Alle Kapitel von 恋を諦めた風の女神、一途な年下騎士に求婚され続ける ~慈愛の風の柱は今日も受け流せません~: Kapitel 11 – Kapitel 20

40 Kapitel

第11話「女神宛の羊皮紙」

風の神殿の正門前には、朝日を浴びて整列する十数名の神殿騎士たちの姿があった。 国境付近で発生した魔物討伐のため、数日間の遠征へと向かう部隊である。 シルフィは『風の柱』として、出立する彼らを見送るために回廊に立っていた。 「行ってまいります、我が女神」 部隊の先頭に立つユーロスが、シルフィの御前で優雅に片膝をついた。 「この命に代えても速やかに任務を完遂し、あなたを生涯お護りするに相応しい、より強き男となって帰還いたします! ですから、戻りましたら結婚を――」 「しません。……ですが――」 いつものように即答でピシャリと遮った後、シルフィはふわりと慈愛に満ちた、そして彼への確かな“敬意”を込めた微笑みを浮かべた。 「油断せず、どうか無事に帰ってきなさい。貴方たちは我が神殿が誇る、立派な騎士なのですから」 「ッ……!!」 シルフィからの真っ直ぐな労いの言葉に、ユーロスの精悍な顔面が一瞬で限界まで甘く蕩けた。 「ああっ……! シルフィ様が俺の帰りを待っていてくださる……ッ! このユーロス、愛の力で魔物の群れなど一息に殲滅してみせます!!」 「はしゃがないで、隊の和を乱さぬようにしなさい」 呆れ顔で送り出すシルフィを背に、ユーロスは背中から花を咲かせんばかりの勢いで、意気揚々と出立していった。 ――それから、三日が過ぎた。 ユーロスが不在の神殿は、相変わらず静かで平和だった。 午後。自室の机で教区からの書類に目を通していたシルフィの元へ、柱護衛代理として残った副団長が数枚の羊皮紙を持って訪れた。 「シルフィ様。遠征部隊の書記見習い――ユーロスから、定期報告書が届きました。伝令鷹が先ほど」 「ご苦労様です。見せてください」
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-23
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第12話「女神なき戦場」

国境付近の深い森。 木々の間にひっそりと設営された神殿騎士団の夜営地には、冷たい夜風と、ピリッとした緊迫感が張り詰めていた。 天幕の中で、わずかなランプの灯りを頼りに広げられた地図。その周囲を囲む騎士たちの顔は一様に険しい。 今回の討伐対象である魔物の群れは、想定よりも規模が大きく、かつ動きが組織立っていた。 「……現在、敵の主力はこの谷底に集結しつつある」 支部長が地図を指差しながら、重々しい声で告げる。 「やはり、援軍を待つべきか……?」 重い沈黙が天幕に降りた、その時だった。 「いえ、明日の夜明けに合わせ、敵が動き出す前にこちらから奇襲をかけるべきです」 静かに、けれど確かな自信を持って声を上げたのは、ユーロスだった。 彼は地図上の一点を指差す。 「この谷の地形と日の出を計算すれば、魔物は朝陽を正面にします。眩んだ中、崖上から魔術による先制攻撃を仕掛け、敵の指揮系統を初撃で崩せば、数は脅威ではありません」 「しかし、その崖上へ部隊を展開するには、暗闇の中、獣道を進む必要があるぞ」 「私が先導します。私の脚と魔力操作で十分に部隊を誘導できます」 迷いのない真っ直ぐな瞳と、理路整然とした戦術。 先ほどまでの重い空気を打ち破るような若き騎士の頼もしい提案に、支部長をはじめ、周囲の先輩騎士たちも深く頷いた。 「……よし。ユーロスの案でいこう。明日の未明に出立だ。各自、それまで休息を取れ」 軍議が解散となり、天幕を出たユーロスは、夜営地の見張りにつくため焚き火のそばへと腰を下ろした。 剣の手入れをしながら、暗い森の奥へと鋭い視線を向ける。 その横顔は、神殿で見せるような呆けたものではなく、冷徹で研ぎ澄まされた
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-23
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第13話「騎士たちの凱旋」

