All Chapters of 外見至上主義の彼が、どうして私だけを愛するのか: Chapter 11 - Chapter 20

53 Chapters

第11話

私はやれやれと心の中で息をついた。 桜生は相変わらずだ。大成さんが去ったからといって、すぐに空気が和むわけではなく、大成さんの背中をジッと睨みつけていた。 このままでは、また余計な言い合いになってしまう。 私は頭を切り替えるように、少し冷たく桜生に告げた。 「桜生。私たちの新しい企画書、ちゃんと目を通してくれる?」 「見る必要はない」 桜生と一緒に幼稚園へ通っていた頃から、桜生はいつもそんな調子だった。 他の子たちと桜生の違いといえば、御曹司という立場くらいだったはずだ。本人が望んで師弟関係を築いているわけではないだろうけれど、周囲の大人たちから放たれる、 『桜生くん、とても素晴らしい絵ですわね』 『お父様譲りの才能があるのですね』 『お母様に似て容姿端麗で』といった言葉の数々が、少しずつ桜生を歪めてしまったのかもしれない。 もっとも、私の家柄だってそれほど悪くはない。 だからこそ、海皇星家のご両親が、私の両親に向かって『レナちゃんを将来のお嫁さんに……』と微笑ましげに語りかけている場面も、子どもの頃から何度も目にしていた。 「代表っ!」 慌てた様子でこちらに向かって走ってくる、真紀子の声が聞こえた。 真紀子は私の頭から足先までしっかり見ていた。 「黒川さん。どうされました?」 「代表、『どうされましたか?』じゃないですよ。花川様から『連れ出してくれ』と言われましたから、何かされたのかと思いました」 真紀子はそう言って、桜生へ鋭い視線を投げた。 「海皇星様。いくら何でも、強引過ぎます」 真紀子はそう言いながら、右手人差し指を突き出して桜生へ問い詰めだした。 「私たちの資料も確認せず、契約するなど言い出しますし。勝手に代表の手を引いて……」 真紀子に問い詰められている、桜生はどんどん壁へ押されていた。 「これは、完全に誘拐ですから」 ここまで言い終えた真紀子は、そのままの勢いで細めた目を私へ向けた。 「黒川さん。桜生とは特に何もないですよ」 眉を下げ両手を広げ『降参です』と言わんばかりに、真紀子へ伝えたのだけれど、気がおさまらないようで、次は私に人差し指を突き出して迫ってきた。 「代表。とにかく、隠し事はよしてください」 真紀子がそう言い終えると、私の手首
last updateLast Updated : 2026-08-11
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第12話

「鏡見、余計なことを口にするな」 桜生はそう言って、手のひらを鏡見さんに見せた。 鏡見さんは何も言わず、そっと桜生の手のひらへサインペンを置く。 「えっ? 桜生、サインするの?」 思わず、サインをしようとする桜生の行動を止めさせた。あまりにあっさりと何も言わずにサインされるのは、私としてはすっきりしない。企画案でもあるのだ。意見の違いは出るもの。それを、桜生は何も言わずサインをしようとする行動に違和感でしかなかった。 「しっかり読んだ。理解もした」 それでいいだろうと言わんばかりの物言いだった。 「桜生の仕入れてくる商品を、私たちが使用するのよ。どう見せてほしいとか、トイレにこれの壁紙は無理だとかそう言った意見を述べてほしいのだけれど」 桜生の目を見て、資料へは指を差し示した。 「微調整するのは、後日でいい。契約を先に進める。俺も暇じゃない」 桜生はぶっきらぼうにそう言った。 「代表、サインだけでもいただけるなら問題ないかと」 しばらくの沈黙を破ったのは真紀子だった。 一番、真紀子がこの設計に関わっている。何としても契約を結びたい気持ちは分かる。だけど、契約後の微調整となると予算オーバーにもなりかねない。 (桜生は何を考えているの?) 「レナ、連絡先だ」 急に、桜生が自身のポケットからスマートフォンを取り出し、私の前に置いた。 「会社携帯じゃなくて?」 「個人携帯だ。レナも個人携帯を出せ」 桜生からそう言われ、私は戸惑いながらも、なぜか逆らうことができずに個人携帯を差し出していた。 「俺の番号を打ち込んだ」 桜生はそう言って、私に自身のスマホ画面を見せた。それだけでは飽き足らず、私のスマートフォンから桜生のスマートフォンへと発信履歴まで残させた。 「桜生? 微調整を後日にする理由を聞きたいの」 私の問いかけに、桜生はスマートフォンをテーブルに置き、ふっと不敵な笑みを浮かべた。 「理由、知りたい? 今度プライベートで会うときに教えてやるよ」 「プライベートって」 桜生と仕事以外で会うことなんて、絶対にない。 私が嫌だ。 「桜生と私はそんな関係ではないでしょう。仕事以外、連絡しないでほしい」 私がそう言うと、真紀子が咄嗟に口を開く。 「代表! ここは
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第13話

