All Chapters of 前世で私を壊した夫から、二度目の人生では逃げ切りたい ~冷徹な復讐者は私を二度と離さない~: Chapter 91 - Chapter 100

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第八十九話 直之はわかっている

 その後、三人は直之の車で病院へ向かった。 倉庫から脱出した直後は平気だと言い張っていた淳だったが、車へ乗り込んでしばらくすると、徐々に顔色が悪くなっていった。「淳?」「……大丈夫です」「全然大丈夫に見えないわよ」「煤を吸っただけです」「それだけじゃないでしょう」 瑠理子が見ると、淳の右腕からまた血が滲んでいた。倉庫の中では暗く、まともに確認できなかったが、ジャケットの袖は広い範囲で破れている。「これ、擦り傷じゃないじゃない!」「少し切っただけです」「少しでこんなに血が出るわけないでしょう!」「お嬢様、声大きいです」「誰のせいよ!」 前の座席から、直之がバックミラー越しに二人を見る。「橘君」「はい」「諦めて病院で診てもらって。瑠理子は君が診察されるまで騒ぎ続けるよ」「……でしょうね」「何、その言い方」 淳がほんの少し笑った。その笑顔を見て、瑠理子はようやく息を吐いた。 笑えるなら大丈夫とそう思いたかったが、病院で診察を受けると、瑠理子の予想より淳の怪我は酷かった。 右腕には深い裂傷があり、数針縫う必要があるという。棚から逃げる際に強く打った肩にも腫れがあり、煙を吸い込んでいたため、しばらく経過観察も必要だった。 一方、瑠理子は膝と掌の擦り傷だけ。「どうして……」 診察室の前で説明を聞いた瑠理子は、唇を噛んだ。倉庫の中では、淳はほとんど痛がらなかった。 自分を不安にさせないようにしていたのだろう。今になってそれに気が付くなんて。「淳のばか……」 小さく呟く。「本当にばかなんだから」「瑠理子」 隣にいた直之が声をかけた。「君も処置し
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第九十話 婚約破棄しよう

「私は、ちょうどいい縁談がきたので、直之さんのところへ逃げようとしていました」「最初からそう言っていたよね」「あなたは大人だし、利害関係も一致しています。誠実なお人柄も素敵だと思いますし、私を大切にしてくれるでしょう。きっと、穏やかに生きられると思います」「随分褒めてくれるね」「でも、そんな理由で婚約しようとしていたんです。最低ですよね」「最低ではないよ」 直之が静かに答えた。「誰だって逃げることだってある」「でも、それで直之さんを利用していい理由にはならない」 瑠理子は真正面から彼を見る。「ごめんなさい」 直之は長く息を吐いた。 そして。「僕も謝らないといけない」「え?」「あの配信の件で、結果的に君を傷つけることになった」「それは直之さんのせいじゃ……」「僕はそう思ってない」 きっぱり言った。「もっと早く気づけたはずだし、守れたかもしれない。僕との関係が、君を狙わせる理由の一つにもなった」「直之さん……」「あれからずっと考えてた」 直之は自嘲するように笑った。「君を幸せにしたいなんて言いながら、僕自身が君を追い詰める側になっていたんじゃないかって」「そんなことありません!」「ありがとう」 優しく笑う。「でもね、瑠理子」「はい」「僕は君に選ばれたいとは思ってる」「……」「だけど」 直之の表情が変わった。「君の逃げ道として選ばれたいとは思わない」 瑠理子は息を呑んだ。「僕のところへ来れば安全だから。橘君より僕の方が傷つけないから。そんな消去法で夫になるのは、僕の望んでいることじゃない」
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第九十一話 行かないでほしい

