All Chapters of 魔王様は氷の微笑に逆らえない: Chapter 1 - Chapter 10

53 Chapters

1. 北の魔王

 おぼろげな意識の中に浮かぶのは、一人の少年。魔王と目が合って、へたり込んだ体は震えていた。 あどけない瞳には、恐怖が浮かんで当然だった。なのに、あの瞳は――まるで憧れの相手を見付けたように、魔王を見つめ続けた。 おおよそ人間が魔王に向ける目ではない。(怯えない人間もいるのか) 捕食する魔族に人間が怯えるのは道理だ。 だったら、あの瞳が意味する感情は? よくわからないから、考えるのをやめた。 わからないことは深追いしない。生きるに必要ない思考だからだ。 なのに時々、あの少年の瞳を思い出す。 リンデル王国の最北端にそそり立つ岩山。その最上部には「北の魔王」の居城がある。人間を生の糧とする魔族を統べる王だ。城の一帯は魔国と呼ばれ、魔族が跋扈している。 魔鏡を眺めて、魔王は溜息を吐いた。「あーぁ、また来ちゃった。何回来ても同じなのになぁ」 人間のパーティが魔王討伐のため、魔王城にやってくる。その度に返り討ちだ。 魔力量も身体能力も体の頑丈さも、総てにおいて魔族が勝る。人間は逆立ちしたって魔族に勝てない。「何百年、同じこと繰り返したら、勝てないって気が付いてもらえるのかなぁ」 多くのパーティが魔王城を目指して、人間の国から魔国までやってくる。道のりもまた、人にとっては険しい。城まで辿り着けるパーティは、ほとんどない。 実際に魔王が相手にするパーティの数は、多くはないのだが。「餌としては重宝するけどさ。別に、人間を殺すのが好きなわけじゃ、ないんだよねぇ」 戦いを挑まれれば、魔王も対応せざるを得ない。「城が血で汚れるの、嫌い。人間の血って、鉄臭い」 かといって生け捕りにすると檻の中で自害したりする。勝手に死なれると、死体が腐って面倒だ。「せめて、今から自害しまーす、とか言ってくれたら、こっちも対応できるのに」 魔王城にまで辿り着いたのだから、今回のパーティは強いんだろう。血の雨が降るのは必須だ。 魔鏡を覗いた魔王の目が、留まった。「あれ、この子……」 戦士の後ろについて歩く勇者らしき青年を眺める。見覚えがある気がする。「それはないか。餌の顔とか、いちいち覚えてない」 魔王にとり人は皆、同じ顔に見える。「けど、この子は可愛いかも。造形は好みかな」 人間に興味を持った自分に、少しだけ驚いた。「俺は先頭、歩いてる戦士が好み
last updateLast Updated : 2026-08-19
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2. 戦士堕ち

 魔王軍団長ランドールの仕事は的確で、早い。あっという間にパーティを弱らせ、体力も魔力もエンプティで玉座の間に誘い込んだ。 魔王の目の前には、魔法で拘束されたパーティの四人が並んでいた。(人手不足、魔王が想っているより深刻なのかも) ランドールの本気が垣間見える。ここまで欲しがる人間というのも、珍しい。理由は聞くまでもなく理解できた。「戦士と勇者、賢者のポテンシャル、高いだろ。魔族転嫁したら良い悪魔になるぜ」 ランドールが得意げに語る。 確かに喰うには惜しい。特に賢者はパーティの中で一番若いが能力が抜きんでている。(それに、やっぱりこの子だ) 魔王の目は勇者に向いた。 傷だらけで魔王を睨み据える目に、ぞくりとした。(……美味しそう) 魔力だけでも舐めてみたい。人間の血は嫌いだが、この魔力が絡んだ血なら啜ってみたい。「そうだね。いい感じに使えそう。魔印、付けようか」 前に出ようとした魔王を、ランドールが庇った。同時に、戦士が殺気立った。「ふざけるな……魔族になど、屈するものか!」 腹に籠めた魔力で腕を振るう。縛っていた魔法の枷を、弾き砕いた。「お前を倒して、俺たちは国に帰る!」 剣を手に戦士が魔王めがけて走り込んだ。「ガイル兄様! 右です!」 勇者が戦士に向かって叫んだ。ほぼ同時に、ランドールが真横からガイルに蹴りを入れた。「なっ……いつの間に」 ついさっきまで目の前にいたランドールが脇から蹴りつけたのだから、驚くだろう。「そういうコトなんだよねぇ。人間と魔族の差ってさ」 魔王は独り言のように呟いた。運動能力も魔力量も桁が違うのだから、動きだって段違いだ。 ランドールに蹴り飛ばされて、ガイルの体が吹っ飛んだ。その先で着地して体制を立て直す。「やっぱりいいなぁ、お前。俺と一緒に、魔王軍で働こうぜ」 ガイルが、見えないランドールの姿を探す。「ぐっ……かはっ」 気が付いた時には、真上から落ちてきたランドールに踏みつけられていた。ガイルの屈強な身体が床に沈んだ。「悪くねぇ反応だったぜ」 ガイルの上でランドールが笑った。腕を抑えられて、ガイルが身動きできないでいる。「離せ! 正々堂々と勝負しろ!」「真っ向勝負したら、殺しちゃうだろ。傷付けねぇように優しくしてやったんだぜ」 ガイルが、唇を噛んだ。才のある戦
last updateLast Updated : 2026-08-19
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3. 勇者の本懐

