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第6話

作者: 珠々
それから数日間、洋介は一度も家に帰ってこなかった。

時折メッセージを送ってくるようになったのは美波のほうで、いつも洋介の写真や動画が添えられていた。

キッチンに立ち、料理をしている洋介の背中。ピアノを弾いて、美波に聴かせている動画。部屋を片づけるのを手伝っている姿。

それらを送ってくる理由は明白だった。

――洋介が彼女をどれほど愛しているのか。どれほど大切にしてくれるのか。

それを、渚に思い知らせるためだ。

普段の渚なら、そんな写真を見ても心が動くことはなかった。羨ましいとも、悔しいとも思わない。

けれど、拓海の誕生日の日、渚は送られてきた写真を眺めながら、ふいに胸の奥を掴まれたような気がした。

――拓海が生きていた頃も、自分に同じように優しかった。

けれど、彼がいなくなってから、自分を大切にしてくれる人は、この世にもう一人もいない。

渚は一人でケーキを作った。そして、テーブルの上に置く。

スマホを手に取ると、もう一度、美波が送ってきた写真を開いた。

画面の中にいるのは洋介。けれど、その顔を見ているうちに、どうしても拓海の姿が重なり、彼と一緒に過ごした日々が次々と胸に蘇ってくる。

渚はテーブルに突っ伏し、目を閉じた。気づけば、涙が止まらなくなっていた。

……

その夜、洋介が家に帰ってきた。

リビングへ入った瞬間、彼は足を止める。

テーブルのそばで、渚がスマホを握ったまま眠っていた。頬には、まだ涙の跡が残っている。

洋介は、わずかに眉をひそめた。ゆっくりと近づいていき、そこで、テーブルの上にあるケーキに気づく。

――渚は自分の誕生日を覚えていたのか。しかも、用意されているのは抹茶ケーキ。

彼女は自分の好みまで知っている。

これまでの誕生日は、洋介はいつも拓海と一緒に過ごしてきた。

両親は兄である拓海をより可愛がっていた。だから、洋介のためだけに誕生日ケーキを用意してくれたことなど、一度もない。

拓海が亡くなってからは、誕生日そのものを祝わなくなった。

渚と結婚してから、誕生日の日に洋介が家にいることはほとんどなかった。もしかして毎年、渚はこうして一人で、自分のためにケーキを用意していたのだろうか。

そんな考えが、胸の奥に静かに沈んでいく。

洋介は渚の隣に腰を下ろした。そのとき、うっかり彼女のスマホに触れてしまう。

ふと、視線が画面へ向かった。そこには、たくさんの写真が映っていた。

思わず彼女のスマホをそっと取り上げ、写真を一枚一枚確認していく。

保存されている写真は何千枚もあった。そして、そこに写っていたのは、すべて洋介だった。

彼の後ろ姿、横顔、笑っている顔、目を閉じて何かを考えている顔。

洋介は、黙ったまま写真を遡っていった。そして、最後の1枚まで見たとき――ふと、撮影日時に気づいた。

最も古い写真は、8年前。一方で、最も新しい写真は3年前で止まっている。

その瞬間、洋介の胸の奥で言葉にできない感情が入り混じった。

驚き。戸惑い。そして、胸の奥をかすかに温めるような感動。

――渚は、そんなに長い間、自分のことを想っていたのか。

そのとき、渚が物音に気づいて目を覚ました。ぼんやりと顔を上げ、洋介の手の中にあるスマホを見た瞬間――表情が変わる。

慌てて起き上がり、彼の手から取り戻そうとした。

けれど洋介は、それを秘密を知られた恥ずかしさだと受け取った。スマホを渚へ返しながら、わざと素っ気なく言う。「俺の誕生日を祝っていいって、許可した覚えはないぞ。それに、俺は誕生日を祝わない。そんなことも知らないのか?」

渚は、そこでようやく気づいた。

――洋介は誤解している。

けれど、渚の視線を気にすることもなく、洋介はテーブルの上のケーキを自分の前へ引き寄せた。

「今回だけだ」ぶっきらぼうに言う。「次は、こんなことするな」

そう告げたあと、少しだけ間を置いた。

「……ろうそく、つけてくれ」

渚は、しばらく迷ったが、今さら訂正するのも面倒だった。

だから彼女は、1本ずつろうそくに火を灯していき、静かにバースデーソングを歌っては、ケーキを切り分けた。

洋介に一切れ差し出しながら、そっと微笑んだ。その瞳には、深い愛情が宿っている。

目の前の顔は、拓海とまったく同じなのだから、今夜だけは、洋介と過ごしているのではなく――拓海の誕生日を、祝っているのだと思うことにした。

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