桐谷奈緒(きりたに なお)は手術台の上に横たわっていた。全身の血がすべて流れ出てしまいそうなほどの重傷を負っている。まぶしい無影灯に照らされ、目を開けているのもつらかった。それでも必死にこらえながら、ドアのほうをじっと見つめていた。30分ほど前、幼稚園へ娘の神谷陽菜(かみや ひな)を迎えに行った帰り、交通事故に遭ってしまったのだ。車が突っ込んできた瞬間、奈緒は娘を突き飛ばした。娘は助かったが、奈緒は車にはね飛ばされ、そのまま血だまりの中に倒れ、起き上がることもできなかった。そして今、病院へ運ばれてきた。救急処置室のベッドのそばには誰もいない。娘の姿もない。陽菜は大丈夫だろうか。どこか怪我をしていないだろうか……奈緒は必死に起き上がり、娘の様子を見に行こうとしたが、まるで身体をベッドに縫い付けられたようで、少し動くだけでも胸が張り裂けそうなほど痛んだ。「ママ……」娘の泣き声が聞こえた気がした。奈緒は目に熱いものが込み上げ、返事をしようとしたそのとき、カーテンの向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。「先生、こっちです。早く来てください」夫の神谷啓介(かみや けいすけ)の声だった。相変わらず冷静で淡々としている。ただ、いつもよりわずかに焦りがにじんでいた。すると、その声に続いて陽菜の幼い声も聞こえてきた。「先生、そっちじゃないよ。こっちだよ……」奈緒の胸が、ドクンと大きく跳ねた。残った力を振り絞り、カーテンを開けた。夫と娘は、医師の手を引っ張るようにして隣のベッドへ向かっていた。「ですが、一号室の患者さんのほうが状態が重いので、まずこちらを……」「やだ!」陽菜は焦ったように足を踏み鳴らした。「ママは大丈夫だもん。ちょっと血が出ただけだし、ママはすごいんだから、絶対大丈夫だよ!それより、おばちゃんが私を車に乗せてくれるときに指を怪我しちゃったの。きっとすごく痛いよ。先におばちゃんを診てあげて……」おばちゃん?奈緒はそこで思い出した。娘を助けたあと、確かに一人の女性が駆け寄ってきて、陽菜を抱き起こしてくれた。その人がケガをしたのだろうか。奈緒がそれ以上考える暇もなく、ぼんやりとした人影がドアの前を横切った。夫の背の高い姿、そしてふたつに結んだ髪を揺らす娘の小さな頭が見えた。二人は医師を急かすよう
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