外見至上主義の彼が、どうして私だけを愛するのか のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

53 チャプター

第21話

桜生に腕を掴まれたまま、気づけばレストランの敷地から少し離れた駐車場に着いた。 「レナ、その指輪は外せ」 車内に乗り込む前に、桜生にそう言われた。 「だけど……」 「何に使うためか知っているか?」 「もちろんです」 「レナ、バカだろう。理由を知っていて付けているのか」 桜生はこれまで以上に怖い顔で私を攻めるような言い方をした。 私にしてみれば、桜生から逃げたのもこれ以上傷つきたくない。罵られたくもなかった。なのに、どうしてまた私と関わろうとする。これ以上惨めな思いをしたくない。 「桜生。勘違いしているようだけど、この指輪は私が連れされてもどこにいるか見つけやすくするためのもの。それ以外に何もない」 「そんなことあるわけないだろう」 桜生はそう言って、私の腕を引いた。以前のように無造作に放り投げる感じではなかった。手がわずかに震えているように感じた。 私を車に押し込むというより、桜生の側に引き寄せるようにドアを開けた。 「後部座席に乗れ」 ただ、乱暴なのは昔も今も変わらない。いい大人になったのだから、大成さんのように「レナ、さぁ乗って」と、もう少しだけ丁寧に扱ってくれてもいいのに。でも、桜生は昔からそうだった。私の気持ちより、自分の正しさを優先する人だった。 「これまでに、何度も連れ去られているの。その度に、大成さんが助けてくれている。それは、大成さんが開発したGPSのお陰」 ここまで言えばさすがの桜生も理解できるはず。 私は右手薬指の指輪を軽く触った。 「外せ! 今すぐ」 桜生はそう言って、私の右手に手を伸ばした。さっきよりも桜生のその手は震えている。 「どうして、私を困らせるの? 私は桜生が嫌いなの」 その言葉を口にした瞬間、桜生の手が止まった。 指先の力がふっと抜けて、指輪に触れていた手がそのまま私の手の上に残っている。桜生は何も言わない。ただ、私の顔を見つめたまま、固まったように動かない。 私がこんな言葉を言うとは思ってもみなかった? だから、怒りを越してうぬぼれるなと口を開こうと思っているの? 「レナ様は、桜生様のこと避けておいででしたね」 沈黙を破ったのは、鏡見さんの低い声だった。 『はい』と言えばいいのに、私の口は開かなかった。 ただ、鏡見さんの問
last update最終更新日 : 2026-08-17
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第22話

そう思っているとおもむろに、桜生が車から降りた。 何も言わない桜生を目で追う。私の座っている後部座席のドアが開いた。 「……話がある」 桜生はそれだけ言って、私の手首を優しく掴んだ。 「降りろ」 「桜生? 何がしたいのか分からない」 ただただ桜生は掴んだ手首を引っ張る。 「自分で降ります。だから、その手を離して」 私がそう言うと、桜生は何も言わずスッと手を離した。 「レナ様、話だけでも聞いてあげてください」 私が車から腰を上げる瞬間、鏡見は首だけをこちらへ向けてそう言った。 車から降りると、再び桜生は私の手首を掴む。 「婚約者がいるなら、この行動は控えるべきじゃない?」 これは桜生を気遣ったわけでもない。また、私をいじめる女性を増やしたくないための言葉だ。 桜生は冷たい目をして、私の手首を自身の腕へ引き寄せた。 本当に私の話を聞いてくれないのね。私だって今スキャンダルを起せば、テレビやネットで大騒ぎになる。真紀子や山川だけで、対処しなければいけなくなる。 「桜生? この手はやめましょう。私も困るから」 そう言いながら、桜生の腕を強く私の方へ引くけれど、びくともしない。 私は周りを見渡しながら、こちらを見ていないか通行人へ視線を向ける。 ふわっと私の頭に何かが被さった。 「これで、気にしないでいいだろう」 いつの間にか、大きめのレースのハンカチのような布で顔を隠した。 こんなに気を遣ってくれる桜生の姿は、初めてだった。 「どこに行くつもり?」 「何も喋るな。今、スキャンダルになると困るんだろう」 「うん」 私は桜生の腕に手を添え、レースのハンカチが飛ばされないように片方の手で押さえた。地面を見ながら歩く私を気遣うように、歩幅を合わせてゆっくりゆっくりと歩む。 地面を照らす明かりが先ほどよりも強くなる。少し上を向こうとした瞬間、桜生が私の頭を押さえた。 「まだだ」 「えっ?」 「今、ホテル内に入るところだ。バレるぞ」 桜生にそう言われて、私はまた地面を見る。その少し先には赤色の絨毯が見えた。 「海皇星様。お持ちしておりました」 絨毯の上には磨き上げられ光沢のある紳士靴を履いた男性、二名が桜生と私を出迎えた。 「そちらの……方は?」
last update最終更新日 : 2026-08-17
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第23話

