Alle Kapitel von 恋を諦めた風の女神、一途な年下騎士に求婚され続ける ~慈愛の風の柱は今日も受け流せません~: Kapitel 31 – Kapitel 40

40 Kapitel

番外編①「酒と涙と、不器用な奴ら」

 神殿の厳かな静寂とは無縁の、活気に満ちた王都の片隅。 琥珀色のエールがなみなみと注がれたジョッキが、鈍い音を立ててぶつかり合った。 「……胃が、千切れる」  口髭に泡をつけ、そう言ってジョッキを置いたのは、神殿騎士団副団長だった。 普段の精悍な顔はどこへやら、今は中間管理職特有の、深く刻まれた疲労の溝が眉間に落ちている。 「あはは! 副団長、顔が死んでますよ!」  向かい側で豪快に笑い、串焼きを頬張っているのはサティだった。 彼女は、短く切り揃えられた焦げ茶色の髪を勢いよく揺らし、注文したばかりの強い酒をぐいと煽る。 「笑い事か。あいつら……特にうちの女神ときたら、自覚した途端に昨日の今日で『前向きに検討します』だぞ? 十一年も待たせた男に対して、どれだけ殺生な焦らし方をするんだ」「いいじゃないですか。あの鉄壁のシルフィ様が、顔を真っ赤にして挙動不審になってるんですよ? 見ていて最高に愉快です」「見ているだけの奴はいい。その間の『気まずい沈黙』を埋めなきゃならんこっちの身にもなれ。……お前も、よくあんな甘すぎる空気の中で剣の稽古なんてしていられるな」  副団長のボヤキに、サティは一瞬だけグラスを止めた。 そして、わざとらしく明るい声を張り上げた。 「あ、言いましたね? 私だって必死なんですよ! 何しろ、振られちゃいましたからね、私! あはは、完敗です!」  その乾いた笑い声に、副団長は言葉を失った。 彼女がユーロスに想いを伝えていたことは知っていた。そして、その恋がどのような結末を迎えたのかも。 「……サティ」「いいんですって! 覚悟の上でしたし。あい
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-01
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番外編②「博識な彼女、恋人の作法に悩む」

 神殿の回廊を、二人の人物が歩いていた。 先頭を行くのは、薄緑色の髪を秋風に揺らす『風の柱』シルフィ。 その後ろを、大型犬のような忠誠心を漂わせた若き騎士ユーロスが、一定の距離を保って付き従っている。  一見すればいつも通りの主従だが、現在の二人は、世界でも数少ない「成立したての恋人同士」である。 「……」  ユーロスの大きな手が、歩調に合わせて隣を泳ぐシルフィの細い指先に、幾度となく触れそうになっては躊躇うように引いていく。 その微かな気配に、シルフィは眉根を寄せて立ち止まった。 「ユーロス」「は、はいッ! シルフィ様、何か不審な風の乱れでも!?」「いえ。……先ほどから、貴方の手が私の手に接触を試みているようですが。護衛任務における新たな合図か何かでしょうか?」  シルフィは碧い瞳を真面目に細め、至極真っ当な疑問を投げかけた。 ユーロスは顔を真っ赤にし、視線を激しく彷徨わせた。 「い、いえ! 合図などでは……。ただ、その、恋人というものは、こう……移動の際に互いの掌を重ね、歩調を合わせるものだという民俗学的な情報を得まして……っ」「……掌を、重ねる?」  シルフィはこれまで培ってきた「完璧な上司としての心得」を総動員したが、そんな非効率な移動術は見当たらなかった。 「それは、歩行の安定性を高めるための処置でしょうか? 私は風の加護により足元は常に盤石ですが。……これは、必要でしょうか?」「……いえ。物理的な必要性で言えば、ゼロです」  ユーロ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-02
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番外編③「友情の作戦、はじめての街デート」

