「……あの男さえ、いなければ」久恵は忌々しげに呟いた。「来栖勇樹さえいなければ、香子だって今頃、泣いて謝りに来ていたはずなのに」美紗はソファに寝転がったまま、スマートフォンを眺めていた。「でも、勇樹さんと別れさせるなんて無理じゃない?」「そんなこと、わかっているわよ!」久恵は声を荒らげた。これまで、香子に何を言っても、勇樹は一向に離れようとしなかった。テレビでも堂々と交際を認め、香子を褒めていた。今さら悪口を吹き込んだところで、信じてもらえるとは思えない。「……だったら、どうするの?」美紗が尋ねた。久恵は手元の封筒を睨みつけた。香子の祖父母が残した手紙。これを渡さなければ、香子は困る。そう思っていたのに、弁護士まで使って取り戻そうとしている。「……まったく、面倒な子ね」久恵は舌打ちした。「もう、こんなもの返してしまおうかしら」「だから、最初からそう言ってるじゃない」美紗は呆れたように答えた。「ただの手紙なんだし、そんなに意地にならなくてもいいでしょ」久恵は不機嫌そうに美紗を睨んだ。だが、何も言い返せなかった。たった一通の手紙を渡さないために、弁護士とやり取りを続けるのも馬鹿らしい。それに、万が一裁判にでもなれば、余計な費用がかかる。「……仕方ないわね」久恵は封筒を手に取った。「返してあげるわよ」「そうしたら?」美紗は興味なさそうに答えた。久恵は机に向かい、弁護士事務所宛ての封筒を用意した。そして、祖父母の手紙を中に入れた。「……本当に、腹が立つわ」封を閉じながら、久恵は呟いた。「香子のくせに、私にこんな手間をかけさせて」けれど、もう手紙を取り出すことはなかった。数日後。「……お手紙が、届いたんですか?」香子は弁護士からの電話に、思わず声を上げた。『はい。お母様から、こちらの事務所に郵送されてきました』「……本当ですか?」『ええ。香子さん宛てのお手紙であることも確認できています』香子は胸の前で手を握りしめた。「……ありがとうございます!」『よろしければ、こちらからお送りいたしますが』「はい! お願いいたします!」電話を切ると、香子は急いで勇樹のもとへ向かった。「……勇樹さん!」「どうしたの?」「お手紙が……お祖父様とお祖母様からのお手紙が、戻ってくるそうです!」勇樹
Last Updated : 2026-10-27 Read more