 処置室では、消毒液の匂いが鼻をついた。淳は思わず顔をしかめた。「少し沁みますよ」「大丈夫です」 右腕の傷は思っていたより深かったらしい。棚から逃げる際、剥き出しになっていた金属で切っていたようだ。 麻酔を打たれ、傷口を縫われる。肩も強く打っていて、動かすたび鈍い痛みが走った。 けれど、そんなものはどうでもよかった。 淳は自由な左手をじっと見る。 倉庫の中で倒れてくる棚。落ちてきた鉄製のケース。 あの瞬間、自分を突き飛ばした瑠理子。『危ない!』 迷いなどなかった。 自分が怪我をするかもしれないのに。 死ぬかもしれないのに。 彼女は自分を助けようとした。 そんなの……馬鹿だろ。 「何か言いました?」「いえ」 どうして瑠理子はそこまでするのだ? こんな、俺なんかのために。そもそも嫌っているんじゃなかったのか? そればかり考えていたが、それ以上に、頭から離れないものがある。 瑠理子の手。 それは、自分へ向かって伸びた、細く白い手に思えた。「……」 淳は目を閉じた。途端に暗闇が浮かぶ。 夜の海。 恐ろしいほど黒い水面。 白い手。誰かが落ちていく。 『待て!』  声が聞こえる。自分の声だ。 『行くな!』  必死に手を伸ばしている。  あと少し。あと少しなのに届かない。 指先が離れ、白い手が暗い海に飲み込まれていく。「……っ」 淳は目を開けた。知らないうちに呼
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第九十四話 もう一回、キスしていいですか?

 淳は真っ直ぐに瑠理子を見つめた。「……ずっと、否定しようとしてました。お嬢様には御堂さんがいるし、俺なんかより、あの人の方がずっと似合ってるって」「淳……」「でも、無理です」 一歩、淳が近づいた。「会社で他の男に声をかけられてるだけで腹が立つし、御堂さんから電話がかかってきたら気になるし」「それ、やっぱり嫉妬だったんじゃない」「……そうですよ」 少し不貞腐れたような言い方だった。 瑠理子の胸が、きゅっと甘く締めつけられる。「ずっと嫉妬してました」「だったら、あの時そう言ってくれればよかったのに」「言えるわけないでしょう。婚約するって言われてるのに」「もう」「それに」 淳の表情が変わった。「今日、倉庫であなたが俺を庇った時、本当に怖かった」「……」「俺の代わりに怪我するかもしれない。死ぬかもしれない。そう思ったら」 淳の手が伸びる。瑠理子の腕を掴み、今度は迷わず、引き寄せた。「きゃっ……!」 身体が淳の胸にぶつかった。 包帯の巻かれた腕を庇うように、左腕だけで強く抱き締められる。「淳、腕……!」「今だけでいいから、このままでいさせてください」 耳元で苦しそうな声がした。 瑠理子は何も言えなくなった。 胸に頬を寄せる。彼の鼓動が速い。 淳も、自分も、どちらのものなのかわからないほど、心臓の音が重なっていた。「……本当にいる」「え?」「何でもないです」 抱く腕に、さらに力がこもった。「もう少し」「うん」
last updateLast Updated : 2026-10-26
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第九十五話 自分たちの未来を取り戻す

 やがて唇が離れる。瑠理子は息を整えながら、淳の胸へ額を寄せた。「……好き。淳が好きよ」「……」 返事がない。「淳?」 顔を上げると、淳の表情が強張っていた。「どうしたの?」 淳は瑠理子の手を見ていた。自分の服を掴んでいる白い手。細い指。「見えたんです」 淳が額を押さえる。「淳!」「海……」 瑠理子の心臓が跳ねた。「暗い海に……誰かが落ちていく。俺が手を伸ばして……でも、届かない」 瑠理子の身体が固まる。そのシーンは、前世の最後の記憶。 まさか淳も……「その手が、あなたなんです。ここに繋がってる」「……!」 淳は混乱していた。「俺……あなたを知ってる」「淳」「昔から知ってるみたいに」 胸元を押さえる。「なのに」 顔を歪めた。「俺はあなたを助けられなかった」「……」「それどころか」 淳の声が震えた。「俺のせいで、あなたがあそこにいたような気がする」 瑠理子は息を呑んだ。 まだ思い出してはいない。 でも、彼も近づいているのだ。前世の記憶に。「……やっぱり駄目だ」 淳が一歩下がった。「え?」「俺は、あなたから離れた方がいい」 瑠理子の胸に今度は怒りが湧いた。「は?」「俺がそばにいたら、また」「ちょっと待って」「瑠
last updateLast Updated : 2026-10-27
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第九十六話 君が幸せならそれでいい

