柊凛花(ひいらぎ りんか)と彼女のアシスタントである瀬戸拓海(せと たくみ)が旅立って2日目、俺・桐生蒼介(きりゅう そうすけ)はすべての業務の引き継ぎを終え、人事部で退職手続きを進めていた。10分も経たないうちに、社内システムから社長決裁による「承認完了」の通知が届いた。彼女は中身も見ずに承認ボタンを押したのだろう。「あの様子だと、柊社長はとっくに桐生をクビにしたかったんでしょうね。桐生も身の程をわきまえてるじゃないですか」「そうね。会社に残っていても社長を不機嫌にさせるだけだし、早く辞めた方がマシよ。でも、桐生これからどうするつもりかしら」「薄給の平社員の私たちが、その心配をしてどうするの?腐っても社長の旦那なんだから、退職して家でゴロゴロしてても使い切れないほどのお金があるわよ」荷物をまとめていると、同僚たちが嫌味ったらしい視線を向けながらヒソヒソと嘲笑っていた。俺にとっては、もう慣れっこだった。俺と拓海が社内で折り合いが悪いことは周知の事実だ。しかし、俺の妻である凛花は露骨に拓海の肩を持ち、彼のために公衆の面前で俺に恥をかかせることもしばしばあった。そのため、彼らはアシスタントのご機嫌を取るために、こぞって俺を目の敵にしていたのだ。そのことを思い出し、俺は冷笑した。「残念だけど、今回の退職はヘッドハンティングによる引き抜きなんだ。ある会社が今の2倍の給料で俺を雇ってくれてね。福利厚生もここよりずっといい」そう言い残し、悔しさに顔を歪める彼らを気にも留めず、俺はまとめた私物を手に会社を後にした。ところが、正面玄関を出た直後、凛花から着信があった。退職のことをどう説明するか考えていたが、電話に出るなり凛花は言った。「ファイルを送ったわ。1時間以内に仕上げてアタシに送り返して」どうやら、俺が退職したことに本当に気づいていないらしい。俺は苦笑しながら、送られてきたファイルを開いた。それは、つい先日俺が拓海に譲ったはずのプロジェクトだった。相変わらずだ。手柄は拓海が持っていき、実際の作業は俺がやらされ、問題が起きれば俺が責任を負わされる。最初は俺も拒否した。しかし凛花はあの手この手で俺を説得しようとし、俺が断固としてやらない姿勢を見せると、今度は徹底的に無視を決め込み、わざと徹夜で作業をし
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