桜生は私の右手を何度も右に左に、手のひら、手の甲を上下させて見ていた。 一通り見終えると、桜生は鏡見さんへ視線を向けて『お前も見てみろ』と言わんばかりの表情を見せている。 鏡見さんは一瞬私へ視線を向けたけれど、すぐに桜生の耳元へ顔を近づけていた。 何かを囁いている。桜生の眉がわずかに動いた。 「レナ様。少々失礼します」 鏡見さんはそう言って、私の右手にそっと触れた。 指先が触れた瞬間、桜生の視線がさらに鋭くなる。 鏡見さんも桜生と同じように、何度も私の右手を鑑定するように見入っていた。 「失礼ですが、レナ様。この指輪は、どうされましたか?」 鏡見さんは申し訳なさそうにそう言っているけれど、その目は鋭く何か疑っているようにも見えた。婚約指輪か結婚指輪か、そう思っているはず。 「私を守る指輪ですよ」 「レナ、誰からもらった?」 桜生の声は、低かった。 「大成さんからいただきました」 笑顔でそう言うと、桜生と鏡見さんは互いの視線を合わせた。 桜生は何も言わず、席を立った。 「レナ様。申し訳ございません」 鏡見さんも桜生と同様に席を立った。 「次の仕事がありますので、今日はこの辺で失礼いたします」 鏡見さんはそう言って、頭を下げた。 桜生へ視線を向けると、すでに出入り口へ向かっている。 「お会計は済んでおりますので」 鏡見さんはそう言って、足早に桜生を追っていった。 カランコロンと音を立てて扉が閉まる。 真紀子と山川と残された私は、呆然と互いを見合わせた。 「……一体、なんだったの」 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。 仕事の話はまだ半分も終わっていない。中途半端な打ち合わせの意味は『後で、微調整する』それが狙いだったのかとさえ思えた。 忙しいことは分かっている。私だって忙しい。自己中心的過ぎて、しっくりこない。 私は、フーと口から息を吐いた。怒りを抑えるために、迷いを吹っ切るつもりで。 すると、真紀子が覗き込んできた。 「代表。海皇星様は、代表のことを気にかけています。だから、今日みたいな接し方は避けるべきです」 私は答えに詰まった。 あの瞬間、桜生の目つきが変わったこと。そして、私の右手薬指にある指輪をじっと見つめていたこと。 (桜生に限
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第14話:密室

