All Chapters of 夫がメイドを私の名前で抱いた――すべてを奪われた元・天才医療研究者は、冷徹社長に溺愛される: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話 金で買われるような、安い女だったとはね

「特許ごときが、自分たちを守ってくれると思っているのか。ずいぶん楽観的だな」  NEXUS ONEの説明会場で、燎はまだ正臣を見て笑っていた。 「特許は使わない」  燎の言葉に、正臣が鼻で笑った。 「では、何も作れない。灯里には会社も、開発者も、試験データもない」  周囲で話していた人たちが、こちらを見る。  燎は正臣を見据えた。 「最初から作り直す」 「ちょっと。作り直すのは私よ。そんなの無理よ」  燎が私へ顔を向けた。 「なら、この二人に全部渡して諦めるか」  私は唇を噛んだ。  渡したくないに決まっている。二人には、何一つ。  でも、何年もかけて作ったものを、また最初から作り直すの?  奏汰が五歳の頃、腹痛の原因が分からず、食べたものも薬も睡眠も、私が一つずつ記録した。父と何度も設計をやり直した。  CARE-LINKは、そうやって作ったものだ。  簡単に言わないでよ。作るのは私なのに。  燎が一歩近づいた。 「同じものを取り返すだけで満足する女なら、俺はここまで賭けていない」  強い目が、まっすぐ私を見ていた。 「俺が欲しいのは、CARE-LINKじゃない。次を作る君だ」 「何を……」  勝手な男だ。  私より先に、私が次を作ると決めている。  この男は、私の身体だけでなく、研究者としての私まで欲しいと言っている。  私の全てを。  嬉しかった。  欲しがられていると思うと、身体が熱くなった。  今、燎にキスしたい。  あの夜みたいに、自分から。  それを知られたくなくて、燎から目をそらした。  正臣の会社にあるのは、私が作ったCARE-LINKだ。  莉乃は、その欠点を見つけた。  なら、私は何を作る?  九年前、顔も本名も知らない男と考えた、新製品の構想が浮かんだ。  毎日、患者や家族が入力しなくても、機器や病院から必要な情報が集まる仕組み。  あの時は、大きすぎる構想だと思った。  理論上は可能だ。簡単には作れない。  でも、SENOVAの仕組みを使えれば、すべてを一から作る必要はない。  何より、奏汰が腹痛で苦しむ前に、異変に気づけるかもしれない。  あの子のために、まだできることがある。 「やるわ」  私は燎を見た。 「あなたの会社の仕組みを使う」 「ああ、その
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第42話 いつまで、あの男をそう呼ぶつもりだ

 莉乃が、薄い端末をテーブルへ置いた。 「CARE-LINKです。ご覧ください」  同じ説明会場にいたNEXUS ONE側の医師が、莉乃の前へ出た。周囲の人たちも端末を囲む。  莉乃は正臣を見上げた。正臣がうなずくと、画面へ触れた。  食事、睡眠、薬、病院で測った数値が、一週間分並んでいる。  莉乃が腹痛の印を押すと、痛みが出る前の食事と睡眠時間が大きく表示された。病院での検査結果も、その横に出る。  父と二人で作った画面より、ずっと分かりやすい。  何度も画面を開き直さなくても、家と病院で起きたことを一緒に見られる。  さらに、莉乃は子供用の画面へ切り替えた。  身体の絵と、笑っている顔、泣いている顔が並ぶ。お腹を押し、泣き顔を選ぶと、医師が見る画面にも答えが現れた。  医師が、端末へ手を伸ばした。 「触ってみても?」 「どうぞ」  莉乃が端末を渡す。  医師は食事の印を押し、検査結果を開いた。もう一度子供用の画面へ戻ると、口元を緩めた。 「ワンダフル。