『俺は最近、自分が君を追放した日の記憶に、明らかに存在しないはずの空白があることに気づいた。』その一文を声に出して読み終えたところで、ミオは次の行へ進むことができなくなった。机の上には、人間王国から届いた数枚の便箋が広げられている。白い紙に並んだ筆跡は、三年間も婚約者として隣にいたミオが見間違えるはずもなく、間違いなくアドリアン本人のものだった。以前なら、その字を見るだけで嬉しくなった時期もあったし、追放された直後であれば怒りや悲しみが先に立っただろう。しかし今のミオの胸にあるのは、懐かしさでも未練でもなく、この手紙の中に自分の召喚や追放、人間神殿の企みに繋がる何かが隠されているのではないかという、妙に現実的な緊張だった。隣にはカエルが座っている。向かい側ではなく隣に座ったのは、彼からそうしたいと言い出したわけではなく、ミオが「一緒に読んでほしい」と頼んだからだった。カエルはそれを断らず、だからといって勝手に手紙を覗き込むこともせず、ミオが読み始めるまで黙って待っていた。そのことが、少し前までの彼を思えば、ずいぶん大きな変化のように感じられた。「……続き、読めそう?」カエルが静かに聞いた。ミオは手紙から目を離さないまま、少し考えてから頷いた。「読めます。ただ、この書き方が気になるんです。もし『あの日のことを何も覚えていない』って書いてあったなら、私はたぶんもっと簡単に疑えたと思います。でも、殿下が書いているのは『空白がある』なんですよね」「追放したこと自体は覚えている、という意味か?」「たぶん、そうだと思います。婚約を破棄したことも、私に『もう必要ない』と言ったことも覚えている。でも、その前後のどこかだけ、自分でも説明できないところがあるんじゃないでしょうか」カエルの表情がわずかに険しくなった。「私は、その男を許すつもりはない」「はい。それは分かっています」「ただ、何かされた可能性まで否定するつもりもない。私があの男を嫌いだからといって、事実まで都合よく決めれば、神殿が何をしたのか見誤る」思っていたより冷静な答えに、ミオは少し驚いて横を見た。「今日はずいぶん落ち着いてますね」「君が隣にいるからだ」「私がいなかったら?」「使者をもう一度呼び戻して、知っていることを全部話すまで帰さなかったかもしれない」「それは全然落ち着いてませ
Last Updated : 2026-09-22 Read more