桜生たちの突然の退室に引きずられた奇妙な緊張感を、車内のエアコンの風がかき消していく。実家からも遠く離れ、真紀子と山川以外の誰にも居場所を知られていない私の家。 山川の運転で、自宅のマンションへと向かった。 私と真紀子、山川の三人が部屋に到着して一息ついた、その時だった。 ピンポーーーン…… 電子音が、静かな部屋に響き渡る。 私と真紀子は同時に顔を向けた。 「代表、何か頼まれましたか?」 「いいえ。何も」 山川がドアホンの画面へ歩み寄り、確認して息を呑んだ。 「レナ代表……花川様のようです」 「大成さん……?」 思わず声が漏れる。 モニター越しに見えるその姿の背後には、見慣れないスーツ姿のスタッフが、何人もの大きなガーメントバッグや専用ケースを抱えてずらりと控えていた。 (どうして……?) あのGPS付きの指輪を、こんな形で使われるとは思ってもみなかった。 「レナ代表。だから、言ったじゃないですか」 山川は少し声を荒らげるように言った。 「花川様は、欲しいと思ったものは手に入れたい人だと言いましたよ」 山川を疑っていたわけではない。ただ、まさかこんな風に位置情報を使われるとは思っていなかったのだ。 私を守ってくれるはずの指輪は、いまや私の居場所を正確に告げる檻の鍵になっていた。 「どうしましょう……」 私は山川へ視線を向けて助けを求めた。 「どうしましょうも何も、ここに住んでいることを知られた以上、ドアを開けるしかないじゃないですか」 山川の言っていることはごもっともだ。しかし問題はそこじゃない。連れてこられた複数のスタッフたちに、このマンションの家主が私だと知られるわけにはいかなかった。下手に知られれば、またいつアンチファンへプライベートの情報を売る人間が出てくるか分かったものじゃない。 「花川様がもう一度インターフォンを押し直そうとしていますよ」 山川がモニターの端を指さす。画面の向こうの大成さんは、首を傾げている。 再びボタンに手をかけていた。 「電話をかけるのはどう? 今、外出しているって言えば済むかしら?」 私の言葉に、山川は大きなため息をついた。 「レナ代表。いいですか、指輪がここにある以上そんなこと言って何も変わりません。それに、指輪を外
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第15話

女性スタッフたちに囲まれ、無理やりドレスをあてがわれ、メイクを施された。 「とても、綺麗ですよ」 そう言って一人の女性スタッフが手鏡を渡した。 身体の自由を奪われたまま、私は手鏡を受け取る。 自分の顔、髪型を見たけれど、喜ぶ間なんてない。真紀子、山川が大成さんや土門さんへ注意をしないことの不安。そして、この二人に何かあったのかという心配や恐怖で早くリビングルームから抜け出したい。 ドレスの裾を整えていた女性スタッフがしゃがんだまま視線を私へ向けた。 「望月様、花川様がお待ちしておりますので」 静かに膝を伸ばし立ち上がった女性スタッフがそう言った。 いつの間にか私以外の人間が主導権を握りアウェイな空間に仕上げられている。 それに、どれを見ても高価な物ばかり。こういう場所で、何も知らずに善意だけを受け取るほど怖いことはない。アンチファンに個人情報を売られても困る。 リビングルームに置いてある、引き出し付きテーブルへ手を伸ばす。 「これを」 女性スタッフの手へ、小さな可愛らしい封筒を手渡した。 「望月様、これは……」 先ほどまで微笑を向けていた女性スタッフは、中身を確認する前に察したのか顔が引きつった。 「代金は花川様よりいただいております」 ここにいる人たちが、私の名前や住所を誰かに売らない保証なんてない。 「では、こうしましょう。私をここまで綺麗にしてくださったお礼に渡したいのです」 スタッフの指先が、封筒に触れることなく止まった。 やっぱり、金額の問題ではない。大成さんからすでに十分な報酬を受け取っている彼女たちに、私から現金を渡せば、別の意味に受け取られる。 「分かりました」 引き出しへ封筒をしまい、代わりに別の物をスタッフの手に渡した。 「これは、いかがかしら?」 「これは、新商品のお手入れセットですよね?」 「サンプルとして、使っていただけますか?」 女性スタッフは目を輝かせていた。 店頭へ並べると即完売するお肌のお手入れセット。ある有名な配信者さんのお陰で新開発にも関わらず、手に入りにくいとSNSでは持ち切りになったほど。 「スタッフは何名いますか? 皆さんの使用感をお聞かせいただけると嬉しいのですが」 お手入れセットを見つめている女性スタッフが私
last updateLast Updated : 2026-08-13
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第16話

