Share

第9話

Author: 珠々
旅立つその日、渚は弁護士に電話をかけた。

「今日、離婚届を提出していただく予定ですよね。ほかに私が手続きをする必要はありますか?」

弁護士は、落ち着いた声で答えた。「いいえ、特にありません。本日付で、お二人の婚姻関係は正式に解消されます」

そして、少し微笑むような声で続けた。

「新しい生活が始まると思いますが、これからも何かありましたら、いつでも頼ってください」

「ありがとうございます」

電話を切ったあと、渚は心から微笑んだ。そっと、お腹に手を当てる。

――そう。今日から自分は自由の身になり、新しい生活を始めるのだ。

これからは、この子と2人で、どこか景色のきれいな場所を見つけて、拓海を想いながらゆっくり生きていけばいい。

電話を終えると、渚は必要最低限の荷物をまとめ始めた。

そして何より大切に、これまで洋介から受け取ってきた、拓海が持っていた品々を箱に詰めていく。すべてを丁寧に梱包し、荷物と一緒に運び出す。

あとは、この家を出るだけ。

そう思った矢先だった。

「……渚?」

玄関の向こうから声がして、帰宅した洋介が、ちょうど渚と鉢合わせた。

大きな荷物を抱えた彼女を見て、洋介は一瞬、足を止める。「どこへ行くのか?」

渚は前と同じ答えを返した。「旅行に行くだけだよ」

洋介の脳裏に、先日見た航空券の通知が蘇った。「行き先は?最近なら時間がある。一緒に行ってやってもいい」

渚は目を瞬いた。洋介の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。

渚が戸惑っているのを見て、洋介自身も、自分の態度が普段とあまりにも違っていたことに気づいたらしい。

すぐに表情を引き締め、冷たい声で言った。

「この前の埋め合わせだ。だから、いつまでもあの件を引きずらないでくれ」

渚は、どう断ろうかと考えた。

ちょうどそのとき、洋介のスマホが鳴った。

画面に表示された名前を見ると、やはり美波だった。

洋介が電話に出る。電話越しに聞こえてくる彼女の声でさえ、どこまでも甘く、柔らかかった。

「洋介、話したいことがあるの。少しだけ会えない?」

普段の洋介なら、迷うことなく「分かった」と答え、すぐに車を走らせ、美波のもとへ向かったはずだ。

けれど今日、洋介は珍しく言葉を濁した。「悪い……今は取り込み中だ。また今度にしてくれないか?」

電話の向こうで、美波が息を呑む気配がした。洋介に断られたことなど、これまでほとんどなかったのだ。

しばらく間を置いたあと、美波は真剣な口調で言った。「でも……本当に大事な話なの」

洋介は眉間に深い皺を寄せた。「……分かった。今から行く」

その返事を聞いた瞬間、渚は胸の内でそっと息をついた。そして、ほっとしたことを、洋介に悟られないように視線を伏せる。

けれど、そんな渚の様子を見た洋介は、彼女が傷ついているのだと勘違いした。

軽く咳払いをしてから、気まずそうに口を開く。「……お前が俺のことがずっと好きなのは分かってる。でも、だからって美波を放っておくわけにはいかない。俺にとって、一番大事なのは美波なんだ。今回の旅行は付き合ってやれないが、また今度一緒に行ってやるよ」

