All Chapters of 炎上して全てを失った元ゲーム実況者の俺、田舎の寂れた商店街で“推しの中の人”を拾う 〜無口な天才VTuber少女と始める: Chapter 21 - Chapter 30

62 Chapters

第21話 似ている声

第21話 似ている声 画面を閉じても、その一文は消えなかった。【この声、月乃こはねに似てる】 ノートパソコンの画面は黒くなっている。 コメント欄はもう見えない。 配信のアーカイブも閉じた。 それなのに、文字だけがまぶたの裏に焼きついている。 この声。 月乃こはね。 似てる。 たったそれだけの言葉で、喫茶こもれびの空気は変わった。 さっきまで、ここには「帰る場所」という言葉があった。 白湯の湯気があった。 卵焼きの甘い匂いがあった。 芽衣の泣き笑いがあった。 源三さんの雑な優しさがあった。 それが今は、全部薄い膜の向こう側に行ってしまったみたいだった。 こはるは白湯のカップを両手で持ったまま、動かない。 カップの中の水面が、小さく震えていた。 彼女の手が震えているからだ。 芽衣はこはるの隣で固まっている。 源三さんは入口近くの席で腕を組んだまま、いつものように何かを言おうとして、珍しく言葉を選んでいる顔をしていた。 俺は、閉じたノートパソコンに手を置いた。 熱が残っている。 画面の向こうの熱。 ネットのざわめき。 かつて俺を焼いたものと同じ匂いがする。「今日はもう見ない」 俺はもう一度言った。 誰に言ったのか分からない。 こはるにか。 芽衣にか。 源三さんにか。 自分にか。 こはるは、白湯のカップから手を離した。 そして、ゆっくりホワイトボードを取った。 ペン先が震えている。 ぎこちない
last updateLast Updated : 2026-09-08
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第22話 ファンは心配という名前で押し寄せる

第22話 ファンは心配という名前で押し寄せる 心配という言葉は、たぶん優しい。 少なくとも、優しい顔をしている。 大丈夫? 無事? 何かあったの? 助けたい。 知りたい。 安心したい。 そのどれも、単体で見れば悪意ではない。 だからこそ、怖い。 悪意なら、遮断できる。 罵倒なら、削除できる。 晒しなら、通報できる。 攻撃なら、攻撃だと分かる。 けれど、心配は違う。 心配は、玄関先に花束を持って立っている。 顔を見せて、と言う。 大丈夫か確認させて、と言う。 あなたのためだから、と言う。 そして、扉が開かないと、少しだけ傷ついた顔をする。 その顔を見ると、こちらが悪いような気がしてくる。 翌朝、月乃こはねの名前は、前日よりずっと近くまで来ていた。 喫茶こもれびのカウンターに置いたノートパソコンには、ラジオ用アカウントの通知が溜まっている。 アーカイブは非公開にした。 昨日の投稿も、返信制限をかけた。 真柴さんの指示通り、こちらから余計な反応はしない。 それでも、流れは止まらない。【夜の商店街の声、月乃こはね説ある?】【比較動画作るって人いるけどやめた方がよくない?】【こはねちゃんが無事ならそれでいい】【もし本人なら休止中に別配信してるってこと?】【いや療養ならそっとしろ】【声似てるだけで決めつけるな】【でも心配なんだよ】【事務所は何してるの?】【夜の商店街、場所どこ?】【助けたいだけなのに何で隠すの?】 助けたいだけ。 その言葉で、俺の手が止まった。 助けた
last updateLast Updated : 2026-09-09
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第23話 クロユウの名前が掘り返される