これなら、小さな子も使えますね」  端末を囲んでいた人が、隣の男へ身を寄せた。 「あの画面なら、うちの子も答えられそうだ」  別の人も、見せてほしいと手を伸ばす。  世辞ではない。  私も、奏汰に使わせてみたいと思ってしまった。 「お腹が痛くなった時、その前に何を食べたか、眠れていたか。お薬のことも、一緒に見ていただけます」  莉乃が、落ち着いた声で言った。  奏汰が五歳の時、父の研究室で、私は同じことを言った。  ――痛い、だけじゃ昨日と今日を比べられない。食事も、睡眠も、薬も一緒に見たい。  それを、この女が自分の経験のように話している。 「あなたが、開発を率いているんですね」  医師が端末から顔を上げた。  莉乃は一度も私を見なかった。 「はい。私が責任を持っています」  莉乃は私と同じように、褒められた時だけ少し顎を引いた。  話し方まで似せる必要がある?  腹が立った。  私の言葉で説明し、私の仕草で褒められている。  でも、それだけではなかった。  前の面談では、質問の意味さえ分からなかった女が、この画面を迷わず動かしている。  説明を覚えただけかもしれない。  そう思いたかった。 「一つ、聞いてもいい?」  私が言うと、周
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第43話 楽しみは後に取っておく

「まだ離婚してないんだから、夫でしょう」  私は燎を睨んだ。説明会場では、まだ医師が次の選考について話している。  私の仕事を取られた話をしているのに、気になったのはそこ?  腹が立つ。けれど、燎がいつもの余裕をなくしているのは、少し嬉しかった。  正臣を夫と呼ぶだけで、そんな顔をするの? 「仕事の話をしているのよ」 「聞いている。負けたな」  今は、莉乃の方が進んでいる。それは分かっている。でも、燎にまで負けたと言われると、悔しくてたまらなかった。 「まだ終わってないわ」 「なら、勝て。NEXUS ONEを通るまでは、金は出さない」  でも、勝てるの?  さっきの莉乃の答えを思い出した。何も言い返せなかった。次も、また私より先に評価されたら? 「俺を使っていい」  思わず燎を見た。  この人が一緒なら、勝てるかもしれない。  頼みたい。でも、ここで頷いていいの? 「……いらない」  こんなところで弱った顔を見せたくなかった。 「そう言うと思った」 「なら、放っておいて」 「プライドか?」 「あなたに借りを作りたくないの」  プライドは、もちろんある。でも、それだけじゃない。  助けてやると言われるたび、あとのことが怖くなる。仕事を渡し、生活まで任せたら、また何も言えなくなるのではないか。  正臣にも、最初は頼っていた。あの時だって、私のために動いてくれると思っていたのだ。  燎は私から目を離さなかった。 「それより大事なものがあるだろう」 「……何よ」 「息子のために作ったものまで、あの女に渡すのか」  息子を持ち出すなんて、卑怯だ。  断れなくなると分かっていて、言っているの?  けれど、莉乃はもう動くものを見せた。私は考えただけ。三十日で追いつき、追い越さなければならない。  一人でやれると意地を張って、そのせいで間に合わなかったら?  莉乃に負けたくない。奏汰のために始めた仕事を、もう一度あの女の手柄にされるのは嫌だった。 「どう使えっていうの?」 「君に足りない人間と場所を揃える」  使えと言われても、どう使えばいいのか分からない。人に何か頼む時は、断られないように小さくしてきた。  この男は、どこまで頼めば嫌な顔をするのだろう。 「……条件は?」  燎が顔を寄せた。 「閉会
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第44話 その女は誰?