 恋人という「未知の制度」に足を踏み入れてから、数週間。 風の神殿の私室で、シルフィは山積みの書類を前に、人生最大の難問に直面していた。 「……何を着ていけば、正解なのでしょうか」  翌日は、ユーロスとの初めての非番、そして初めての「街デート」である。 三十三歳、世界の重責を担う『風の柱』。普段の彼女のクローゼットには、神聖な純白の法衣か、あるいは機能性を重視した騎士服のようなものしか存在しなかった。    「柱としての威厳は必要ありません。ですが、ただの三十三歳として……その、彼に『可愛い』と思われたいなどという、不遜な願いを抱いてしまい……っ」  悶々と悩み抜いた末、彼女が職務後に頼ったのは、かつての恋敵(?)であり、今は良き相談相手となったサティだった。 「……シルフィ様、本気ですか?」  サティの私室に持ち込まれたのは、シルフィが街の商人から取り寄せた「これなら無難」という地味な灰色の平民服。 「地味すぎます! 隠密任務じゃないんですから!」  サティは呆れたように叫ぶと、自身のクローゼットから淡い若草色のワンピースを引っ張り出した。 「いいですか、シルフィ様。デートは『女神』じゃなくて『一人の女』として行くんです。眼鏡もかけて、オーラを三割まで削ってください!」  サティによる徹底的なファッション指導――通称「女神脱却作戦」は、夜更けまで続いた。     そして、デート当日。 王都の広場
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-03
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番外編④「荒れる風、自覚なき嫉妬」

 神殿の回廊には、今日も穏やかな秋の陽光が差し込んでいた。 だが、その一角だけは、局地的な「絶対零度」の寒気に包まれていた。 「――ユーロス様! 先日の合同訓練での身のこなし、本当に素敵でした! あの、もしよろしければ今度、私の剣も見ていただけないでしょうか……っ」  広場の隅で、頬を林檎のように赤く染めた若い女性騎士が、ユーロスの腕に縋らんばかりの勢いで詰め寄っていた。 二十歳の若き英雄にして、王子様のような端正な容姿。彼女のような信徒や騎士が現れるのは、もはや神殿の日常風景である。  その光景を、数メートル離れた場所で「風の柱」シルフィは、置物のように静かに見つめていた。 「シルフィ様? 視察の途中ですが……」  隣に立つ副団長が、嫌な予感に冷や汗を流しながら声をかける。  シルフィは完璧な、一点の曇りもない「女神の微笑み」を崩さずに応えた。 「……ええ、分かっています。彼も立派になったものですね。若くて可愛らしい娘さんに慕われるのは、神殿の活性化にも繋がります。彼は優秀ですから、当然のことでしょう」  その声は鈴を転がすように清らかだったが、なぜか副団長は、背筋に鋭い氷の刃を突きつけられたような錯覚を覚えた。 「……そうですか。では、行きましょうか」「…………」  その後、視察が終わるまでの三時間。 シルフィは一言も、言葉を発さなかった。    「……シルフィ様? お茶
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-04
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番外編⑤「忠犬の牙、あるいは零度の嫉妬」

 その日、風の神殿の接見の間には、不穏な「華やかさ」が満ちていた。 「おお、ダイタニアの至宝、美しき風の柱シルフィ閣下。貴女の瞳を拝見しただけで、我が故郷の青い海を思い出します」  大仰な仕草で跪き、シルフィの白手袋を嵌めた手に唇を寄せようとしているのは、隣国の特使として訪れた若き伯爵、ジュリアンだった。 金髪を揺らし、香水の匂いを漂わせる彼は、大陸でも名の知れた浮き名を流す色事師である。  シルフィは完璧な女神の微笑みを貼り付けたまま、内心で静かに悲鳴を上げていた。 (……近いです。非常に、距離感がおかしいです、この方は)  いつもなら、ここで「シルフィ様!」と危急の声が飛んでくるはずなのだが、今日は後ろに控えている「彼」が、驚くほど静かだった。  シルフィがおそるおそる背後を振り返ると、そこには「発光する大型犬」の面影を完全に消した、氷の彫像が立っていた。 「……特使閣下。我が主君の御手は、外交の調印のためにあるものです。貴国の親愛を示すのであれば、その唇は、あちらに用意した羊皮紙にのみ捧げていただけますか」  ユーロスの声は、シルフィが聞いたこともないほど低く、冷ややかだった。 彼の周囲だけ、物理的に気温が数度下がったのではないかと思えるほどの、絶対零度の威圧感。 「おや、厳しい護衛殿だ。シルフィ様、これほど野暮な男が隣にいては、貴女の慈愛が曇ってしまう。どうでしょう、この会談が終わった後、月の見えるテラスで口直しに……」  ジュリアンがさらに甘い声を重ねようとした、その瞬間。 『メキッ』  静寂の中に、不穏な破砕音が響いた。 ユ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-05
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番外編⑥「女神特製、労りの慰労膳」