しばらくすると、会場内は真っ暗になった。 「代表」 真紀子の声がどこかから聞こえた。 「レナ代表」 続けて山川の声も飛んできた。 「花川様のGPSのお陰で、見つけられました」 真紀子が私の腕を軽く添えて、少し息を切らしながらそう言った。 続いて、山川が口を開いた。 「一先ず、海皇星様とご一緒ってことは分かっていたのでいいですが。このようなことをされては困ります」 「レナのボディーガード兼運転手の山川さんだったね」 「それが、何ですか。質問に答えてください」 「……今後、大成とレナが会う時は俺に一言連絡をしてくれ」 「は? 海皇星様に報告をしなければならない理由でもあるのですか? 関係ないですよね!」 私の頭に被せていたレースのハンカチを桜生が外す。 「これから、関係してくる。正確に言えば、今日から関係してくる」 「レナ代表と海皇星様が関係するのですか?」 「もうすぐ、分かるさ」 桜生はそう言って、周りを見渡した。 山川は納得のいく説明をされていないことに、右手の拳を強く握りしめていた。 「山川さん。何か桜生にも事情があるようです。私も無事でしたから、怒りを鎮めてください。それに、今このディナー・セレモニー会場で口論している方が、問題になりますしね」 私はそう言いながら、山川が握り締めている右手を優しく包み込む。 「ですが……レナ代表」 「いつも、山川さんが気にしてくれるからこそ私も真紀子も安心できます」 私がそう言い終わると、桜生は無言のまま山川へ添えている手へ自身の手を伸ばした。 「レナ、軽々しく男の手を取るな」 桜生はそう言って、山川と私の手を切り離した瞬間、会場の照明が一気に落ちる。耳に届いていたジャズの生演奏がピタリと止まった。 「停電ですか?」 真っ暗で何も見えないけれど、周りを見渡した。 「黒川さん、山川さんはいる?」 「はい。ここにいます」 真紀子の声だ。 「はい。自分もいます」 山川の声も届いた。 次の瞬間、眩しいほどのスポットライトが中央の壇上へと降り注いだ。 「それでは、本日の主役、海皇星桜生様のご入場です」 アナウンスと共に、何千人、いいえ、何万人もの人たちの上品な拍手が会場を響かせた。 これが、海皇
last update最終更新日 : 2026-08-18
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第24話

