僕達のマザーランド

僕達のマザーランド

last updateLast Updated : 2026-11-05
By:  エムおばさんUpdated just now
Language: Japanese
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蒸気と電子の世界で、世界に蔓延る怪物『モルス』を討伐する任務を担う蒸気船、チャーチグリム号。 ある日、彼等は任務中に、失神している裸の女の子を救助する。 目覚めた彼女は、過去の記憶を失っていてーー…… 遙か未来か、はたまた過去か。 同じ星か、遠い宇宙か。 ある世界のある国で、強く生きる一つの『家族』達がいた。 蒸気と電子と魔法の世界で、個性豊かな五人の船員達は更に未知なる力と戦う。 テンプレートを逸脱した世界観でお届けする、一風変わったスチームパンク・アドベンチャー。

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Chapter 1

#1『全ての始まり』

『僕達のマザーランド』

「おーい、そろそろ着くぞー」

 目の前の小さな液晶画面に映し出された、目的地の座標を指でなぞる。

 ヘッドセットのマイクに向けて他の船員達に告げたのは、操縦席に座る、見目十二、三の小柄な少女だった。

 腕時計型の端末から無線で接続した愛らしい音声は、同じ様にヘッドセットを付けた仲間達の耳へと届く。

 疎らに返ってきた返事に、少女はガスマスクの奥で小さな笑みを浮かべた。

 今回の任務は『瘴気』と呼ばれる有毒ガスが濃く発生している区域を指定されている。全員がガスマスク着用の物々しい雰囲気の中、ヘッドセットのスピーカーから「前方注意」という低い声が聞こえた。

