そう胸を張ったローズマリーに、クミンは訝しげな目を向ける。 しかし同時に、少しだけ悲しくも思った。「…………」 己は何故、『身を守る術を学ぶべき』と思うのか。 どういう経緯でそう思うようになったのかも、自分自身には全く分からない。 ローズマリーの言う事は、きっと間違ってはいない。 この世界は確かに『平和』で、幼子が護身を学ぶ必要など無いのだろう。 だが、それでも、その平和を疑う心が、得体の知れない『不安』が、どうしても拭えないでいる。 かつての自分はどんな生活をしていて、どのように生きていたのか。 もっと純粋で、何も知らない子供だったなら……あの子供達のように、ユズリハに「一緒に遊ぼう」と強請る事も出来たのだろうか。「………………」 視線の先には、楽しそうに笑う彼等の姿がある。 いくら考えてみても答えは出ず、ただ静かに、クミンはカーペットへと視線を落とした。「……クミンも、一緒に遊んできたらどうだ?」「……知らないんだ。どうすれば良いのか……」「皆が教えてくれるさ」 すると、二人の下へ数人の女の子達が声を掛けてきた。 彼女達の内、一番背の高い子がローズマリーの袖を軽く引く。「院長先生」「やぁヒナゲシ。どうした?」「その子は、『どこ』の子なの?」 どこ、というのは、三つの孤児院の内、何処に所属しているかを問う質問だ。 指を差されたクミンは目を丸くし、ローズマリーは幼い少女の頭を撫でた。「ヒナゲシ、この子はクミンだ。リンと同じで、『友達に怪我をさせない訓練』をしなくちゃいけなくてな」 それを聞いた少女達は、クミンを見上げて少し悲しげな顔をした。「大変だね。リンちゃん、泣いてたの知ってる」 少女の言葉に、今度はクミンが戦慄する。「……『友達に怪我をさせない訓練』とやらは、そんなに厳しいものなの
※ 多目的教室に突然入ってきた青い肌の大男に、賑わっていた教室は一瞬にして静まり返る。「こ……こんにちは。先週振りの子もいますが……」 覚えていますか? ユズリハがそう問おうとした瞬間、教室内は瞬く間に阿鼻叫喚の『大合唱』が始まってしまった。 ユズリハはがっくりと肩を落として俯く。「……やっぱりなぁ……」「な、何故……」「毎月の恒例行事なんですよ」 毎月、というのは、月初めに必ず、新しく入所してくる『新入生』がいる為だ。 彼等が一人、二人と泣き出すと、皆がつられてパニックを起こしていく。 どうしてユズリハがこんなに怯えられるのか理解が出来ないクミンも、戸惑った様子で彼の背後からその光景を覗いていた。 そんな時、二人の後ろから入ってきたローズマリーがユズリハに座るよう促すと、突然子供達に向けて声を張り上げた。「皆、見ろ! 皆が泣くから、ユズ君も泣いてるじゃないか!」「!?」 その言葉にクミンが驚いてユズリハの顔を覗き込むが、ユズリハは「またかー……」とうんざりした顔でカーペットの床に腰を下ろす。 その間にもローズマリーはユズリハを指差し、子供達に向けて芝居がかった口調で訴えている。「早く友達になってあげないと、ユズ君は『独りぼっち』になってしまうぞ!」 すると、その言葉を聞いた子供達は、少しずつ声を抑えて泣き止んでいく。 鼻を啜る子、しゃくり上げる子、皆が様々に心を落ち着かせ、ユズリハを見つめている。「な……何が起こってるんだ?」「……彼等も元は『独りぼっち』でした。この孤児院で信頼できる大人や友達と出会えたからこそ、『独りぼっち』がどれほど悲しく辛い事なのか、ここにいる子供達で知らない者はいません」 ユズリハの説明を受け、胸を締め付けられるような息苦しさを感じたクミンは思わず胸元を掴む。 一方、「ユズ君が『寂しがって』るぞ!」と子供達を煽るローズマリーは、ぱっとユズリハに顔を向けた。「何してるんだ、ユズ君! 早く泣いたフリしろ!」「やっぱ『こうなる』のかー……」「ほら照れてないで、早く!」 急かすローズマリーの言う通りに、意を決したユズリハは俯いてわざとらしく目を擦り始めた。「……『えーん、寂しいよー』」「!?」 突然泣き真似をし出したユズリハにギョッとしたクミンを他所に、ローズマリーは子供達の反応を見な