「レナ、準備はいいか?」 扉越しに聞こえた大成さんの声は、弾んでいるようにも聞こえた。けれど、どこか低く、男性特有の圧を感じさせる声音だった。 先ほどまで私のそばにいた女性スタッフが、私へちらりと目を向ける。 私は言葉を発さず、小さく頷いた。 「花川様、どうぞお入りください」 女性スタッフは背筋を伸ばし、静かにリビングルームの扉を開けた。 扉の向こうに立っていた大成さんと目が合う。けれど、第一声はなかった。 ただ、私の姿を上から下まで、値踏みするように見つめている。その視線に、私は思わず背筋を正した。 「大成さん、困ります。こんな勝手なことは」 いつもよりも声を低くしてそう告げた。 「勝手とは人聞きが悪いな」 大成さんはそう言いながら、顎に右手を添えた。 何か言葉を探しているようにも見える。けれど、その目だけは私から離れない。 「いつもの大成さんではないように感じます」 「今夜は僕のエスコートで、最高のディナー・セレモニーにする」 そう言って、大成さんが私へ近づいてくる。 一歩。また一歩。 逃げる間もない距離まで迫ると、突然、腰へ腕を回された。 「……大成さん?」 そのまま身体を引き寄せられる。まるでパーティーでダンスへ誘うような優雅な所作。けれど、腰に添えられた指先には、私の自由を奪うほどの力が込められていた。 「レナは、断る理由も、拒否する権利も、すべてない」 「何を――」 私は反射的に大成さんの肩を押す。けれど、びくともしない。 「大成さん……」 何をするつもりなのか。その答えを求めるように見上げても、大成さんは何も言わない。ただ、私を見つめたまま、腰に回した腕へさらに力を込めた。 「レナ」 耳元で名前を呼ばれる。その声に、思わず息を止めた。 「海皇星には渡さない」 「桜生とは、ただの幼馴染……」 必死に言葉を返す。けれど、大成さんは私の言葉を遮るように呟いた。 「誰にも触れさせたくない」 その瞬間、身体がふわりと浮いた。一瞬の出来事に、私は反射的に目を閉じる。 次に感じたのは、お尻に伝わる冷たい感触だった。 (テーブルの上?) そう気づいて、慌てて目を開ける。すぐ目の前に、大成さんの顔があった。 「あの……大成さん……」
last updateLast Updated : 2026-08-13
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第17話

「……わかりません」 絞り出すような声でそう答えると、大成さんはふっと柔らかく微笑んだ。その表情は一見すると恋人に向けるもののように優しかった。だけど、どこか現実離れしていて、かえって恐怖を煽られた。 「ゆっくり考えればいいさ。時間はたっぷりある」 大成さんはそう言って私から離れると、部屋の隅で控えていた女性スタッフたちへ視線を向けた。 「済んだか?」 「はい、花川様。完璧に仕上がっております」 代表として一歩前に出た女性スタッフが、恭しく頭を下げた。 本当の大成さんを、今日初めて見た気がした。 これまで私が見てきた優しさも、紳士的な振る舞いも、すべて私を信用させるためのものだったのだろうか。 (……でも、本当にそうなの?) 桜生と大成さんが遭遇した。その直後から、大成さんは明らかに変わった。 もしかすると、桜生に対する対抗心が、今まで隠していた感情を表に出させただけなのかもしれない。 「では、行こうか。レナ」 大成さんは再び私の手首を掴んだ。 導かれるようにドレッサーの前から立ち上がった。 リビングルームを出た瞬間、息を呑んだ。 そこには、真紀子と山川が立っていた。 真紀子は青ざめた顔で唇を噛みしめている。 山川は、両手を強く握りしめたまま、俯いていた。二人とも、私を見るなり何かを言おうとした。けれど、大成さんの姿を確認すると、言葉を飲み込んだ。 (この二人に、何をしたの?) 私の知る真紀子も、山川も、こんな顔をする人ではない。 「大成さん! これはどういうことですか?」 「少し大人しくしてもらっていただけですよ」 大成さんは、まるで何でもないことのように笑った。 「レナが想像するようなことは、何もしていない」 その言い方が、かえって怖かった。 何を想像しているのか。 「分かったような言い方、しないでください」 私が何を怖がっているのかも。何を望んでいるのかも。 大成さんに決められる筋合いなんてない。 それに、私の問いに大成さんはただ見ているだけ。怒るわけでもない、言い返すわけでもない。ただ、私が落ち着くのを待つように、静かな目を向けている。 その態度が、かえって腹立たしい。 「大成さん。黒川さんに何をしたの?」 「私は何もされていませ
last updateLast Updated : 2026-08-14
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第18話