一人の女性が強い口調でこう言った。 「海皇星様! 答えてください。これは日本を揺るがす事態になりますよ」 その言葉は、会場を一瞬にして氷の国のように凍り付かせた。 (日本を揺るがす……) 私の家と同等であったはずの海皇星家や山城家。桜生から逃げ出してから両家はどこまでも成長していた。 どよめきが波のように広がる中、桜生は壇上からこちら側へ視線を送っている気がした。 目が合っている。 何をしようとしているの。 「皆さまが気になさっている、質問の一つをお教えいたしましょう」 桜生はそう言って、指を鳴らした。 その瞬間、私の頭上から目が眩むほどの光が降り注いだ。 目を細め、周りを見渡そうとしたけれど照明が強すぎて目を開けていられない。 「俺の隣に立つべき人は、山城家ではない」 会場がざわついた。 「そこにいる、俺の許嫁だ」 その言葉は、私の人生を根本から覆すようだった。 曖昧だった幼馴染という関係は、この瞬間、逃げ場のない許嫁に変わる。ただの子ども時代に交わされた口約束だと私はずっと思っていた。だけど、桜生はそれをただの思い出になどしていなかった。 視界が白く染まり、耳を塞ぎたくなるような拍手と罵声が入り混じった。 私はただ、細めた目で壇上の桜生を見つめる。 (……これが、白黒はっきりしない関係の終わり?) いいえ、終わりではない。 これは、地獄のような愛憎劇の、本当の始まりでしかない。 「レナ!」 壇上から降りた桜生が、スポットライトの光を背負いながら、こちらへ真っ直ぐに歩いてくる。私に向けられる桜生の目がどんどんと近くなる。どうしてだろうか、その視線から目を離すことができない。それでも私の耳には、ざわめく会場内の声は届く。 我が物顔で割って進む桜生に、周囲の人は誰も声をかけられない。人が桜生を避けるように道を開ける。誰も近づけない神のように桜生を避けるように、道を開ける。 (来る……っ) 桜生が通った道の途中、大成さんの姿が目に止まった。いつもの優しい顔ではない。桜生を鋭い目で睨みつけていた。 視線を戻すと、既に私の目の前に桜生が立ち止まっていた。私へ手を伸ばしてくる。これまでのことは、なかったことにと言わんばかりに、差し出された手を私は見つめるしかなかった。
last update最終更新日 : 2026-08-18
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第25話:暗闇の駆け引き

初めに感じたのは、ひんやりとする空間だった。男性と女性の話声がこだまする。鼻をつくほどの埃っぽさ。 パイプ椅子のような硬い椅子に座らされた。 「この人、何を仕出かした人?」 先ほど男性と話をしていただろう女性の声が、近くで聞こえた。 「あまり、手荒なことをするのは好きじゃないだけどね」 その女性はそう言って、私の顔に巻かれていた布を解いた。 部屋全体がぼんやりとして、瞬きを何度か繰り返す。 ここは、どこ。 私は深く息を吸い込み、目の前の女性へ視線を向ける。 思考を巡らせなければ。ディナー・セレモニー会場から車に乗せられた。その間の体感は特にない。口元に何かタオルで塞がれていたことは覚えている。だけど、どれくらいの時間をかけてここにたどり着いたかすら、逆算できない。 さっきまで私の前に立っていた女性の後ろ姿が、はっきり見えた。これまでのアンチファンの連れ去りの容姿は、カジュアルの服装だったり、カラフルな服装の人たちだった。だけど、今、私の目に映る女性は黒のスーツで身を固めている。 「あの~」 私が一言発すると、その女性は振り返った。 コツコツとパンプスの靴音を立てて近寄った。 「あんたさ、誰に恨まれてんの?」 「えっ?」 「私ら連れ去り業界じゃないんだよ」 黒スーツの女性は呆れたように肩をすくた。 私の目の前でパイプ椅子の背を前にして足を広げ腰掛けた。美人過ぎて冷徹そうに見えるけれど、どこか肩の力が抜けているというか、仕事に慣れきったように自然な感じだった。 「……どういうことですか?」 「そのままの意味よ。私らは依頼されて、指定された女をここに運ぶだけの便利屋さ」 「アンチファンを装った人たちではない、ということですか?」 「一緒にしないでくれる? アンチでもなければチンピラでもない」 女性はそう言って、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。煙が薄暗い倉庫の中で小さな埃と一緒にフワリと幻想的な空間を作っていた。 「便利屋というお仕事は、どんなことをメインにされているのですか?」 「はぁ。あんたもどっかの令嬢なの? そんな想像通りだって言っても、あんたには分からないか」 その女性はそう言って、もう一口タバコを口に運んだ。口から出るタバコの煙は綺麗な一本の線のよ
last update最終更新日 : 2026-08-18
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第26話