 魔王は勇者の前に立った。その顔を眺める。勇者が、魔王を睨み上げた。(さて、勇者君……シャムル、だっけ。この子は厄介そうかな) 魔王はシャムルの口に指を翳した。すっと横に引く仕草をする。シャムルの口が開いた。「お前たちには屈しない。兄上を取り戻して、魔王をたお……んっ」 シャムルの顎を掴み上げると、その唇に噛み付いた。重ねた唇から、魔力を吸い上げる。(やっぱり美味い。この魔力は独占したくなる味だ) 喉を鳴らしてごくりと飲み込む。味見のつもりが結構な量を吸い上げたらしい。シャムルが息を荒くして、体を震わせている。「はぁ、はぁ……ぁ……」 足の力が抜けているから、魔法枷に支えられて吊られている状態だ。(うっかり食べ過ぎた。食い尽くして死なせないように気を付けないとね) 魔王はシャムルの顎をすぃと撫でた。「魔力を吸われるのは、気持ちがいいか?」 魔力を食われると、人は性的快楽に似た感覚を覚える。快楽は強い依存性がある。シャムルが俯いたまま、小さく首を振った。(勇者だしね。この程度の快楽には、屈しないか) 魔王はシャムルの耳元に顔を寄せた。「お前の望みを言ってみろ。この魔王が叶えてやる」 そっと首に手を添える。少しずつ魔力を籠めると、黒い光が立ち上った。薄らと、首に魔印が浮かぶ。「私の……望み、は……」 抵抗できない体が、魔王の魔力を直に吸い込む。シャムルの目が虚ろに蕩けた。「お会い、したかった……ずっと。そのために、今日まで……くっ!」 力を戻したシャムルが歯を食いしばった。「違う、私は……魔王を倒して、人が食われない世界を作るために、今日まで努力して」 足に力を籠めて、シャムルが顔を上げた。「だから、負けない。私がお前の命を奪う。奪われる苦しみを思いしれ」 魔王は口を引き結んでシャムルを眺めた。 シャムルの言葉は明らかに魔王を打倒しようという文言なのに。その瞳は潤んで、まるで憧憬に染まって見える。(この、瞳は……) おぼろげな景色、既にぼんやりと曖昧な記憶の向こう。あの時の少年の瞳と重なった。「お前の望みは、魔王に会うことか?」「違う!」 シャムルが大きな声で拒絶した。「魔王を倒すために来た。殺すために来た。会いたいなんて……話したいなんて、恋しいなんて、少しも……ぁ!」 首に巻き付いた黒い
last updateLast Updated : 2026-08-19
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4. 賢者の揺らぎ

「なぁ、魔王様、あっちが限界っぽいぜ」 ランドールが後ろを指さした。拘束していた残り二名の内、魔法使いが震えながら何か呟いている。「皇子が二人もいるパーティだから勝確と思って、候補生を殺してまで入れ替わったのに、使えないにも程がある……だったら今のうちに私だけ逃げて……」 心の声が、だだ漏れだ。きっと声に出していることすら気が付いていない。「魔国の瘴気にやられちゃったか。魔印を付けるまでもなかったね」 魔国には人の国にはない、瘴気という特殊な空気が流れている。魔力の弱い人間は息を吸うだけで体や脳が害される。 魔法使いの眼球が揺れている。顔が既に正気ではない。「これはもう餌しかないかな」 魔王は魔法使いの額に指を差し込んだ。指の先から魔力を流し込む。「ひぁ! ぁ、ぁー……」 魔法使いが項垂れて動かなくなった。ランドールの手引きで、魔法使いが食糧庫に運ばれて行った。「で、もう一人……」 拘束されたまま気を失っている賢者に、魔王は手を伸ばした。顎を掴み上げて、顔を確認する。「ふむ、素朴ながらに可愛い顔してるね。何より、魔力が強い」 このパーティの中で最もポテンシャルが高いのは賢者だろう。歳は若いが、練られた良い魔力だ。「だろ。その賢者も、魔王軍としては欲しいんだけどな」「じゃ、魔印付けようか」 首に触れようとしたところで、賢者が目を覚ました。「ん……あれ……ぁっ!」 強い牽制の魔力で、魔王の手が弾かれた。魔力に触れた手が、痺れた。(これは確かに、ランドールの期待通りだね) 賢者が魔力を膨らませて旋風を起こした。「シャムル様、ガイル様、逃げてください。僕が時間を稼ぎます!」 周囲
last updateLast Updated : 2026-08-20
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5. 命の価値