「……はい」 私は迷いながらも、その手を取った。 大成さんの指が、私の手を包み込む。 「今夜は、何も考えなくていい」 「それは無理ですよ」 「どうして?」 「私は代表ですから。仕事のことを考えない日はありません」 そう答えると、大成さんが小さく笑った。 「そういうところも、レナらしい」 その笑顔は、いつもの大成さんと何も変わらない。 だからこそ、余計に分からなくなる。さっきの大成さんと、今の大成さん。どちらが本当の大成さんなのだろう。 私は視線を逸らし、真紀子と山川を見る。 「二人とも、大丈夫?」 「はい」 真紀子が答える。けれど、やっぱり声に力がない。 「問題ありません」 山川も黙ったまま頷いている。 私は二人の姿を確認してから、大成さんと並んで歩き出した。 廊下を抜け、玄関へ向かう。 扉が開く。エントランスを抜けると、外には黒塗りの車が一台、静かに停まっていた。 運転手がすぐに後部座席のドアを開ける。 「どうぞ、レナ」 大成さんに促され、私は車へ乗り込んだ。大成さんは私の向かい側に腰を下ろした。 その少し離れた席に、真紀子と山川が乗り込む。助手席には土門さん。 全員が乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。 窓の外へ流れていく街並みを眺める。今日一日だけで、あまりにも多くのことが起きた。 全国放送。 大成さんからのGPS付き指輪。 プロジェクトの打ち合わせ。 桜生との契約。 これから、ディナー・セレモニー。 そのすべてが偶然なのか。それとも、誰かが、意図的に繋げているのか。 私は無意識に、右手の薬指へ触れた。指輪の冷たい感触が、指先に伝わってくる。 大成さんの声が、車内に静かに響いた。 「レナ」 私は顔を上げた。 「今夜、君に見せたいものがある」 「見せたいもの?」 「着いてからのお楽しみだ」 大成さんは、そう言って微笑んだ。 私はその笑顔を見つめながら、小さな不安を押し殺した。 今夜、いったい何が待っているのだろう。まだ、その答えを私は知らなかった。 *** 同じ頃。 俺は今日、ようやくレナと個人携帯の連絡先を交換した。 だから、帰宅するとすぐに電話をかけた。 『おかけになった電話番
last updateLast Updated : 2026-08-14
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第19話