レナが会場から駆け出す姿を見て、俺はその後を追った。だけど、一瞬でレナの姿が消えた。 「海皇星様!」 俺を呼び止めたのは、鏡見だ。 「おい! レナを見なかったか?」 鏡見は首を横に振る。 俺の背後から声が飛んできた。振り返ると、そこには黒川さんと山川さんが肩を上下に息を切らし膝に手を起きていた。 「海皇星様、これを」 山川さんの右手へ視線を向けると、レナがはめていた指輪だった。 「GPS付きの指輪が、会場の床に落ちていました」と、山川さん。 「ですので、代表を探す手立てが……」と、黒川さん。 大成が開発したというGPS付きの指輪は、全く役に立たないと思いながら、俺は黒川さんと山川さんへ告げる。 「これまでに、どんな奴らに連れされていたんだ」 「アンチファンです」 山川さんが答えた。 「その時は、どうやって見つけたんだ」 「はい、それは偶然、花川様が……」 大成が偶然? そんなわけあるわけないだろう。 すると、鏡見が俺の耳元に顔を寄せた。 「桜生様。これは、以前から私が気になっていた状況です」 「なんだ」 「毎度、あまりにもタイミングよく花川様がレナ様を見つけると聞いておりました。確信はありませんが、仕組まれていたのではないかと」 俺も心のどこかで同じことを思っていた。いくらレナがメディアに露出するようになったからといって、アンチファンがこれほどピンポイントで、何度も拉致計画を実行できるはずがない。 「それで、レナをどう探す」 焦りから、足の貧乏ゆすりが止まらない。その苛立ちが、頭の芯を焼き焦がしていく。 「目撃証言があります。通行人の話では、黒いワンボックスカーだったそうです」 「他に特徴はないのか!」 「黒のスーツを着た男たちが、その車から勢いよく女性を引きずり込んだと……」 そんな大雑把な情報だけで、広大な街の中からどうやって見つけ出せというんだ。 赤色のスポーツカーが目に入った。 この会場に来た時からずっと止まっていた。 「あの車だ」 「かしこまりました」 鏡見も気づき、即座に行動した。 「黒川さんと山川さん。レナのスマートフォンをキャッチできないか?」 「い、いや、バッグも奪われているはずです……!」 山川さんが青ざ
last update最終更新日 : 2026-08-23
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第27話

「ビジネスの話です」 私は縛られた両手首の痛みを隠し、できる限り真っ直ぐに彼女を見据えた。 「あなたがやっている便利屋という仕事は、組織的なバックアップや、表向きのクリーンな窓口があった方が、より安全に、かつ高単価で依頼を受けられると思いませんか?」 女性の眉がピクリと動いた。タバコを消した指先が、わずかに止まる。 「面白いことを言うねえ。スカウトする気?」 「はい、そうです。今回の依頼主が誰であれ、その人はあなたたちをただの使い捨ての駒としか見ていないはずですよ。でも、私と組めば、あなたは使い捨てではなく、私のビジネスパートナーになれる。どうしますか? 話しを聞きますか?」 私は声をひそめ、彼女の意志を確認するために疑問系を残した。 女性は腕を組み、私の全身を見定める。鼻で笑った。 「あなたのビジネスパートナー? あんた、表向きはファッション系でしょう。そんなのに関わったって、私らラフな裏稼業には何のメリットもないじゃない」 彼女の言う通り。今の私は、世間一般ではただの新進気鋭のファッションデザイナーにしか見えない。けれど、 「表の顔があればこそ、裏のトラブルを隠せる利点もありますよね?」 クリーンな企業やブランドの看板というのは、時に最高の隠れ蓑になる。表向きの華やかな事業や資金の動きに紛れ込ませれば、裏社会の面倒な金銭のやり取りや、表に出せないトラブルの処理など、いくらでも正当な経費や事業上、処理できる。アンチの相手や、今回のような厄介な人物からの防衛だってそうだ。 彼女のような闇の便利屋が一番恐れているのは、警察や組織からの足がつくこと。そして使い捨てられて野垂れ死ぬことのはずだ。だからこそ、クリーンな社会的信用を持つ私の後ろ盾は、彼女たちにとって何よりも強力な防壁になり得る。 私の意図を察してくれるほどの女性なら、なおも私の手元に置きたい。 「……要するに、こういうことかい? 私らが裏で汚い仕事を片付ける代わりに、お前はその社会的信用と莫大な資金力で、私らの身分を完全に裏打ちする。一生食いっぱぐれないようにしてやると」 「はい。お互いに、最高に割の良い取引だと思いませんか?」 私の言葉に、女性は呆れたように、心底愉快そうに、肩を震わせていた。 「どうしますか? 私と手を組みたいと思いませ
last update最終更新日 : 2026-08-23
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第28話