洋介が勘違いしているとわかっていながらも、渚は、それを訂正しなかった。

今日から家を出るのだ。洋介が何を思おうと、もう自分とは関係ない。

洋介は黙り込んだ渚を見て、やはり落ち込んでいるのだと思ったらしい。「空港まで送る」と言って、荷物を車に積み込んだ。

……

車は高速道路を滑るように走っていく。窓の外に広がる見慣れた景色を、渚は静かに眺めていた。

この街には、もう二度と戻らない。そう考えながら、渚は心の中でこの街に別れを告げていった。

やがて、車は出発ロビーの前に停まる。渚は、拓海が使っていた物が詰まったスーツケースを一度開け、中身が無事だと確認すると、大切そうに車から下ろした。

スーツケースの中身を見た洋介は、思わず口元を緩めた。「……そこまで俺のことが好きなのか?旅行にまで俺のものを持っていくなんて」

渚が何かを答える前に、洋介のスマホが再び鳴り響いた。美波からの着信だった。早く来てほしいと催促する声が聞こえる。

洋介は電話を切ると、渚を見た。「帰ってきたら連絡しろ。迎えに来る」

渚の返事を待つこともなく、洋介は車のドアを開け、乗り込んだ。

車はすぐに走り出し、渚を残して遠ざかっていった。

洋介の乗った車が、行き交う車の流れの中に消えていくのを見届けてから、渚はようやく息をつき、安心したように微笑んだ。

――もう、帰ってこない。洋介と会うことも、もう二度とない。

渚はポケットからスマホを取り出し、あらかじめ用意しておいた新しいSIMカードに差し替える。そして、これまで使っていたSIMカードを迷うことなく折り曲げた。

彼女はあの大切なスーツケースを押して、振り返ることなく空港の中へ入った。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第27話

    美波は残された力をすべて振り絞り、ナイフを握りしめた。そして、後先も考えず、洋介の身体へ何度も突き立てる。洋介の瞳から、次第に光が失われていく。身体を支えていた力も抜け、そのままゆっくりと後ろへ倒れ込んだ。美波は洋介が倒れたのを見届けてから、ようやくナイフから手を離した。洋介の意識は、少しずつ遠のいていった。耐え難かった激痛も、次第に薄れていく。まるで深い渦の中へ落ちていくように、身体がふわりと宙に浮いたような感覚に包まれる。目を開けようとしても、どうしても開かない。目の前の景色は次第にぼやけ、やがて白と黒が入り混じった映像だけが、断続的に浮かんでは消えていく。その朦朧とした意識の中で、洋介はふと、美波がこちらへ歩いてくる姿を見た。2人が初めて出会った日に着ていた、あのワンピース。彼女はまっすぐな眼差しで洋介を見つめ、尋ねる。――一緒に帰らない?洋介は手を伸ばし、彼女を掴もうとした。けれど、いくら手を伸ばしても届かない。正確には、もう身体を動かすことすらできなかった。凍えるような寒さが全身を包み込んでいく。体に流れる血が、絶え間なく失われていくのが分かった。そして最後に、目尻から一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。……渚が洋介の死を知ったのは、それから半月後のことだった。葵と街を歩いていたとき、ふと聞かされた。事故で亡くなったと、柴崎家がそれだけを公表した。葬儀も、驚くほどあっさりと執り行われたという。渚の胸がかすかに震えた。このところ、新しいプロジェクトに追われ、国内のことを調べる余裕などほとんどなかった。ときどき葵と昔のことを話すことがあっても、2人ともあの頃の話題だけは避けていた。葵は、渚が傷つくのを恐れていた。そして渚自身も、本当にもう思い出したくなかった。あの頃の出来事はすべて覚えている。それなのに、どこか現実味がない。まるで、ひどく鮮明な夢を見ていたようだった。「柴崎洋介」という名前もまた、昔の古い映画のように、色褪せていく。渚は、洋介もいつかは自分を忘れ、家族の望むままに家業を継ぐのだと思っていた。そして、かつて思い描いていた夢を叶え、自分の会社を持つ。これまでと変わらず、自由気ままな「柴崎社長」として生きていくのだと。まさか、こんな結末を迎えるなんて思ってもい