神殿の朝は、いつもと変わらぬ静謐に包まれていた。 だが、シルフィの歩む回廊には、一つだけ足りないものがあった。 一週間ほど前、ユーロスは国境付近の魔物討伐の遠征任務に就いた。 彼が神殿騎士として、弱きを守るという信念を果たすための重要な任務だ。 シルフィは『風の柱』として、そしてこの世界を愛する同士として、誇りを持って彼らを送り出した。 しかし―― シルフィは自室の机で書類に目を通しながら、ふと羽ペンの動きを止めた。 開け放たれた窓から、心地よい風が入り込む。カーテンが微かな衣擦れの音を立てて揺れる。 視界の端、いつもなら純白のマントを羽織った大柄な影が、微動だにせず立っているはずの空間。 そこには今、午後の陽射しが四角く切り取られているだけだった。 手元のティーカップから立ち上る湯気を、そっと吸い込む。 侍女の淹れた紅茶は十分に美味しいはずなのに、いつも彼が絶妙な温度と茶葉の濃さで淹れてくれるそれとは、香りの立ち方がほんの少しだけ違う。 口に含むと、温かいはずの紅茶が、喉の奥で少しだけ冷たく感じられた。 カチャリ、とソーサーにカップを戻す。 その小さな音が、やけに大きく部屋に響いた。 (……静かですね) 誰に聞かせるでもなく、心の中で呟く。 以前、彼が風邪で寝込んだ時にも感じた“静けさ”だ。 だが、今は少しだけ質が違った。 あの時は同じ屋根の下に彼がいると分かっていた。今は、遠く離れた危険な空の下にいる。 彼なら大丈夫だと信じている。立派な騎士なのだから。 それでも、胸の奥にぽっかりと空いた小さな穴を、時折通り抜ける風がスースーと冷たく撫でていく感覚があった
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-23
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第14話「空虚な呪文」

悼みの鐘が鳴り止み、風の神殿に再び日常が戻り始めてから数日が過ぎた。 朝の祈りを終え、シルフィは一人、礼拝堂へと続く回廊を歩いていた。 規則正しい靴音が石畳に小さく響く。 彼が復帰してから数日、神殿はひどく静かだった。 修練場から木剣が粉砕される音も聞こえない。 角を曲がると、ユーロスが壁に背を預けて立っていた。 シルフィの姿を認めると、彼は静かに姿勢を正し、片膝をついて頭を下げた。 「おはようございます、シルフィ様」 低く、落ち着いた声だった。 顔を上げた彼の表情に、いつもの熱に浮かされたような狂騒はない。精悍な顔つきは引き締まり、その瞳の奥には、どこか痛みを堪えるような静かな影が落ちていた。 「おはようございます、ユーロス。体の傷は、もう良いのですか」 「はい。ご心配をおかけしました。本日も、護衛の任、つつがなく務めさせていただきます」 そう言って、彼は静かに立ち上がり、シルフィの斜め後ろへと控えた。 完璧な、神殿騎士としての振る舞い。 しかし、歩き出そうとしたシルフィの背中に、ふと躊躇いがちな声がかけられた。 「あの……シルフィ様」 「なんですか?」 「……私と、結婚、してくれませんか?」 それは、毎朝のように繰り返されてきた言葉のはずだった。 だが、そこにいつものような熱狂も、絶対的な自信もない。 まるで、正解のわからない問いを恐る恐る口にするような、すがるように消え入りそうな声だった。 シルフィは少しだけ足を止め、振り返らずにいつものように答えた。 「……しません」 「……そう、ですよね。はは……」 背後から聞こえた笑
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-24
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第15話「不器用な叱責」

悼みの鐘の余韻が薄れ、風の神殿が少しずつ元の日常を取り戻していく中――シルフィは執務室の机で、手元の羽ペンを苛立たしげに走らせていた。 「……また、食堂に姿を見せなかったのですか」 報告に訪れた副団長が、ひどく気まずそうに頷く。 「はい。夕の祈りより前から、ずっと修練場にこもったままでして。昨晩もほとんど寝ていないはずです。サティ始め、見かねた者が声を掛けたのですが、まるで耳に入っていないようで……」 「……わかりました。私が様子を見てきます」 シルフィはペンを置き、立ち上がった。 副団長が慌てて「シルフィ様が自ら赴く必要は――」と引き留めるが、彼女は冷たい声でそれを遮った。 「私は彼の上官です。部下の体調と精神の管理を行うのは、柱としての当然の務めですから」 自らに言い聞かせるような固い言葉を残し、シルフィは足早に執務室を後にした。 この数日、彼女の視線は常にあの不器用な青年の姿を追ってしまっていた。 回廊ですれ違う時の足取り、包帯の増えた手、食事の有無。 彼のすべてが気になって仕方がない。 求婚の言葉を失った彼は、己を追い込むように任務と鍛錬だけに没頭していた。 目の届く範囲で、勝手に傷つき、勝手にすり減っていく仲間を見ているのが、どうしようもなく腹立たしかった。 ――それだけのはずだった。 夜の修練場には、重く鋭い風切り音だけが響いていた。 月明かりの下、上半身裸になったユーロスが、ただひたすらに木剣を振るっている。 その体躯には汗が滝のように流れ、握りしめた木剣の柄には、潰れた手の平から滲んだ血がべっとりとこびりついていた。 素振りというより、それは己の肉体を削り取るための自傷行為のようだった。 「……ッ、はぁっ、ぐ……っ!
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-24
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第16話「柱の視線」