「これを私の身代わりにします」 私の狙い通り、古びた作業服や不要な衣装を着せられた、人間の背丈ほどあるマネキンがたくさん転がっていた。 「ここから抜け出す気か!」 ハマーという男性は怒鳴るようにそう言った。 「はい。抜け出します」 私も負けずと声を張る。 「このマネキンに私のドレスを着せます。薄暗がりの中で遠目に見せかけるのです。そうすれば、見張りや依頼主が様子を見に来たとき、私がまだここに縛られているように錯覚させればいいのです」 「勘弁してくれ。それじゃ俺たちただ働きだろう」 「先ほど、提案いたしましたよ。あなたたちを正式にビジネスパートナーとして迎えると」 「勘弁してくれよ。そんな真似したら、俺たちは依頼主を裏切ることになる。お前を逃がしたと裏社会から追われる身になるだけだろ!」 真っ当な指摘だった。確かに、裏稼業の人間にとって信用は何よりも重い。ただのハッタリや口約束では、彼らは絶対に動かない。 「私が誘拐されたと言わなければ、問題になりませんよね」 ハマーの腕の中で、私はすっと目を細めた。 「……は? 何言ってやがる。派手に拉致してここに連れてきたのは事実だろ」 「私は『数日間、街から姿を消してくれ』という注文を受けて、自発的にここに滞在していた。そう処理すればいいのです」 私の言葉に、ハマーは鼻で笑った。 「ふざけんな。そんな後付けの言い訳で、俺たちが依頼主から追加の報酬をもらえるわけねぇだろ。第一、お前の口約束なんて信用できるかよ」 もっともだ。見ず知らずの女の未来の約束など信じるはずがない。 だからこそ、私は言葉を変えた。 「口約束だけだとは言っていません。今回の依頼主があなたたちに払った報酬の、3倍の額を今ここで約束します。さらに、今回の依頼主が誰なのか、その証拠と一緒に教えてくれるならその金額は5倍に跳ねあげましょう」 ハマーは少し離れて女性へ視線を送っていた。 「……5倍、だと?」 「ええ。私のブランドの顧問契約として、正式に裏の警護も兼ねてもらう。これなら、依頼主からの報酬にしがみつくより、はるかに割がいいのではないでしょうか?」 わずかな沈黙のあと、足音が近づいてきた。先ほどまで離れていた女性が、私たちの側へと歩いてくる。 「ハマー。私はこ
last update最終更新日 : 2026-08-23
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第29話

