伊依が在籍するステラ・トレーディング株式会社、情報システム部。顧客データや社内の情報共有システムを一括管理する、いわば会社の神経網とも呼べる部署だった。 部長の綾部鷹彦は、常々、部下たちにこう説いていた。「協調こそが、会社を守る盾だ」 チームで動くこと。個人プレーに走らず、皆で知恵を出し合うこと。それが、綾部の信条だった。実際、その方針のもと、情報システム部は、長年にわたって安定した運用を続けてきた。 だが最近、その「協調」に、綾部自身が違和感を覚え始めていた。「また、システムが変わってる」 朝、出社した綾部は、モニターを前に、思わず声を漏らした。社内の情報共有システムの一部、これまで手を焼いていた処理速度の遅延が、いつの間にか改善されていた。「これ、誰がやったんだ」「分かりません。部内の誰の作業ログにも、該当する記録がないんです」 部下の一人が、困惑した様子で答えた。 最初のうちは、些細な改善だった。ちょっとしたレイアウトの調整。エラー処理の最適化。だが、それが一度や二度ではなく、繰り返し起きるようになると、話は変わってきた。「今度は、データベースの検索速度が、大幅に改善されてる」 綾部は、報告を受けるたびに、複雑な感情を抱いていた。悪化しているわけではない。むしろ、明らかに良くなっている。だが、それが誰の手によるものか、部内の誰にも分からなかった。「上からは、褒められてるんですけどね」 部下の一人が、苦笑しながら言った。「システムが改善したって、経営陣は喜んでます」「だよな」 綾部は、頷いた。だが、その喜びを、自分たちの手柄として、素直に受け取ることができなかった。「全然、面白くない」 綾部の中で、モヤモヤとした感情が、日に日に大きくなっていった。誰かが、無断で自分たちの領分に手を入れている。しかも、それが常に「改善」であるという事実が、余計に始末が悪かった。「これが改悪だったら、まだ分かりやすいんだが」 綾部は、ため息交じりに呟いた。もし何か問題が起きていたら、犯人を突き止め、対処すればいい。だが、良くな
Last Updated : 2026-10-28 Read more