「見つけたか?」

 少女の問いに、監視台で双眼鏡を覗く彼は呆れたように鼻で笑った。

《クソが、またガセネタ掴まされてんじゃねぇか》

「またぁ?」

 少女は「んもー」と溜め息を吐く。

「今度は何だった?」

《四足大型が二頭》

 羽織ったスナイパーマントが風に靡く度、彼の長い三つ編みが揺れる。

 辺りの地形、木々、そして流れてくる風と気配を注意深く観察し、彼は目標までの距離をおおよそで計算した。

「正面一五〇〇メートル、もう一体は十時方向に一二〇〇メートル先ってとこか。どっちも目視は出来ねぇ」

 風で音声にノイズが混ざる中、耳元では「面倒臭ぁ」と嘆く少女の声が聞こえた。

《まぁ、別に偽情報でも良いけどもさぁ》

「良いワケあるかクソババア。風向きが北西から西へ移動、風速も上がってる」

《了解、船を風下へ移すぞ》

 見張り台からの報告に応え、少女は操縦桿を小さく回してペダルを踏む。

 船の速度を落とし、ゆっくりと旋回させると、操縦席の右後ろ側にあるコントロールパネルからも声が上がった。

「こっちでも反応確認。左のは結構なデカさだ」

 袖から覗く、夜明け前の空が如く青い肌をした逞しい腕。

 伸ばした先にあるスイッチを幾つか切り替えた彼は、回転椅子を座ったまま滑らせて長い脚でブレーキを掛ける。

「モニター切り替えたぞ。そっちでも確認頼む」

「ありがとう」

 座標が表示されたモニターの隣に、二点の反応を示すレーダーが映し出される。

 そこに表記されたデータを確認し、少女は明るい色の髪を掻いた。

「……んもー……」

「ローズマリー、指図書には何と?」

「二足小型の群れだって。『密猟者』の被害があったらしいけど、新しい『狩場』の捜索は記載に無かったぞ」

「おいおい。司令はこの事知ってんのか?」

「事務班から直接降りてきた任務だから知らないと思う」

「なんで受けたんだよ」

「お金良かったんだもん」

「……まったく」

 監視台の青年とまったく同じ顔で苦笑した彼に、少女は「皆にプレゼント買いたいじゃないか」と可愛らしく唇を尖らせてみせた。

「しかし、どうしようか……装備はあるけど、二体を引き離さないと厳しいな」

「本部からの移動距離を考えると、閃光砲(レーザー)は止めておいた方がいい」

 多大な電力を使う閃光砲(レーザー)は、充電の状況によっては予備電力をも使い果たしてしまう程の威力がある。

 この船に搭載された武器の中では最強を誇るが、もし予備電力が無くなれば、次に船を動かせるようになるまで三日は掛かってしまう。

「日帰り予定だったから食料もそんなに積んでない。野宿は『食べ盛り』が飢えるぞ」

「んー、仕方無いか。極力善処しよう」

 少女はヘッドセットのマイクへ向けて船員達に呼び掛けた。

「業務連絡だ。正面の方は『こっち』で引き付けとくから、ユズ君とリンの二人で右側の討伐を頼む」

《ねぇマリーさん、地上に降りた方が良いかな?》

 そう問い掛けたのは、船の最下部にある飛行バイクの整備室で、装備を積み込んでいた青年だった。

 ガスマスクの代わりに深紅のミリタリースカーフを口元へ巻き、準備を進める彼に少女は「下へは降りるな」と答える。

《相手が大きいから、踏まれると痛いぞ?》

「えー、怖ぁい」

《リンデン、今からハッチを開ける。危ないから下がってろ》

 青い肌の男性が注意を促し、「了解」という返事を聞いた男性は後部ハッチの開閉ボタンを押す。

 言われた通りに整備室の奥へと移動し、ゆっくり外側へと開いていくハッチを青年が眺めていた時だった。

「……誰?」

 室内に入ってきた外の風を浴びた瞬間、強い違和感を覚えた青年が顔を顰める。

 彼の一言は当然、操縦席の少女や他の船員達も訝しげに片眉を上げる。

「リン、どうした?」

《……『誰』かいる》

「誰、って……誰だ? 生存者か?」

《分かんない。俺ちょっと先に出るよ、ユズさんに言っといて》

「リンデン、俺も聞いてる。何があった?」

《分かんないけど、何か変な感じする。『誰』かいるかも》

「誰かいる、って何だ」

《でも要救護者なら助けにいかなきゃ。お願い、マリーさん》

 青い肌の男性が少女を見る。すぐに少女と視線が合い、彼女は「良いだろう」と頷いた。

「ただし、対象からは二百メートル以上の距離を置くんだぞ。攻撃はするな、あくまで偵察だからな」

《分かった!》

 飛行バイクに立て掛けてあった、革の鞘に納まる一本の長い剣。それを手に取った彼は鞘のストラップに腕を通して背負う。