ハマーは少し引きつった表情のまま。倉庫隅に置いてあるマネキンを引っ張り出した。 私は自分が着ていたドレスを脱ぎ、それをマネキンへと丁寧に着せ付ける。そして、倉庫の棚に置かれていた個包装の予備の作業着を取り出す。 名前も知らなかった彼女に、私は作業着の袖を通しながら問いかけた。 「あなたの名前を聞いても……私はレナ、望月レナ」 女性も作業着のズボンを足に通しながら答えた。 「私は、セレナ。もちろん偽名よ。色々偽名あるけれど、この名が一番しっくりくる」 「セレナって感じの容姿をしていますね」 思わず口に出すと、セレナは「褒め言葉として受け取っておくわ」と不敵に笑った。 すぐ隣で、ハマーも着替えを終えたようで、背後から声が聞こえてくる。 「あんた、これいるだろう」 ハマーが差し出してくれたのは、私がセレモニーのときに持っていたバッグだった。 「ありがとうございます。助かります。携帯を確認したいと思っていました。きっと私の部下が、この場所を突き止めるはずですから」 黒川さんと山川さんは、絶対に見つけてくれる。そう信じてバッグを受け取る私に、セレナは手際よく作業着のジッパーを上げながら首を傾げた。 「へえ、そんなに優秀な部下がいるのね。本当に、こんな寂れた倉庫までたどり着けるものかしらね」 セレナさんは半信半疑といった様子で肩をすくめた。 その時だった。 ――ガタッ、ガタッと倉庫の外から、微かな足音が響いた。 いよいよ、迎えが来た。いや、予想外の誰かが現れたのか。 倉庫の重い扉を、誰かが外からこじ開けようとする金属音が軋む。 セレナさんがスッと表情を引き締め、低い声で呟いた。 「レナ。……あれは依頼主の手合いじゃないわね」 「どうして分かるのですか?」 私が即座に問い返すと、セレナさんは鋭い目を扉へと向けたまま答えた。 「ここ、私たちのシマでよく使うアジトだからね。あんな荒っぽいノックの仕方、雇い主の気取った連中がするわけない」 「なら、安心してもよさそうですね」 私がそう言うと、セレナさんとハマーは同時にこちらを見た。 「私の優秀な部下だから」 そう言い切った直後、外から微かに男性の声が響いてきた。 「……レナ、レナ」 この声は。 「桜生……?」 私
last update最終更新日 : 2026-08-23
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第30話:冷めない体温と、抑えきれない言葉

私は桜生と一緒に倉庫の扉を出た。 そこには、海皇星のマークの付いたいつもの車と、もう一台の大きめのワゴン車が停まっていた。 「桜生様、こちらへ」 運転席から鏡見さんが声を張る。 「鏡見は、もう一台の車を頼む」 桜生はそう言って、私の腕をしっかり掴んだまま、大きな車へと私を押し込むように2列目のシートへ座らせた。 「黒川さん、山川さんも乗れ、待て!」 桜生は、背後に控えているセレナさんとハマーへ鋭い視線を向けた。 「そこの二人は、さすがに……」 「セレナさんとハマーさんも、私たちと同じ車に乗ってもらいます」 私は桜生の言葉をすかさず遮った。 「だけど、こいつらはレナを誘拐した犯人だ」 「そうだけど、今は利害の一致したビジネスパートナーよ。ちゃんと契約も交わしているわ」 急いでこの場から離れなければいけないというのに、桜生は心配が勝っているのか、全くこちらの意図を分かっていない。 「いいから、早く乗ってください」 私は怒り半分、冷静さ半分といった少し強めの口調でそう言い放つ。手招きで車内に誘導した。 「運転は山川さん、お願いできるかしら?」 「もちろんです。こういうときの運転手ですから」 山川さんは頼もしく頷くと、ひょいと運転席に乗り込んだ。助手席には黒川さんがスッと収まる。 車内は、2列目に私と桜生が隣り合わせで座り、3列目にはセレナさんとハマーさんが向かい合うように配置された。 鏡見さんの乗る先頭車両が静かに発進し、山川さんがその後をぴったりと追う。 走り出した車内の重苦しい沈黙を破るように、桜生はまっすぐに私を見つめた。 「それで、レナ。まずはこの人たちの話から聞かせてもらおうか」 桜生はそう言いながら、私の手を握りしめていた。 「私を連れ去ったのは、確かにこの二人。だけど、私を倉庫から出す取引をした」 私はそのまま、倉庫内での出来事を包み隠さず話し終えた。すると、セレナさんがフッと不敵な笑みを浮かべて口を開く。 「海皇星家の若様ね。私はセレナ、こっちはハマー」 軽く自己紹介を済ませると、セレナさんは核心を突くように続けた。 「で、レナと海皇星さんが一番知りたいことよね。私らに誰が依頼をしたのか」 セレナさんがそう言った瞬間、桜生は目を向けた。
last update最終更新日 : 2026-08-24
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