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第26話

    「もしもし、洋介さん?洋介さんが海外に行ってたこと、お父さんにバレたんです。早く戻って来てください!」電話の向こうから、友人の切迫した声が飛んできた。洋介は何も答えなかった。「洋介さん、聞いてます?美波さんのこともお父さんに知られてしまいました。かなり怒ってるから、戻って説明しろって言ってて……」美波の名前を聞いた瞬間、洋介の脳裏に彼女の顔が浮かんだ。彼女こそすべての元凶だ。そう思うと、拳を強く握りしめる。「分かった。すぐ戻る」A市に着いても、洋介は実家へ帰らなかった。父親に会う前に、まず美波を呼び出すよう友人に頼んだ。「洋介さん、お父さんからかなり急かされてるんです。先に実家へ戻ったほうがいいんじゃないですか……?」隣にいた友人が、おずおずと口を挟む。「なんだ、俺のことに口を出そうと?」洋介の声は、ぞっとするほど冷たかった。「い、いや!そんなつもりじゃ……」皆、洋介の性格はよく知っている。それ以上、口を出す者はいなかった。やがて美波が部屋に入ってくる。そこで目にしたのは、酒を飲みながらソファに座る洋介の姿だった。美波はすぐさま後ずさり、声まで震えている。「な、何しに来たの……?まさか、私を殺しに……?」痩せ細って見る影もなくなった美波の顔を見ているだけで、洋介は吐き気を覚えた。ゆっくりと彼女の前まで歩み寄り、怯えきった顔を見下ろす。一歩、また一歩と距離を詰めるたび、胸の奥に湧き上がる高揚感が増していく。迫ってくる洋介を前に、美波は悪夢が再び現実になったような恐怖に襲われた。泣きながら許しを乞う。だが、洋介は一切聞く耳を持たなかった。次の瞬間、手を振り上げ、その頬を思いきり張る。鋭い悲鳴が部屋中に響き渡った。人に気づかれないよう、洋介はすぐさま美波の口を塞ぐと、そのまま奥の部屋へ引きずり込む。そして、扉を乱暴に閉めた。美波にはもう抵抗する力もなかった。されるがままに引きずられ、壁に激しく身体を打ちつける。全身の骨が軋むように痛んだ。美波は身体を小さく丸めた。それでも洋介は手を緩めなかった。拳を振り下ろすたび、鈍い音が響く。美波は顔を上げ、目の前の男を睨みつけた。その瞳に宿る憎しみは、ますます深くなっていく。一方の洋介は、手に付着した血を見つめながら、異

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第25話

    その言葉を聞いた途端、洋介の目から涙がこぼれた。まるで捨てられた子犬のように、縋るような目で渚を見つめる。「渚……」声は震えていた。「兄さんが好きだったから、俺に近づいたんだろ。それなのに今度は、何のためらいもなく俺を捨てるのか?離婚だって、俺に何も知らせずに勝手に決めた。あの離婚協議書のことも、俺は何も知らなかった。そんなもの、認められるわけがない!」涙が頬を伝い、次々と落ちていく。「俺たち2人のことなのに……どうして勝手に決められるんだ?こんなの、俺は納得できない!」渚は冷めた目で洋介を見つめた。「私と結婚することを決めたとき、あなたは何の打算もなかったって言えるの?別に、私を愛していたから結婚したわけじゃないでしょ?それに、結婚してからのあなたは、本当に私を妻だと思っていたの?もし本当に妻だと思っていたなら、自分が何をしてきたのか、よく考えてみて。結婚しているのに、ほかの女性と曖昧な関係を続けていたのは他ではない、あなただったでしょ?私のことを計算高いと言う資格がある人は、この世にいくらでもいるでしょうけど――あなたにだけは、そんなことを言う資格がない」渚の声には、隠しようのない皮肉が滲んでいた。けれど、洋介は何も言い返せなかった。その口調が冷たくなるほど、洋介の顔から血の気が引いていく。何か言おうとしては口をつぐみ、それでも諦めきれないように、もう一度確かめた。「でも……お前はずっと俺を追いかけていたんだろ。結婚してからだって、何年も一緒にいた。それなのに、その間ずっと……俺のことを何とも思ってなかったのか?少しも……好きだと思ったことはなかったのか?」渚は迷うことなく首を横に振った。慰めるための嘘さえ、つく気にはなれなかった。「好きになったことは一度もない。あなたと結婚したのも、子どもを作るためだった。洋介。私たちの結婚はただの対等な取引だった。お互いの目的を果たすためにね。だったら、私があなたをどう思っていたか、気にしなくてもいいんじゃないの?それに、あなたが好きなのは石森さんでしょう?これでようやく、好きな人と一緒になれるんだから、私に構う理由もないはずだよ」「違う!俺が好きなのはお前だ。やっと分かったんだ。渚、俺と兄さんは顔が同じだろ?だから……俺を兄さんだと思って、愛してくれないか?