 シャムルたち勇者パーティの襲撃から一月。 他のパーティの襲撃もなく、落ち着いた日々を過ごしている。「魔王様、お茶の準備が整いました」 シャムルが魔王に向かい、小さく首を垂れた。「ん、ありがと」 バルコニーに移動する魔王の後ろをシャムルが付いてくる。殺気もないが気の緩みも観られない。シャムルの様子は、襲撃してきたあの日から変わらない。(魔王の命を奪うと言っていたけど。どうするつもりだろうね) 忠誠の魔印を施しているから、魔王に対し直接攻撃はできない。魔印が心臓を焼いて魔族転嫁すれば、魔王への忠誠はより濃さを増す。しかし、シャムルの魔印が心臓を焼ききる気配はない。(意志の強さはゾクゾクするほど感じる。こういう日々、悪くない) いつ、どんな方法で命を狙ってくるのか。想像しただけでワクワクする。だから魔王は、シャムルが準備した紅茶を迷いなく飲み干す。「今日も美味しい。シャムルは皇子様なのに、お茶を淹れるのも上手だね」 確か、リンデル王国の第三王子だったはずだ。第二皇子であるカデルは、所作はあっても給仕には疎い。「いつかの日のために、必要と判じた総てを身に付けました。皇子という肩書は、私にとり邪魔……いえ。そう大事な立場ではございません」 シャムルが首を傾げてニコリと笑んだ。その後ろで、竜巻が渦を巻くのが見えた。気配に気が付いたシャムルが振り返った。「また……フィオナとガイル兄様ですね」 竜巻に雷が絡まって、魔力が押し合う。まるで竜と虎が喧嘩しているようだ。ぶつかり合った雷と竜巻が、力を相殺するように弾けて消えた。「魔王様~、シャムル様~!」 羽をぱたつかせて、フィオナが飛んできた。フィオナがシャムルに抱き付いた。「今の見てくれましたか? 僕の竜巻、凄かったでしょ? 人だった時より、ずっとずっと強いでしょ?」「えぇ、とても強い力です。人だった時とは比べ物にならない」
last updateLast Updated : 2026-08-21
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6. シャムルの願望

 そんな感じでシャムルと探り合う日々を送っていた魔王だったが。新たな来客は、またも突然にやってきた。「魔王様ぁ、またどっかの勇者パーティが来てるぜ」 ランドールが報告にやってきた。隣に控えるガイルは、すっかりランドールの右腕だ。 魔印が完全に心臓を焼ききって、ガイルは魔族転嫁していた。人間だった頃には使いこなせなかった雷魔術が、魔国で類を視ない強さに進化した。ランドールの見立ては間違っていなかったわけだ。「シャムルたちが来たばかりなのに、頻繁だねぇ。何処の国の子かなぁ」「それが……」 ガイルが困った様子でシャムルに目を向けた。魔王は魔鏡を開いた。 三人組の小規模パーティだ。魔王城まで来られたのだから、個々が強いのだろう。如何にも勇者です、といわんばかりの端正な顔立の青年が、先頭を歩いていた。「兄上……」 魔鏡を覗き込んだシャムルが、あからさまに眉間の皺を深くした。「兄ってことは、シャムルとガイルのお兄さん?」 二人が、気まずそうに頷いた。(気まずいというか、嫌そうだなぁ) シャムルが感情を顔に出すのは意外だ。「リンデル王国第一皇子、王国最強の魔法剣士と名高いヘルクライン兄様です。正義感が強く悪を見過ごさない強さを持った人だから、私たちを連れ戻しに来たのでしょう」 シャムルが淡々と事務的な肩書を述べた。 ヘルクラインを眺めるシャムルの目は冷めている。感情が凍てついたような氷の瞳だ。「そっかぁ、心が強そうな顔しているねぇ」 自分の価値観に絶対の自信を持っていそうな顔だ。「とても強いですよ。……鬱陶しいほどに」 シャムルの乾いた声はやはり感情が無い。(嫌いなんだなぁ、ガチで) それだけは、充分に感じ取れた。「兄であろうと魔王城に踏み込んだ以上、ただの侵入者です。即刻排除いたしましょう」 シャムルが穏やかな表
last updateLast Updated : 2026-08-22
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7. 光の魔法剣士