「灯里が勝つところを、そばで見たいからだ」  燎は私を見たまま、真鍋の問いに答えた。説明会場脇の控室で、真鍋が黙る。  頬が熱くなった。手のひらまで、じんわり温かくなる。  私が勝つところを、見たい。  もう家で大人しくしていろとも、誰かに任せろとも言われない。この男は、私がやりたかったことを知って、一緒に勝とうとしてくれる。  嬉しかった。  今すぐ抱きつきたくなるくらい。でも、真鍋の前でそんなことはできるわけがなかった。 「一日なんて頼んでない」 「足りないなら増やす」  また、勝手に。  嬉しい。  でも、簡単に喜ぶ女だとは思われたくなかった。 「勝手に決めないで」 「今すぐ始めないと間に合わない。違うか」  違わない。そこが、なおさら腹立たしかった。  真鍋は何か言いかけ、口を閉じた。 「分かりました。病院側は私が引き受けます。開発の方は、どなたに声をかけますか」  燎は私へ目を向けた。 「形にするには、何が足りない」 「医師に何から見せるか、まだ決めきれてないの。診察する側の意見と、動くものにする人手が欲しい」  燎が、神崎修一教授とエリック・ウォルシュの名を挙げた。  一人は小児消化器の共同研究を率いる医師。もう一人は、海外の複数病院をつなぐ仕組みを作った技術者だった。  どちらも私が論文や講演で知っている人だ。父と、いつか意見を聞いてみたいと話したこともある。  真鍋が顔を上げた。 「お二人とも、面談の予定は半年先まで埋まっています。明日は難しいかと」 「俺が直接連絡を取る。明日の朝だ」 「待って。その二人に、明日?」 「会って何を聞くか、今から考えろ」  呼べることを疑ってもいない。  父と私が、どうすれば会えるだろうと話していた人たちなのに。  驚いたあと、急に楽しみになった。  私が開発で悩んできたことを、直接聞ける。  あの二人なら、どこを面白いと思うだろう。  断ろうとしていたことも忘れて、質問が浮かんだ。  燎は真鍋へ向いた。 「場所はSENOVAの開発室を使う」  真鍋が燎へ尋ねた。 「紗英様との会食は、どうなさいますか」 「俺から断る」  真鍋が控室を出ると、燎は電話をかけた。 「明日の食事には行けない。別の日にする」  静かな部屋に、女性の声がかすかに
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第45話 勝つまで、キスも我慢するつもりか

 燎は笑みを浮かべたまま、すぐには答えなかった。説明会後の控室で、私たちは向かい合っている。  目をそらしたら、冗談にされそうで、私は見つめ返した。  早く答えてほしい。このままでは、何でもいいから欲しいと、余計なことまで言ってしまいそうだった。  燎が、少し顔を寄せた。 「俺の一日をやる。誰にも邪魔させない」  それから、テーブルに置いたままの腕時計へ手を伸ばした。 「それ、明日もくれるの?」 「明日は仕事だ。勝った後は、君の好きにしていい」  時計をつけながら、燎が私を見た。 「仕事でも、それ以外でも」  わざと、最後をゆっくり言った。  その視線が、私の口元へ下りた。仕事以外に何を欲しがるかまで、分かっているのだろうか。 「難しい交渉を全部頼んでも?」 「構わない。だけど、本当にそれが欲しいのか?」  燎は時計の金具に指をかけたまま、私を見た。  口元には悪戯っぽい笑みがあった。そのくせ、私を見つめる目は熱い。  まるで、欲望を丸裸にされているみたいだった。  交渉なんて口実だと、分かっているの?  仕事がなくても二人で会いたい。私だけを見てほしい。  でも、それをどう言えばいいのだろう。 「……何が言いたいの」  私は燎を睨んだ。  燎は小さく笑い、少し軽い調子で続けた。 「それとも、仮説でも聞いてほしいのか」  え?  懐かしい言い方に、私は動きを止めた。  まだ話したいと口にする前に、続きを促してくれる。そんな人が、昔もいた。  顔も本名も知らないまま、夜中まで研究の話をした人。 「あと五分。ひとつだけ、仮説を聞いて」  九年前、私はよくそう言って、その人を引き止めた。反論されれば腹が立つのに、返事が来るのは嬉しかった。  研究の話なら翌日でもよかった。それでも、会話を終わらせたくなかったのだ。  顔も本名も知らない。会ったことさえなかった。でも、あの人から返事が来るのを、毎晩待っていた。  私は確かに、あの人に好意を持っていた。  私は燎の顔を見た。  もし、あの人が、この男だったら。 「……あなたなの?」  燎の指が止まった。 「何のことだ」  私はその顔を見つめた。  あの人も、私が話し足りないことをすぐ見抜いた。まだ何も言っていないのに、続きを聞くつもりで返事をくれた