 恋人という関係に昇格してから、シルフィの胸には新たな、そして重大な悩みが居座っていた。 (……いつも、彼にばかり尽くさせてしまっています)  絶妙な温度の紅茶、冷えないように掛けられるひざ掛け、そして過剰なまでの賛辞。 ユーロスから与えられるばかりの自分に、シルフィは「年上の恋人」としてのプライドを刺激されていた。 「たまには私の方から、彼の心身を労う何かを……そう、手料理など作って差し上げるべきではないでしょうか」 「柱」としての膨大な知識から、シルフィは一つの結論を導き出した。 「『胃袋を掴む』。古今東西、愛を繋ぎ止めるにはこれが一番の近道と聞きます。幸い、私には風の精霊を操る緻密な魔力制御があります。料理など、容易いことでしょう」   そう自信満々に、神殿の厨房の片隅を借りたのが一時間前。 現在のシルフィは、目の前の「玉ねぎ」という名の強敵に、かつてない戦慄を覚えていた。 「……おかしいですね。なぜ、切れば切るほど涙が止まらないのでしょう。魔族による精神干渉魔法の類でしょうか……っ」  碧い瞳を潤ませ、鼻先を赤くしたシルフィは、震える手で包丁を構える。 「ええい、こうなれば風の魔力で……! 精霊たちよ、この野菜を極薄の輪切りにしなさい!」  風の柱としての、超精緻な魔力制御。 本来なら数千の風の刃で敵を微塵切りにする魔法が、狭い厨房で発動した。 『シュババババッ!!』  凄まじい風切り音と共に、玉ねぎが空中へ舞い上がる。 しかし、料
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-06
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番外編⑦「記憶の欠片と、目の前の君」

 冬の柔らかな陽光が、風の神殿の庭園を黄金色に染め上げていた。 恋人という、未だに背筋がむず痒くなるような関係になってから数ヶ月が過ぎた。シルフィとユーロスは、公務の合間のわずかな休息として、静かな散策を楽しんでいた。  ふいに、ユーロスが庭園の隅にある、何の変哲もない植え込みの前で足を止めた。 「……ここです。俺のすべてが始まった場所は」  感慨深げに目を細める彼とは対照的に、シルフィは小首を傾げ、記憶の糸を懸命に手繰り寄せた。 「……ここ、でしたか? 確かにあの頃、私はこの庭園で祈りを捧げるのが日課でしたが……」  正直に言えば、彼女の記憶はひどく曖昧だった。 二十歳という若さで『風の柱』を継承してからというもの、彼女は目の前の責務を果たすのに必死だった。 日々の公務の中で、泥だらけで迷い込んできた子供を救うなど、彼女にとっては「慈愛の女神」としての、呼吸をするのと同じくらい当たり前の、数多く救った子供たちとの一幕でしかなかったのだ。 「すみません、ユーロス。……あの日、貴方を助けたことは覚えているのですが。……正直に言えば、貴方がどのような顔をして、どんな声を上げていたかまでは、あまり鮮明には……」  申し訳なさに眉を寄せるシルフィに、ユーロスはショックを受けるどころか、どこか誇らしげに、そして愛おしそうに微笑んだ。 「それでいいのです、シルフィ様。貴女にとっては、救うべき大勢の中の一人に過ぎなかった。……けれど俺にとっては、泥の中に差し込んだ唯一の光だったのですから」  ユーロスは一歩踏み出し、シルフィの細い手を両手で包み込んだ。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-07
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番外編⑧「不器用な剣先、迷子の恋心」

