その直後、電話の向こうから甘えるような女性の声が聞こえてきた。「洋介、リンゴは剥かなくていいよ。もうお腹がいっぱいだから……」石森美波(いしもり みなみ)の声だった。次の瞬間、通話は一方的に切られた。渚はスマホを静かに下ろし、弁護士に微笑みかける。「……今のを聞いていただければ、分かっていただけたかと思います」弁護士は難しい表情のまま、しばらく考え込んでいたが――やがて、小さく息を吐いた。「……分かりました。では、こちらで手続きを進めましょう」「ありがとうございます」渚は静かに頭を下げた。弁護士事務所を出た渚は、ようやく肩の荷が下りたような気がした。足取りも自然と軽くなる。家に戻ると、気分は驚くほど晴れやかだった。渚は大切にしまってあったフォトフレームを取り出し、柔らかな布で一つひとつ、丁寧に磨き始めた。その様子を見かけた使用人たちは、いつものことだというように、ひそひそと顔を寄せ合う。「奥様って、本当にご主人様のことがお好きなのね。あの写真、1日に何度も眺めるし、フォトフレームだって毎日欠かさず磨いてるもの」「好きでも仕方ないわよ。ご主人様は奥様のことなんて、ちっとも愛してないわ。ずっと冷たくしてるじゃない」「そうよね。石森さんが海外にいた頃から、しょっちゅう会いに行ってたでしょう?今は帰国したから、毎日のように一緒にいるみたいだし……家にも、ほとんど帰っていらっしゃらないわ」使用人たちの声には、渚への同情が滲んでいた。けれど、渚はそんな話など少しも気に留めなかった。そもそも――写真に写っているのは、洋介ではない。渚が愛していたのも、最初から洋介ではなかった。彼女が洋介と結婚した理由はただ一つ。彼が、柴崎拓海(しばさき たくみ)とまったく同じ顔をしているからだ。洋介と拓海は、一卵性双生児だった。渚と拓海は大学時代に出会い、恋人になった。卒業したら渚を家族に紹介し、そのまま結婚しようと拓海が約束していた。――けれど、その約束が叶う前に、拓海は事故でこの世を去った。あまりにも突然のことだった。最期の言葉を交わすことすらできないまま、渚は愛する人を永遠に失った。拓海ほど深く、惜しみなく愛してくれた人がもう現れない。この先、誰かを同じように愛することも、きっとできない。そう思った彼女は、せ
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