 自らが装備を整えた飛行バイクのレバーを上げ、飛び乗るようにバイクへ跨ると彼は鍵を回してエンジンを吹かした。

 数秒と待たずに船のハッチから出ていった彼の姿を監視台の青年が見つけた瞬間、その耳元へ少女の声が届く。

《フェノン、聞いてたな。そこからリンの様子を見てやってくれ》

「嫌だね」

《そんな風に言わずに援護してやりなさい。アイツの偵察は見るだけで終わらないの、知ってるだろ?》

「まったく……だったら許可出すなよアホが」

 呆れた様子で溜め息を吐く監視台の青年に、少女もつい苦笑を零した。

「リンの『勘』は九割がた当たってるからなぁ。無碍には出来ないだろ」

《アイツが勝手に死んでも俺は知らねぇからな。『連帯責任』は御免だぜ》

「んもー、またそんな事言って……」

「グダグダ言うな。要救護者を発見したら全力で守る、討伐対象を発見したら全力で倒す。マニュアル通りだろ?」

 青い肌の男性は「いつもと同じだ」と続けるとそのまま席を立ち、少女にコントロールパネルの引き継ぎを報告する。

「こっちの操作を、操縦桿からのオートメーションに切り替えたぞ。あとは頼む」

「ああ、ありがとう」

 パネル脇に準備してあった落下防止ハーネスを素早く装着した彼は、さも面倒臭そうに腕を上げて背筋を伸ばして灰色の髪をガシガシと掻いた。

「さて、俺も行ってくる」

「わかった。気を付けるんだぞ」

《あのアホはユズさんに任せましたんで》

「面倒だが了解だ。そっちも気を付けてな」

 数分後、監視台の青年も備え付けの機関銃と愛銃のライフルに弾丸を装填しながら、ガトリング銃を背負う仲間の飛行バイクを見送った。

 船は向きを変えて進みながら、少女がフットペダルを踏み操って搭載されている重火器の装備を始めている。

 しかし、その時だった。

《マリーさぁん! 緊急、緊急!》

 全員のヘッドセットに、最初に出ていった青年の慌てた叫び声が入った。

「どうしたっ?」

 少女が応えた時、スカーフの青年は「女の子」と叫ぶ。

《女の子! 女の子拾っちゃったよ!》

「……女の子ぉっ?」

 その衝撃的な言葉に、誰もがその耳を疑った。

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#1『全ての始まり』
『僕達のマザーランド』「おーい、そろそろ着くぞー」 目の前の小さな液晶画面に映し出された、目的地の座標を指でなぞる。  ヘッドセットのマイクに向けて他の船員達に告げたのは、操縦席に座る、見目十二、三の小柄な少女だった。  腕時計型の端末から無線で接続した愛らしい音声は、同じ様にヘッドセットを付けた仲間達の耳へと届く。  疎らに返ってきた返事に、少女はガスマスクの奥で小さな笑みを浮かべた。  今回の任務は『瘴気』と呼ばれる有毒ガスが濃く発生している区域を指定されている。全員がガスマスク着用の物々しい雰囲気の中、ヘッドセットのスピーカーから「前方注意」という低い声が聞こえた。「見つけたか?」 少女の問いに、監視台で双眼鏡を覗く彼は呆れたように鼻で笑った。《クソが、またガセネタ掴まされてんじゃねぇか》 「またぁ?」 少女は「んもー」と溜め息を吐く。「今度は何だった?」 《四足大型が二頭》 羽織ったスナイパーマントが風に靡く度、彼の長い三つ編みが揺れる。  辺りの地形、木々、そして流れてくる風と気配を注意深く観察し、彼は目標までの距離をおおよそで計算した。「正面一五〇〇メートル、もう一体は十時方向に一二〇〇メートル先ってとこか。どっちも目視は出来ねぇ」 風で音声にノイズが混ざる中、耳元では「面倒臭ぁ」と嘆く少女の声が聞こえた。《まぁ、別に偽情報でも良いけどもさぁ》 「良いワケあるかクソババア。風向きが北西から西へ移動、風速も上がってる」 《了解、船を風下へ移すぞ》 見張り台からの報告に応え、少女は操縦桿を小さく回してペダルを踏む。  船の速度を落とし、ゆっくりと旋回させると、操縦席の右後ろ側にあるコントロールパネルからも声が上がった。「こっちでも反応確認。左のは結構なデカさだ」 袖から覗く、夜明け前の空が如く青い肌をした逞しい腕。  伸ばした先にあるスイッチを幾つか切り替えた彼は、回転椅子を座ったまま滑らせて長い脚でブレーキを掛ける。「モニター切り替えたぞ。そっちでも確認頼む」 「ありがとう」 座標が表示されたモニターの隣に、二点の反応を示すレーダーが映し出される。  そこに表記されたデータを確認し、少女は明るい色の髪を掻いた。「……んもー……」 「ローズマリー、指図書には何と?」 「二足小型の群れだって。『密
