精霊たちと人々が共存する世界、ダイタニア。 その高き峰にそびえ立つ『風の神殿』は、心地よい微風と木漏れ日に包まれる神聖な場所だった。 今から十一年前――『風の柱』という世界の重責を担ってまだ間もない、二十二歳のシルフィは、神殿の庭園で静かな祈りの時間を過ごしていた。 薄緑色の長い髪と、少し垂れた目尻。 透き通るような碧い瞳に見つめられるだけで、不思議と胸の力が抜けていく。 風の柱シルフィは、『慈愛の女神』と呼ばれるに相応しい女性だった。「……おや? こんなところに、迷い子ですか」 ふと、庭園の植え込みの陰でうずくまる小さな気配に気づき、シルフィは歩み寄った。 そこにいたのは、まだ九つか十ほどの、泥だらけの少年だった。どこで転んだのか、膝や肘を擦りむき、服も汚してしまっている。 神殿の厳かな空気に怯え、痛みを堪えるようにぎゅっと唇を噛み締めていた。「痛かったでしょう。見せてごらんなさい」 シルフィは嫌な顔一つせず、純白の法衣が土で汚れることも厭わずに、少年の目の前でふわりと膝をついた。 そして、泥だらけの小さな手を自身の白く滑らかな両手で優しく包み込むと、そっと意識を集中させる。『――清らかなる風よ、この子の痛みを癒やしておくれ』 シルフィが優しく囁くと、目に見えない無数の風の精霊たちが嬉々として集まり、少年の傷口を柔らかく包み込んだ。 淡い緑色の光が瞬き、擦りむいていた傷が嘘のようにすーっと消えていく。「ほら、もう大丈夫ですよ」 シルフィは少年の頭を優しく撫で、春の花が綻ぶような、どこまでも優しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。 その瞬間―― 少年の目に映る世界は、完全に色を変えていた。 痛みも、神殿への恐怖も、すべてが吹き飛んでいた。 目の前で微笑む、人間離れした美しさを持つ薄緑色の髪の女性。 自分のような泥だらけの子供にも分け隔てなく触れ、傷を癒やしてくれたその温かい手のひら。 少年はただ圧倒され、言葉を忘れたまま彼女を仰ぎ見ていた。 陽射しを受けた瞳だけが、朝露のようにきらきらと輝いていた。 ――それは、強烈な崇拝の芽生え。 そして、幼い心に落ちた、決して消えることのない『初恋』の雷だった。「お家の方も心配しているでしょう。気をつけて帰るのですよ」 シルフィにとっては、神殿の日常
Last Updated : 2026-08-20 Read more