第23話 クロユウの名前が掘り返される クロユウという名前は、俺にとって古傷ではない。 古傷なら、まだいい。 古傷は、時間が経てば皮膚になる。 触ると少し痛いことはあっても、毎日血が出るわけではない。 天気が悪い日にうずくくらいなら、人はそれを「昔のこと」と呼べる。 でも、俺の中のクロユウは違う。 あれは、傷口のまま冷凍保存された名前だった。 普段は見えない場所に押し込んでいる。 凍っているから、痛みも鈍い。 だから、もう大丈夫なふりができる。 けれど誰かがその名前を呼ぶと、凍っていた部分が一気に溶ける。 血の匂いまで戻ってくる。 その日、喫茶こもれびの開店前、俺は久しぶりにその匂いを嗅いだ。【クロユウって昔炎上した実況者だよね?】【月乃こはね疑惑の匿名ラジオ、クロユウ絡みってマジ?】【神谷レンが言ってた“昔救えなかった友人”ってクロユウ?】【あいつ、また女配信者巻き込んでるの?】【切り抜き見たけど普通に性格悪そうだった】【いや、当時のやつ捏造っぽいって話もあったよな】【でも燃えたのは事実】 燃えたのは事実。 その一文が、妙に効いた。 そうだ。 燃えたのは事実だ。 悪質な切り抜きだった。 文脈を抜かれた。 字幕で印象を操作された。 神谷レンは綺麗な顔で距離を取った。 その全部は事実だ。 でも、俺が燃えたことも事実だった。 そして、燃える前の俺が、まったく綺麗だったかと言われたら、俺は胸を張れない。 数字に焦っていた。 案件に疲れていた。
last updateLast Updated : 2026-09-10
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第24話 覚えている人

第24話 覚えている人 覚えている人がいた。 その事実は、思ったより静かに効いた。 大げさな救済ではなかった。 涙ながらの和解でもない。 過去の炎上が一瞬でひっくり返るような奇跡でもない。 ただ、一通のDM。【あの時、何も言えなくてごめん。俺は元動画、覚えてます】 その一文が、喫茶こもれびのカウンターに置かれている。 ノートパソコンの画面の中にあるはずなのに、まるで白湯のカップや卵焼きの小皿と同じように、そこにあった。 俺は朝から何度もそのDMを読み返していた。 読むたびに、胸の奥が少しだけ痛む。 救われる、というより、鈍く押される感じだった。 あの時、何も言えなくてごめん。 謝られる資格が俺にあるのかどうか、まだ分からない。 俺は傷ついた。 でも俺も、誰かを傷つける言い方をした。 俺は切り抜かれた。 でも切り抜けるだけの乱れもあった。 それでも。 それでも、覚えている人がいた。 全部を信じたわけではない人がいた。 怖くて黙っていたけれど、あの夜の声を覚えていた人がいた。「悠斗兄」 カウンターの向こうで、芽衣が卵焼きの容器を開けながら言った。「読んでる顔が、すごいことになってる」「どんな顔だよ」「泣きそうだけど泣いたら負けだと思ってる顔」「かなり具体的だな」「あと、ちょっと怒ってる」「怒ってる?」「うん。自分に」 言い当てられて、俺は返事に詰まった。 芽衣は小皿に卵焼きを二切れ置いた。 今日は甘い方と出汁巻き
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第25話 商店街会議、ネット対策をする

第25話 商店街会議、ネット対策をする 商店街会議というものは、だいたい何も決まらない。 少なくとも、俺の記憶ではそうだった。 夏祭りの屋台の配置を決めるだけで三十分揉める。 防犯灯の交換費用で誰かがため息をつく。 空き店舗の活用案が出ても、「昔は人通りがあったんだけどねえ」で終わる。 最終的に、源三さんが「今日はここまで」と言って、何となく解散する。 そんなものだと思っていた。 しかし、今日の会議は違った。 理由は簡単だ。 ネットの向こうから、人が来るかもしれない。 それも、買い物客ではない。 観光客でもない。 配信者探し。 声の主探し。 月乃こはね探し。 クロユウ探し。 善意と好奇心と正義感と暇つぶしが、ごちゃ混ぜになった何かが、この終わりかけの商店街へ向かってくるかもしれない。 源三さんは、それを「人が来るなら話は別だ」と言った。 ネットは分からない。 だが、人が来るなら、商店街の問題になる。 そういう理屈だった。 午前十時。 喫茶こもれびには、いつもの何倍もの人間が集まっていた。 と言っても、せいぜい十人ほどだ。 しかし、普段のこもれびからすれば十分に満員である。 カウンターの中には俺。 窓際にはこはる。 その隣に芽衣。 入口近くに源三さん。 八百屋の親父さん、模型店の朝比奈さん、ゲームセンターの朝日さん、佐伯さん、日向弁当の母親。 さらに、ノートパソコンの画面越しに真柴さん。 並べてみると、妙なメンバーだ。 商店街会議というより、何かの裁判前夜みたいだった。 いや、裁判ならもう少し椅子がいい。
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第26話 撮らないでください