last updateLast Updated : 2026-08-04
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#2『要救護者』
※ 「なんで、こんな所に女の子が……!?」 少女は思わず首を傾げた。  ここは街から離れた森の奥地で、人が生きていけるような環境などでは決して無い。  そのような場所に少女がたった一人で、猛獣や討伐対象の蔓延る生息地を彷徨っていたというのだろうか。「リン、一度船に戻って立て直すんだ。要救護者を抱えたままじゃ危ないぞ」 《ごめん無理!》 「何? どうしたんだ?」 《テメェ、船長の指示無視してんじゃねぇよクソが》 少女の指示を拒否した仲間に、監視台の青年が不機嫌そうに文句を述べる。  だが直後、拒否の理由を理解した彼は、双眼鏡を片手にガスマスクの奥で顔を引き攣らせた。「……おいおい、変異種かよ……!」 通常の個体ならば、大型であれど四足は犬や熊のような動きを取るに留まる。  だが今回、姿を現した大型は身体を覆う黒い靄を背から触手の様に多数伸ばし、飛び回る青年を追い掛け続けている。  時にはその触手を鞭のようにしならせ、叩き落としてでも彼を捕らえようとしているのが見て取れた。  世界中に蔓延る、その名も『生きた死』。彼等はそれを『モルス(死)』と呼び、この世界において、最も人類を脅かしている恐るべき存在であった。「うぇー、めっちゃ狙ってくる!」 スカーフの青年は髪の長い褐色肌の少女を裸のまま肩に担ぎ、片手で巧みに飛行バイクを操りながら右へ左へと触手を何とか躱し続けている。「逃げらんないよぉー! ユズさん、早く助けて!」 「すぐ行く、もうちょっとだけ頑張れ!」 重量オーバーとなった人数を乗せた飛行バイクは、本来のスピードより半分の速さで巨大な鞭から逃げ回っている。  しかし、変異種の『モルス』が牙の付いた触手の鞭を新たに伸ばし、上へと振り上げた事に彼が気付いた瞬間、それは凄まじい速さで飛行バイク目掛けて振り下ろされた。「やっべ」 避けきれない。  スカーフの青年が戦慄に目を見開くが、触手は寸での所で弾かれたように上へと跳ね上がり、千切られた触手の先は地面へと音を立てて落下する。  直後に轟く、『モルス』の咆哮。唖然と見ていた彼のヘッドセットに、監視台にいる青年の低い声が届いた。《生きてるか? このバカ野郎》 「あ……ありがとうフェンネル! マジで助かった、ビビったーっ!」 《言っとくが、これは貸しだ。晩飯にアイスを所望
last updateLast Updated : 2026-08-08
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#3『異世界』
※  ここは、何処だ? それが、目を覚ました少女が最初に思った事だった。  目を動かし、天井に張り巡らされた、細い鉄のパイプを辿る。  次に首を動かして、四面の壁をじっくりと見渡した。「…………?」 室内の壁には掲示板のような物が設置されていて、幾つか張り紙がある。  業務的な文字だけのものや、野菜や果物と一緒に日用雑貨が描かれた広告など……掲示の種類は豊富だが、そこに書かれている内容や文章は、少女には理解出来ない。  他にも、壁のテーブルに置かれた文房具や何かの器具、床に置かれた箱の様な機械。  決して広くはないが、消毒液の匂い漂う整頓された部屋。  少女にとって、そこはまさに異世界そのものだった。「………………あー……」 声は出る。耳も聞こえる。次に少女はゆっくりと上体を起こし、己の手や身体を見下ろしてみる。  袖の無い、見慣れぬ白いヒラヒラとした衣服。そこから伸びる濃い褐色の腕に、これまた見慣れぬ半透明の管が伸びているのを見つけた。  その管を辿れば、銀色の棒に吊るされた、透明の液体が入った袋に行き着く。「…………」 少女は何故か、それが『身体に液体を入れるもの』とすぐに理解した。  確かこれは、血管から直接栄養や水分を入れるための装置だった筈……だとしたら、自分に繋がった管の先には針が付いている。  少女は顔に流れてくる長い紺色の髪を掻き分けながら、管を覆っていたシール状の包帯を剥がす。何処か慣れた様子で点滴針を引き抜くと、その針を小さな手の中に包み隠した。 逃げなければ。  本能的にそう感じても、ここから出るには、まず何をすべきか。 そんな事を考えた時、突然部屋に響いたノックの音に彼女は肩を飛び上がらせた。  最初に二回、一秒空けて、もう二回。  「失礼します」という低い声を聞いた少女は点滴針を握り締め、ベッドの隅へと身を隠すように詰めた。「入りますね」 ドアが外側に開き、知らない男が入ってくる。  手に乗せたトレーには、黄色く透き通った液体の入ったボトルと、グラスが一つずつ並んでいた。  灰色の髪をヘアバンドで上げた、厳つい見目をしたその男。上着を着ていても、その体格から筋肉質な身体をしているのが分かる。  背も高く、袖からは太い腕と、夜明け前の空の様な薄い青色の肌が覗いていた。 己が立ち向かって