柔らかな朝陽が差し込む、風の神殿。 朝の祈りを終えたシルフィは、執務室へ向かう回廊を歩いていた。 しかし、その足取りはなぜか真っ直ぐには進まず、ふらふらと、本来通る必要のない騎士団の食堂の方角へと足早に向かっていた。 (……別に、心配しているわけではありませんよ) 口を一文字に結び、誰に問われたわけでもないのに、内心でそっと言い訳をする。 ただ、部下が命令をしっかりと遵守しているか、上司として確認する義務があるだけだ。 そう自分を納得させ、シルフィは食堂の入り口の物陰から、五感を研ぎ澄ませ、そっと中を覗き込んだ。 食堂は、朝の訓練を終えた騎士たちの熱気と喧騒に包まれていた。 肉を焼く香ばしい匂いと、食器がぶつかる音。 その賑やかな空間の片隅の席に、ひときわ目を引く大柄な青年の姿があった。 ユーロスだ。 彼は山盛りに積まれたパンと、湯気を立てる大盛りのスープの前に座り、黙々と、それこそ何かに取り憑かれたような勢いでスプーンを動かしていた。 「おいおい、幽霊かと思ったらユーロスじゃないか」 「団長ー! ユーロスが飯食ってます! 木剣じゃなくて、ちゃんと飯食ってますよ!」 数日ぶりに食堂へ姿を現した問題児に、周囲の先輩騎士たちが目を丸くして声を上げた。 「おお! やっと正気に戻ったか!」 配膳台の近くにいた騎士団長が、大げさに両手を叩いて笑う。 「お前が何日も修練場にこもって水しか飲まないから、経費係が『ユーロスのおかず代が浮いた』って変に喜んでただろうが!」 周囲の騎士たちからドッと笑い声が上がる。 からかわれたユーロスは、パンを飲み込み、大真面目な顔で先輩たちの方を向いた。 「シルフィ様からの、厳命です
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-25
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第17話「十一年の質量」

秋の気配が混じり始めた、風の神殿の夕暮れ。 主を失った部屋に差し込む斜陽が、綺麗に整頓された簡素な机を橙色に染め上げていた。 シルフィは、副団長と共にケイロンの遺品整理に立ち会っていた。 衣服や武具が次々と片付けられていく中、副団長が引き出しの奥から古びた手帳を取り出した。 「シルフィ様。これは、ケイロンが書き留めていた日誌のようです。後輩たちの指導記録も兼ねていたようでして……よろしければ、目を通していただけますか」 「ええ。お預かりします」 擦り切れた革の表紙が、彼の実直で面倒見の良かった人柄を物語っている。 シルフィはそっとページを捲った。 そこには、若き騎士たちの剣の癖や、不器用な励ましの言葉が綴られていた。 ページを進めるうち、ふと、シルフィの指先が止まった。 ユーロスの名前が記されたページだった。 『ユーロスの奴が、また夜更けまで剣を振っている。あいつの自分を追い込む危うさは、その途方もない原動力のせいだろう。 入隊前、俺と一緒に孤児院にいた頃から……いや、十一年前、泥の中からシルフィ様に救い上げられたと言っていたあの瞬間から、あいつの時計はあのお方のためだけに動いている。 十一年だ。ただの一度もよそ見をせず、あいつはずっとシルフィ様だけを見上げている。 俺は恋愛には詳しくない。 だが、十年以上も同じ相手を見続ける男を他に知らない。』 「…………」 日誌に落としたシルフィの視線が、そのまま縫い付けられたように動かなくなった。 呼吸の仕方を忘れたように、胸が詰まる。 十一年前……。 脳裏の片隅に、うっすらとした記憶の欠片が浮かび上がった。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-25
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第18話「砕け散った偶像」