※「院長先生!」「院長先生だ!」 マーガレット学習院。 『チャーチグリム』の一行が玄関での受付を行っていると、中庭で遊んでいた年長の子供達がローズマリー達を見つけて騒ぎ始めている。「みんなー! 元気かーっ!?」 気付いたローズマリーが中庭に手を振れば、ハキハキとした声で「元気ーっ!」と叫ぶ子供達の声が響いた。「うんうん、元気だな」 一行は受付で来院者名簿に名前を記入し、靴を脱いで上履き用のシューズに履き替える。 子供達に危険な装備や所持品は全て事務室に置かせてもらい、皆は決まった色の薄手の帆布で縫われたエプロンを着た。 順番に手を洗い、消毒液のスプレーを持つローズマリーに皆が手を差し出していく。 一人ずつ掌にスプレーを吹き付けていく彼女は、戸惑うクミンに近付き『消毒』の説明と必要性を説明した。「子供達は元気だが、同時に風邪を引きやすい。私達が守ってあげないとな」「……守る……こんな事で、守れるのか?」「当然だ。バイ菌から子供達を守るには、これが一番効果的なんだぞ」「ばいきん……」 クミンはローズマリーのスプレーを受け、言われた通りに手指全体に消毒液を馴染ませる。 『消毒液』という物に興味を唆られたのか、自分の手を嗅いだクミンは次亜塩素酸ナトリウムの独特な匂いに思わず「うっ」と身体を仰け反らせた。 それを見ていたユズリハが、小さく微笑んだ。「ローズマリー、彼女は『何処』へ?」「年長組さんだ。歳が近い方が学べる事も多いし、おままごとに混ぜてもらえたら社会勉強になる」 ユズリハは「成る程」と唸る。 確かに、おままごとは子供達にとって『人生で最初のコミュニティ』だ。 クミンにとっては、最高の『疑似社会』が体験できるだろう。「リンは外遊び担当、ユズ君と私は、年中、年少組さんを中心に屋内担当だ」「了解。フェンネルは今回も?」「アイツほど乳幼児組が得意な人間もそうは居ないからな」 ローズマリーは少し得意げに笑った。 ユズリハが視線を向ければ、既にフェンネルは長い髪を後頭部に結い直し、事務室に常備してある簪でしっかりと固定している。 何も分からないクミンは、そっとユズリハに近付き、彼のエプロン裾を掴む。「……不安ですか?」 そう問えば、彼女は言葉も無く頷く。 苦笑したユズリハに、ローズマリーもつられて微笑んだ。「さ
※ バスを乗り継ぎ、一行は『マーガレット学習院』を目指して足を進める。 その間、クミンには常に誰かが声を掛け、街の風景、人々の暮らし、歴史的な建造物や文化を、彼女に教えながら移動時間を過ごしていた。 『フェンネルに礼を言いたい』という彼女の気持ちも尊重しつつ、しかしフェンネルの心も知る他の乗組員達は、ローズマリーの指示でクミンが迂闊に近寄らないよう注意を払う。 そのお陰か、リンデン曰くフェンネルは落ち着きを保ち、クミンもそわそわしたり落ち込んだ様子を見せながらも、気ままにフェンネルに近付いたりせず大人しくローズマリーの引率に従っていた。「……どいつも、妙に気を回しやがって」 途中、リンデンの剣を調整するため寄った整備店で、受付を待っていたフェンネルが呟いた。 腕を組み、休憩用のベンチに腰掛けて壁に凭れる彼の横で、立ったまま商品棚を眺めていたリンデンが微笑む。「そんな事してないよ。クミンは『人間初心者』っぽいから、暴走しないように皆で注意してるだけ」「それが『余計だ』っつってんだよ。結局テメェも店まで付いてきやがって」「元々は俺の剣だもん。フェンネルだって、いきなりクミンがこっち走ってきたらビックリするでしょ? 先住猫ちゃんと新入り猫ちゃんは、お互い慣れさせてから合わせないと喧嘩するっていうし」「誰が『先住猫』だクソゴリラが」「ゴリラは猫ちゃん達を守りたいの!」 リンデンはフェンネルの隣に座り、眉間に皺を寄せて目を伏せる彼の横顔を覗き込む。「……フェンネルもさ。実はちょっと気付いちゃってるんじゃないの?」「……何が」「クミンは『バジルさん』と同じかも、って」 『バジル』。 その名を聞いて、フェンネルは更に険しい表情を浮かべた。 最後に逢ったのは五年前、リンデンが口に出した『バジル』とは、フェンネルにとって唯一の異母妹だった。 リンデンは目を細め、「大丈夫」と囁く。「怖くなんかない。人は変われるよ、フェンネル」「………………」「バジルさんも、ちゃんと変われたじゃん」「……アイツは俺の『異母妹(いもうと)』だからな」「クミンも俺達の『妹』だよ。ローズマリーさんが決めたんだから、大丈夫」「……ふん」 相変わらず視線は床を見つめたまま、フェンネルは鼻を鳴らす。 だが、それでも彼は、確かに彼が少しずつ警戒と『恐怖心』を解