last updateLast Updated : 2026-09-13
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#4『記憶喪失の少女』
※ 「気分の悪さや、身体に痛みなどはありませんか?」 ユズリハの質問に、少女は首を横に振る。「それは何より」 微笑んだ彼が「では」とベッドから腰を上げた瞬間、少女の腹から大きな低い音が三秒ほど室内に響いた。  その音にユズリハは目を丸くし、少女は瞬く間に褐色の頬を真っ赤に染める。ゆっくりと、その幼くも美しい顔を膝に埋めていった。  紺色の髪から湯気が上がるのが視えるようだ。年相応の可愛らしさを感じ、ユズリハは優しく目を細めた。「……空腹は身体が健康である証拠です。恥ずかしがる事はありません」 「……すまない……」 「何か食べる物を用意しましょう。それまで……そうですね、菓子で良ければ」 ユズリハは、ウエストポーチから銀色の小さな包みを三つほど取り出す。「チョコレート、という菓子です。これなら栄養価も高く、腹の足しにもなりますので」 少女の小さな手を取り、その柔らかい掌に直接三つの包みを乗せた。「……これは、食えるものなのか?」 「ええ。包みを開いて中身を食べて下さいね」 「この、薄い『紙』のような物は食べられないのか……」 「そうです。食べられるのは中の茶色い球体だけですので」 まじまじと掌の上の包みを眺めている少女に苦笑を零したユズリハは、片付けた点滴や濡れたタオルなどを乗せたトレーを持ち、ドアの前に立った。「それでは、少々時間を頂きます。先の尖っている物、金属製の物、動く物には触らないよう、お願いしますね」 「わ、わかった」 「すぐ戻ります」と最後に一言声を掛け、ユズリハは静かに部屋を出る。  医務室のドアを閉め、彼はその場からすぐには動かず、暫く耳を澄ませて中の様子を伺う。  すると十秒も経たない内に、部屋の中から銀の包みを開ける音が微かに聞こえてきた。「……ん〜〜〜……!! う、うまぁ……!!」 少女の感動に震える声が聞こえ、ベッドでゴロゴロと悶えているらしい音が響く。  純粋かつ可愛らしい反応を感じ取り、ユズリハは思わず吹き出してしまった。 取り敢えずは、一安心か。そのままメインホールへと戻った彼は、リビング奥のシンク台にトレーを置き、壁に設置された電話の受話器を取って外線のボタンを押した。  五桁の通信チャンネルを続けて押し、最後に緑色のボタンを押す。受話器の中から呼び出し音が三回程続いた後、ブツ、と
last updateLast Updated : 2026-09-30
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#5『尋問会議』
※ 一方、ユズリハとの通信を切ってから二時間後。「はぁー……この話は六度目だぞ。一体、何回話せば解ってくれるんだ?」 今受けているのは、報告と言う名の『尋問』だった。 軍本部に呼ばれて『中心街』へと出てきたが少女は、心底呆れた様子で薄い茶色の髪をガシガシと掻く。 すり鉢状の会場内、皆が見下ろす最下層の証言台に立つ彼女の首には、『チャーチグリム号船長』と記名されたIDカードが揺れた。 『あまりにも有名な己の名』を嫌う彼女は、軍のタグネーム『ローズマリー・アイオライト』を通称として名乗っている。 彼女の『真名』を知る者は少なく、同時に、彼女の『正体』を知る者も今ではすっかり減ってしまっていた。「だから、私達は事務班から直接貰った指図書の通りに仕事をしただけだ。そこが『禁猟区』だって事も知ってたし、確かに記載とは違う対象を討伐はしたけど『キュア』の捕獲はやってない」「アイオライト船長、我々が聞いているのはそんな事ではない。何故、貴殿は直属の上司であるジャスパー司令官からの指示を仰がなかったんだ?」「だって、この任務を受けたら報酬を倍にすると言われたから……」「その証拠はあるのか?」