All Chapters of 『追放された聖女と呪われた竜王の契約結婚』: Chapter 21 - Chapter 30

116 Chapters

第21話 七百年前の聖女は、竜王を殺そうとしていました

「初代聖女は、七百年前に死んだはずだ」復元された古文書の一節を前にしてカエルがそう言ったのは、ラシュとミーナを地下旧王城から救出した翌日の午後だった。王城の北棟、そのさらに奥にある封鎖書庫は、ミオがこれまで入ったどの部屋よりも古い匂いがした。乾いた紙、革張りの本、長い年月の間に染み込んだ埃、それから保存魔法に使われる薬草らしい、少しだけ苦い香りが混じっている。壁一面を埋め尽くす書棚は天井近くまで伸び、そこへ古文書や石板、巻物、金属製の記録板まで隙間なく収められていた。この場所へ入ることが許されるのは、竜王、宮廷魔術院長、侍従長、王家記録官など、ごく一部の者だけらしい。だからなのか、カエル、ザラ、セバンに囲まれて書庫の中央へ座っている自分が、場違いに思えて仕方なかった。「初代聖女が死んだ、というのは人間王国側の歴史でも同じなんです」ミオは机の上へ広げた紙を見ながら言った。「神殿で習った聖女史では、初代聖女は七百年前の大戦で世界を救ったあと、力を使い果たして亡くなったことになっていました。神殿中央聖堂には像もありますし、毎年、命日に祈祷祭もやっています」「人間側では英雄なのね」ザラが古い巻物の封印を解きながら言った。
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第23話 帰れるかもしれないと言われたら、私は嬉しいはずなのに

第23話 帰れるかもしれないと言われたら、私は嬉しいはずなのに日本へ帰れるかもしれないと分かった翌朝、ミオはいつもの時間より少し早く目を覚ましたものの、すぐに起き上がる気にはなれず、薄い天蓋越しに朝の光が滲んでいくのを眺めながら、昨夜から何度も繰り返している同じことを考えていた。帰りたい。父と母に会いたい。三年前、突然いなくなった娘を今も探しているかもしれない二人に、自分は生きているのだと伝えたい。母の味噌汁を飲みたいし、休日になると具材を必要以上に大きく切ってカレーを作る父に、「相変わらず食べにくいよ」と文句を言いたい。大学時代の友人にも会いたいし、自分が勤めていたホテルが今どうなっているのかも知りたい。日本のコンビニへ入り、何を買うでもなく新商品を眺めたり、電車の発車音を聞いたり、夜の街で信号待ちをしたり、そういう昔は何とも思わなかった日常さえ、今なら泣きたくなるほど懐かしい気がした。それなのに、「帰れるかもしれない」と思った瞬間から、胸の中には喜びだけではなく、まったく逆の感情まで生まれている。ヴァルディアを離れるのが寂しい。その事実を認めることが、今のミオには怖かった。「……困ったなあ」
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第25話 竜王様、子供相手に張り合わないでください

ミーナが月蜜菓子を四分の一だけ食べてもよいと許可された日の午後、ミオは王城の厨房から小さな皿を一枚借り、そこへバルムがわざわざ焼き直してくれた月蜜菓子を載せて、魔術院の治療室へ向かった。「いいか、四分の一だぞ。あのちびが『もうちょっと』って言っても、お前まで一緒になって甘やかすんじゃねえぞ」厨房を出る直前までバルムに念を押されたので、ミオは苦笑しながら「分かっています」と何度も答えたのだが、最後にはノアまで追いかけてきて、「もし体調が悪くならなかったら、次は月白草をほんの少し使った新しい試作品も食べてもらいたいです」と小声で頼まれた。「まだ治療中の子を試食係にしないでください」「でも子供の感想って大事ですし……」「治ってからにしましょう」「分かりました」そんなやり取りをしてから治療室へ到着すると、ミーナは寝台の上ではなく、窓際に置かれた椅子へ座っていた。まだ長時間歩き回れるほどではないが、昨日より顔色はよく、茶色い猫耳も元気に立っている。「ミオお姉ちゃん!」こちらへ気づいた瞬間、ミーナは椅子から立ち上がろうとした。「立たなく
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第26話 私の店を、本当に開いてみませんか