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第24話

    話を聞き終えた浩之は、少なからず驚いていた。けれど、どこか納得する部分もあった。渚はもともと、自分のことは自分で決める芯の強い女性だ。これだけのことを経験しても、前を向いて、自分らしく生きている。それこそが、彼女の魅力なのだろう。「私の決断、軽率だったと思いますか?」渚が尋ねると、浩之は少しも迷わず首を横に振った。「いいえ、僕はそうは思いません。あなたはお腹の赤ちゃんのお母さんです。でも、それだけじゃない。あなた自身の人生を、自分で決める権利があります。だから、自分で考えて出した決断なら、僕は軽率だとは思いません」真っ直ぐな言葉だった。その答えを聞いて、渚は改めて浩之という人を少し深く知った気がした。車を降りると、浩之は保温容器を手に取って渚に差し出した。「僕が作ったお弁当です。よかったら食べてみてください」渚は遠慮せず受け取った。浩之が車を走らせて去っていくのを見送り、渚は自分でも驚くほど、胸の奥にあった不安が軽くなっていることに気づいた。ところが、振り返った瞬間――玄関先に立つ洋介の姿が目に入った。渚の笑顔が、ぴたりと消える。反射的に、お腹を庇うように手を添えた。その仕草を、こちらへ歩いてくる洋介は見逃さなかった。胸の奥が鈍く痛む。思い出したのは、以前、美波を優先して渚を放っておいたことだった。そのせいで渚は危うく赤ちゃんを失った。警戒されて当然だ。「久しぶり……元気にしてた?赤ちゃんは……大丈夫か?」洋介の声は、ひどく掠れていた。渚は改めて彼の顔を見た。顔色は青白く、顎には伸びた無精髭が目立つ。目の下には濃い隈が浮かび、以前よりずっと痩せていた。思いがけない変化に、渚は一瞬だけ驚いた。それでも表情を変えることなく、淡々と答えた。「前も言ったでしょう。私がどうなろうと、あなたには関係がないって」そう言うと、渚は洋介を避けるようにして、そのまま家へ戻ろうとした。2人がすれ違ったそのとき、洋介が突然、渚の手を掴んだ。そのまま自分のほうへ引き寄せる。お腹の子のことが心配だった渚は、激しく抵抗することはせず、されるがままになった。身体が完全に安定したのを確認してから、渚は洋介の指を一本ずつ、静かにほどいていく。そして、触れられたところを軽く払った。その仕草が目