「音声は記録したが、記録媒体は事務班が持っていってしまった。何度言ったら分かってくれるんだ」 頬を膨らませ、腕を組んで不満を訴える。 そんなローズマリーの三歩後ろで、焦げ茶色の大きなコートを羽織る彼女の部下が、退屈そうに目を擦りながら大きく欠伸をした。 フードを目深に被った彼の表情は見えない。それでも輪ゴムで手遊びを始めた彼に、会議場中段に座る薄いサングラスを掛けた男性が苦笑を浮かべて首を振った。 彼は木槌を二回打ち、デスクに備え付けられているマイクに声を乗せた。「皆々様、静粛に。発言の許可を頂きたい」「バーベイン殿」 ローズマリーの顔が少し明るくなり、欠伸をしていた部下が上へと視線を向ける。 彼女が『バーベイン』と名を呼んだその男性は、ローズマリー達を始めとした複数ある討伐隊の直属の上司に当たる存在だ。 バーベイン・ジャスパー司令官。軍属の一尉に当たる将校で、中年とは思えぬ端麗な容姿、整った口髭が凛々しさを際立たせている。 その柔らかな物腰と頭の切れる凄腕の『総司令官』という立場の彼を慕う仲間や部下は多いが、推薦を多数に渡り受けているにも関わらず、
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#6『嘲笑と侮蔑』
※「指図書の手配を疑うなど、我々に対しての冒涜もいい所だ」「……ヒヨス一佐」 少々小太りのその男は、胸元に『一佐』の階級章を携えており、地位は上から四番目に位置する。 軍内では全隊員達の上官とも言える相手。 しかし、ローズマリーは誰にも聞こえない声で「またか」と不機嫌そうに呟いた。「アイオライト三尉。実は我々の手元の資料に、その指図書が君達の自作だという報告が来ているんだがね」「……何?」 あまりにも眉唾な情報に、ローズマリーは思わず眉間に皺を寄せる。 バーベインは表情を変えずに口元で手を組んだが、「ジャスパー司令官も知っている」と話を振られた事で、心底呆れたように一瞬だけ天井を仰ぎ見た。「ヒヨス一佐……確かにその件についても、私の耳には入っています」 そう答えた事で、ローズマリーは若干不安そうな表情を浮かべる。 当然、その様子に気付いた彼も「やれやれ」溜め息を吐く。「しかし、何度も調べた末に『根も葉もない噂だった』という結論になったでしょう。証拠となる映像も、事務班に『存在している』……貴殿の部下も認めたではありませんか」「『あれ』は司令官殿に『脅された』と申していたぞ。その心労が祟り、彼は先日、軍を退役していった」 ローズマリーが片眉を上げ、バーベインの視線が鋭くなる。「『部下を失った』私の立場も考えたまえ。船長本人に聞かずして、そんな結果が納得できる筈もあるまい」「……『失った』、ですか」「報告が上がっているものを看過するなど言語道断。議会の原則書にもそう書いてあるが、まさか知らぬ訳ではなかろう?」 何処か得意げに意見してきたその男の言葉に、辺りからは数人の小さな笑い声が響く。 そんな中、ローズマリーもバーベインと同じく呆れた様子で俯き首を振った。「……一佐殿も毎度毎度、大変ご苦労な事だな。親愛なるご家族に『しつこい』と言われた事は無いのか?」 軽蔑を込めて冗談を放った彼女に、相手は鼻で嘲笑い返した。「負け惜しみは止したまえよ、可愛らしい船長殿」「あん?」「一介の三尉如きが、軍の財産である討伐船『チャーチグリム』を私物化し、あまつさえ船を危険に晒した。船員も定員以下の少人数、その上、得体の知れぬ若造ばかりで信用も出来ぬ。ここまでの大罪を犯して、お咎め無しとは行くまいぞ」「……おいおい、一佐殿」 仲間達の事
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#7『部下の男』
※ その風切音に、彼女は思わず顔を上げた。 一佐目掛けて、上から何かが落ちていく。彼の横にあるライトの傘に当たって跳ねたそれは、彼の側頭部に柔らかく触れて床に落ちた。 同じ瞬間にそれを目撃したバーベインはきょとんと目を見開き、一佐に対する侮蔑に開きかけた口を閉じる。「……何だ?」 一佐は感触のした箇所に触れ、咄嗟に辺りを見渡して飛んできた物を探す。 すると己の足元に、本来ならばそこにある筈のない、一センチに満たない大きさの黄色い包みが落ちているのを見つけた。 球体を覆う包みを、指で摘んで持ち上げる。それが小さな飴玉だと気付いた次の瞬間には、後頭部に先程と似たような感触を感じた。 首の側面、そして右の頬、耳の上……何故か次から次へと飴玉が飛んできては、肌に軽く触れてビロード調の床へと落ちていく。