 「……随分いい雰囲気だね」「きゃっ!」 突然声をかけられ、瑠理子は慌てて淳から離れた。 振り返ると、いつの間に戻ってきたのか、直之が少し離れたところに立っている。 直之さんだ!「……まだ十五分経ってませんよね?」 淳が疑わしそうに言う。「道が空いてたんだ」「病院の駐車場ですよね」「細かいな、橘君は」「絶対わざと早く戻ってきたでしょう」「どうだろうね」 直之は涼しい顔で答えた。 どう考えても、様子を見に戻ってきたに違いない。「それで、話はすんだ?」 直之が二人を見る。「……まあ、はい」 淳が曖昧に答える。「そう」 直之は瑠理子を見る。「瑠理子は?」「……はい」「そっか」 それ以上何も聞かなかった。 直之の目は、二人が繋いだままの手を見ている。「……!」 瑠理子は慌てて離そうとした。 だが、離れなかった。淳が放してくれなかったのだ。「淳、どうしたの?」「別に」「別にって」「もう御堂さんにはバレてるでしょう」「だからって!」「離す必要ないですよね」 さらっと言われて、瑠理子の顔が熱くなる。 直之が小さく吹き出した。「橘君」「はい」「案外図太いね」「……誰のせいですか」「僕?」「煽ったでしょう」「煽ったつもりはないよ」「嘘だ」「まあまあ」
last updateLast Updated : 2026-10-27
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第九十七話 USBの証拠はすべて偽物

 その日の夕方、二人は直之の会社の応接室にいた。 テーブルには例のUSB。そして、何枚もの資料が並べられている。「先に言っておく」 直之が口を開いた。「かなり興味深いものが手に入った」「父の資料ですか?」「それもある」「それも?」 淳が眉を寄せる。直之はノートパソコンを二人へ向けた。「USBの中には、複数の音声ファイルと帳簿の一部が残っていた」「音声……」「橘義昭さん本人が録音したと思われるものだ。但し、情報は書き換えられていた。解析の結果、後からコンピューターで作られたものだ。偽物の音声だったよ。これを鵜呑みにしていたら、騙されるところだった」 淳の顔が強張る。「どういう……ことですか?」「僕たちは、何者かによって情報操作されようとしていた――といえばわかるかな?」  情報操作――瑠理子は生唾を飲み込んだ。 直之の言う通りだ。それがまさに、前世も、今世も行われようとしているのだ。 それを示す根拠や証拠が暴けるのか?「直之さん、順を追って説明いただけませんか?」「まず、このUSBには偽物の音声が入っていた」「なぜ、直之さんは偽物だとわかったのですか?」「入っていた資料が偽物だとわかったからだよ」「どうして……偽物だとわかったのですか?」  直之は書類をコピーしたものを瑠理子たちに見せてくれた。そして、USBを差し込み、映してある画面を見せた。「保存されたファイルを、開く前にプロパティという、オブジェクトやファイル、フォ
last updateLast Updated : 2026-10-28
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第九十八話 不正に深く関りのある人物

「じゃあ……」 淳が画面を睨んだ。「音声も、この資料も、全部最近作られたってことですか?」「その可能性が極めて高い」「父が残したものじゃない?」「少なくとも、このUSBに保存されている状態のまま、義昭さんが残したとは考えにくいね」 淳が拳を握った。怒っているようだ。 これは、以前とは違う。一郎へ向いていた怒りではない。 自分を騙そうとした何者かへ向けたものだ。「俺に……一郎さんが父を殺したと思わせるために?」「そう考えるのが自然だろうね」「そこまでして俺に何をさせたいんだ……」 瑠理子は横から、そっと彼の手へ触れた。「淳」「……大丈夫です」 淳が瑠理子を見る。「決めつけません。約束したから」「うん」「しっかりと事実を調べます」 その言葉に瑠理子は頷いた。 前世とは違う。淳は今、憎しみに飛びつかず、自分で真実を見ようとしている。「話はまだ終わりじゃない」 直之が言った。「まだ何かあるんですか?」「ああ」 直之はパソコンを操作した。「偽物を作った人間は、かなり慎重だった。作成者名のような分かりやすい情報は消してあるし、元データもほとんど残っていない」「じゃあ、手がかりは……」「ところが、一つだけ消し忘れたものがあった」「え?」
last updateLast Updated : 2026-10-28
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