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第23話

    不意に声がして、渚が振り返る。すると、道路の向こう側に浩之が立っていた。手には保温容器を提げている。「井上さん?どうしてここに?」「今日はお休みだと聞いたので、出勤のついでに様子を見に来ました」浩之の住んでいる場所は彼の会社の近くだ。一方、渚が暮らしているのは少し離れた郊外の住宅街。どう考えても「ついでに」と言える距離ではない。その言葉には、誠実さと、どこか不器用なところが滲んでいた。なぜだろう。渚が妊娠していると知ってからというもの、浩之は彼女と顔を合わせるたび、少し緊張するようになっていた。一人で異国に来て、新しい環境に飛び込んだ彼女の強さを尊敬する一方で、無理をしているのではないかと心配にもなる。自分でも説明のつかない、複雑な感情だった。そんな浩之の気遣いが伝わり、渚の胸がほんのり温かくなる。「そうですか、わざわざすみません。今から病院に行こうと思っているんですけど、タクシーが全然つかまらなくて……ご迷惑じゃなければ、送ってもらってもいいですか?」「もちろん。すぐ行きましょう。どこか具合が悪いんですか?」浩之は、思わず早口で尋ねた。自分でも少し必死になっていたことに気づいたのか、わずかに気まずそうに視線を逸らす。「……阿部さんのご友人なら、僕にとっても大切な人ですから。何かあったのなら、やっぱり心配になります」「心配してくれて、ありがとうございます。少しお腹の調子がおかしくて。念のため、病院で診てもらおうと思って」浩之は頷き、事情を理解したようだった。そして渚を気遣うように車をゆっくりと方向転換すると、できるだけ揺れないよう慎重に運転して、彼女を病院まで送り届けた。医師は2人のことを覚えていたらしく、診察を終えると、そのまま浩之に結果を伝えた。「赤ちゃんはとても元気ですよ。これから父親になるんですから、色々不安があると思いますけど、気を張らずにいつも通りに過ごすことも大切ですよ」そう言われた浩之は、照れくさそうに頷いた。耳までほんのり赤くなっている。「安心してください。先生が、赤ちゃんはとても元気だって」診察の結果を渚に伝えるときも、どこか恥ずかしそうだった。先ほど医師に「父親」と言われたことを、結局訂正できなかった。嬉しいような、そうでもないような。胸

  • 恋したのは、もう一人のあなただった   第22話

    「え?井上さんに妊娠したことを話したの?しかも産婦人科まで送ってもらった?」葵は、目を丸くしていた。「うん。どうせそのうちみんなに知られることだし、先に伝えておいてもいいかなって」渚があっさり答えると、葵は呆れたようにため息をついた。「はぁ、渚って、本当に昔から変わらないよね。井上さん、いつもなら誰に対しても仏頂面で、あからさまに『近寄るな』って雰囲気を出してる人なんだよ?それなのに、渚が来た途端、孔雀みたいに羽を広げちゃって……渚、井上さんの気持ち、本当に気づいてないの?」葵のあまりにも生々しいたとえに、渚は思わず吹き出した。「そんな大げさな。葵って、本当にたとえが上手いよね」「そりゃそうよ。私は人を見る目があるからね」葵は得意げに胸を張ると、ふと真面目な顔になった。「でも、冗談抜きで、井上さんのことを考えてみたら?誠実な人間だってことは保証するよ。少なくとも、柴崎洋介みたいな最低な男じゃないから」洋介の名前を聞いた瞬間、渚の目がわずかに曇った。彼からかかってきたあの電話を思い出し、胸の奥に小さな不安がよぎる。けれど、葵に心配をかけないよう、すぐに感情を押し込め、何でもないように答えた。「井上さんはタイプじゃないかな。それに、そういうことより、今は赤ちゃんのことに集中したいから」出過ぎたことを言ってしまったと気づいた葵は、すぐに話題を変えた。「……それもそうだよね。まぁ、渚が何をしても、私は全力で応援するから!だって私、お腹の赤ちゃんの2人目のママみたいなもんだからね。そうそう、次の検診予定日を教えて。今度は私が送るよ!」「うん、ありがとう。あとで教えるね」電話を切ると、渚はようやく少しだけ肩の力を抜いた。洋介からの電話があって以来、渚の胸にはずっと不安が残っていた。別に自分の身を心配しているわけではない。ただ、洋介が何か思い詰めた末に、無茶なことをしてお腹の子に危害を加えるのではないか――それだけが怖かった。張り詰めた気持ちのせいか、なかなか寝つけない。夜中に何度も寝返りを打っては、目を覚ました。夢の中で、自分は子供を産んだばかりだった。その瞬間、洋介が現れ、あの子を奪っていく。慌てて起き上がり、必死に追いかける。けれど、どれだけ走っても追いつけない。途方もない苦しさ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status