「一週間だけ。十席しかない小さな店で、自分の料理を出してみる。そう言ってしまった以上、やっぱり怖くなったからやめますとは言いたくないんですけど、言ってから急に現実味が出てきて、今ものすごく緊張しています」朝食を終えたあと、ミオは市場の菓子店から借りられるという食事区画の見取り図を前にして、期待と不安を半分ずつ混ぜたような気持ちをそのまま口にした。十席という数字だけを見れば、小さな店である。王城の正式な晩餐会では一度に何十人もの料理を用意するし、人間王国にいた頃は救援物資として数百人分の食事計画を立てたこともある。それなのに、自分の名前で、自分が考えた料理へ値段を付け、まったく知らない人から代金を受け取るとなると、これまでとは意味がまるで違った。「怖いなら、店を買えばいい」向かいに座っていたカエルが、まったく解決になっていないことを真顔で言った。ミオはしばらく彼を見つめたあと、確認するように聞いた。「カエル、今の話のどこを聞いたら『店を買えば怖くなくなる』という結論になったんですか?」「借りている店なら失敗したとき困るだろう。自分の店なら好きにできる」「それだと失敗したときの損失が大きくなるでしょう」「私が払う」
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第27話 たった十席の店なのに、王族が三人並んでいます

開店までまだ五十分もあるというのに、『ミオの食卓』の前にはすでに二十人を超える列ができており、その先頭にセレナ、二番目にヴォルガ、三番目にカエルが並んでいるという光景を目にしたミオは、しばらく何も言えないまま店先で立ち尽くしていた。自分が思い描いていたのは、朝の仕込みを終え、店主とバルムに最終確認をしてから、少し緊張しつつ扉を開け、「いらっしゃいませ」と最初の客を迎えるという、ごく普通の小さな食堂の初日だった。それなのに現実では、竜族の名門公爵令嬢、七百年近い歴史を知る古竜の長老、そして世界最強と恐れられる竜王が、揃って一般客と同じ列に立っている。しかもカエルの後ろには、市場の商人らしい獣人の夫婦や、仕事前と思われる角持ちの若い男性、翼を小さく畳んだ女性、さらに「陛下が並んでいるなら間違いなくここだ」と話している老人までいて、列はミオが見ている間にも伸び続けていた。「……カエル」「何だ」「何をしているんですか」「並んでいる」「それは見れば分かります。どうして開店五十分前から並んでいるんですか」「一番に入りたかった」そこでセレナが、先頭から勝ち誇ったように振り返った。
last updateLast Updated : 2026-09-20
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第28話 竜王様が庶民と相席したら、王都の空気が少し変わりました

『ミオの食卓』二日目の朝、ミオは開店時刻よりかなり早く店へ入り、昨日と同じ灰羽鳥と根菜のスープを仕込みながら、何度目になるか分からない味見をしていた。初日は予想を大きく上回る五十一食が売れ、しかも閉店前にはすべての料理がほとんどきれいになくなった。しかし、昨日は店の初日だったうえに、カエルやセレナ、ヴォルガまで開店前から並んでいたため、料理そのものだけで客が集まったとは言い切れない。物珍しさで訪れた客が多かったのなら、二日目からは一気に客足が落ちる可能性もあると考えていたのだが、つい先ほど外を見に行ったリュナが、「開店までまだ三十分以上ありますけれど、もう三十五人くらい並んでいます」と報告してきたので、今度は逆の意味で不安になっていた。「リュナ、もう人数を数えなくて大丈夫です。増えるたびに教えてもらうと、嬉しいより先に緊張してきますから」「でも、昨日より明らかに多いですよ。それに、昨日いらしたお客様が何人か、別の方を連れてきています。物珍しさだけなら、一度来た方が翌日もわざわざ並ばないと思うんです」「それは嬉しいんです。本当に嬉しいんですけど、昨日までは『誰も来なかったらどうしよう』って心配していたのに、今日は『来すぎて料理が足りなかったらどうしよう』って心配してるんですよね。自分でも、何か一つうまくいくたびに次の不安を探してるみたいで、嫌になります」大鍋の向こうで火加減を見ていたバルムが、呆れたように鼻を鳴らした。「嫌になる必要はねえが、お前は間違いなく面倒な性格だな。客が来なけりゃ心配して、客
last updateLast Updated : 2026-09-21
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第28話 竜王様が庶民と相席したら、王都の空気が少し変わりました