「な……何なんだ」 戸惑う彼の様子は会議場の誰もが見ており、はっと気付いたローズマリーが後ろに振り返った。 フードから退屈そうな表情を覗かせる部下が、親指と人差し指に輪ゴムを掛けて引き伸ばす。 即席のパチンコで目の前のある一点に向けて狙いを定める彼は、切れそうな程に長く後ろに引いた輪ゴムから、飴玉を放った。 大理石のレリーフに掘られた、美しい天使達に向けて放たれるカラフルな包み。それは彼の指を離れる度に、何処かへと弾かれながら跳ね飛んでいく。「……あのー……フェンネルくーん……?」 普段彼女が言わない名で呼んでも、彼は答えずに首を傾げては飴玉を構えている。 一佐の額やこめかみなど、色んな角度から何度も何度も鬱陶しく肌を掠め触れていく小さな飴玉に、彼はローズマリー達を指差して大声で怒鳴り付けた。「おい、小僧! 一箇兵の分際で、さっきから何をしているんだ!」 突然の奇行に走った部下を不思議に思ったローズマリーは、怒鳴る男を無視して、部下に小声で話し掛けながら近付く。 すると彼はローズマリーの身長に合わせて屈むと、彼女にだけ聞こえる声で耳打ちした。 あまりにも小さな囁きに何度か聞き返すローズマリーだったが、ふと彼の指差す方向に目を向けると、その意図を言葉に出して確認する。「……何? あの彫刻の……額の上に、飴玉を当てたいのか?」 レリーフに掘られた天使達の中に、天井を見上げ顔が上に向いているものがある。目標の距離は彼からそれ程離れてはいな
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#8『導きの女神』
※ 会場の空気は瞬く間に凍り付き、静まり返る。 ただ、フェンネルが飴玉を咀嚼する音だけが、はっきりと会場内に響き渡っていた。「ふぇ、ふぇふぇフェノンくんん? か、かか会議中に遊んじゃ駄目じゃないかなぁぁっ?」「……発砲許可を」「だだだ出さないぞぉ!? 許可なんて必要無いだろぉ!? 絶対に出さないぞぉ!?」 部下の真意に気付いたローズマリーが冷や汗を滝のように流しながら、引き攣った笑顔でにこやかに彼を叱る。 ベルトに拳銃でも持っているのか、後ろ腰から手を離さない彼と、その手を掴んで部下を止めようと焦る少女。 そんな彼等を何故か微笑ましく見ていたバーベインは、未だ怒り冷めやらぬ様子のフェンネルに明るい声で話し掛けた。「宜しいかな、メノウ上級曹長」「………………」「会議場内で飴ちゃんをいっぱい飛ばしたら勿体無い。貴重な糖分を無駄にしたら『めっ』じゃないか」「そ、そうだそうだ。『めっ』だぞ、フェノン」 小さい子をあやす様な二人に対し、フェンネルは舌を打って腰から手を離す。  「『ごめんなさい』は?」と謝罪を促す彼女の手を振り払い、腕を組んだ彼は不貞腐れた様子でだんまりを決め込んだ。 会議に参加していた誰もがフェンネルの見せた本気の殺意に恐怖で慄き、場内には笑って誤魔化そうとする船長と、和やかに微笑む司令官の会話だけが場違いに響き渡る。 バーベインは木槌を二度打ち、ローズマリー達に処遇の結果を述べた。「ははは、まぁ仕方無い。会議中『賑やかにした罪』で、メノウ上級曹長にも罰則を課しておこう」「バーベイン殿、どうかご容赦を……!」「『飴ちゃんを無駄にしてゴメンナサイ』って書いて、私宛に提出するように。それが上級曹長への処遇だ」「ば、バーベイン殿……?」 不満げに「ふん」と鼻を鳴らしたフェンネルの横で、ローズマリーが目を丸くする。「船長殿も、取り敢えず『閃光砲(レーザー)の無謀な使用はしません』って書いて提出しなさい。彼の反省文と一緒に本部の私宛へ郵送出来たら、今回のお咎めは終了だ」「そ……それだけっ?」「おや? 不満なら、控訴を申し立てる事も出来るが……」「ま、まさか! ありがとうバーベイン殿! いや、違う違う、本当にすまなかった!」 思わず感謝を述べてしまった彼女に、バーベイン殿は「気を付けて帰りなさい」と笑顔を見せる。 
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#9『母と子供達』