車が滑らかに停車した。 窓の外に広がっていた夜の闇を切り裂くように、眩いばかりの光が飛び込んでくる。そこは、都内でも限られた者しか足を踏み入れることのない、会員制の超高級レストランの敷地だった。 「到着したよ、レナ」 大成さんの穏やかな声とともに、ドアが開く。 私は深く息を吸い込み、重い足取りで車を降りた。 振り返ると、真紀子と山川も、少し離れた位置から無言で私に付き従うように車を降りた。二人とも、私のすぐ後ろについた。 土門さんは大成さんの背後に控え、周囲を見渡している。 その視線は、レストランへ向けられているというより、周囲に不審な人物がいないか確認しているように見える。 (……警戒している?) 何に対してなのかは、分からない。 ただ、その様子を見ていると、胸の奥に小さな不安が生まれた。「どうぞ、花川様」 レストランの専属スタッフと思われる男性が、深々と頭を下げた。 大成さんに促され、私はそのまま店内へ足を踏み入れる。 途端に、柔らかな照明に包まれた広い空間が目に入った。天井から吊るされた大きなシャンデリアが、床や壁を淡く照らしている。けれど、私が最初に目を奪われたのは、そこではなかった。 広々としたメインダイニングの中央、そこには、私たちのために用意された一卓だけが置かれていた。他のテーブルは、すべて片付けられている。 「……ここは?」 思わず足を止める。 「今夜、僕たちのために用意してもらった」 大成さんは、当然のことのように答えた。 「このフロアを?」 「そうだよ」 その一言に、私は店内を見回した。 確かにメインダイニングには、私たち以外の客はいない。けれど、店そのものが閉まっているわけではないらしい。奥へ続く廊下の向こうから、かすかに人の話し声が聞こえる。個室や別フロアには、他の客もいるのだろう。つまり、大成さんが貸し切ったのは、この場所だけ。 「……ずいぶん、大げさですね」 「レナには、このくらいがちょうどいい」 大成さんはそう言って笑った。 その笑顔に、私は曖昧に微笑み返す。 壁際には、生演奏のためのスペースまで用意されていた。弦楽器を手にした音楽家たちが、私たちの入店を待っていたかのように静かに演奏を始める。優雅な旋律が、広い空間へゆっくりと広がっていく。まるで、ここだけ時間の流れが違うよう
last updateLast Updated : 2026-08-15
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第20話:白黒はっきりしない関係の終わり

車を飛び出し、指定された高級レストランの扉を蹴破る勢いで押し入る。 「桜生様、お待ちください!」 鏡見の制止を振り切り、俺はフロアへと足を踏み入れた。 天井の高いメインダイニング。その中央に置かれたたった一つのテーブルの周りには、弦楽器の生演奏が場違いに響いていた。 そして、そこには見慣れたレナの姿と、向かい側に座る花川大成がいた。 「レナ!」 俺の声に、二人が同時にこちらを向く。 大成はわずかに眉をひそめた。 (何だ、その余裕の笑みは) レナは、驚愕とどこか安堵したような複雑な表情で俺を見つめている。 (不安だったんだろう。レナ) 「……桜生?」 レナが名前を呼んだ瞬間、大成が立ち上がった。 (俺を遮るつもりか) 大成が睨みをきかせている。 「これは驚きましたしね」 大成はそう言って、俺の行く先を止めるように前に立ち塞いだ。 「海皇星様。ここは営業中ですが、この場所は僕のプライベートな空間ですよ」 胸くそ悪い笑みを俺に向けてそう言い、目を細める。 「アポなしですよね? 海皇星家のご子息は、強引ですね」 大成の声には不敵な響きがあった。 俺はその言葉を無視し、大成をまっすぐに見据えて言い放つ。 「白々しい。レナを連れ出したのは花川様では?」 「日ごろからお世話になっているお礼ですよ。何かご勘違いをされているようですね」 大成の物言い、俺を見下しているようだ。 「花川様、それだけでしょうか? 俺から見れば、レナを怖がらせているだけにしか見ませんが」 俺がそう言うと、大成は態度の大きさを表したかったのか、ワハハと笑い出した。 レナの横に膝をつき、手を取る。 (あいつ、何をするつもりだ) 「レナ」 大成はそう言って、レナの顔を真剣な目で見つめている。 「僕の気持ちは、伝わっているよね?」 大成のその言葉に、背筋が凍るような嫌な予感が走った。 俺は花川大成のこと、よく知っている。とにかく白黒はっきりしている。好きな女性にはとことん尽くし、回りくどい駆け引きなどしない。 (だから、大成はレナにあの指輪を送った) 自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるのが大成の流儀だからな。 (ふざけるな……!) 「大成……さん?」 レナが困ったよう
last updateLast Updated : 2026-08-16
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