 神殿の執務室。副団長は、珍しく静かな午後のひとときに深く椅子に背を預けていた。 あの「分かりやすすぎる二人」――ようやく想いが通じ合ったシルフィとユーロスが、揃って視察に出かけているおかげだった。 (……平和だ。胃が、痛くない)  窓の外から流れてくる穏やかな風。これこそがかつての神殿だった、と感傷に浸りながら温かい茶を啜ろうとしたその時。 『失礼します、副団長』  短いノックと共に、サティが入ってきた。 二十四歳の優秀な女性騎士。ユーロスへの失恋を凛とした態度で乗り越えた彼女の姿には、近頃、以前にも増して逞しさが加わっていた。 「ああ、サティか。どうした、視察の留守を預かる分隊の報告か?」「いえ……。個人的な、相談が」「…………」  副団長は、口に運ぼうとしていたティーカップを静かにソーサーへと戻した。 嫌な予感がした。 この神殿で「個人的な相談」と言えば、ろくなことが起きた試しがない。 「最近、その……ちょっと気になる人が、できまして」 『……ッ!』  副団長は音も立てずに己の柔弱な腹部を強く押さえた。急激な胃の収縮。 「……サティ。お前まで、ユーロスのような恋愛事故を起こすつもりか?」「違いますよ! あんなのと一緒にしないでください!」  サティは顔を赤くして反論したが、すぐに視線を彷徨わせ、不器用に髪を掻いた。 「ただ、その相手が…&hel
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-08
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番外編⑨「検討の終わり、最愛の始まり」

 風の神殿を包む春の夕暮れは、いつになく鮮やかで、そして穏やかだった。 『風の柱』としての激動の日々を越え、己の内の「名付けられぬ痛み」の正体が「恋」であると認めてから、幾月。 シルフィは、神殿の最上階にあるバルコニーの縁に手をかけ、オレンジ色に染まる世界を見渡していた。  背後から、慣れ親しんだ、けれど聞くたびに胸の奥を甘く焦がす足音が近づいてくる。 「シルフィ様。……お茶が冷めてしまいますよ」  歩み寄ってきたユーロスは、かつて泥だらけの少年だった面影など微塵もない、立派で精悍な大人の男の顔をしていた。 彼はシルフィの隣に立つと、言葉を交わさずとも彼女の僅かな震えを察し、ふわりと温かい上着を彼女の肩にかけた。 その不器用で、けれど絶対的な慈愛に満ちた仕草に、シルフィは思わず目を細める。  かつての二人は、完璧な女神と、盲目的な騎士という役割の影に隠れて生きていた。 けれど今は、互いの弱さも、醜い執着も、全てを曝け出した一人の女と男としてここにいる。  不意に、ユーロスがシルフィの正面に回り込み、静かにその場に片膝をついた。 何度も見てきた、儀式のような所作。 けれど、夕陽を背負った彼の瞳は、かつての狂信的な熱ではなく、一人の女性の人生を背負おうとする、静かで重い覚悟を宿していた。 「シルフィ様。……この春の良き日に、改めて、言わせてください」  彼の低く、よく響く声が、春の澄んだ空気に溶けていく。 「十一年前、貴女に救われたあの日から、俺はずっと貴女を見つめてきました。最初は『慈愛の風の柱』として。けれど今は――ただの、不器用で愛おしいシルフィさんという女性を」「……ユーロス」「俺の過去も、現在も、そし
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-09
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番外編⑩「風の女神の、普通の朝」

 柔らかな朝の光が、カーテンの隙間から寝室へと滑り込んでいた。 かつては神聖な孤独が支配していたその空間も、今では一人の男の体温と、穏やかな安らぎに満たされている。  シルフィは微かな重みを感じて目を覚ました。 隣では、夫となったユーロスがまだ深い眠りの中にいた。以前の彼なら、彼女が目覚める一時間前には起きて護衛の準備を整えていただろう。 だが今、彼は「妻」の隣で、無防備で穏やかな寝顔を晒していた。 (……本当に、幸せそうな顔ですね)  この歳で初めて知った、誰かと共に目覚める体温。 シルフィはそっと手を伸ばし、彼の跳ねた薄茶色の髪を指先で整えた。 「……ん……。おはようございます、シルフィさん」  微かな感触に気づいたのか、ユーロスがゆっくりと目を開けた。 寝起きの少し掠れた甘い声。彼はもう彼女を「女神様」とは呼ばない。対等な一人の男として、愛おしそうに彼女の名前を呼ぶ。 「おはようございます、ユーロス。……さあ、起きてください。朝食にしましょう」   厨房からは、香ばしい……というには、少々「行き過ぎた」匂いが漂っていた。 今朝の当番だったユーロスが、気合を入れすぎて朝食のパンを焼きすぎてしまったらしい。  食卓に並んだ、見事なまでに黒ずんだパン。 シルフィはそれをジッと見つめ、至極真面目な顔で分析を始めた。 「……表面の炭化率、およそ四割。これはもはや、主食というよりは燃料に近い状態ですね」「……すみません。シルフィさんの横顔に見惚れていた
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-10
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