※ 「マリーさん達、まだかな……」 足元の小石をハート型に並べながら、その青年は空を見上げて小さく呟く。 赤いスカーフから覗く首元からは、右頬に掛けて大きな火傷の跡が目立つ。その古い傷を指で軽く掻き、青年は何度目かの溜め息を吐き出した。    以前、彼は船長に茶々入れしてきた将校に対し、殴りかかった前科がある。  当然ながら会議場からの永久追放と立ち入り禁止を言い渡され、それ以来、会議の度に正面玄関の前にある階段に腰掛けて、船長を待っている。 会議が始まって、約二時間と三十分。  する事も無く、ぼんやりと座っているだけの彼の足元には、いつの間にか蝶が群がり羽を休めている。「はは、こんちわ」 虫に挨拶をした彼の肩へ、続けて小鳥も飛んできた。  スカーフに身体を埋めて目を閉じた小鳥を撫でた時、のっそりと歩いてきた野良猫が、彼の傍らで腕を仕舞って座り込む。  爽やかな風に髭を揺らしながら、猫はうとうとと気持ち良さそうに居眠りをし始めた。  それらを追い払う事もせずに、彼は慣れた様子で傍らの猫を撫でながら、退屈そうに大きな欠伸をする。 彼の気分が穏やかで落ち着いている時は、決まって沢山の生き物達が彼に集まりってきた。  それはさながら木漏れ日の輝きが心地良い、止まり木の様な感覚だろうか。 見上げた先には、白い雲が青く広い空をゆっくりと流れていくのが見える。  噴水に反射してキラキラと輝く陽の光に、小さな飛沫を上げながら流れる水の音色。  夢へと誘うような心地良さに、青年はスカーフと同じ赤い瞳を閉じた。「……良い天気だなぁ」 世界は冬から春へと変わろうとしている。  花が芽吹き、命が活発になっていく季節の中で、自然と一体になった様な感覚はいつも彼を幸せな気分にさせてくれる。 ローズマリー達『チャーチグリム号』に拾われ、その目が醒めた時から、青年は命あるものの位置が鮮明に把握出来る能力を持っていた。  そんな彼にとって、命が星の様に輝く様を感じる瞬間は、まさに至福の一時と言えよう。 命を溶かし育む土の匂い、優しく降り注ぐ日の暖かさ。  道を伝い流れてゆく水の音、肌を柔らかく撫でていく風の感触。  人々の体温、動物達の吐息や、小さな虫が葉を食べる音など……辺りに存在する命が、忙しなく動いているのが手
last updateLast Updated : 2026-11-05
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#10『異変』
※ 会議場から、東へと歩き始めて十五分。 途中で腹拵えも済ませた三人が船へと帰還した時、最初に違和感を訴えたのはリンデンだった。「……ねぇ、何か変」「!」 ハッチの取っ手を握った瞬間に感じた異様な気配。 リンデンはすぐに後ろの二人へ注意を促し、そっと取っ手から手を離した。 彼はドアの小窓から顔を覗かせ、中の様子を伺う。 ローズマリーとフェンネルは顔を見合わせると、船内を覗き込むリンデンの背後や頭上、彼の死角になる方向の警戒を始めた。「……何だと思う?」 入口のドアに耳を寄せ、リンデンが問う。 後ろ腰のホルスターに差していた拳銃を抜いたフェンネルは、グリップに弾倉を差し込むとスライドを引く。 薬室内の弾丸を確かめながら、彼はリンデンに「さぁな」と答えた。「今日はユズさんも船から出てない筈だ。あの人に何かあったんだとしたら、今この中にいるのは相当な化け物だぜ」「会議前に話をした時は、特に異常は無いみたいだった。要救護者の子が起きた、とは言っていたが……」「えっ、じゃあ、その子が『化け物』って事?」 リンデンの一言にフェンネルが舌を打つ。 三人の間に、妙な沈黙が流れた。「……まさかぁ」 冗談めかして言ったローズマリーだったが、その笑顔は引き攣っていた。「……どっちにしろ、警戒するに越した事は無ぇ。リンデン、戦闘準備」「あの……本当ごめん、フェンネル」「あぁ?」「実は全部、部屋に置いてきちゃっててさ……」「なんで」「街に出るだけなら必要無いと思って」 次の瞬間には、フェンネルの拳がリンデンの脳天を抉るように回転した。「いででででで」「テメェ仮にでも船長付きの護衛ならちょっとは武装していけよアホが」「ゴメンってぇ」 こんな時でも相変わらずな二人に、ローズマリーはつい苦笑を浮かべた。「こらこら、止めなさい。フェノン、リンに何か貸してやってくれ」「自業自得」「リンだって、うっかり相手を殺してしまわないように工夫して頑張ってるんだから。今回は許してやれ」「マリーさん……!」 露骨な溜め息で呆れてみせたフェンネルは、腰に差していた短剣(ダガー)を鞘ごとベルトから引き抜いてリンデンに投げ渡した。「このアホが。折ったら殺すからな」「だからゴメンってぇ。ちゃんと研いで返すから」「グズが」「んもー」 リンデンは
last updateLast Updated : 2026-11-05
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