「……お母さま?」美紗が不思議そうに覗き込んだ。「何が書いてあるの?」久恵は返事をせず、便箋を読み進めた。そこには、香子の祖父母が、孫娘の将来について記した文章が並んでいた。『香子が成人したら、本人の希望する道を歩ませてやってください』久恵は眉をひそめた。『あの子は遠慮深いところがありますが、決して自分の考えを持っていないわけではありません。私たちには、将来は絵を勉強してみたいと話してくれました』「……絵?」美紗が声を上げた。「香子、そんなこと言ってたの?」「知らないわよ」久恵は吐き捨てるように答えた。香子が絵を描くことを好んでいたのは知っている。だが、美紗の習い事だけでも金がかかるのに、香子にまで好きなことをさせるつもりはなかった。『もし本人が望むなら、進学に必要な費用は私たちが用意します。どうか香子の希望を尊重してやってください』「……勝手なことを」久恵は舌打ちした。祖父母が亡くなったあと、香子が美術系の学校に進みたいと言い出したことがあった。そのときは、そんな余裕はないと叱りつけた。香子はそれ以上、何も言わなかった。「ねえ、お母さま。それって、香子に見せちゃまずいんじゃない?」美紗が尋ねた。「だって、お祖父様たちが香子の味方だったって手紙でしょ?」「……そうね」久恵は便箋を机に置いた。香子がこれを読めば、また祖父母のことを思い出して泣くだろう。そして、自分が進学を諦めさせたことまで蒸し返すかもしれない。「でも、手紙があることだけ教えればいいのよ」「中身は見せないの?」「まずは帰ってこさせるの。話はそれからよ」久恵は便箋を封筒に戻した。「お祖父様とお祖母様の手紙だと言えば、あの子はきっと欲しがるわ」美紗は少し考えた。「でも、香子って今、私たちからの連絡を無視してるんでしょ?」「ええ」「じゃあ、どうやって伝えるの?」久恵はスマートフォンを手に取った。「事務所に連絡すればいいでしょう」翌日。勇樹の所属事務所に、一通のメールが届いた。差出人は鷹宮久恵。件名には『香子への大切な連絡』と書かれていた。マネージャーは内容を確認し、勇樹に連絡した。「……祖父母からの手紙?」勇樹は聞き返した。『はい。香子さんに宛てた手紙がご実家で見つかったそうです』「それで?」『直接取りに来てほし
Last Updated : 2026-10-20 Read more