『ミオの食卓』二日目の朝、ミオは開店時刻よりかなり早く店へ入り、昨日と同じ灰羽鳥と根菜のスープを仕込みながら、何度目になるか分からない味見をしていた。初日は予想を大きく上回る五十一食が売れ、しかも閉店前にはすべての料理がほとんどきれいになくなった。しかし、昨日は店の初日だったうえに、カエルやセレナ、ヴォルガまで開店前から並んでいたため、料理そのものだけで客が集まったとは言い切れない。物珍しさで訪れた客が多かったのなら、二日目からは一気に客足が落ちる可能性もあると考えていたのだが、つい先ほど外を見に行ったリュナが、「開店までまだ三十分以上ありますけれど、もう三十五人くらい並んでいます」と報告してきたので、今度は逆の意味で不安になっていた。「リュナ、もう人数を数えなくて大丈夫です。増えるたびに教えてもらうと、嬉しいより先に緊張してきますから」「でも、昨日より明らかに多いですよ。それに、昨日いらしたお客様が何人か、別の方を連れてきています。物珍しさだけなら、一度来た方が翌日もわざわざ並ばないと思うんです」「それは嬉しいんです。本当に嬉しいんですけど、昨日までは『誰も来なかったらどうしよう』って心配していたのに、今日は『来すぎて料理が足りなかったらどうしよう』って心配してるんですよね。自分でも、何か一つうまくいくたびに次の不安を探してるみたいで、嫌になります」大鍋の向こうで火加減を見ていたバルムが、呆れたように鼻を鳴らした。「嫌になる必要はねえが、お前は間違いなく面倒な性格だな。客が来なけりゃ心配して、客が来りゃまた心配して、売れたら今度は明日の売り上げを気にする。飲食店をやる人間としては悪くねえ性格だが、その調子で一週間ずっと先のことまで考えてたら、最後の日まで体が持たねえぞ」「日本にいた頃も、上司から似たようなことを言われた覚えがあります。まだ起きていない問題まで先回りして心配するなって」「じゃあ昔からか。だったら今日も、起きたことだけ順番に片づけろ。客が来たら飯を出す、足りなくなりそうなら追加で作る、売り切れたら謝って終わりだ。店なんて毎日全部予定どおりにいくもんじゃねえ」「そう言われると簡単そうに聞こえるんですけどね」「簡単じゃねえから面白いんだろ」ぶっきらぼうな言い方だったが、ミオは少しだけ肩の力が抜けた。今日の献立は、基本的には昨日と同
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第29話 人間王国から、私を返せという使者が来ました

『ミオの食卓』三日目の朝は、昨日までの騒ぎが少しだけ落ち着いたように見えた。開店前から店の前に二十人ほど並んでいる時点で、十席しかない食堂としては十分すぎるほど賑わっているのだが、少なくとも今日は、竜王カエルやセレナ、ヴォルガといった、並んでいるだけで周囲の注目を集める顔ぶれはいない。ミオは厨房の奥で灰羽鳥のスープをかき混ぜながら、これならようやく自分が思い描いていた「普通の小さな食堂」に近づいてきたかもしれないと、少しだけ肩の力を抜いていた。「今日は昨日より落ち着いて営業できそうですね。昨日はカエルが来た途端に、食堂なのか陳情所なのか分からなくなりましたから」「開店三日目の十席の店に二十人並んでる時点で、十分普通じゃねえけどな」パンを切っていたバルムが呆れたように言うと、ミオは苦笑しながら鍋の火を弱めた。「そこはもう考えないことにしました。お客さんが来ないよりはずっといいですし、昨日の話を聞いて料理を食べに来てくれた人もいるみたいですから。ただ、政治の相談をするためだけの場所にはしたくないんです。私は国を動かしたくて店を始めたわけじゃありませんから」「だったら竜王を客として入れなきゃよかっただろうが」「私が呼んだんじゃありませんよ。勝手に並んだんです」「しかも一時間近く前からな」「そこは今でも信じられません」バルムが肩を揺らして笑い、ノアもつられるように笑う。そんな何でもない会話をしながら開店準備を進めていると、表で食器を並べていたリュナが、いつもより足早に厨房へ戻ってきた。顔が少し強張っている。それだけで、ミオは何かあったのだと察した。「ミオ様、少しよろしいでしょうか」「どうしました?」「王城から近衛の方がいらしています。緊急というほどではないそうですが、できるだけ早くお戻りいただきたいとのことです」ミオの手が止まった。「私に?」「はい。人間王国から正式な外交使節が到着したそうです」人間王国。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちたような感覚があった。三年前、自分が聖女として召喚され、王太子の婚約者となり、働き続けた国。そして最後には、「もう必要ない」と告げられ、ほとんど何も持たされないまま北方へ追放された国。今では、自分がヴァルディアにいることを人間王国も把握している。カエルと契約結婚をしたことも、古代竜族
last updateLast Updated : 2026-09-22
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