「泊まるの?」 久条屋敷の客間前の廊下で、莉乃は柊吾を見た。 「志津子さんに勧められた。話が長くなったからな」 正臣の母である志津子と、新社長に就任した柊吾。 そんなに親しかったの? 「それで、こんな時間に何をしてるの?」 柊吾はガウン姿の莉乃へ目を落とし、口元だけで笑った。 「水を取りに出ただけだ。……君こそ、正臣はご機嫌だったか」 莉乃は答えなかった。あの寝室でのことを、柊吾には話したくなかった。 答えない莉乃を気にした様子もなく、柊吾は話題を変えた。 「子供が絵で答えられるようにしたのは、君だろう。昨日の説明を聞いた。明日、開発の連中にも聞かせてくれ」 正臣は、笑った口元が違うと言った。 柊吾が見ていたのは、自分が考えて変えたところだ。灯里ではなく、莉乃として。 正臣に、また抱きしめてほしい。 それなのに、この男の前からも離れたくなかった。 「明日、行くわ」 その約束を、正臣には言わないでおこう。 階段へ向かいかけて、莉乃は足を止めた。 志津子が歩いてくる。顎で切りそろえた白髪はいつもと同じなのに、着ているのは絹の寝間着だった。 「待たせたわね」 莉乃への言葉ではなかった。 志津子は柊吾の襟をつかんで引き寄せ、唇を重ねた。柊吾の手が、ためらいもなくその腰を抱く。 正臣の母親と、柊吾が。 莉乃は二人を見つめたまま、動けなかった。 どういうことなの。 柊吾よりもずっと年上の志津子が、当たり前のように口づけている。 正臣まで言葉を選ぶ、この人だ。今も、息子はすぐ近くの寝室で眠っている。 会社の話をするために招いたのではなかったのか。 柊吾は、その手を離さなかった。 押しつけられているのなら、こんなふうに腰を抱くだろうか。 さっき自分を褒めてくれた口が、志津子へ笑いかける。その顔を見る方が、キスを見た時より嫌だった。 「……正臣さまは、ご存じなんですか」 志津子がこちらを向いた。襟にかけた手は、そのままだ。 光のない、黒々とした目が莉乃を見据えた。 「私が誰を選ぶか、息子に許してもらう必要はありません」 見られたことを、気にしてもいない。 莉乃が返事を探していると、志津子は続けた。 「柊吾さんに頼まれなければ、あなたをこの家に置くつもりは
Last Updated : 2026-10-21 Read more