第26話 撮らないでください「いや、応援したかっただけなんですけど……」 若い男は、そう言った。 夕方の商店街に、その言葉は思ったより柔らかく落ちた。 怒鳴り声ではない。 挑発でもない。 悪意の匂いも、ぱっと見ではしない。 年齢は二十歳前後だろうか。 パーカーにリュック。 片手にはスマホ。 もう片方の手は、困ったように宙で半端に開いている。 謝るべきか、説明すべきか、逃げるべきか分からない人間の手だった。 だから、余計に難しい。 悪いやつなら楽なのだ。 スマホを向けてニヤニヤして、相手を晒す気満々の人間なら、こちらも怒ればいい。 撮るな。帰れ。通報する。 そう言える。 だが、目の前の男は、本当に応援のつもりだったのかもしれない。 ラジオを聞いた。 白湯の話を聞いた。 まずいコーヒーの話を聞いた。 商店街の札を見て、何かいいと思った。 だから写真を撮りたくなった。 そういう気持ち自体は、分からなくもない。 分かるから、厄介だった。 源三さんは、男の前に立っている。 背はそれほど高くない。 年寄りだ。 少し背中も丸い。 けれど、その場の空気を止める力がある。「応援したいなら、まず撮るな」 源三さんは言った。 男は、スマホを胸の前で握り直した。「すみません。でも、場所とかは出さないです。ほんとに。札がいいなと思って。こういうの、ちゃんと広まった方がいいかなって」 ちゃんと広まった方がいい。 その言葉に、胸が少し重くなる。 広まる。
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第27話 隠しているもの

第27話 隠しているもの 隠している。 その言葉は、便利だ。 誰かが何かを見せない時。 誰かが答えない時。 誰かが沈黙している時。 人はすぐに言う。 隠している、と。 まるで、隠すことは全部悪いみたいに。 見せないのはやましいから。 答えないのは都合が悪いから。 黙っているのは嘘をついているから。 そう決めてしまえば、探す側は楽だ。 自分の好奇心を正義に変えられる。 俺も、昔はたぶんそうだった。 配信者として、視聴者に「全部見せる」ことを求められ、自分もまた他人に「見せること」を求めていた。 裏側。 本音。 未公開。 真実。 そういう言葉は数字を取る。 隠されたものを暴く、という物語は、見ている側を気持ちよくする。 でも。 隠しているものが、ただの傷口だったらどうする。 見せない理由が、悪事ではなく、まだ血が止まっていないからだったら。 その朝、喫茶こもれびのカウンターには、また一本の動画が置かれていた。 正確には、俺のスマホの中にある。 だが、感覚としては、テーブルの真ん中に置かれた刃物みたいだった。「例の商店街、撮影しただけでめちゃくちゃ警戒された。月乃こはね説、濃厚?」 動画は短い。 夕方の商店街。 若い男が札を撮ろうとして、源三さんに止められる。 俺が近づく。 芽衣が出てくる。 男が頭を下げる。 実際には、あの後、男はこもれびでコーヒーを飲んだ。 日向弁当でツナマヨおにぎりを買った。 写真を
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第28話 名前ではなく、言葉を聞いてください