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第46話 俺にこの方たちを呼ばせておいて、俺を追い出すか

「……そんなこと、言ってない」  説明会後の控室で、燎を見上げた。  何を言っているの。こんなところで。  そう続けるつもりだったのに、燎に腰を引き寄せられると、言えなくなった。  近づいた唇に、吐息が触れる。 「なら、離せ」  燎が、私のつかんでいる手首へ目を落とした。  離したら、この近さも終わってしまう。  それが嫌で、私は指に力を込めた。 「……いやよ」  燎の目が私の唇へ下がった。  今、自分が何を言ったのか分かって、顔が熱くなる。それでも、手は離せなかった。  唇が触れた。  思っていたより柔らかくて、すぐに離れたのが物足りなかった。  もう一度、触れたい。  首に手を回して、今度はもっと深く口づけたい。燎にも、私と同じくらい夢中になってほしかった。  手首から指を離し、その肩へ手を伸ばしたとき、扉の向こうで足音が止まった。 「続きは明日よ」 「明日もあるのか」 「仕事の話」  燎が笑う。  私も、今度は一緒に笑ってしまった。 ***  翌朝、奏汰の朝食と薬を見届けてから、私はSENOVAの開発室へ向かった。  約束の時間より少し早く着いたのに、神崎修一教授は、もう長いテーブルの向こうに座っていた。  小児消化器の共同研究を率いる医師だ。白髪の混じる短い髪と、動画で見ていた丸い眼鏡を見て、思わず足が止まった。  その隣に、エリック・ウォルシュがいる。海外の複数病院をつなぐ情報基盤を作った技術者で、背が高く、腕まくりしたシャツに細い時計をつけていた。  父と講演を見ながら、いつか直接話を聞いてみたいと言っていた二人だ。  半年先まで予定が埋まっている人たちが、本当に目の前にいる。まだ試作品もできていない、私の研究のために。  燎は、本当にこの二人を呼んでしまった。  なんて人なの。  手にしていた端末を持ち直した。  父にも見せたかった。でも、今日は私が話すのだ。 「桐谷灯里です。お時間をいただき、ありがとうございます」  神崎が立ち上がり、握手をした。 「お父様とは、一度お会いしました。あなたが続きを作っているそうですね」  父の名前を知っているのか。  嬉しかった反面、急に緊張した。期待されるのはありがたい。でも、父の娘だからで終わりたくなかった。 「最初は息子のためでした。今
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第47話 本当に欲しいもの。それは――

 燎は私を見つめたまま、笑みを深めた。  昨日、控室でキスをした時と同じくらい、目が熱い。  燎が身をかがめ、私の耳元へ唇を寄せた。 「ますます、手放したくなくなるな」  私にしか聞こえない、低い声だった。  熱い吐息が耳たぶをかすめ、首筋までぞくりとした。  今、そんな声で言わないで。  昨日のキスの続きを、欲しくなってしまう。  燎の顔を見るのが悔しくて、私は神崎教授へ目を戻した。  神崎が燎へ向き直った。 「鷺宮さん。では、外で待っていただけますか」  燎は引いていた椅子を戻した。私と神崎教授、エリックを順に見る。 「終わったら、呼べ」  扉が閉まってから、私は端末をテーブルへ置いた。  神崎教授には、医療の現場で何が必要かを聞いた。エリックとは、今の技術でどこまで作れるかを話した。二人の助言を受けて、考えていた構想が、新しい製品の設計としてまとまっていった。  新しい特許も狙えると、エリックは言った。  早く作りたい。奪われたものを取り返すだけでなく、今度は、自分の新しい製品で勝ちたい。  昼前には、二人とも一緒に開発すると言ってくれた。  私が考えたものを、この二人も作りたいと思ってくれた。それが嬉しかった。  扉を開けると、燎が廊下で電話を切った。  早く話したくて、私は彼の前まで歩いた。 「新しい特許も狙えるって!」  燎は私の顔を見て、笑った。 