 守備どおり、パーティを分断してヘルクラインだけを玉座の間に誘導した。残りの二人はランドールに任せて、ガイルとシャムルを魔王の手元に残した。魔法枷で拘束しようとしたが、光魔法で魔力を浄化されて、なかなか捕縛できない。「ふぅむ。光の加護か。中々に強いね」 対峙するガイルが、ヘルクラインが使う光の剣に梃子摺っている。 魔王は隣に立つシャムルを、ちらりと確認した。 シャムルは色のない目で兄二人が立ち回る姿を眺めている。 斬りかかるガイルをいなして、ヘルクラインが声を上げた。「私の顔を忘れたか! 魔王の言いなりに兄に剣を向けるなど、王族の恥だ! 我等王族は、民を魔族より守る剣であり盾だ! 目を覚ませ、ガイル!」 ヘルクラインが如何にも勇者様な台詞を吐いている。「無駄だ。ガイルの心臓は焼ききれ、既に魔族となった。人に未練などない」 魔王らしい口調で、魔王らしい台詞を吐いておいた。 ヘルクラインが顔を顰めた。わなわなと唇を震わせて、ぎゅっと瞑る。涙の雫が数滴、床に落ちた。「ならば、この兄が引導を渡してやろう。これ以上、生き恥を晒さぬよう、お前の王族の誇りは私が守ってやる」 ヘルクラインが剣を高らかと掲げた。シャムルが魔王の前に出た。「ヘルクライン兄様が得意とする浄化魔法です。光魔法でガイル兄様を存在ごと浄化するつもりなのでしょう」 シャムルが苦々しく吐き捨てた。「堕ちたら即殺害って判断、嫌いじゃないけど。助ける努力、短かったね」 兄弟だし、もっと積極的に助ける手段を講じてくると思ったが。想像以上にあっさり切り捨てた。討伐に来たというなら、魔王としても対処がしやすい。(下手に連れ帰ろうとされるよりは、面倒がないかな。シャムルはまだしも、ガイルはもう魔族だし) 魔族堕ちした王族が人の世に戻ったところで良い想像はできない。「助けているつもりなのです。王族として生き恥を晒さぬよう、ガイル兄様と私を殺して、誇りを守ったという自己満足です。その後で、助けられなかった自分
last updateLast Updated : 2026-08-23
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8. 約束の命

「魔王様、そろそろ私に役割を果たす場をお与えください」 シャムルが胸に手を当てて、魔王に首を垂れた。「うん、好きにしていいよ」「褒章を、お忘れになりませんように」 念を押すシャムルに、魔王は手を翳した。真っ黒い双角錐の血の結晶を見せ付ける。「シャムルが欲しいのは、これだろう。準備しておいてやる……好きに壊せ」 血の結晶を凝視したシャムルの目が、魔王に向いた。何かを訴える瞳が、じっくりと魔王を見詰める。「どうした?」「……いえ。ご期待に応える働きをして、ご覧に入れます」 シャムルが魔王に背を向ける。その姿を、魔王は見詰めていた。 シャムルが、ヘルクラインに向かって走り込んだ。手に氷結魔法を展開すると、小さな氷を何個も投げつける。「シャムル、お前まで本気で私に牙をむくのか!」 じりっと、ヘルクラインが後ろに下がった。その顔に初めて焦燥が浮いた。「我等は魔族。魔王様をお守りするのは、当然です」 掌に展開した氷結魔法が長く伸び、剣の形になった。氷の剣を握り締め、シャムルがヘルクラインに向き合った。「さて、ヘルクライン兄様。私は兄様に剣技で勝ったことがありません」 ゆっくりと言葉を並べて、シャムルが一歩ずつヘルクラインに歩み寄る。「しかし、本気で仕合ったことも、一度もありません」 剣を構え直したヘルクラインの足が、わずかに後ろに逃げた。後退る足を、シャムルの目が感慨なく眺める。「総ては兄様の威厳を保つため、常に一番にして差し上げるための演技でした。ですが今日は、本気を出させていただきます」 シャムルの口端に微笑が乗る。ヘルクラインの手元が揺れた。唇がわなわなと震えた。「演技……だと? これまで一度も勝てなかった事実を、詰まらぬ狂言で誤魔化すか。魔族に堕ちると、心まで堕ちるのだな!」 剣先を向けて、シャムルが前に
last updateLast Updated : 2026-08-24
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9. 魔法剣士堕ち