第28話 名前ではなく、言葉を聞いてください 名前ではなく、言葉を聞いてください。 自分たちで書いたくせに、その言葉は思ったより重かった。 投稿してから一晩経っても、匿名ラジオのアカウントには通知が残り続けていた。 好意的なものもある。【名前じゃなく言葉を聞く、いいな】【匿名って本来そういうものだよね】【白湯あります、で泣いた】【探さないことが守ること、覚えておきたい】【夜の商店街、続いてほしい】【撮らない。探さない。騒がない。白湯飲む】 けれど、当然そうでないものもある。【綺麗事】【本人なら本人って言えばいいだけ】【隠してるから騒がれるんだよ】【クロユウ絡みなら信用できない】【名前じゃなく言葉って、都合悪い時だけ言うやつ】【月乃こはねのファンは不安なんだけど?】【説明責任から逃げるな】 説明責任。 その四文字を見るたびに、俺の胃は律儀に縮んだ。 誰に対する。 何の。 どこまで。 そう聞き返したくなる。 だが、ネットでは「説明責任」という言葉が出た時点で、こちらはもう少し悪い側に置かれている。 説明しないから怪しい。 怪しいから説明しろ。 説明したらしたで、そこからまた切り取られる。 便利な無限地獄だ。 朝の喫茶こもれびで、俺はカウンターに肘をついたまま、スマホを睨んでいた。 睨んでも通知は減らない。 むしろ、スマホの方が「見てるなら更新しときますね」と言わんばかりに震える。 最悪の気遣いである。「悠斗兄」 芽衣の声がした。 いつ来たのか分からない。 気づ
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第29話 神谷レンは会いに来る

第29話 神谷レンは会いに来る 神谷レンは、いつも正しい言葉を選ぶ。 それが昔から嫌いだった。 いや、昔は嫌いではなかった。 むしろ、少し羨ましかった。 俺が雑に言ってしまうことを、あいつは綺麗に言い直せた。 俺が笑いで逃がす場面で、あいつは少しだけ目を伏せて、視聴者が「レンくん優しい」と思う間を作れた。 俺が「だるい」と吐き捨てるところで、あいつは「少し休もう」と言えた。 同じ内容でも、出し方が違う。 その違いが、数字になった。 好感度になった。 切り抜きになった。 支持になった。 そして今、神谷レンはまた、正しい言葉を選んでいた。【憶測を止めるためにも、関係者同士で直接話したい】【僕は誰かを責めたいわけじゃない】【クロユウにも、もう一度ちゃんと向き合ってほしい】 クロユウ。 その名前を、あいつは公開の場に置いた。 丁寧に。 優しく。 まるで、道端に落ちていた傷口を拾い上げて、「これ、君のものだよね」と差し出すみたいに。 俺は喫茶こもれびのカウンターで、コーヒー豆を挽いていた。 源三さんに「コーヒーを淹れろ」と言われたからだ。 こんな時に。 そう思った。 でも、手を動かしていないと、スマホを叩きつけそうだった。 豆を挽く音が、店内に響く。 がりがり、がりがり。 荒い。 今日は、音まで荒い。「黒瀬」 源三さんが入口近くの席で言った。「力を入れすぎだ」「豆に罪はないですもんね」「あるわけ
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第30話 黒い車と、閉じた扉

第30話 黒い車と、閉じた扉 黒い車のドアが開いた。 最初に降りてきたのは、神谷レンではなかった。 そのことに、俺は一瞬だけ安心した。 だが、その安心は、すぐに別の嫌なものへ変わった。 助手席から降りてきた男は、片手に小型カメラを持っていた。 スマホではない。 ちゃんとした撮影用のカメラだった。 運転席側からは、もう一人。 こちらはマイクのようなものを持っている。 胸元には、どこかで見たことのある配信系チャンネルのロゴが小さく入っていた。 名前は知らない。 でも、空気は知っている。 人の揉め事を、画面の向こうへ運ぶ人間の空気。「ここか」 カメラを持った男が、周囲を見回して言った。 声は大きくない。 けれど、こちらに聞こえるような音量だった。「例の商店街っぽいな」 もう一人が、こもれびの入口に貼られた札を見つける。『撮らないでください。 探さないでください。 騒がないでください。 買い物と白湯は歓迎します。』 男はそれを見て、鼻で笑った。「白湯は歓迎、だって」 笑うな。 そう思った。 声には出さなかった。 源三さんが、丸めた新聞を片手に俺の横へ立つ。 新聞。 さすがにこれで戦うつもりはないだろう。 ない、と思いたい。「黒瀬」「はい」「戸の外だ」「はい」 俺は答えた。 自分の声が少し低くなっている。 こもれびの奥では、
last updateLast Updated : 2026-09-17
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