「もう、そこまで話したのか」 「うん。新しい製品の設計ができたの。二人とも、一緒に作ってくれるって」  言いながら、また嬉しくなった。  今度は、最初から私の名前で作るのだ。 「まだ、ちゃんと作れるかは分からないけど」 「だから、あの二人が加わるんだろう」  燎は私の肩に手を置き、顔をのぞき込んだ。 「俺の紹介だけで、あの二人は動かない」  私も、この人にもっと話したかった。今日、二人と考えたことを、まだ半分も伝えられていない。  何より、嬉しい時に、まず燎の顔を見たくなった。彼が笑うと、また話したくなる。 「お昼、一緒に食べない?」  燎の手が、肩から背中へ回った。 「その誘いなら、断らない」 ***  その日の夜、久条の屋敷で、莉乃は正臣の寝室にいた。  階下では、志津子が柊吾と会社の話をしている。夕食に招いたのだと、使用人から
last updateLast Updated : 2026-10-16
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第48話 いい子だ。こんなに、僕を待ってくれてた

「今夜は、私だけを見ていてください、正臣さま」  正臣が不思議そうな顔をした。 「ほかに誰がいるの」  そう言って笑う顔が、嬉しかった。  莉乃は正臣の肩へ頬を寄せた。あの女が戻りたいと言っても、この場所だけは渡したくない。  正臣がベッド脇の灯りを消した。  正臣の唇が離れたあと、莉乃はまだその熱を追うように、わずかに身を寄せていた。  今夜は、私だけを見ていて。  さっき自分から言った言葉を、莉乃は心の中でもう一度繰り返した。  正臣は笑いながら、莉乃の腰を抱えてベッドの中央へ引き寄せる。シャツの裾がめくれ、素肌が触れた。まだ少し残る整形の腫れを、正臣は指先でそっと避けた。 「痛いところは、触らない」  低い声でそう言われて、莉乃の胸の奥が熱くなった。正臣は莉乃の寝間着の肩をゆっくりと滑らせ、鎖骨に唇を落とす。キスというより、確認するように長く触れ続けた。 「よく頑張ったな、灯里」  耳元でそう呼ばれても、莉乃は否定しなかった。今は、この名前で褒められることが、自分への言葉に聞こえた。  こんなふうに愛されるなら、灯里になってもいい。  呼ばれる名前が違っても、正臣の隣にいられるのは自分なのだ。今夜は、それで十分だと思えた。  正臣の手が胸の下から脇を撫で上げ、指の腹で乳首を軽く押さえる。強くはない。ただ、熱を与えるように円を描いた。 「……んっ」  莉乃は小さく声を漏らした。正臣はその声を聞くように、もう一度同じところを指で擦る。 「ここ、敏感になってる。昨日の夜から、ずっと我慢してたのか」 「……はい」  正臣は答えを待たずに、莉乃の膝を押し開いた。寝間着の裾が捲れ、太ももの内側に指が這う。莉乃は反射的に脚を閉じようとしたが、正臣の手がそれを許さなかった。 「隠さなくていい。今夜は、君が欲しいところだけを、全部教えてくれ」  その言葉に、莉乃の腰が小さく跳ねた。正臣の指が下着の縁をずらすと、すでに濡れた感触が指先に触れた。正臣はそれを確認するように、ゆっくりと二本の指を沈めていく。 「……っ、正臣さま」 「いい子だ。こんなに、僕を待ってくれてた」  指が奥まで入り、ゆっくりと動かされた。莉乃はシーツを掴み、息を荒くする。正臣は焦らさず、けれど急がせもしない。親指で敏感なところを軽く押さえたまま、指を内側で
last updateLast Updated : 2026-10-17
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第49話 あれ、ここは違うね

「どうしたの」  私の名前も呼んでほしい。  そう言いかけて、莉乃は唇を閉じた。  今の正臣は優しい。けれど、莉乃だと言ったあとも同じ顔で笑ってくれるかは分からない。  今夜、その答えを確かめる勇気はなかった。 「……何でもありません」 「君が欲しいと言ってくれなければ、入れない」  莉乃は正臣の肩に手を置いた。指先が震えているのが、自分でもわかった。 「入れて、ください。正臣さまの、全部……欲しいです」  正臣は笑みを深くし、ゆっくりと腰を沈めた。熱が奥まで広がっていく感覚に、莉乃の喉から甘い声が漏れた。正臣は深く入ったまま動かず、莉乃の額に唇を落とす。 