 ヘルクラインが剣を投げだして床にへたり込んでいる。茫然とした顔は、どこも見ていない。「随分と気力を使い果たした様子だが。実の弟を殺す気概、嫌いではないぞ、光の剣士」 魔王はヘルクラインを見下ろした。 ヘルクラインが、力弱く首を振った。「お陰でシャムルは魔王と命を分け合う存在となった。この意味が、わかるか?」 ヘルクラインが、焦点の合わない目のまま、首を傾げた。「お前の弟は、永遠に闇に生きる存在となった。お前の剣が、シャムルを魔族にした」 ヘルクラインの顔が歪む。頭を抱えて奇声を上げた。「ちがうぅう! 私じゃない。私が殺したんじゃない。シャムルが自分から私の剣に突っ込んで……お前が! 魔王が私にシャムルを殺させたのだ!」 顔を引き攣らせてヘルクラインが怒鳴った。魔王は鼻で笑った。「いいや、お前が殺した。お前の剣がシャムルの心臓を突き刺した。弟たちに引導を渡すのだろう? 首を掻っ切ってやったらどうだ?」 魔王は、腕の中のシャムルを突き付けた。ヘルクラインが蒼褪めた。「本当に、殺す気など……なかった、のに。連れ帰って浄化すれば、元のシャムルとガイルに戻ると、思って……二人の気持ちを、戻すために啖呵を切った、だけで……」 ヘルクラインが口の中で、ぶつぶつと何か言っている。「もしかして、実践初なのかな。慣れてなさすぎじゃない?」 魔王は、隣のガイルに問いかけた。「兄上は光の加護を持つ魔法剣士として、象徴のような立場だったので。浄化は得意ですが、魔物と戦う時はパーティの仲間に守られていました。自分ではブチスライム一匹、殺したことはないです」 ガイルが気の毒そうに、ヘルクラインを眺めている。「人を、ましてや弟の命を自ら奪う重責に耐えられる人ではありませんから。剣で負かす以上に、私の死は効果があったと思います」「シャムル、そこまで計算か~」 シャムル
last updateLast Updated : 2026-08-25
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10. 魔王軍の充実

 ヘルクラインの襲撃以降、魔国は平和な時が流れていた。故に、それとは真逆の問題が浮上していた。「そろそろ食料調達する時期かなぁ」 玉座に肘を付いて、魔王は溜息を吐いた。人間の国に行くのは面倒だし気が乗らない。「魔王様自ら赴かれる必要はございません。人間狩りは魔王軍に任せて良いのでは?」 シャムルの言う通りではあるのだが。「それがさぁ、ちょっと前に来た勇者パーティが強くてねぇ。魔王軍、半分以下になっちゃったから魔族不足なんだよね」 シャムルの顔が曇る。記憶を手繰るように考え込んだ。「ちょっと前とは、どれくらい前で?」「百年くらい前かな?」「なるほど、それが魔族の時間間隔なのですね。百年前は、ちょっと前……」 人間だと、人一人の寿命くらいだから、感覚が違うかもしれない。「魔族って長生きだけど、人間みたいにホイホイ生まれるわけじゃないから、減るとなかなか増えないの」 だから、滅ぼそうと思えば簡単なのだ。ただ、ガチ強いというだけだ。「我々のように人間を魔族に作り直せばよいのでは?」 シャムルの提案に、魔王は眉を顰めた。「今回は特別だよ。気に入った人間は、そうそういるわけじゃないからね。数が多ければいいってワケでもない」 魔王の隣に立っていたシャムルが、顔を赤らめた。「魔王様に気に入っていただけて光栄です」 最近のシャムルは素直に照れ顔をするようになった。前よりは感情もわかりやすい。(本気の恋慕は伝わってくる。なにせ核で繋がっているから) 薄らとではあるが敵意がないのもわかる。(不思議なのは、何でこんなに好かれているのかってこと、なんだよね。覚えがない) シャムルの恋慕は魔国に来る前からのようだが、接点もない。魔王なんて名前だけは有名な存在だから、ダークヒーロー好きなのかもしれないが。(そういう上辺だけの気持ちではないんだよね、この子) 何かしらの理由があるのだろうと思う。とはいえ、聞く気もな
last updateLast Updated : 2026-08-26
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