ある初秋の夜、風の神殿は激しい豪雨と雷鳴に包まれていた。 麓の村で発生した大規模な土砂崩れ。 運び込まれてきた数名の重傷者たちを救うため、シルフィは己の魔力が枯渇する限界まで、癒やしの風を送り続けていた。 しかし、命は残酷なほど容易く、彼女の指の隙間からこぼれ落ちた。 最後の一人であった若い母親が息を引き取り、泣き崩れる家族たちが医務室から去った後――ただ一人残されたシルフィは、血と泥に汚れたシーツの傍らで、幽鬼のように立ち尽くしていた。 ユーロスは、半開きの扉の陰でその背中を見つめていた。 声を掛けるべきか迷う彼の目の前で、不意に、シルフィの細い肩が小刻みに震え始めた。 「……あ、あぁ……っ」 それは、絞り出すような、ひどく掠れた声だった。 次の瞬間、シルフィは近くにあった医療器具の乗った鉄盆を、両手で力任せに床へと薙ぎ払った。 『ガシャァァンッ!!』 けたたましい金属音。床に散らばる包帯や水入れ。 だが、彼女の破壊衝動はそれでは収まらなかった。 シルフィはその場に膝から崩れ落ち、自身の若葉色の髪を乱暴に掻き毟りながら、床を何度も、何度も両手で打ち据えた。 「なぜ……っ、なぜですか……っ!!」 雷鳴を切り裂くような、悲痛な叫び。 彼女の顔はとめどなく溢れる涙と鼻水でひどく汚れ、かつての完璧で気高い慈愛の面影など微塵もなかった。 「何が柱ですか……ッ! たった一つの命も繋ぎ止められないくせに……! 世界を守るなどと、どの口が……っ、ああああっ!!」 それは、自身の無力さに対する激しい憎悪であり、命を奪っていく理不尽な世界への醜い呪詛だった。 神聖な存在であれば、決して口にしてはならない暗く濁った感情の吐露。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-26
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第19話「交わらない視線」

小鳥のさえずりが響く、穏やかな朝。 自室の鏡の前に立つシルフィは、両手で顔を覆ったまま、もう何度目か分からない深々とした溜め息を吐き出していた。 (……やって、しまいました……っ) 昨夜の記憶が、熱を伴って鮮明に脳裏を駆け巡る。 己の無力さに絶望し、物を薙ぎ払い、あろうことか部下の胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。 十三年間、誰の前でも決して崩すことのなかった『気高き柱』としての仮面を、自ら木端微塵に砕き散らしてしまったのだ。 (十三年間、誰にも見せなかった弱さを、二十歳の部下に見られた……。どのような顔で、彼に会えばいいのでしょう……) 顔から火が出るほどの羞恥に身悶えながらも、時間は残酷に過ぎていく。 シルフィは気合いで表情筋を固め、なんとかいつもの威厳ある『柱』の顔を取り繕って自室の扉を開けた。 執務室へと続く回廊。 角を曲がると、そこにはいつもの純白の騎士が待機していた。 シルフィは心臓が跳ねるのを必死に抑え、極めて冷徹な声で挨拶をしようと口を開きかけた。 だが―― 「お、おは、おはようございますッ……! シルフィ、様……ッ」 壁に背を預けていたユーロスが、シルフィの姿を認めるなりビクンと大きく肩を跳ねさせ、かつてないほどぎこちない、木偶人形のような動きで姿勢を正したのだ。 しかも、その声はひどく上ずり、裏返っていた。 「……お、おはようございます。ユーロス」 予想外の反応に、シルフィの氷の仮面もあっけなくひび割れる。 昨夜のあの腕の温もりを思い出してしまい、余計に顔を上げられない。 彼女は彼と目を合わせることができず、視線を不自然に足元の石畳へと固定したまま、早足で歩き出した。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-26
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第20話「落ち葉と言い訳」

秋も深まり、朝夕の冷え込みが肌を刺すようになってきた風の神殿。 礼拝を終えて執務室へ向かうシルフィの足が、中庭を見下ろす回廊でピタリと止まった。 視線の先、色づいた木々の下で、純白のマントを羽織ったユーロスが、若い女性騎士と何やら言葉を交わしていた。 以前の彼であれば、シルフィの姿を探して中庭を走り回るか、あるいは他の女性に対して冷徹なまでに無関心であったはずだ。 しかし今の彼は、女性騎士の言葉に静かに頷き、時折、年相応の穏やかな笑みすら浮かべている。 (あれは、ユーロスと、サティ……ずいぶんと、親しげですね) シルフィの胸の奥で、チリッとした小さな摩擦熱のようなものが生じた。 女性騎士――サティは頬を染め、ユーロスを上目遣いで見つめている。彼が何かを答えると、彼女は花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。 (……何を話しているのでしょう。剣の指南でしょうか。それとも……) 無意識に、窓枠を握る手にきゅっと力がこもる。 ハッとして、シルフィは慌てて視線を逸らし、自身の衣服の皺を不自然なほど丁寧に払った。 (ぶ、部下の交友関係や、風紀の乱れがないかを把握しておくのは、上司としての当然の務めですから) 自身の心に湧き上がった名状しがたいモヤモヤに、強引に『業務』という蓋をする。 足早に執務室へと向かい、机に向かって勢いよく羽ペンを握った。 しかし、先ほどの「自分以外の誰かに向けられた穏やかな笑顔」が脳裏をチラついて、どうにも書類の文字が頭に入ってこない。 彼が毎朝のように狂気的な求婚を繰り返していた頃は、ただ厄介だと受け流していられたのに――彼が『普通の青年』として地に足のついた振る舞いをし始めると、どうしてこんなにも調子が狂うのだろうか。 コンコン、と控えめなノックの音が響き、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-27
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