「よく言えた。今夜は、君が望むだけ、僕が全部あげる」  動き始めた腰は、激しくはなかった。莉乃の内側を確かめるように、ゆっくりと深く、何度も同じ場所を擦る。莉乃は正臣の背中に腕を回し、自分から腰を合わせた。 「……もっと、褒めてください」 「本当に、いい子だ。こんなに僕を包んで、熱くなって」  正臣は莉乃の耳たぶを甘噛みしながら、腰の動きを少しだけ深くした。莉乃の声が、抑えきれずに高くなる。正臣はその声を聞きながら、片手で莉乃の髪を梳き、もう片方の手で彼女の腰を優しく支えた。 「灯里。僕の灯里。今夜は、君だけを見ている」  莉乃は正臣の首に顔を埋めた。名前を呼ばれても、今は自分の体が、自分の声が、この人を喜ばせているのがわかった。正臣の動きが次第に速くなり、莉乃の奥を正確に叩くたびに、頭の中が白く霞んでいく。 「……っ、正臣さま、私……」 「いいよ。そのまま、いって」  正臣は莉乃の腰を両手で抱え、深く突き上げた。 「ああっ……」  莉乃の体が弓なりに反り、声が途切れた。正臣はそのまま動きを止めず、莉乃が痙攣する内側を優しく擦り続けた。 「……よく、頑張ったね」  息を整えた莉乃の額に、正臣がもう一度キスをする。莉乃はまだ震える腕で、正臣の背中を離さなかった。 「明日の朝も、ここにいてくれますか」 「当たり前だ。君が望むなら、朝も昼も、ここにいる」  正臣は莉乃を抱き直したまま、シーツを二人の上にかけた。莉乃の髪を指で梳きながら、まだ少し荒い呼吸を静かに聞いていた。  莉乃は目を閉じたまま、正臣の胸に頬を寄せた。あの女が戻りたいと言っても、この熱と、この声と
last updateLast Updated : 2026-10-18
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第50話 僕が、ちゃんと灯里に戻してあげる

 正臣の親指が、莉乃の口の端をなぞった。 「笑うと、ここがこんなに上がったかな」  莉乃は、何も答えられなかった。  その口元を、この人は見比べている。今、ここにいない灯里と。 「……変ですか」  正臣の指が離れた。  怒られるよりも嫌だった。もう触れたくなくなったのだろうか。 「変じゃないよ。少し違って見えただけだ」  名前を呼んでほしいとは言わずにいた。灯里として扱われることも、自分で選んだ。  でも、楽しくて笑った時くらい、自分のままでいたかった。  どうして、そんなところまで見つけるの。  自分が笑ったことを喜んでくれたと思っていた分、悔しかった。  正臣は優しい顔のままだった。  莉乃は口を開きかけた。昨日の質問に答えたのも、今夜ここにいたのも、私でしょう。そう言ったら、この人はどんな顔をするのだろう。  言えなかった。  あんなふうに甘えたからだ。灯里の笑い方を忘れて、自分のままで笑ってしまったから。 「気のせいかな。おいで、灯里」  差し出された腕の中へ、莉乃は戻った。  さっきはあれほど嬉しかったのに、今は顔を見られたくなかった。 「疲れたんだね。もう寝よう」  正臣が髪を撫でる。  莉乃は、そっと顔を上げた。 「もし、私が灯里じゃなかったら、どうしますか」  正臣の手が止まった。  見とれるほど整った顔に、優しい笑みが浮かんでいた。  その目が、ゆっくりと見開かれる。莉乃が笑ってみせても、正臣はまばたきもせず、その顔を見つめていた。 「……正臣さま?」 「大丈夫だよ」  正臣の指が、もう一度、莉乃の頬に触れた。 「僕が、ちゃんと灯里に戻してあげる」  さっき褒めてくれた時と、同じ声だった。  莉乃は頬に触れる手を両手で包んだ。怖がったことまで、気づかれたくなかった。 「……はい」  自分のままでも愛してくれるか、聞きたかっただけなのに。  もう、聞き直せなかった。  その手に頬を寄せたまま、莉乃は口元が見えないように顔を伏せた。  正臣の胸に額を押しつけると、彼は何も聞かずに、また髪を撫で始めた。  こんなに近くにいるのに、好きだと言ってほしいとさえ言えない。  優しい声が欲しかった。けれど、顔を上げれば、また違うところを見つけられるかもしれない。  莉乃は、眠くなった
last updateLast Updated : 2026-10-19
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